2024年5月26日 (日)

三好講師からの助言 (2024,6)

 西行法師は「願はくは花の下にて春死なむその如月(きさらぎ)の望月(もちづき)のころ」と歌ったが、古歌をたどるように一人の先達が先般霊界へと旅立った。

 かつて東京第一教区でも教化部長を務められ、本部練成道場と富士河口湖練成道場の主管だった三好雅則講師のことは、『いのちの環』の「悠々味読」連載や、ビデオ講話などでその人柄に接した方も多いと思う。私も、折に触れてご縁をいただいた一人だが、思い出を辿りながら追悼の言葉としたい。


 私は二度ほど、生長の家教修会の発表講師として登壇したことがあった。最初は2004年、万教帰一の考え方に似た「宗教多元主義」というキリスト教神学ついて、世界の宗教や心理学などを織り込んで論文を書かせていただいたが、ある程度原稿がまとまった折、当時の上司だった三好講師に助言を頂くためご覧にいれると、ゆっくり全体に眼を通された後に、ひらめくままに参考文献などを示唆してくださった。

 それは、真理の森を逍遥してきた碩学ならではのアドバイスで、多くの添削者がやるような土足で侵入して文章を切り刻むようなものとは全く異なり、拙い表現の奥にあるアイディアを尊重して、言葉の自然な成熟を見護るような優しいスタンスだった。

 次に発表の機会を得たのは2013年“森の中のオフィス”の落成を記念しての国際教修会だった。三好講師とは部署も変わり、直接ご指導をいただくことはなかったが、私が発表を終えた後の食卓で正面にお座りになり、私が論文に密かに組み込んだ発見をまっすぐに受け止めていて、感慨深く感想を語ってくださっていたことを、昨日のことのように思い出すのである。

 思えば、本部の広報・編集部で初めてご縁をいただいて以来、私の中で三好講師は一人の大切な想定読者となり、私の綴る言葉の真価を確かめる試金石の役割を担ってくださっていたように思うのである。

 2016年、私が八ヶ岳の国際本部から、東京第二教区に教化部長として赴任する折のこと。当時、運動推進部長をされていた三好講師から、ある助言をいただいた。「教化部長になったら『「正法眼蔵」を読む』を、信徒の皆さんに講義したらいいですよ。私も大変に勉強になりましたから」。なんの疑いもなく、素直に「ハイ」と引き受けて以来、東京第二教区、そして兼務となった埼玉教区と群馬教区で計六年ほど、毎月欠かさず講話をさせていただいた。

 講師の皆さんはご存じのように、唯神実相の哲学を「読む」ことと「講義」することの間には、天地の開きがある。

  その広大な空隙には、無尽蔵の発見と、数知れぬ苦悩と、悟りの悦びが満ち溢れ、その体験を語ることで生長の家講師としての使命が生きられ、み教えの“深み”である“久遠を流るるいのち”が後世へと伝えられる。三好講師の助言のおかげで、何よりも私自身が救われたのである。
 
 碩学の大人(うし)を悼む薄暑かな
 百薬(どくだみ)や祐筆の大人(うし)偲ぶ庭

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2024年4月22日 (月)

神と共にありて (2024,5) 

 先般、たまたま家族が集まり、近くの河川敷まで花見に行くことができた。野に出て、咲く花を愛で、蓬(よもぎ)を摘んだ。そんな翌朝のこと、神想観しているとき、ふと「人生で今が最高のときなんだな」ということに気がついた。

 それは、わが家のことだけではない。人と人とが出逢うこと、共に時を過ごすことの掛け替えのなさ、それが独りで迎える一日であったとしても、私たちがいつも神と共に在ることが分かれば、天地のすべてが家族であり、すべての出逢いが最高の時となる。

 人が生きて生活させていただく“あたりまえ”のことのなかに神のいのちが豊かに充ち“奇蹟の時”が、泉のようにあふれ出ているのだ。

「足るを知る」という言葉がある。それは日常の“あたりまえ”と見えていたものが、決してあたりまえに存在していたのではなく、その背後に不思議な神縁と、不可視の世界からの恩寵に包まれていた真実に、心の眼がひらくことを言うのであり、日時計主義の生活がここから始まる。

 幸福を外に求め、条件が満たされることのみに幸せを見いだしている間は永遠にそれに気付くことはできない。

 無一物のまま、すでに一切が与えられている実相に眼を向けて、身近な人や物や出来事に感謝していれば、すべてのものが神に由来した物語りを語り始める。

 イエスは「人はパンだけで生きるのではない。神の口から出るすべての言葉によって生きる」(マタイ四:四)と語っている。

 コトバは、私たちのたましいのであり、人生を創造する力である。コトバほど味わい深いものはなく、それは祈りとなり、音楽となり、絵画や文学などの芸術となり、あらゆる宗教や事業や活動となって世を照らすのである。

 アフガニスタンで命を落とした中村哲氏の遺文『希望の一滴 中村哲、アフガン最期の言葉』を読んだ。同氏のことは以前にも紹介させていただいたが、脳神経科の専門医だった中村医師が、専門外のハンセン病患者の救済のため一九九〇年代からアフガニスタンに妻子を連れて赴き、現地に溶け込んで幾つかの診療所を開設していた。

 そんな渦中、米軍による空爆と、気候変動による渇水に見舞われ、疫病と飢餓に苦しむ同地の窮状を見かねて、現地の人々と共に1600本もの井戸を掘り、65万人のいのちを支える用水路を建設するなど、治水事業に携わった。同書にはそれら生きた記録が、所感としてまとめられている。

 かつて、私たちの身近にあった「天与の恵みを疎(おろそ)かにせず、大地と共に生きる生活」が、ページを繰り、読み進むごとに眼前によみがえり、洋の東西を越えた太古の人々のコトバが、同氏の体験を通して読者のいのちにずしんと響いてくる。

 宗教を越え、国境を越えた人と人との繋がりの中から、私たちに授けられた天与の使命について、いつしか、心の眼がひらかれる。そんな天啓の書でもある。

 

 

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2024年3月25日 (月)

俳句と言葉の力 (2024,4)

 3月のある日、行きつけの文具店に万年筆のインクを買いに行った折、街路に馥郁(ふくいく)とした香りが漂っていた。ほのかなにおいに導かれていくと、そこにはお香の老舗(しにせ)が出店した移動販売があった。

 お香には侘(わ)び寂(さ)びの“抹香臭い”静的なイメージがあったが、街路での積極的な移動販売は新鮮な驚きで、しかも風が強い日にもかかわらず、香りに惹(ひ)かれたお客さんがひっきりなしに訪れ、店員さんがその応対に追われていたのだ。

 聖書には、「人は灯火をともして升(ます)の下におかず灯台の上におく。かくて灯火は家にある凡ての物を照すなり」(マタイ5-15)とあるが、どんな老舗も旧弊(きゅうへい)を捨ててしまえば、街路でも風の日でも良いものは衆目に触れて、隠れていた真価が顕わになるのだ。生長の家オープン食堂も、回を重ねる度にその真価に火が灯り、多くの人々のたましいを明るく照らすだろう。

「神・自然・人間の大調和祈念祭」に参列するため、十年ぶりに原宿「いのちの樹林」に足を運んだ。私は御祭の後でPBSミニイベント「春のスケッチ」を開催する予定で、参加する皆さんにも画材の持参を呼びかけて講話の準備も整えていたのだが、当日の総裁先生のスピーチは、なんと「俳句の勧め」だった!

 人生には、計画していた事とはまったく異なる道へと運命が展開し、そこに不思議な必然性が生ずることがしばしば訪れる。が、今回もそんな展開に見舞われた。

 総裁先生は、「俳句は私たちの信仰と深く結びついている」ことに触れ、「朝顔や つるべとられて もらひ水」など数句を紹介されて、これらの句には神・自然・人間の一体性が見事に描かれており、皆さんに「観行の補助行として俳句を詠(よ)むことをお勧めする」と語っていた。

 このスピーチを受けた私は、「第一回いのちの樹林、句会にようこそ!」と参加者に呼びかけると、原宿の会場はどっと湧いて句会の開催となった。

 総裁先生は、日本列島には一万年以上も人々が生活してきた歴史があり、四季の変化が著しいその風土から生まれた俳句には、五千を越える季語があると紹介されていたが、「季語」には、どうやら深い言霊(ことだま)が満ちていて、それは詠むことで、時を超えて「今・ここ」に蘇るようである。

 かつて学生時代「現代俳句講座」という授業を受講した折、哲学者で俳人の大峯顕(あきら)氏が「言葉は存在の家である」というハイデガーの言葉を紹介され、「花を詠めば花が出てくる。天狗を詠めば天狗が出てくる」と語っていたことが強く印象に残っている。どうもその道の人には、“言葉が世界を創る”ことは周知の事実なのである。

 俳句や和歌などの言葉の結晶を通して古人と出逢い、たましいを磨き鍛錬することは、人生そのものを、如意自在に光りへと変容させる「言葉の創化力」を豊かに覚醒させるようである。季語などの言霊を駆使する俳句を“神想観の助行”とする所以(ゆえん)であろう。

 啓蟄の水面(みなも)に満ちる息吹かな 繁(樹林にて)

 

 

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2024年2月24日 (土)

“絶対善”の世界 (2024,3)

 本欄をご覧になっている皆さんは、生長の家で「人間・神の子」の教えと出逢い、本当の人間は肉体などではなく、「神さまの完全円満ないのちである」との教えに触れて、無限智、無限愛、無限生命の実相に目覚めた方も多かろうと思う。

 これは聖典に採録されていた話だが、生長の家の教えに感銘したあるご婦人が、「自分だけこれを読んでいるのはもったいない」と、夫や家族に勧めてみたが、全く関心を寄せてくれない。

 そこで谷口雅春先生に、「どうしたら読んでもらえるでしょうか?」とお尋ねしたところ、先生は「ご自分の生活で、生長の家を読ませてあげたらいいですよ」という意味のご回答をされていた。

 どんなに「善い」と確信したことでも、その人が“善き果実”を生活に実らせていなければ相手にされないだろう。しかしその生活に、智慧・愛・生命の光りが輝いていれば、黙っていても、誰もが強い関心を寄せ始める。これに和顔、愛語、讃嘆が加われば鬼に金棒だ。

 生長の家の教えは、「日時計主義」の生き方、感謝の生活、そして日々の神想観と教えていただいている。

 これらの「行」の目的は“絶対善”の神のいのちを生きることである。その「行」から、実相の豊穣な世界が動き出し、あなたの神の子の使命に“真理の火”が灯され、出逢うすべての人に物に事に「神のいのち」が花咲き始めるのだ。

 かつて生長の家では、宗教的な運動の成果を表すための目安として、即物的な「数」に運動を換算して評価する時代が続いていた。しかし、宗教的な救いや、癒やし、慈悲や感謝、といった不可視の神の働きは「数」に置き換えようもなく、無量無数に生まれた新価値は“網の目”からこぼれ落ちていたかもしれない。

 これら評価の歪みを改善するために、「聖使命会員数、普及誌購読者数、組織会員数」を成果として強調する運動を廃止したことが、2月5日付の通達で伝えられた。

 これは、昨年スタートしたオープン食堂など「与えること」に宗教上の重要な意義を認め、より神意に叶った運動を展開するための改革である。

 が、改革の背後に密(ひ)そむ神意を深く凝視すれば、「廃止された」のは「数」を成果として強調する運動であって、「神のいのち」である“真理の火”を伝える運動は、この改革の中から、より鮮やかな姿で誌友・信徒の信仰生活に蘇るだろう。そして四無量心の「行」を実践する随所で、純粋な愛行が春を迎えた野山のように花咲き始めるのだ。

「地方の信者たち互いに団結して祈り合え」とは「懺悔の神示」に説かれた言葉である。祈り合いは、私たちの前に顕れた“神のいのち”に感謝し、拝み合い、慈悲喜捨を行ずることである。

 思えば、天地一切のものに神ならざるものはひとつも無いのであり、その「絶対善」の実相は、あなたが生きる随所で智慧となり、渾てを生かす愛となって“新価値”を創造するのである。

 

 

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2024年2月 1日 (木)

観世音菩薩からの警鐘 (2024,2)

 生長の家では「観世音菩薩は、あらゆる姿とあらわれて私たちに救いの説法を宣示したまう」と教えていただいている。

 それは特別な人だけが“説法”を聴けるのではなく、神想観を通して心の耳を澄ましてさえいれば、誰でもそれを聴くことができるのである。
 世界にある真っ当な宗教の「教え」は、その“声なき声”を深く傾聴したところに生まれてきたのであり、そこに各宗教に受け継がれた「行」の実践があり、そこからすべてを生かす愛や智慧が湧出するのである。

 元日に石川県で能登半島地震が発生し、翌二日には羽田空港で、日航機と海上保安庁の航空機が衝突して炎上するという大事故が起きた。

 自然災害と人的災害と原因を異にしているが、何れも観世音菩薩の“声なき声”としてこれを傾聴することから、私たちが取り組まなければならない課題が見えてくるはずである。

 能登半島地震の報道から私が教えられたことは、普段からの①水や食料の備蓄。②近隣の人たちとの心の絆。そして③災害時を想定してのシミュレーションの大切さである。

 例えば、「水や食料の備蓄」は、内閣府のガイドラインでは3日分以上が基本とされている。その根拠は、人命救助のデッドラインが72時間(3日間)であることから、発災した当初の行政は救助・救命を最優先するため、自身や家族を守るためには最低でも3日分の食料を備蓄する必要があるのだ。

 また、関東大震災級の大規模災害を想定した場合は、「一週間分」以上の備蓄が望ましいとされている。

 能登でも、発災後の数日間は行政の支援が行き届かず、電気も水道も止まり困窮に耐えている人たちに、地元の一人の主婦が、ご自宅のガソリンにも事欠く中で「飲料水」を軽トラに積んで明るく配っている姿がニュースで報道されていた。

 自然災害は“想定外”なことばかり山積すると思われるが、近隣の人との「心の絆」の大切さが浮き彫りになる光景だった。

 神仏に導かれて生きる信仰者には、随所で一隅を照らすことが求められるだろう。大切なのは、どんなに悲惨と見える状況の渦中にあっても、そこに一縷(る)の光明を見出して新価値を湧出させる智慧と、艱難を光明へと転ずる逞(たくま)しい力である。

 もし自身が、発災後に難を免れていたのであれば、周りやご縁ある人との絆を築いておけば、機に応じて縦横にお役に立てるのである。

 神想観とは神との対話でもある。朝夕の祈りの時間にどんなことでも神に委(ゆだ)ねていれば、ヒラメキや、直感や、ふとした行為となって日々導かれるのだ。

 それは自我(ego)中心の意識が、神の子・人間へと次第に目覚めて生長する過程でもある。

 その“祈り”を通して経験する心の深い振幅が、やがて魂を豊かに円熟させ、被災時に限らず人生の随所で家族やご縁ある人々を導くのである。

 

 

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2023年12月28日 (木)

祈りの時間 (2024,1)

 私が神想観の修行を始めたころ、といっても四十年も前のことだが、祈りは、懐かしい音楽を聴くのに似ていることに気がついた。

 それは、「世界平和の祈り」をしているときだったが、ひび割れた地表に降り注ぐ春の雨のように、魂を静かに潤す調べを、私は朝に夕に聴き続けていたのだ。

 その温かく柔かな光りに、ぽっかりと開いた魂の傷が包まれ、今にして思えば、それは観世音菩薩の慈悲に触れていたのである。

 四無量心を行ずる神想観の中に「一切衆生の苦しみを除き、悩みを和らげ」という言葉がある。

 ある講演での質疑応答で、この祈りの言葉について参加者から、「なぜ“苦しみは除き”なのに、悩みの方は消されずに“和らげ”なのでしょうか」と尋ねられたことがあった。これは、そのまま「神はなぜ、病や老いや死を、消し去り給わないのか」という問いにも聴こえてきた。

 魂にトゲのように深く突き刺さったように見える病気や、自身では到底解決できないと思われる苦難に見舞われたとき、神想観という「祈りの時間」を経ることで、それが簡単に消されることなく、魂をどん底まで掘り下げる機会となっていのちを錬磨していたことが見渡せて来るのだ。

 神想観を始めるまでの「時間」は、私たちとは無関係に経過していくように見える。でも、「時間」こそが、私たちの魂を包む仏の慈手であり、魂を伸びやかに生長させる神の懐であることが、「祈りの時間」を経ることで観えてくるのである。

 出来損ないのやっかい者としか見えなかった私のような者たちすらも、「祈りの時間」は“業”のすべてを抱擁し、罪や苦しみを溶解して、彼が今生で果たすべき使命へと変容させる。

 その「時間」の深い慈悲と融合するのが信仰であり、生長の家の神想観である。

『人類同胞大調和六章経』の「愛行により超次元に自己拡大する祈り」の冒頭には、「人間は宇宙遍満の普遍的大生命の“生みの子”である」と説かれている。宇宙大生命こそが、あなたの実相である。

 祈りの不思議な働きによって、私たちの苦しみが除かれ、悩みが和らげられるのは、生きとし生けるものに注がれる神の愛や仏の四無量心の光りが、自身(の実相)から発していたことに気付くからである。

 その厳かな事実に触れ、架せられた使命と、実相の大地に立つ安らかさとが、「愛行」となって全てのご縁を豊かに潤すのだ。

“新しい文明”が展開する令和の御代の愛行が「オープン食堂」や「PBS活動」である。これに参加して実践するだけで、五欲に支配された“自我中心の卵の殻”が破られ、宇宙大生命なる神(実相)を中心とした、神の子・人間の生き方へと転換していくのだ。

 気付けば、苦しみがいつの間にか除かれ、病が癒やされ、悩みが和らげられていく。生長の家の修行は“与えれば却って殖える”ムスビの実践である。それが大乗の教えを現代に生きる、生長の家の“楽行道”である。

 

 

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2023年11月30日 (木)

言の葉の森から (2023,12)

 読書は、私のたましいの糧だ。

 通勤電車、自宅やスタバ、眠りにつくまでの寝床。同じ時期にそれぞれの場所に適した本を読んでいる。

 仕事がら、講話のテキストを読む時間とのせめぎ合いになる場合が多い。しかし糧は必要だからギリギリまで読んでいると、双方のテーマが深い所で繋がり合ったりするから“言の葉の森”への逍遥(しょうよう)は尽きない。

 今回は、自宅や寝床で読めそうな本を紹介したい。

 

 先ずは中村桂子著『老いを愛づる』(中公新書ラクレ)。

 中村さんは『いのちの環』七月号にインタビューが掲載された生命誌研究者だ。

 かつて八〇年代、『VOICE(ボイス)』(PHP研究所)誌上で科学と文明を結ぶ切り口で彼女がコラムを連載して以来、私はファンになった。

 そんな中村さんが八十六歳を迎え、「『老いる』ということを生きることの一場面として捉え、年齢を重ねたがゆえに得られたこと」を綴った、というから見逃せない。

「暮らしやすい社会」を実現するためには、

「『人間は生きものであり、自然の一部』という考え方をすれば暮らし方を変え、二酸化炭素の排出を抑えることができる」と語る科学者の眼差しは、人間のみならず地球生命全体に及んでいる。

 

 次の本は養老孟司さん(八十五歳)と下重暁子さん(八十六歳)の対談『老いてはネコに従え』(宝島社新書)。

 共に八十路を越えたお二人は、齢を重ねるにしたがって視野は広がり、逞(たくま)しい着想は現代社会に鋭く切り込む。

 たとえば次の対話は次世代への老婆心がつのり、困難な時代を生き抜く智慧がほとばしる。

養老 このままいくと、アメリカの属国のお次は中国の属国になってしまうかもしれない。だからこそ『それぞれの地域の自立』が大事なんです。支配されたくなければ、地元で自給自足できる社会をつくることですよ。自分たちの周りでしっかりと食べていければ、ほかの国がいくらお金をだそうとも『関係ねえ』って話ですから」。

下重 うん、それこそ人口なんて少なくていいから、小さな独立国を目指す。地元で自給自足できるコミュニティがいっぱい出来るっていいんじゃないの」。

 戦中戦後を見つめてきた者のみが語り得る、美しく豊かに生きぬく智慧が満載だ。

 

 最後は、数年前アフガニスタンで凶弾に倒れた中村哲医師の『わたしは「セロ弾きのゴーシュ」』(NHK出版)。

 かつてハンセン病根絶を目指して現地に赴いた医師が、なぜ空爆後のアフガンに留まり、病気と干ばつに苦しむ農民たちのため井戸を掘り、水路を掘削し、六十五万人もの命をつないだのか。

 中村医師は、「遭遇する全ての状況が――天から人への問いかけである。それに対する応答の連続が、即ち私たちの人生そのものである」と振り返る。

 諍(あらが)いがたい運命を受け入れ、懸命に生きた半生を穏やかに語る彼の眼を通して、天命に従った数多(あまた)の人間たちの真実に向き合わされ、ゴーシュの魂が私たちの内によみがえる。

 

 

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2023年11月14日 (火)

“光明化”について (2023,11)

 都市化と核家族化が進んだ影響で、先祖供養などの伝統的な風習が大きく変化している。

 墓じまいや散骨などについてご相談を頂く場合もあり、そのつど生長の家の教えの光を当ててお答えしているが、先般も大田区で講演した折にも同類の質問をいただいた。

『人生を支配する先祖供養』(谷口雅春著)には、「古神道の一霊四魂(いちれいしこん)の説」が紹介されているが、そこには死後の御霊(みたま)の消息について次のように記している。

「日本の古神道では人間の霊を一霊四魂に分けている。一霊とは実相の霊であり、これを直日霊(なおひのみたま)という。総括総攬(そうかつ そうらん)の純粋霊である。それが奇魂(くしみたま)、和魂(にぎみたま)、幸魂(さちみたま)、荒魂(あらみたま)の四つのはたらきとなって分化する」。

 つまり「直日霊(なおひのみたま)」は、私たちの実相、即ち本体であり、これが次の四つの働きとなって現れているのだ。
 最初の奇魂(くしみたま)は叡智の働き、次の和魂(にぎみたま)は社会や国のために活動する働き、幸魂(さちみたま)は家族を守り導く働き、荒魂(あらみたま)は肉体的な働き。

 そして、私たちの肉体が使命を終えて昇天すると、奇魂(くしみたま)は実相の直日霊(なおひのみたま)に帰り、和魂(にぎみたま)は天界を拠点として活動し、幸魂(さちみたま)は位牌等で家に祀られて家族を守り、荒魂(あらみたま)は墓地に埋葬される。

 かつて宇治別格本山で総務をされていた楠本加美野講師は、「宝蔵神社俸堂(ほうどう)の祝詞」にある「顕幽相携(けんゆうあいたずさ)えて大神の経綸(けいりん)を扶翼(ふよく)する」という言葉に着目して、「霊界の御霊たちと、私たちとが協力して神さまの人類光明化運動を行うこと」と解説されていた。

 先の一霊四魂の説によると、この働きは和魂(にぎみたま)の「天界を拠点として社会国家のために活動する」に該当しそうである。生長の家で宝蔵神社にお祀りした御霊を「霊宮聖使命菩薩」と讃えるのはそのためだろう。

 み教えから四魂の消息を観れば、荒魂は墓地等に葬られて自然界に帰り、幸魂(さちみたま)は家で祀られて家族を守護し、和魂(にぎみたま)は宝蔵神社などの招魂社で祀られて人類救済にあたり、奇魂(くしみたま)は実相そのものとして宇宙全体を生かす。

 一方、私たちの本体、四魂を総括する「実相の霊」である直日霊(なおひのみたま)は、自性円満なる「久遠生き通しの存在」であり、その「実相の霊」が四魂それぞれの聖なる働きとなって神の“光明化”運動を展開しているのだ。

 この“光明化”について『碧巌録(へきがんろく)解釈』後篇(谷口雅春著)には、創世記の「“光あれ”と言い給う“行”によって“光の世界”があらわれた」ように、生長の家では「智慧の“光”をもって」天地の万物の実相を直視するのである。そして人類の意識が「無明の展開」として見ていた現象宇宙を、“神のいのち”の顕れとして根源から「解釈し直す」(絶対感謝する)のである。それが“光明化”の運動であり、日時計主義の生活である。

 したがって日時計主義の生き方は、「外界を感受して善美の世界を創造する」芸術となり、「天地万物を神の実現として聖愛し、礼拝する」宗教となって、神の創り給うた光りの世界を根底から讃えるのだ。

 生長の家が天地一切のものに感謝するのは、「感謝」こそが“光明化”のカギであり、神の真・善・美(実相)を人生の随所で湧出させる聖使命であり、日時計主義の実践だからである。

 

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2023年10月 6日 (金)

「愛」の働きについて (2023,10)

 谷口雅春法話集の中に『愛は刑よりも強し』という一冊がある。かつて友人の勧めと、楠本加美野先生が講話で引用されていたことが切っ掛けで、同書を紐解いたのは四十年以上も前のことだ。

 冒頭にある、スター・デーリーがキリストと出逢い宗教的な改心を遂げた個所は、いつまでも深く印象に残り、煉獄(れんごく)のような罪の意識に駆られた折には、その情景を想い出しては“魂の糧”としたものだ。

 八月のある日、再び同書を紐解くと、生前に父が摘んで、私が栞(しおり)に挟んでいた四つ葉のクローバーが、はらりと出てきた。そして次の言葉が目に飛び込んできた。

「彼は、自分が『愛』を行じさせて頂くために神から與(あた)へられた『愛の対象』であると見るべきであり、その『愛』を行ずる事によって誰が救われるのかと言えば、自分が救われるのである」。

 皆さんの中にも、周りのために無我夢中になって愛行に尽力していたら、気がつけば自分が救われていた、というご経験をお持ちの方も多いと思う。

 み教えに照らしてみれば、「愛」の働きは「神」そのものの働きである。愛を行じることで、ニセモノの我(ego)が消えてゆくのだ。

 それが神の働き給う人類光明化運動であり、私たちが神の手足となることであり、その「愛」が働き給えばこそ苦しみは除かれ、多くの病悩が癒やされるのである。

 同書には、終身刑のライファーという“愛の化身”のような人物が登場する。彼がデーリーを神の道へと導くのだが、読者は同氏の言葉を通して、人を活かす“愛”の働きと出逢うだろう。

 たとえば、宗教的な情熱に駆られていた若き日のデーリーに、ライファーは次のように告げる。

「そんなに人を救おうと力むものではないよ。静かに坐して君が救い得る相手が得られます様に祈るんだよ」。

 深い信仰の世界が優しく開示され、気付けば私たちも、デーリーと共にライファーの言葉に耳を傾けている。

「すべて救いのことは神の手にまかせるのだ。そうすると神が、その適当な時と適当な場所とを定め給うのだ。そしてまた、神は君の口に必要に応じた適当な言葉を与え給うのだ。まず『愛』を第一に、その次には『信頼』だよ」。

 人生で豊かな信仰生活を経験した読者の皆さんは、その深浅に応じて、この言葉の持つ慈愛の深さが魂に響くことだろう。


 谷口雅春先生は同書の「はしがき」の中で意外な告白をしている。
「私は読みながら、その要点を書きとった。それは自分が繰り返し読んで反省するためであって、人に教えるためではなかった」と。

 そして先生は、「多くの宗教の教師は、『自分が他を救う』と高慢になっており、『自分が誰かのためにこんなに働いているのに、感謝されない』などと不平に思ったりし勝ちである」と説いている。

 この書が世に出て五十年。

 改めてここに説かれた真理が、私を含め人生の後半を迎えた世代には、当時の雅春先生と同様に魂の深い糧となるだろう。それは若いときには思い及ばなかった、“無償の愛”という円熟の信仰と出逢う時節でもあるのだ。この秋、お勧めの一冊である。

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2023年9月 1日 (金)

言霊が幸ふ見真道場(ことだまがさきはういのちのゆには) (2023,9)

 生長の家のすべての行事が、祈りで始まり祈りで終わるのは、「コトバの力」を大切にする教えだからである。

「言葉」のことを日本では「コトダマ」とも呼び、万葉集には「言霊(ことだま)の幸(さきは)ふ国と語りつぎ言ひつがひけり」〈万・八九四〉」と、その神秘な働きについて歌われてきた。

 弘法大師が日本に伝えた密教では「真言」という表現を用いて、それは大日如来のコトバ(法身説法)であり、森羅万象はコトバの鳴り響きであることを説いている。

 また『新約聖書』には、「初めにみ言葉があった。み言葉は神とともにあった。み言葉は神であった」(ヨハネ伝)と、「コトバ」が即ち「神」であることを伝えており、生長の家では「コトバの創化力」という表現を用いてコトバの力に着目し、幸福生活の実現にはこれが不可欠であることを強調するのは、私たちが発する明るい感謝のコトバこそが、神のコトダマの噴出口だからである。

 ここで言うコトバとは、音声や文字で表現したものだけではない。それは、仏教で説く「身・口・意の三業」つまり私たちが「身体で表現したこと」「言語であらわしたこと」「心に思ったこと」、これらすべての感謝の行為がコトバとして不可視の世界に刻まれ、宇宙的な力によって現象世界を形成するからである。

 これが「コトバの創化力を駆使する」ことであり、生長の家の信仰の基本が感謝の生活である由縁がここにある。

 聖経『甘露の法雨』には「神の国は汝らの内にあり」と説かれているが、人類の「意識の深層」に拠点をおく世界の教えが、共に生命の源泉ともいうべき神の無限の愛や慈悲喜捨を説いて実践するのは、ここに円満完全な実相の世界があり、この領域に分け入った多くの先達が「説法」や「文書」や「祈り(命宜り)」などの形式を通してコトバの大光明の世界を開いてきたのである。

 生長の家も、コトバで神(究極的実在)や仏性(大日如来)をあらわし、そのコトバ(宇宙大生命)の力で人類のみならず、すべての生命に大調和をもたらすために出現したのだ。

 そんな私たちの運動が、今日のコトバの媒体であるブログ、SNS、フェイスブック、Zoomなどを豊かに駆使して国際平和信仰運動を展開するのは必然の事でもあるのだ。

 たとえば「誌友」という言葉は、真理のコトバを共有する仲間が集う“場”をあらわす生長の家の伝統的な呼び名だが、「七つの光明宣言」にある「あらゆる文化施設を通じて教義を宣布す」という宣言に照らしてみれば、東京の会員の集まりである「SNI TOKYO〈東京ムスビのひろば〉」は、現代の誌友がみ教えを共有する信仰生活の“場”なのである。

 そこでは、日々の神想観の先導に加え、地方講師の悦びの信仰体験や、教化部長の全ての講話、そして見真会や研修会の内容が無償で視聴でき、誌友諸氏の信仰を潤すコトバが豊かに躍動している。

 そこは現代の見真道場(いのちのゆには)であり、すべての行事が「祈りで始まり、祈りで終わる」観世音菩薩が導き給う“言霊の幸ふ場”でもあるのだ。

 

 

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2023年8月 1日 (火)

「救い」について  (2023,8)

 皆さんは、生長の家の人間・神の子の教えに触れて、ご自身のことを「救われた、ありがたい!」と感謝の目で観ているだろうか。

 それとも、「私の救いは、まだほど遠い」と、未だ不完全な姿ばかり見ているだろうか。生長の家を信仰するとき、ここの受け止め方はとても大切で、そこに躓きがあれば、「人間・神の子」のコトバの真意と出逢う機を逸するのである。

 7月始め、対面とZOOMで真理を研さんする「実相研鑽ネットフォーラム」のため教化部に向かっていたとき、「救い」について気付いたことがある。

 救いは、一人一人異なるように見えるが、共通しているのは「楽を与えられる」ことだ。仏教でこれを「抜苦与楽」といい、そこに宗教のお役目がある。

 衣食住が満たされる物質的な救いも大切だ。しかし、霊界の消息などを記録した文献などから推察すると、人間の「たましい」はそれだけでは枯渇したままで、未だ救われていないかもしれないのだ。

 また、生きている者でも私をはじめ何人かの知人は、もし生長の家の教えに出逢わなければ、今生はおろか幾世にも渡って無明の淵に沈み、手に負えない自身の気性や病気を持て余していただろう。

 そんな厄介な「たましい」の面々すらも、み教えと出逢うことで、日々の平安を得たのだ。が、それは「たましい」の枯渇が満たされたからにほかならない。

 そんな、「救われた」ことへの“ご恩返し”を、との思いに長年のあいだ駆られていたが、教化部への途上で、ふと「現象はないのだ!」との思いが湧出し、続いて「渾ては神のいのちで、既に救われ済みではないか!」と判ったとき、肩の重荷がすっと抜けていったのだ。

 それは、私自身が「三正行」の実践へと導かれたように、「天地一切のものや、生長の家の友人や亡き恩師たちの祈りと愛念が、渾ての人の機縁を熟させ、彼らの〝たましい〟を導くのだ。私は、今できることを精一杯やらせていただくだけでいい」との思いに至ったのである。

 家族や後輩を、善き方向に導こうとするとき、そこに“私が”の思いが先行していると、現象の不完全さばかり見えてくるのは、皆さんも経験済みのことだろう。相手(や自分)の悪しく見える現象を責め、それを“良くしよう”と、カゲにすぎない現象に振り回されていれば、彼らの円満な実相を、ますます隠蔽することにもなるのだ。

「救い」は、自身の実相を拝み、相手の実相に無条件に感謝して礼拝することに尽きる。そこから、身心や、物や、お金や、渾てのものが円滑にめぐり始める。それが「人間・神の子」の教えである。私たちの信仰は、天地に満ちる神性・仏性をただただ拝み、感謝する生活にあるのだ。

 聖典『生命の實相』の劈頭に「ヨハネ黙示録」が掲げられている。ヨハネは、久遠のキリストとの出逢いの衝撃を次の言葉で綴る。

「その顔は烈しく照る日のごとし。我これを見しとき其の足下に倒れて死にたる者の如くなれり」と。

 その久遠のキリストは、あなたを取り巻く一人ひとりであり、あなたを含む天地一切のものが、それであることを、聖典全巻のコトバは告げているのである。

 

 

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2023年6月20日 (火)

玉手箱を開いてみると  (2023,7)

「夢」は、不可視の世界からのメッセージを運ぶといわれている。古くは神話や昔話となって、時代を超えて深奥な教えを伝える場合があり、現代の心理学でも、人間の深層心理についての重要な情報を提供している。

  たとえば鎌倉時代の明恵(みょうえ)上人という坊さんは、見た夢を克明に記録して『夢記』という記述を遺しているが、それを読んだ臨床心理学者の河合隼雄氏は、内容に驚嘆して『明恵 夢を生きる』という著作を通して、「とうとう日本人の師を見出したという強い確信をもった」とまで記している。

  梅雨入りしたころ、妙な夢をみた。ドアを開けると、そこは(なぜか)昔お世話になった生長の家の先輩のご自宅だった。

  私は久しぶりに信仰について語り合えることが嬉しかったが、お母様が来客用の夜具の準備を始められたので、もうすでに遅い時刻になっていることが分かった。

  ご迷惑をお掛けしてはいけないので「そろそろ、おいとまさせていただきます」と伝えると、「これをご覧になってください」と、お二人から藍(あい)色の綿糸を織り込んだ柔らかな布地の袋を手渡された。中には数多(あまた)の写真が入っているようで、その確かな手応えを、しっかり感じたところで、目が覚めた。

 そんな六月上旬、「四無量心を行ずる神想観」を教化部で先導していたとき、若いころ建設会社でバイト(肉体労働)をしていた折に出合い、すっかり忘れ果てていた人たちの顔が唐突(とうとつ)に次々と浮かんできた。それは半世紀も前の記憶で、大半の方は鬼籍に入っていると思われるが、厳しかった人、柔和な人、一癖(くせ)も二癖もあった人など、多様な人間と出逢ったが、当時の若かった私が嫌悪していた人ほど、祈りの中での彼らは、浄らかで根源的な輝きを強く放ち、現在の私のいのちを煌(こう)々と照らしていたのだ。


 私たちは「心の法則」を知るほどに、自身の周りに展開したいろいろな現象を見て、その意味をあれこれ詮索し、解釈して、なにか「解った」つもりになっているのである。しかし、観世音菩薩の説き給う真理は、ただ頭で「解った」だけでは、未だ秘められたままである。

 その教えは実に深奥で、それは「祈り」そして「待つ」という時を経て、私たちの感謝の念が極まるに従って開けてくるのだ。かつて出逢った人々の「いのち(実相)」が、感謝の念の中(うち)から顕現し、その燦然(さんぜん)とした“輝き”が顕わになるに従い、暗黒のように見えていた過去を、現在を、そして未来を、隈無(くまな)く照らしはじめる、それが神想観の醍醐味(だいごみ)だ。

 そんな観想を巡らせていたら、夢の中で手渡された玉手箱(布地の袋)のメッセージが次第に解けてきた。

  写真と思われたのは、これまで出逢った人々の「たましい」の姿、そのお一人おひとりは人生の随所で現れた観世音菩薩だったのである。

  どうやら彼らは、今も、久遠に輝き続けて、過去の渾(すべ)てとなって後世の人々を煌(こう)々と照らしている。その実相が、神想観での“無条件感謝”を通して拝めてきたのである。

 

 

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2023年5月30日 (火)

右の手のすること  (2023,6)

 先般亡くなった作曲家の坂本龍一さんの『Playing the Piano12122020』というCDを聴いている。

 その演奏が、天界からの祝福のように初夏のすがすがしい空気と溶け合い、深い慈悲が奏でる音の恵みを、久しぶりに満喫させていただいている。

 日々の生活の中で、私たちは大自然の恵みや、多くの人からのご恩を頂いているが、その恵みに気づかなければ、「それが存在しても『無い』のと同じこと」と、『新版 生活の智慧365章』には説かれている。

 世の中には、「目に見える恵み」と、目には見えないがこの世界を根底で支えている「隠れた恵み」とがある。

 前者は、即物的な恩恵として現れ、これを他に与えれば「ありがたい」と感謝され、善行として称讃もされる。

 一方、見えない恵みは、よほど注意しなければ私たちの意識に上ることは希である。こちらは大自然の恵みとなり、人間を介した場合は「隠れた善行」として施されるが、キリストはこれを「右の手のすることを左の手に知らせてはならない」と、この途轍(とてつ)もなく深い神秘な働きについて語っている。

 前者の恵みは、私たちの現在意識に“利害や損得”という姿で映るから誰でも分かりやすい。しかし、隠れた恵みの方は、利害を超え、損得を超え、その働きは目に見えない不可知の領域から到来するから計量することができない。

 仏教ではこれを「四無量心」と言い、キリスト教ではアガペー(agape=神の無償の愛)と呼び、生長の家の招神歌ではこれを「元津霊(もとつみたま)ゆ幸(さきは)え給え」と唱えている。

 私たちが利害や損得を越えて、無心に神さまの手足となって働くとき、そこに自身の能力や実力を超えた“無限なるもの”が湧出してくる所以(ゆえん)がここにある。

 それは“ムスビの働き”となり、神癒(しんゆ)となり、ここから新価値が湧出する。それは私たちの力ではなく、その背後にある仏の四無量心が、神の愛が、元津霊(もとつみたま)の幸(さきは)えが、私たちを通して滾々(こんこん)と溢れているのだ。それは尽きることのない恵み、世界を根底から支える愛の光りである。

 仏教に「有漏(うろ)の善根(ぜんこん)」と「無漏(むろ)の善根」という言葉がある。「漏(ろ)」とは煩悩のことだ。「有漏(うろ)」とは「右の手のすること」を皆に見せびらかして称讃してもらいたい心や、「心の法則」を利用して“おかげ”や“見返り”を期待しての善行などがこれに該当する。

 一方「無漏(むろ)」の方は、見返りを一切求めない無償の愛の行為である。それは元津霊の恵みであり、仏の慈悲喜捨の発露である。生長の家で説く「愛行」は、「無漏(むろ)の善根」にほかならない。

 この六月から、教化部で「生長の家オープン食堂」が始まる。

 私たちの運動の長い歴史を振り返れば、どこかで「右の手のすること」の“見返り”を求め、運動に「有漏(うろ)」の要素が混在していた時代があったかもしれない。

 しかし今は、宗教本来の使命である“元津霊”の光りを灯して、私たちの愛行が本来の深い慈悲を奏で、天地のすべてを潤す時代が来たのである。

 

 

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2023年4月25日 (火)

ウィズコロナ時代の運動  (2023,5)

 この5月、わが家の長女が結婚式を挙げる。入籍はすでにコロナ禍中に済ませ、両家の顔合わせも出来ていたから親としてはそれで十分と思っていたが、ウィズコロナという多様性に満ちた新しい時代の風を受けて、多くの人に幸(さち)をもたらす船出となることを祈っている。

 コロナ禍が収束するとともに、4月から東京での運動がスタートした。
 気がかりだったのは私が二つの教区を兼務したことで、各教区での滞在時間や皆さんとの対話が減少することへの懸念だった。
 これを補うために、インターネットで公開が可能なあらゆる行事で、双方向で対話ができるzoomを活用している。

 皆さんは、スマホやパソコンやタブレットをネットに繋げるだけで、ほぼ毎日お昼の神想観にリアルタイムでアクセスできるし、4月からスタートした「實相研鑽ネットフォーラム」や「日曜誌友会」、そして毎月いずれかの教区で開催する「祈り合い神想観」や「浄心行」などの“行”に加え、「講師研修会」「母親教室出講講師勉強会」など東京第一と第二の双方で開催する行事に、教区を越えて参加できるのだ。

 これも二つの教区を一人の教化部長が兼務していればこその“新しい運動”のカタチである。これに加え、より身近に真理を研鑽するために、4月から「SNIーTOKYO〈生長の家東京ムスビのひろば〉」という東京第一教区と第二教区の会員の皆さんが一緒に信仰を深め合う“場”を、新たにFacebookに開設した。
 ここでは、私が担当する講話や質疑応答、そして皆さんの体験談などを、いつでもどこでも自宅でも車中でも畑でもFacebookにアクセスさえすれば視聴できるよう一定の期間保存しておく予定だ。スマホをお持ちの方は、ぜひ「SNIーTOKYO〈生長の家東京ムスビのひろば〉」にアクセスしてほしい。

 また、zoomでの講話にお顔を出して参加された皆さんとは、努めて質問や感想などを語り合う時間を設けている。講師の私も、皆さんのお顔を拝見することで、単なる知識や情報伝達を超えた、以心伝心の言霊(ことだま)による“遣り取り”に踏み込んでいきたい。

 さらに新たな対面行事として、東京第一教区では地区ごとの地区先祖供養祭と講話を、第二教区でも総連ごとの講演会を白・相・青合同で開催して、皆さんと直接お会いする機会をつくり、これから両教区を隈なく廻る予定だ。

 そして、満を持してスタートするのが「生長の家オープン食堂」である。
 これは運動方針に掲げられた純粋な社会貢献であり、何の見返りも求めずに“無償の愛”を実践する活動である。それは仏の慈悲喜捨を“食事の提供”を通して現し、神から私たち一人ひとりに授けられた使命の一端を具体化するのである。

 神の愛は、利害損得という人間知を超えて働く救いの光りだ。その光りを黙々と灯し続けることで、私たちに托された世界の一隅を照らすのである。

 

 

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2023年3月28日 (火)

“神の子の封印”を解く (2023,4)

 三月上旬のこと、前教区で行われた地方講師会での会議の折、ある講師から「教化部長が時々話される“行間を読む”とは、どういうことでしょうか?」という質問が寄せられた。

 それは、聖典や機関誌などを講義する際に“行間を読み解いていきましょう”と私が語っていたことを受けてのことだが、想い出すままに次のようなエピソードをお話させていただいた。

 

 生長の家本部が原宿にあったころ、私は長時間の電車通勤をしていたが、その時間を利用して何度目かの『生命の實相』全巻の通読をしていた。

 ある巻で、そこに書かれた文章が心の琴線に響き、同じ箇所を読み返す度に、新たな発見と、驚きと、ヒラメキが行間から次々とあふれてきて、とうとう一週間ほど同じ箇所を読み返していたことがある。

 今から振り返れば、“ああ、あのときわたしは「行間」を読んでいたのだな”と分かるのだが、その折のことを反芻(はんすう)してみると、行間を読むとは、魂の根底から求めていた「コトバ」と出逢うことなのかもしれない、と思えるのである。

 かつてお世話になった恩師の一人は、「行間を読む」とは、「文字と文字の間に宇宙を読むことだ」と語っていたが、この言葉にも一理あって、聖典などの宗教書を読み解く場合には、文字面だけ読んで意味を解釈しているだけでは“行間に説かれたコトバ”と出逢うことはできないのだ。

 その文脈の背後にある“深み”にふれたとき、初めて既成概念や先入観で十重二十重(とえはたえ)に包まれていた封印が解かれ、行間から、文字間から、そして脳髄の背後から、そこに秘められていたコトバがあふれてくる。

 それは、神想観の折に意識の深層で経験する“内的な体験”とも酷似(こくじ)しているのだ。

 つまり「行間を読む」とは、祈りの心をもって、文章の背後にあるコトバを探る、ことでもあるのだろう。

 仏教でいう「業(karma)」について、『大辞林』には「身体・言語・心による人間の動き・行為」と書かれ、生長の家でも「身・口・意の三業」として、この扱いをとても大切にしている。

 たとえば、宗教でいう“救い”とは、この「身・口・意の三業」に深いコトバを授けることで“神の子の封印”が解かれ、その桎梏から解放されることかもしれないのだ。

 たとえば「真理の書」や「聖典」と呼ばれる書物には、この「封印」解くカギが秘められていて、その鍵を開くのは、先達が古来から取り組んできた熟読玩味(じゅくどくがんみ)や写経という、手間と時間を惜しんでは得ることのできない、使い古されたように見えるめんどくさい手法こそが、「身・口・意の三業」に深い影響を与える最も有効な手段となるのかもしれない。

 そんな、答えになったかどうか分からないようなお答えをしたのであるが、四月からは東京第一教区、第二教区の皆さんと一緒に、総裁先生のお言葉、そして聖典を深く味わいながら、“神の子の封印”を楽しく解いていきましょう。

 

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2023年3月17日 (金)

“魂の冒険”への旅立ち〈あとがきに代えて〉

 この三年間、コロナ禍の中で教区の皆さんとアイディアを出し合い、対話して行動した人類光明化運動・国際平和信仰運動の日々を記念して、冊子『川のほとりにて〈群馬と埼玉での36か月〉』を纏(まと)めさせていただいた。

『人類同胞大調和六章経』に納められた「愛行により超次元に自己拡大する祈り」には、「魂の世界には何の限定も存在しないのである」という一節がある。

 ここで説かれた「魂」という言葉は、「偽我」に対する「真我」、「肉体人間」に対する「神の子・人間」という、生長の家の教えの〝深い部分〟を指し示す言葉でもある。

 私たちは、生長の家の聖典を紐解くとき、世の中で使われている“現象世界の物事”を扱う言葉を当てはめて、聖典の意味を理解しようとするのであるが、「唯神実相」の教えを学ぶためには、現象世界の背後にある“不立文字”の領域に踏み込まなければ“深い部分”を読み取ることは難しい。

 祈りを通して、その“深み”に触れ、そこで体感した「コトバ」の鍵を用いることで、初めて聖典の行間にある“深み”に触れることができる。

 振り返れば、埼玉教区と群馬教区に赴任した三年間、私の力量不足は百も承知の上で、皆さんとの対話を通して努めてきたことは、私自身が導かれて救われた“唯神実相”のみ教えの“深み”を伝えることだった。

 この随想集は、皆さんとの対面行事やネットでの丁々発矢の質疑応答の中で生まれた発見を、折に触れて書き綴り、ともに目覚めた「神の子・人間」の悦びを、皆さんと共有してきた記録でもある。

 冒頭に引用した六章経の祈りの言葉は、魂の生長について、次のように綴っている。

「それは超空間に伸びひろがり、極微の世界の奥にある極大の世界次元に達するのであるから、それほど壮快なる冒険はないのである」と。


 私たちも、いよいよ旅立ちのときが来た。「魂の冒険」に万全の準備など必要ない。

 み教えは、必要なものは、必要なときに、必要に応じて、内なる智慧となり、様々な協力者となって現れる、と教えていただいている。

「愛行により超次元に自己拡大する」とは、私たちの祈りと愛行を通して、神の“無償の愛”と仏の四無量心が地上に満ち溢れることである。それは“生長の家の永遠の家族”である私たちに託された使命でもある。


 顧みれば、皆さんとの「対話」を重ねて教えられたことは、「実相とは何か」ということだった。

「対話」の中から、双方の内に潜んでいた実相が日に日に明らかとなり、「対話」を重ねることで研鑽され、輝きを増してくる。

 言葉の遣り取りは、お互いの神の子の実相を、どこどこまでも探求する冒険のツールとなった。

 この「対話」こそが新価値を生み出す“ムスビの働き”だ。

 これからも、身近な人をはじめ、あらゆる世代と「対話」を重ねていこう。私たちは“生長の家の永遠の家族”なのだから久遠に、真実在の光りを伝える魂の冒険を、どこどこまでも展開していこう。

 

   2023年3月 吉日    久都間 繁

 

 

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宇治、それは魂の邂逅(かいこう)の“場”

 宇治別格本山の季刊紙『宇治だより』担当者から、「宇治を愛する人」というコーナーへの寄稿を依頼された。二〇二二年十二月に発行されたのもので、ご覧になった方もいるかと思うが、その原稿を採録しておく。なお、紙面に掲載したのは紙幅の関係で原文を三分の二ほどに削ったもので、こちらが全文である。

 

 宇治川に注いでいる琵琶湖の水は、滋賀県では瀬田川と呼ばれ、京都府に入ると宇治川となって古都をめぐり、大阪府に入ると淀川となって商都を潤し、やがて大阪湾に至る。


 この湖水のことを、かつて宇治練成会で〝宇宙大生命〟に喩えて講話されていた講師がいたが、私たちの人生という大河も、さまざまな人や事や処と出合い、豊かな経験を経て内在の神性が輝きはじめる。そして大生命から授けられた〝使命〟という川を旅して、ご縁あった人々の生活を潤すのだ。


 宇治川のほとりに位置する宇治別格本山は、み教えにご縁をいただいた者たちの“出会いの場”であり“修行の場”であると同時に“再会の場”でもある。

 私が初めて宇治本山の門をくぐったのは昭和五十七年の新春練成会。当時、総務の藤原敏之先生を中心に小嶋博先生、榎本恵吾先生らが指導に当たっておられた。


〝ご縁〟とは不思議なもので、もし“あの人”に出会っていなかったら、今の自分はなかったと思われる恩人が誰しもいるかと思うが、私にとって宇治の先生方は、そのような人たちだった。


      ○


 宇治で研修生活をスタートして間もない頃、研修を担当されていた榎本恵吾先生が、練成の浄心行の後で研修生を呼び寄せて、
「皆さん、浄心行は“はじめから浄い心(実相)”が行うから浄心行ですよ」と話し始めた。そして「神想観は“神”が想い観ずるから神想観。愛行は“愛”そのものが行ずるから“愛行”です。皆さんは神の子です。そのまま“浄”であり、はじめから“愛”であり“光り”そのものです。これから心を浄めてから、神になるのではありません! 皆さんは宇治に光りを貰うために来たのではなく、宇宙を照り輝かす光(神)が、宇治を輝かせにきたのです!」

 と、情熱的に語ってくださったことを、昨日のことのように想い出すのである。


 また当時、藤原敏之先生は、毎週月曜日の午前七時から職員や研修生を対象に『生活の智慧365章』(谷口雅春著)を講義してくださっていた。先生は講話で、


「皆さん、ご文章の見出しの言葉だけを見て、そこにどのような内容が書かれているのか、おおよそ分かるようにならなければだめじゃッ」
 と繰り返しおっしゃっていた。つまり、それだけ深く文章の行間を読み込み、縦の真理(唯神実相)と横の真理(唯心所現)のカギを持って、見出しに凝縮された真理の言葉を正確に読み解きなさい、という深い配慮が込められていたことが、教化部長を拝命している今はよく分かるのである。


 また、そのころ写経練成会が開催されていて、小嶋博先生が『神 真理を告げ給う』(谷口雅春先生著)をテキストに、入龍宮幽斎殿で講話を担当されていた。


「いいかね皆さん。宗教の講話は、講演とは違う。講話は講師と聴衆との、いのちといのちの遣り取りだ! しっかり(集中して)付いてきてくださいよッ!」。


 小嶋先生の言葉は、私たちの魂にビンビン響き、そのピュアで瑞々しいコトバの響きは、今も私のいのちに深く刻まれている。
 研修生となった私は、この三人の大先達が語る言葉を、機会ある度に会場に足を運び、食い入るように拝聴させていただいた。昭和五十年代後半のことだ。


 そして一九八七(昭和六十二)年、藤原敏之先生が退職されることになり、後任として楠本加美野先生が総務に就任された。藤原先生は、最後の朝礼のご挨拶で楠本先生を紹介しながら、


「楠本講師は“行”の人じゃ。“行”は(唯神実相への)深い信があればこそ、“行”に徹することができる」
 と、楠本先生の信仰をずばりと捉えて紹介してくださった。


      ○


 その後、楠本総務の元で宇治別格本山から何人もの本部講師が誕生した。そして、練成会を受けて人間・神の子に目覚めた数多(あまた)の人たちが、地方講師となり教区幹部となって菩薩行に身を捧げられている。


 私も宇治の先生方に育てられた一人だが、宇治のことを想うと、恩師たちの温顔が脳裏に浮かぶ、ただただ感謝と懐かしさしかない。


 宇治に入山した当時、抜きがたい精神的な苦悩に加えて肉体的にも病気を抱え、幼い頃から薬に頼って病と折り合いをつけてきた私が、み教えの本ものの〝深み〟にふれたおかげで、薬の全く要らない境涯に入り、健康と感謝と喜びに満ちて、しかも本部講師として菩薩行に携われるようになろうとは、夢にも思っていないことだった。


 そんな、み教えとの決定的なご縁を結んでくださった宇治の恩師たちのことを想うと、借り越しになったままの“ご恩”の借財は計り知れない。しかしそれは、そのまま私に託された使命の遠大さであり、久遠に渡っての菩薩行であることを、あらためて想うのである。

                  
    (二〇二二・一二)

 

 

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2023年2月21日 (火)

フランケン菩薩の誘惑 (2023.3)

 科学技術は、私たちに利便性と豊かさをもたらしたが、その一方で、地球温暖化や原子力による放射能汚染など、グロテスクで深刻な問題も招き寄せた。

 NHKに「フランケンシュタインの誘惑」という番組があるが、これは、科学技術を駆使して〝理想の人間〟を作る夢を描いた青年が怪物を生み出してしまったという、矛盾に満ちた〝科学の闇(やみ)の部分〟の象徴がフランケンシュタインである。


 最近、関西で地方講師をしている古くからの友人と埼玉教区の講師の方から、生長の家総裁が「九折スタジオ NO101」などで演じているフランケンシュタインについての解説を求められた。つまり「あの作品をどのように解釈したらいいのでしょうか?」という質問だ。どうやら彼女たちの周りでは、この解釈を巡って様々な意見が交わされたようだが、未だ結論には至ってないらしい。


 総裁先生の作品に登場するグロテスクな怪人物と、今年の干支(えと)である可愛いウサギの組み合わせも対照的であり、フランケンの異様な縫い跡だらけのお顔も正視し難い。しかし、あのようなお役を演ずる目的を推察すれば、その文脈から何かが見えてくるはずである。


「四無量心を行ずる神想観」に、「すべての衆生をみそなわして、その苦しみを除き、悩みを和らげ」という祈りの言葉がある。「衆生をみそなわして」とは、相手の苦しみ、悩みを汲み取り、悲しみのすべてを受け入れて一つになることである。相手とひとつにならなければ、その苦悩を癒やす道は見えてこない。ひとつになったとき、はじめて相手の悩み苦しみの細部が見えて問題解決への道が開けてくるのだ。

 そこまで降りていくのが〝同悲の心〟である。相手と離れた高いところから、指導やアドバイスや批判をしている間は、永遠に問題の解決に至らないのは、指導経験を積んだ講師の皆さんには自明のことだろう。


 さて、先のフランケンだが、以上の文脈に沿って推察すれば、月のウサギは衆生を導く天の使い。フランケンシュタインとは全世界が直面している現代文明の最もグロテスクな部分、つまり戦争、地球温暖化、そして原発の象徴のようにも思われる。

 総裁先生は「九折スタジオ」で、このフランケンくんとなって聖歌「宇宙荘厳の歌」を朗々と歌われている。つまり、最も深い苦悩の闇の底から、最も荘厳に光り輝く聖なるものが、聖歌を唱うことで復活して、全世界を照らす。これは深い祈りを込めた象徴劇でもあるのだ。


 さて、私の解釈はこのくらいにして、後は皆さんに委(ゆだ)ねよう。

 教区の皆さんへのお別れの言葉は、三年間の信仰随想を一冊に纏(まと)めて「あとがき」で伝えさせていただく予定だ。

 最後に一つだけ言わせてもらえば、生長の家の「一切者としての自覚」とは、一切の責任を自ら担(にな)い、観世音菩薩と一つになって慈悲喜捨を黙々と行ずることである。それが「聖使命」という言葉の所以(ゆえん)であり、私たち生長の家の信仰である。

  (二〇二三・三)

 

 

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2023年1月27日 (金)

すべてを成就する鍵  (2023.2)

 既にご存じのことと思うが、この三月で、私は埼玉教区と群馬教区を去ることになった。そして、四月から東京第一教区と第二教区の教化部長として赴任させていただくのだが、埼玉・群馬に来て三年。皆さんと一緒に祈りながら、コロナ禍での運動のアイディアを出し合い、社会の変化に柔軟に棹さした光明化運動を展開してきたつもりだが、異動の知らせをいただいてから、ふと「もう、私の役割は果たし終えたのだろうか?」との思いに駆られていた。


 結論から言えば、私の「役割」はこの三年間で一段落して、ひとつの節目を迎えたのである。埼玉も群馬も〝新しい教化部長〟の赴任とともに、新しい時代が始まり、新たな神意が現成するのだ。

 コロナ禍での運動も四年目を迎え、その兆しは随所に現れている。たとえば

①ネットとリアルな対面行事との両輪が揃い、どんな状況下にあっても強靱でしなやかに運動できる基礎が構築できた。

②四月から赴任する教化部長が兼務でなくなり、それぞれ担当される教区に専念して地域の光明化に尽力できる(これは兼務では果たすことのできなかった領域だ)。

③コロナの扱いが「5類」(インフルエンザなどに該当)となる春から対面行事が本格的に再開されるだろう。

このように、視野をちょっと広げただけでも運動の好材料が目白押しなのである。


 その結論に至るまで、後ろ髪を引かれる思いをしていたら、なんとコロナに感染してしまい、三日後に妻も罹患した。幸いにして他の家族は無事だったが、高熱にうなされて激しい〝自壊作用〟に見舞われたのは、夫婦とも十数年ぶりのことだった。


 良寛和尚は、越後での大地震(一八二八年)で子どもを亡くした友人に宛てた手紙で、「災難に逢う時節には災難に逢うがよく候(そうろう)。死ぬ時節には死ぬがよく候。これはこれ災難をのがるる妙法にて候」という言葉を書き残している。

 災難も、病気も、たとえ死でさえも、擾(じよう)乱(らん)現象は現れては消えていく浄めの姿である。良寛の言葉は、目先のことばかり見て判断したがる私たちの〝自我〟の都合を超えて、宇宙に遍満する〝大生命の働き〟への深い信から湧出している。

 不幸や災難と見える現象が現れていたとしても、「実相は完全円満であり、現象にとらわれるな、怖れるな、嬉々として汝の新たな使命に挑め!」という真理を伝えているのだ。


 人生の随所で、新価値を創造する秘訣は、神に全托して生活することである。それは日々の神想観で、すべてが成就している実相世界と繋がり「ありがとうございます」とただただお礼と感謝を伝えることである。

 生長の家では、「既に神は吾が求むる如く吾れに為したまうたのである」(『日々読誦三十章経』)と教えていただいている。求めたものは、既に成就しているのだ。私たちは赤児のように、神の無限智、無限愛、無限生命に充ち満ちた実相に深く抱かれ、ご縁ある一切のもののために仏の四無量心を行じるとき、すべてを成就する鍵が回り始めるのである。

  (二〇二三・二)

 

 

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2022年12月22日 (木)

「対話(dialog)」について (2023,1)

 生長の家との出合いは、私が中学生のときだった。

 オカルトブームが到来していた昭和四十年代、深い関心をもって私が読んでいた神霊学や霊界関係の書籍を見た父が、「知り合いの息子で、宗教や神秘的な方面の研究をしている青年がいる。変わっているが獣医でもあり紳士だ」と、私の小中学校の先輩に当たる澤口さんという方を紹介してくれた。


 興味を抱いた私は、その方面に関心のある同級生を連れて澤口さんのもとを訪ねると、彼は中学生の拙(つたな)い疑問や質問を厭(いと)いもせず、真摯に向き合って対話してくれた。そして私たちに答える言葉はとても叮嚀で、今振り返ってみても論理的で真理に適った誠意あふれる内容だった。

 そんな彼が帰り際に渡してくれたのが『白鳩』誌だった。そこに書かれた「法語」に魅了された私は、それ以来、牧歌的ともいえる大切な「対話」の時間を、年に数回のペースで持たせていただき、それは私が故郷を離れるまで続けさせていただいた。


 真理の探究は、神想観の実修に加え聖典や経本の拝読、そして愛行の三正行が基本だが、生長しようとしている魂たちを導くためには、相手と同じ目線に立っての「対話」が、彼らの神性をひらくカギとなるのだ。大切なことは、共に真理の道を探求する好奇心と、相手の神性を導き出すことへの配慮と、一期一会(いちごいちえ)の出会いのときを豊かに味わう親愛の情である。

 それは、学校教育のような一方通行のモノローグの時間ではなく、魂の交歓を通して一緒に真理を探求する興味尽きないダイアローグ(対話)の時間となる、それが誌友会の真の醍醐味だ。


 真理は三正行を通して体感されるが、求道の入り口に立つ人に対しては、誌友会などを通して相手との継続的な「対話」を根気よく重ねることが大切で、機が熟すに従って彼の内なる仏性が目覚めるだろう。そして三正行を実修すれば、彼自身が発見した喜びに導かれて真理の道を歩みはじめるのだ。ここまでお導きするのが、私たち菩薩の使命である。


 さて『聖使命菩薩讃偈』の中に「己れ未(いま)だ度(わた)らざる前に、一切衆生を度さんと発願修行する」という言葉がある。

 発願とは、誰かを「救ってあげたい」と強く願う内なる仏性の働きだ。悩み苦しむ人を「救う」力は、誰の内にも宿っていて湧出するのを待っている。その力の根源は、私たちの内にある慈悲喜捨の四無量心である。「神想観」を通して仏の大慈悲を体感し、「愛行」を通して生活に現すのが「発願修行」だ。

 人を救う力は、三正行を実修する中から着実に生長するのである。


 さて、講話の折に私がいつも「何か質問は?」と参加者の皆さんに問いかけるのは、私自身が、諸先達との「対話」によって真理への道へと深く導かれ、救われたからである。

 生長の家の信徒にとってすべての「対話」は、相手の〝いのち〟との四無量心の遣り取りであり、多様性のある豊かで柔軟な対話こそが「人間・神の子」の実相を開く〝ムスビの機会〟となるのだ。

  (二〇二三・一)

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2022年11月26日 (土)

“声なき声”を聴く (2022,12)

  親鸞(しんらん)の言行を記した『歎異抄(たんにしよう)』の中に、「善人なおもて往生(おうじよう)をとぐ、いわんや悪人をや」という文言がある。

 この言葉は、悪人や罪人こそ、まさしく阿弥陀仏(尽十方無礙光如来の大慈悲)に救われるべき対象だ、という意味であるが、人生を渡るなかで、自身で担い切ることのできない大きな罪業に苛(さいな)まれた者にとってこの言葉は、地獄の桎梏(しっこく)から救われるような光明をもたらしたことだろう。


 生長の家の「観世音菩薩を称うる祈り」の中に、「観世音菩薩は、私たちの周囲の人々の姿となって私たちに真理の説法を常になし給う」と記されている。

 人生を顧みて、たとえば物事が思い通りに運ばなかったり、不如意な事が起こっているように見えたならば、それは周りが発している〝声なき声〟に、私たちが心の耳を傾けていなかったことの裏返しなのかもしれない。


「心の法則」について説かれたこの祈りの言葉の背後には、人間の実相は〝宇宙大生命〟と一体であり、全ての生きとし生けるものと繋がっているという宗教的な世界観がある。

 では観世音菩薩は私たちの「周囲の人々の姿」となって、いったいなにを語り続けているのだろうか。

 これは不思議なことだが、私たちがこの〝声〟に耳傾けることで、これまで膠着(こうちやく)していた問題や、立ちすくむほかなかった難題を解決するための鍵が、意外なところから回り始めるのを多くの人が経験しているのだ。


〝聴く〟という受動的なことが、諸問題を解決する鍵となるのは、これまで顧みなかったものたちの〝声なき声〟を通して、私たちの心が天地一切のものと向き合い〝いのちの繋がり〟という真実の姿に目覚めるからである。

 これまで人生の難題を解決するために、私たちが懸命に努め励んでも一向に解決の道が開けない場合があったとしたら、それは〝声〟に耳を貸すことのない、一方的なアプローチだったからではないだろうか。


 観世音菩薩の説法に耳傾けるとは、宇宙大生命に、問題も不安も疑念も悩みも苦しみも悲しみも願いもすべて委(ゆだ)ね切って、大安心の気持ちで祈ることである。

 一休禅師は、「闇の夜に鳴かぬ鴉(からす)の声きけば 生まれぬ先の父ぞ恋しき」と詠んだが、闇の夜の扉をひらく唯一の鍵は、大安心の全托から生じる〝無条件の感謝〟である。その感謝の念の中から、観世音菩薩の慈悲喜捨が語りはじめるのだ。

 「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」という親鸞の言葉は、この全托の中から聴こえてきた、観世音菩薩が衆生の苦悩を照らし給う慈悲の光りなのである。


 観世音菩薩は、常に真理の説法を語り給うている。私たちは、周りで語り続けるいと小さき者たちの〝声なき声〟に耳傾けることから、漆黒(しっこく)の闇の夜に、智慧の光りを灯すことができるのだ。

 その〝声なき声〟を〝聴く〟ことで、悪人と見えていた不完全な現象が消え去り、そこに一切衆生の実相を根底から蘇がえらす、仏のいのちが復活するのである。

  (二〇二二・一二)

 



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2022年11月 1日 (火)

“ご恩”について (2022,11)

 コロナがいったん収束したおかげで、各地で講演会などの諸行事を開催できるようになった。

 教区に赴任して数年を経たが、コロナ禍の影響でいずれの会場でも初めてお目にかかる方との出合いがある。巡講させていただいてありがたいことは、新たな〝ご縁〟を通して亡き恩師たちへのご恩返しの幾分かを果たせることだ。

 私たちが信仰の世界に入ったのは、知人の影響かもしれないし、家族の助言だったかもしれないが、ここに至るまでに、どれほど多くの人たちの〝愛念〟によって導かれ、支えられ、生かされてきたことだろう。


 私もそうだが、親しい方から頂いたご恩のことは〝当たり前のこと〟と思って忘れてしまいがちであるが、それは水や空気のように自然で、自己主張をしない〝無償の愛〟だからである。しかし、これほど私たちを根底から生かし、私を私ならしめてくれたものはないのだ。

 わたしを含め多くの人は、現在の地位や能力を〝自分の努力のたまもの〟のように思っているのであるが、自分に宿る才能や能力を開花させる機会を与え、食べる物や住む場所を用意してくださった恩人たちのことは、念頭から消えている。

 家族であれ、恩師や友人であれ、もし、その人との出会いがなければ、別の人生を歩んでいたであろうし、もしかしたらどこかで野垂れ死にしていたかもしれないのだ。

 秋の実りの時節に、あらためてこの〝ご恩〟を顧みることも決して無駄ではあるまい。

 たとえば、もし皆さんがお世話している身近な誰かが、これまで注いだ愛情のことを一向に顧みてくれないならば、それは私たち自身が、これまでお世話になった方たちの愛念を顧みていないからかもしれない。あるいは目先の利害損得にばかり心奪われてはいないだろうか。

『大調和の神示』に「顧みて和解せよ」と説かれているのは、かつて自分に注がれ、今はどこかに置き忘れてきた、その所在も知れぬ「愛念」のことを想い出し、よくよく「脚下照顧」して感謝することを教えているのである。


〝無償の愛〟を注いでくれた方たちの〝想い〟は、私たちがその〝掛け替えのなさ〟に気づいたとき、初めて日の目を見る。つまり、隠れていた〝ご恩〟が報われるのだ。そのとき私たちは、初めてそのご恩や愛念を受けたときの自分に立ち帰ることができる。そして、同じ目線から、誰かをお世話させていただくための智慧や言葉がひらけてくるのである。


 そのためには、先ず行動に移してみよう。

 ご恩を注いでくださった方は、もうすっかりお忘れになっているかもしれないが、ご存命であれば訪ねて行き、お礼と感謝の言葉をあらためて伝えることである。

 また、すでに故人となっているなど、逢えない事情があるのであれば、神想観の折に繰り返し想い出して、感謝の祈りをどこどこまでも捧げさせていただくことである。

 そこから、かつて自身に降り注いでいた同じ慈悲の光りが、あなたとご縁をいただいた人の往く道を、煌々と照らしはじめるのである。

 

(二〇二二・一一)

 

 

 

 

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2022年10月 3日 (月)

“ご縁”に感謝する (2022,10)

 川越に住み始めて三度目の秋を迎えた。

 借家の庭を開墾した畑では、春にはキュウリ、トマト、ナス、ゴーヤ、ピーマン、シシトウなどの野菜を栽培して、盛夏をすぎたら、いつも手つかずのまま日々の忙しさに紛れて放ったらかしていたのだ。が、今秋は心機一転、九月中旬に収穫後の残骸を片付け、冬に向けて白菜、ノラボウ、レタス、カリフラワー、キャベツなどの苗を植えてみた。


 生長の家に、「一切の人に物に事に行き届くべし」という言葉がある。

「一切の人に物に事に」とは、私たちが日常の中で出合う〝ご縁〟のことだ。人との出会いも、物や事との出合いも、すべて偶然のようにも見える〝ご縁〟に導かれて進展してゆく。そのご縁に感謝し、人生の光明面に着目して喜んでいれば〝ムスビの働き〟によってそこから尽きることのない新価値が生まれてくる。

 一方、自分の都合を優先して、惜しい欲しいと執着し、心が暗黒面に捉われていれば、どんな良縁も悪縁となって見えてくるのである。


 生長の家は「天地一切のもの」との〝ご縁〟を神の現れとして拝み感謝する教えであり、天地の渾(すべ)てのものは観世音菩薩の現れであると教えていただいている。

 仮にもし不完全な姿が周りに現れていれば、それは過去の迷いの想念が消える浄めの相(すがた)であり、相手の実相を拝んで感謝していれば万事は必ず好転するのである。


 宗教学者の島薗進氏が、『愛国と信仰の構造』(集英社新書)という中島岳志氏との共著で、自然災害からの復興をめぐって印象深い言葉を語っていた。

 それは、誰かをお世話させていただくときは、「相手が求めているものに応じて、即興的に発揮できるものを探していく。このこと自身が自分にとっても大きな学びになる」というもので〝ご縁〟を生かすことについての深い洞察が伝わってきた。


「相手が求めているものに応じて、即興的に発揮できるものを探していく」とは、私たちが、仏の四無量心や神の愛を行じさせていただくときの姿勢そのものと重なる。

 それは、すべての〝ご縁〟を観世音菩薩のお導きとして受けとめ、今できることを精一杯させていただく慈悲の姿であり、私たちも多くの先達から、このような〝お世話〟を頂いたおかげで信仰生活へと導かれ、人間・神の子の真理に目覚めたのである。


 仏の四無量心は、同時に神の無償の愛でもあるのだが、それに生かされていることに気づいたとき、私たちは「人間・神の子」に目ざめて新生するのだ。

 その生かされて生きる悦びが、ご縁ある全ての人や物を活かすクラフトとなり、家族を活かすエシカルな料理となり、大地や植物や人を活かす家庭菜園となり、これらのPBSの諸活動が、私たち一人ひとりに托された人生の一隅を照らすのである。


  (二〇二二・一〇)

 

 

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2022年8月23日 (火)

灯火親しむ季節に (2022,9)

 苦海と見えていた人生で、読書を通して一条の光明を見い出された方も多かろう。秋の夜長は本に親しむ時節でもある。

 ということで、最近読んだ中から目からうろこが落ちる体験のできる(と思われる)お勧めの本を何点か紹介したい。

 先ず、新書大賞を受賞した『人新世の「資本論」』(斎藤幸平著 集英社新書)。

 人の営みによって都市はコンクリートに覆われ、海は酸性化とプラスチックに汚染され、大気中には大量のCO2が溢れて地球温暖化が進んだ。そんな、自然を大きく改変した地質学上の時代区分のことを「人新世」と呼ぶそうだ。本書は、それを〝滅亡の遺跡〟としないための処方箋である。


「風が吹けば桶屋が儲かる」という諺(ことわざ)がある。環境問題を解決するための基本は、環境破壊が発生する構造を理解して、それを好転させる鍵を見出すこと、そして鍵を回すことである。

 本書は、そのための知見を、人類の過去の経験や思想、そして世界各地で進めている有効な取り組みを紹介して明らかにする。

 内容の深さに相違して、環境問題のメカニズムについてこれほど分かりやすく書かれた本もまれだ。これまで皆さんが学んで来た知識や情報が、読むだけで整理できるだろう。

 私たちが目指している〝新しい文明〟の一つの方向性が見えてくる一冊だ。


 次は『親鸞と日本主義』(中島岳志著 新潮選書)。

 ロシアとウクライナの戦争を機に、日本でも歴史を振り返り検証しはじめた「愛国と信仰」の問題について、これほど思想的に踏み込んだ「対話」が公開されるのは珍しい。

 明治維新以降、伝統的な宗教や国学、そして著名な思想家が説いてきた「日本主義」「国体」「聖戦」などの言葉が、ときに民衆の心を扇動(せんどう)し、ときに国策に迎合して戦争に突き進み、イデオロギーとして人心を振り回してきた歴史が浮き彫りになる。

「中心帰一」といい「大御心」といい「絶対他力」といい、同じ言葉を使っていても、それが神の無限の愛や仏の慈悲喜捨から発したものなのか、それともただの観念が頭に宿って鳴り響いた付和雷同の叫びなのか。

 それがどんなに尊い言葉で表現され、そこに理想と見える世界があるように思えたとしても、深く検証もせず現象を妄信すれば、「外にこれを追い求むる者は(略)永遠に神の国を得る事能(あた)わず」であり、万行空しく施すことになる。


 本書をたどりながら、過去の歴史を通じて説かれた〝似て非なるもの〟を厳密に検証することで、生長の家が説く「中心帰一」との〝違い〟が見えてくるだろう。真意を探る中から、あらためて「仏の四無量心」が、国を超え、民族を超え、時代を超えて生きとし生けるものに働きかけ、観世音菩薩の大慈悲が生長の家の運動となって顕れていることに注目してほしい。


 ほかにも紹介したい本は数多(あまた)あるが、紙幅が尽きる前に一冊挙げれば、『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』(米原万里著 角川文庫)も意外な一冊だ。

 異文化コミュニケーションがもたらす豊かな実りと、国や民族を異にする親友たちへの〝想い〟が切々と胸に迫る。今は亡き著者が振り返る、わくわくドキドキの自伝的ノンフィクションだ。

 (二〇二二・九)

 

 

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2022年8月13日 (土)

コロナ禍で開花した運動の多様性 (2022,8.15)

 生長の家栄える会の機関紙『七宝の塔』8月号に寄稿したものをブログに採録しておく。(なお、機関紙には久都間のふりがなを誤って「つくま」と誤植されていたが、「くつま」が正しい表記である)

 二〇二〇年の春、ご縁あって新型コロナウイルスが蔓延する最中に、埼玉教区と群馬教区に赴任させていただいた。

 同年三月、前教区で推進していた生長の家講習会が中止となり、四月以降、赴任先で計画していた各地の講演会をはじめ、練成会、誌友会など全ての行事が中止となった。着任早々、神さまから「コロナ禍での教化活動」という大きな宿題を頂いたようなものだ。

 この折の事を、栄える会の諸氏に披瀝することで、ご依頼を頂いた寄稿の任を果たそうと思う。

 着任して脳裏に浮かんだのは、コロナ禍という非常事態の中で、対面を必要としないFacebookグループとzoomの活用だった。

 すでに埼玉教区と群馬教区を結ぶ会員限定のネットワークが教区にはあり、私自身も数年前に東京第二教区で同様のグループを立ち上げていた経験から、当面の運動の軸をここに据えることにした。

 しかし、当時このグループの参加メンバーは会員の十八%に充たない数で、非対面型の運動の軸とするには、信徒間で話題になるような魅力的なコンテンツを充実させ、ネットへの参加者を増やすことが不可欠だった。

 先ず教化部スタッフに、「教化部を〝放送局〟にする」構想を伝え、着任二日目からzoomとFacebookを活用した神想観の先導とミニ講話のライブ配信をスタートした。

 放送内容は、午後十二時半から「四無量心を行ずる神想観」を実修し、一時から教化部長のミニ講話と質疑応答の時間を設け、これを毎日欠かさず配信した。

 さらに、三カ月後の七月からは、コロナ禍で出講できなくなつた地方講師の皆さんにも加わっていただき、交代で神想観の先導と信仰体験を担当していただいて配信した。

 その目的は、

①魅力的なコンテンツ(神想観・講話や体験談)配信によるネット利用者の増加。

②地方講師の皆さんの教化力の維持。

③ネットに親しんでPBS活動に参加していただくための一里塚。

この仕組みを軸に、あらゆる対面行事のデジタル化を模索して実施した。

◇ネットが利用できない人のために

 合わせて着手したのは、埼玉、群馬の各教区で発行していた機関紙の充実だった。

 一見、ペーパレスの時代に逆行しているようにも見えるが、コロナ禍でのコミュニケーション不足を補い、PBSを軸にした運動を咀嚼(そしやく)して伝えて全誌友の手元に生きた情報を届けるには、暫定的ではあるがコロナ禍では紙媒体の「教区機関紙」が最適な手段となった。

 埼玉では、それまでA4版二ページの紙面を、群馬の機関紙と共に一挙にA4版八ページへと拡大した。

 紙面はそれぞれの教区で編集して、毎回一面にPBS諸活動の共通の「特集」を、二面以降は白・相・青はじめ各組織からのメッセージを、さらに「教化部長の信仰随想」に加え、故人となった諸先達を顕彰する地方講師によるリレー随想のコーナーを新たに設けた。

 また、各地で実施したPBS活動のトピックス、翌月開催する各種ネットフォーラムの宣伝広告、最後の八面に「行事(ネット配信を含む)予定表」などを掲載したことで、コロナ禍でも生長の家の運動を血液のように巡らせる、動脈としての働きを紙面の隅々に託した。

 さらに、インターネットの双方向の特徴を活かした試みとして、従来の「地方講師研修会」をはじめ、練成会等で行っていた諸行事なども試験的にzoomやFacebookで実施してみるなど、こんな時期でなければできない実験を重ねさせていただいた。

 また、総裁先生ご夫妻が「九折スタジオ」を開設されたことから、教区における全てのネット行事で同スタジオの時間を組み込んで視聴した。コロナ禍にも関わらず、総裁先生方からご指導いただく機会が従来と比較にならないほど身近で双方的なものとなり、教区の信徒の皆さんにとって大きな信仰の糧とさせていただくことができた。

 おかげで二〇二一年の立教記念日の式典の本部褒賞では、埼玉教区が普及誌購読者数増加数・増加率ともに第一位を獲得したほか「質の高い運動実践賞(白鳩会)」、「地域貢献活動優秀賞(相愛会)」、群馬教区は「社会貢献賞(栄える会)」を受賞させていただき、次第にスマホに切り替える人々も増え、現在はSNS利用者も四割を超えた。

 すべては、技術面で支えてくれた教化部スタッフ、そして運営面で活躍された教区幹部の皆さんの尽力あればこそである。

◇アジサイのように

 かつて梅雨の時期にガクアジサイをスケッチしたとき、その構造が、まるで宇宙に浮かぶきら星のように、無数の細かな花や蕾みの集合だったことに気がついた。

 対面行事が解禁となった梅雨以降、担当している埼玉、群馬のペア教区でも、満を持して教化部長が教区各地へ出向いての講演と「教化部長・先祖供養祭」そして誌友会等の対面行事をスタートした。

 現時点では、群馬の桐生市、埼玉の上尾市など五会場で開催し、コロナが蔓延しなければペア教区全総連の二十数会場を回る予定だが、各会場ではzoomで〝顔見知り〟の方もいれば、まったくの初対面の方が半数以上もいることに深い感慨を覚える。赴任して三年目、コロナ禍でなければ既に三巡目に入っていたことだろう。

 また、講演会や先祖供養祭では、講話の後で必ず質疑応答の時間を設けているが、ある会場で「世界平和の祈り」ニューバージョンについて、相愛会員の方からこんなご質問を頂いた。それは、「ロシアの人のために祈るのは誤解を招くのでは?」というもので、その趣旨を尋ねると、ロシアを悪と見る〝世間の目〟に生長の家も合わせるべきではないか、という配慮であることが判った。

 ご存じのように、私たち生長の家は観世音菩薩の大慈悲である四無量心と神の愛を行ずる運動である。

 その愛の展開であるみ教えは「天下無敵」を説き、敵と見える者の中に「神」や「仏」の実相を拝むのである。

 道元禅師は、「道心の中に衣食あり、衣食の中に道心なし」という言葉を説かれたが、道心とはすべてを生かす仏心を生きること。

 一方、衣食とは、今風に云えば世に蔓延(まんえん)した経済至上主義の生き方のことである。

 前者は感謝と和解の道であり、後者は競争と奪い合いと環境破壊へと進む隘路(あいろ)である。

 神さまから観れば、神の子に人種や民族の違いも無ければ、国の違いもない。たとえ世間がどのように見ようとも、慈悲喜捨の四無量心は、微塵もゆらぐことなく天地を貫いて万物を生かすのである。

 その大慈悲を生きることの中に、私たち生長の家の菩薩行があり、それを実践することの中から衣食が、世界平和が、次世代への愛の行為が満ちてくるのだ。

 それは紫陽花のような多様性に富んだ〝新しい文明〟を花咲かせる道である。

 (二〇二二・八・一五)

 

 

 

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2022年8月 1日 (月)

丸貰いの丸儲け (2022,8)

 不思議な時代が到来したものだ。スマホが普及したおかげで、今生では再び会うことは無かったであろう遠方に住む旧友とも、再会できる窓が開いていた。

 つい最近のことだが、共に四十年ほど前に宇治で修行した友人で、その後み教えから離れていた方からメッセンジャーで次のような質問が寄せられた。

「久都間さんにお聞きしたいことがあります。生長の家で一番大切なことは何でしょうか? 私は最近纏めた本で、自分が〝光であること〟と記しました。ところが先日、古参の生長の家誌友の方から〝それは感謝だ〟といわれました。が、私は〝光り〟のなかには〝既に感謝できている自分〟がいるから、それで正しいと思っていましたが、いかがでしょうか。それでも感謝することが第一なのでしょうか? 教えてください」。

 生長の家で一番大切なこと、という質問は、彼なりに人生を賭けた問いと思われた。私はスマホを手に、次のように答えていた。

「人間はみな神の子です。外界はすべて現象であり、非実在です。しかし現象は、宇宙大生命の働きである観世音菩薩(観自在の原理)によって現れた世界ですから、その人の心境に応じて、救いの機縁となるものが百人百様に現れるのです。

 だからあなたの云う〝光〟も一番大切であり、古参の誌友の語る〝感謝〟も一番大切なのです。

 生長の家で『天地一切のものと和解せよ』と説くのは、仏の四無量心を行ずる私たちの慈悲喜捨こそが、一切の無明を照らす智慧の光であり、衆生の苦悩を癒やす愛の光だからです。

 日々の神想観を通して、随所で慈悲と愛を行じて生きるのが生長の家の感謝の生活です」。


 梅雨が明けて八月が近づくと、宇治本山で総務を務めておられた藤原敏之講師の語っていた、「救いの根本行は、ただ〝有り難う〟と感謝すること。善くても有難く、悪くても有難いのです」

「自分の力によるものは一つもない、ことごとく頂きもの、丸貰いの丸儲けと分かれば感謝以外にはない」という言葉が蘇って来る。

〝丸貰いの丸儲け〟とは、すべては神からの授かりものということである。

〝自分のもの〟と思っていた家族も、自身の能力も、身体も、信仰する力も、実は自分のものなど一つもなくて、すべては神の愛、仏の大慈悲が家族となり、師となり友人となり同僚となり、土地や財産や私たちを取り巻く山河となり、そして私の求道心となって現れていたのである。

 生長の家の唯神実相の信仰は今日(こんにち)においても運動の根底に脈々と流れており、その慈悲の光に触れた人々を救いへと導く。

 役員改選で新たな使命が天降った方、一念発起して信仰に本腰を入れはじめた方、ともに私たちの住む世界は〝丸貰いの丸儲け〟宇宙まるごと神さまからの恵みであり、授かりものである。

 そして何よりも、あなたの存在こそが、神からこの世への〝最高の贈りもの〟であり、世を照らす〝慈悲の光〟なのである。

  (二〇二二・八)

 

 

 

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2022年6月25日 (土)

紫陽花の咲くとき (2022,7)

 十年ほど前の梅雨のこと。

 紫陽花(あじさい)をスケッチしたとき、その構造が、まるで宇宙に浮かぶきら星のように、無数の細かな花や蕾みの集合だったことに初めて気がついた。

 以来、紫陽花が咲く度に、花の天体は、種によって色や形そして星雲の形態まで微妙に異なることが見えてきた。そんな世界の不思議に触れる悦びは、神想観での宗教的な発見にも似ている。

 コロナ禍で、誌友会などの対面行事が開催できない期間が二年以上続いたが、梅雨入りとともに群馬と埼玉の各地を巡る「教化部長講演会」をスタートした。

 先ず群馬では桐生市、埼玉では上尾市と吉川市と越谷市を回らせていただいた。各会場では既にzoomで〝顔見知り〟の方もいらっしゃれば、まったくの初対面の方も半数以上いることに深い感慨を覚える。

 すでに両教区に赴任して二年以上の時を経ていることを思えば、本来なら教区の各地を二巡ほど回り、三巡目に入っていたことだろう。

 それでもコロナ禍の間、教区で出来る精一杯の活動として、インターネットを活用しての日々の神想観と講話、そして地方講師の皆さんによる体験談を倦(う)むことなく教化部から配信させていただいたが、感染症蔓延(まんえん)という初めての状況下で、果たしてどれだけの教化活動が出来るのか、日々が実践と試行錯誤の連続だった。

 ともあれ対面行事が可能となった今は、従来型の誌友会などアナログ的な運動も復活させ、コロナ渦中で展開したデジタルの利点をも生かしながら、柔軟に活動を進めていく予定だ。

 講演会と先祖供養祭では、講話の後で必ず質疑応答の時間を設けて皆さんとの対話を楽しみにしているが、ある会場で「世界平和の祈り」ニューバージョンについてのご質問を頂いた。

 それは、「ロシアの人々のために祈るのは、生長の家ではない一般の人から見て誤解を招くのでは?」というもので、その趣旨をさらに聴いてみると、ロシアを〝排除すべき敵〟と見る世間の目に合わせるべきではないか、という配慮であることが判った。

 ご存じのように、生長の家の運動の本源は大慈大悲の観世音菩薩である。

 その大慈悲の展開である生長の家では、天下無敵を説き、敵と見える者の中に神や仏の円満な実相を拝むのである。

 仏教の道元の言葉に「道心の中に衣食あり、衣食の中に道心なし」という言葉があるが、道心とはすべてを生かす仏心を生きること。

 一方、衣食とは、世に蔓延した経済優先の生き方のこと。前者は感謝と和解の道であり、後者は競争と奪い合いと紛争へと通じる隘路(あいろ)である。

 神さまから観れば、神の子に人種や民族の違いも無ければ、国の違いもない。世間がどのように見ようとも、慈悲喜捨の四無量心は微塵もゆらぐことなく天地を貫いて万物を生かすのである。

 その大慈悲を生きることの中に、私たちの菩薩行があり、そこから衣食が、世界平和が、次世代への愛が満ちてくるのだ。

 それは紫陽花が咲くように、多様性に富んだ〝新しい文明〟を花咲かせる運動である。


(二〇二二・七)

 

 

 

 

 

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2022年6月 1日 (水)

“愛の行者”楠本加美野先生のこと(2022,6)

 この三月、楠本加美野先生が彼岸へと旅立った。

 振り返れば、楠本先生を通して神さまから幸(さきは)えられた恩恵は計り知れない。私もその恵みを戴いた一人である。

 先生との出会いは四十数年前、富士河口湖道場での一般練成会だった。

 当時の先生は〝愛の行者〟そのものといった印象で、たとえば道場の廊下で合掌してすれ違うとき、演壇で穏やかに講話されているとき、湯船に浸かって瞑目合掌されているとき、先生の雰囲気から、日々唱えている聖句の言葉が光を放ち、一挙手一投足に中心帰一の誠意が滲み出ているようだった。

 その年の暮れ、青年会の仲間たちと車二台に乗り合わせて、富士河口湖での新春練成会に参加した。

 練成中の早朝、楠本先生の先導で地元の浅間神社に参拝して神想観を実修した。辺りは雪が積もり、火の気の全くない極寒の境内は深閑としていた。先生は毎朝ここで祈っているとのことだった。

 数年後、先生は本部練成道場(飛田給)に異動され、一九八七年からは宇治別格本山の総務を拝命された。そこで再び楠本先生と出会い、二〇〇〇年に私が本部に転籍するまで仕えさせていただいた。

 ある日、楠本先生に、「本部講師補の試験を受けたいのですが」とお伝えすると、思いがけないことに進学することを勧められた。

 まだ若く視野が狭かった私は、気が遠くなるほど長い遠回りをするような印象を受けた。が、仕事の傍ら勉強を重ね大学の哲学科に合格して学び、西洋哲学や心理学について研鑽させていただいたおかげで、後に真理の書を正確に読み解く読解力や、思想を鍛錬して言葉で表現する力を培うための掛け替えのない時間となった。

 先生が一人ひとりの魂を正確に見抜き、目先の判断を越えた的確な指導ができたのは、偏りのない、峻厳な「実相直視」の愛あればこそだったと思う。

 一九九八年の冬、私が肺炎を発症して入院したことがあった。

 お見舞いに来られた楠本先生は、ベッドの傍らで静かに聖経読誦を始められたのである。狭い大部屋だったので他の入院患者の注目を浴びることになったが、先生は人目など気にすることなく、ただ黙々とご自身の使命と信ずることを素直に行じておられた。

 退院して先生のところに行き、未熟な信仰と、休んだことのお詫びに伺うと、「いよいよ次は本部講師だな」と、再び思いがけない言葉で励ましてくださった。

 これは同僚の女性職員から聴いた話だが、早起きが苦手だった彼女は、その日は早朝行事の時間がきても起床できず、布団に包まり眠っていたそうだ。

 すると、夢枕に楠本先生の幻(まぼろし)が現れ、足元に立って、じっと合掌して自分のことを拝んでくださっていたという。

 「いっぺんに目が覚めて、大拝殿に飛んでいきました」と、驚きとも悦びともつかぬ興奮した声を響かせて明るく語っていたのを思い出すのである。

 楠本先生にまつわる温かなエピソードは、ご縁のあった人の数だけあり、それぞれが人生を光明生活へと好転させた物語を持ち合わせておられることだろう。

 先生は、それだけ皆のために祈り、ご縁あったひとり一人を愛して菩薩の道へと導き、神さまの使徒として人類光明化運動に身を捧げられたのだ。

 享年百歳。愛の行者としての荘厳なご生涯を、今さらながらに想うのである。

 (二〇二二・六)

 

 

 

 

 

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2022年5月 1日 (日)

“業の連鎖”を断ち切るために (2022,5)

 治水の歴史は、私たちの生活と深く関わっている。

 昨今は水害ばかり注目されているが、「水」は計り知れない恩恵を人々の暮らしにもたらしてきたのだ。

 関東地方の水源の一つである八ッ場(やんば)ダムの歴史について、群馬県ご出身の茂木則江講師が埼玉教区での環境教育勉強会(生教会主催)で発表された。

 それは建設に至るまでの経緯に加え、地域の自然や流域の人々に与えた影響について、ダムがもたらしたものと失われたものへの愛情あふれる視点からの研究で、Facebookの“おムスビネット”にアクセスできる方はぜひ、この自然と人間の物語に触れていただきたい。

 私たちは生長の家の活動を通して“自然と人間の大調和”というテーマを深く掘り下げ、環境問題について共に学んできたが、改めて見つめてみたいのは、私たちが何の疑いも抱かずにその渦中で生きてきた「人間中心主義」の文明と、その人間のいとなみを見えないところで支え続けてきた「自然」と、その狭間に立った先人たちの苦悩の歴史についてである。

 “新しい文明”を開くための智慧は、このような過去の足跡をしっかり振り返ることから見出すことができるのであり、同時にそれは、次世代にどのような地球環境を手渡すのか、ということを、私たち自身に真摯に問い掛けることでもあるのだ。

 これは東日本大震災以来、東北の太平洋沿岸で進められてきた津波対策とも重なるテーマである。

 古来からの美しい景観や砂浜を破壊して防潮堤をコンクリートで築き上げ、自然界を遮断することで人間社会を守っていくのか。

 それとも新たな防災・減災システムの研究や津波石などの故事から謙虚に学ぶことで、自然との生かし合いの道を開くのか。

 このことは新型コロナウイルス対策においても同様で、某国のように大量の消毒液を撒いてウイルスを完全に撲滅させるまで戦い続けるのか。それともウィズ・コロナを模索して共に生きる道を探るのか。

 対称性と非対称性の狭間で揺れ動く私たち人間のふるまいは、そのまま、今日のウクライナとロシアの戦いにも極端な姿で現れている。

 ダムも防潮堤もコロナ撲滅もそして戦争も、その背後に潜んで対立を深めているのは「人間中心主義」や「経済至上主義」という無明(まよい)である。それが自然と人間との調和を破壊し、数多(あまた)の人々に犠牲を強いる“迷いの文明”を生み出している。

 そのシワ寄せは、すべて自然界と弱者と次世代に回されているのだ。

『声字(しょうじ)即実相の神示』には、「神が戦いをさせているのではない。迷いと迷いとが相搏(あいう)って自壊(じかい)するのだ」と説かれている。

 戦いや環境破壊の背後にあるのは、正義などではなく、愚かで利己的な「迷い」である。

 このような人類の“業の連鎖”を断ち切る道は、私たちが日々実修している「世界平和の祈り」と、倫理的な生き方である「PBS活動の実践」が、無明(まよい)の暗を照射する光となるのだ。

 その信仰生活に共感した人々の心に真理の火が灯り、彼らと対話を重ね、ともに仏の慈悲喜捨と、神の無償の愛を生きることから“新しい文明”は拓(ひら)けて来るのである。

 (二〇二二・五)

 



 

 

 

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2022年4月 1日 (金)

静的工夫と動的工夫 (2022,4)

 東日本大震災から十一年目を迎えた朝、「呂律(ろれつ)が廻っていない」と家内に指摘された。病院でMRIを撮ると、医師から、「脳梗塞ですね。右側の、この白い部分がそれです」と診断された。

 懸念されたのは、教区での活動に支障をきたすことだった。

“これで私も店じまいかな”と思った瞬間、十代の頃に観た記録映画の一コマが脳裏に浮かんできた。

 それは、登山家の長谷川恒男氏(1947-1991)が、スイス・アルプスの「冬季アイガー北壁初登頂」に挑んだ時の記録で、かつて世界の数多(あまた)の登山家がこれに挑戦して失敗し、これまで数十本もの指が凍傷で失われていたのだ。

 同氏が登頂後のインタビューでこの凍傷を回避できた質問に答えて、
「手足の指先にまで意識を通わせていたおかげ」
という意味の言葉を語っていた。

 長谷川氏の言葉をヒントに、数日間、神想観での深い祈りと真理のコトバの研鑽に徹することにした。

 招神歌を唱え神想観の姿勢に入る度に、何処からともなく生命の生かす力がいつにも増して湧出してくるのを感じた。

 生長の家ではこれを「天地を貫きて生くる祖神(みおや)の権能(ちから)」とも「癒力(ゆりよく)」とも呼んでいるが、それは「自我」の活動が希薄になるに従って聴こえてくる“声なき声”でもある。

 この内なる働きに心を澄ませ身を委ねることで、その癒力(ゆりよく)は全身心を充たしていった。

 医師からは入院を勧められ、クスリも処方されたが、それを受け入れれば、この霊妙な感覚である「癒力」(癒やす霊妙な働き)の邪魔をしてしまうことは明かだった。

 熟慮の末、医師に率直に私の意向を伝え、以来“内なる声”に従って自然治癒に専念することにした。

 そんな日々を過ごした三日目、招神歌や聖経読誦の言葉が、次第に像を結びはじめ、そして発症して五日後、埼玉教区での月次祭ではなんとか祝詞を唱えることができた。

 まだ途上であるが、これも皆さんの深い祈りのおかげと思う。

 さて、『誰でもできる「石上げの行」』(宗教法人「生長の家」)という本が刊行された。

 歴史を振り返ると、かつて日本の各地で石に願いをこめて山に奉納していた記録がある。

 私が育った静岡でも、かつて疫病(えきびよう)や飢饉(ききん)で多くの民衆が苦しんでいたとき、明山鯨海(みょうざんげいかい)和尚という僧侶が駿河湾で石を拾い、それにお経を書いて藤枝の菩提山に収めたという伝承があり、実際に現地に足を運んでみると、今でも十数センチ程の平たい石が山頂に無数に散在している。

 また、お隣の山梨県の鳳凰(ほうおう)三山(南アルプス)には地蔵岳(2764m)があり、その山頂にはたくさんの石地蔵が奉納されている。

 これは子どもに恵まれなかった夫婦が子宝を祈願して登拝し、子どもが誕生するとお礼に石に地蔵を刻み、それを担いで運び上げたのだという。

 生長の家が説く“神癒”には、自力の働く余地は微塵もなく、ただただ神の絶対他力によるもので、それは神想観の静的工夫によって顕著に発現する。

 その癒力は、古来「石上げの行」などの動的工夫を通しても祈られ、“ムスビの働き”として各時代に顕現していたのだ。

 その衆生救済の働きは、肉体を超え、時代を超え、国境を越えた仏の四無量心の働きである。

 今はウクライナの平和と、次世代の安寧(あんねい)を祈り、私たちに授けられた聖使命の火を高く掲げて活動するときである。

 (二〇二二・四)


 
 

 

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