長女の一言
先週のこと、2泊3日で中学校のスキー教室に行って、このスポーツの面白さに目覚めた二女(中1)から、「スキーに連れて行って!」と強くせがまれた。
しぶしぶ家族を連れて行った山梨県のスキー場。
「20年以上やってないから、お父さんは見ているからね」
と皆に告げて、ゆっくり本でも読もうと思っていた矢先、間髪入れず返ってきたのが、長女(高1)からの次の一言だ。
「お父さん、いま何歳だと思っているの、49歳にもなってそんなこと言っていたら、一生やる機会なくなるよ!」
「――――(^^;」
ひさしぶりに、おじさんのココロにガツ~~ん! と響いてきた。
「よお~し! オヤジの底力見せてやるぞぉ」
と、遂に、スキーのセットを娘たちと一緒にレンタルしてしまった。
考えてみれば、スキーの板など履くのは本当に20数年、もしかしたら30年ぶりのことだ。
「ええい、ままよ」と、ゲレンデへと飛び出した!
恐る恐るリフトに乗り、5分ほど景色をながめていると小高い丘に到着した。が、先ず地面に着地できるかどうかが大変な難題だった。
なんとかクリアして、丘に立って眺めると、まっ白な急斜面が眼下に広がり、気が遠くなるようにロッジが、はるか下の方に小さく霞んで見える。
スノーボーダーたちが、すごい勢いで次々と滑降していく。
後から、長女と二女も到着した。
「とうとう、来てしまったなあ・・・・」
まっすぐに滑ったらたいへんなことになるので、こわごわと横に滑り出してはみたが、要領を得ないままいきなり転んで、袖から首から雪まみれになった。
先が思い遣られた。
娘たちはと見ると、二女はさすがに、学校のスキー教室で鍛えたばかりで、ボーゲンの姿勢がバッチリ決まっている。
そうだ、初心者はボーゲンだ! と、思い出すままに真似て滑りはじめた。
が、下に着くまでに、いったい何度転んだことだろう。ふと気が付けば、緊張感と力みすぎと転倒した痛さとで、汗びっしょりになっていた。
二女は、とうにリフトに乗ってもう姿が見えない。くだんの長女は私よりも往生して、まだ中腹あたりで転んでいる(^^; そういえば彼女も、実践するのは中学校のスキー教室以来だ。
2回目のリフト。知らず知らずのうちに、滑降する人たちの様子をずっと観察していた。するとコツのようなものが観えたような気がして、リフトを下りてそっと実践してみた。
①自然体②流れのままに③無理しない、そんなたわいもないことを心がけながらゆっくり滑っていると、ずっと以前の遙かな記憶が、次第に体に蘇ってきた。
そして不思議なことに、気が付けば一度も転ばず下まで滑り終えていた。
以来、リフトから降りるたびにスムーズに滑れるようになっていた。いったい、身体のどこにそんな記憶が眠っているのか不思議だった。
私がスキーを熱心にやったのは10代後半のころ、従姉のご主人のお誘いで、雪の降らない静岡から、毎年のように長野まで、友人知人でマイクロバスを1台チャーターして遠征していたのだが、当時は人工スキー場も、スノーボードも無く、古い時代のスキー板なので背丈以上の長さがあり、とても重かった。それに比べて今の道具の扱いやすさは、隔世の感があった。
――それから、娘たちと日が暮れるまで(私のヒザがガクガクになるまで(^^;) 滑っりまくった。
子供用のソリのコーナーで遊んでいた小学生の弟たちは、「もうこんな幼稚なことやってられるかい!」とばかりに、自分たちもスキーをやらせてくれ! と主張してゲレンデに飛び出して来た。
しかし、日も暮れてきたし(お父さんの足も、もうぱんぱんなので)、次回のお楽しみということになった。
久しぶりのスキーだった。
雪と自然にふれて、私の中にあったスキー熱が数十年ぶりによみがえって来るのと同時に、眠っていた十代のころの好奇心や冒険心や遣り残したいろんなものまでが、一緒にめざめてきたようだ。
これからスキーを本格的に始めてみようと思っている。
あの長女の一言がなかったら、そんな私の内なる世界も、そのまま眠っていたことだろう。
| 固定リンク | コメント (15) | トラックバック (0)






















































最近のコメント