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2005年9月

2005年9月21日 (水)

ニューソート(5)

(5) ニューソートにおける「自己規制」の智慧

 ラーソンは、同書の「結び」において、ニューソートの牧師たちがある種の問題を取り扱わない、ということに注目している。つまり、米国という多民族、多宗教、多言語という多様性に満ちた社会の中で、そしてニューソートの母体となったプロテスタントなどのファンダメンタリズムが色濃く支配する状況下での布教経験から、彼らがある種の「自己規制」を行っているというのである。キリストは、「蛇のごと聡く、鳩のごとく素直なれ」と弟子たちに語っているが、ニューソートにおける「自己規制」の中身にふれることは、私たちが、宗教、文化を異にする環境において、あるいは価値観を異にする人々に対して、着実に神の教えを伝えるための、最良の智慧を得ることができるのではないかと考えている。

 また、申し添えておけば、これから紹介するニューソートの事例を、そのまま読者の活動に適用すべきだ、と主張しようというのではない。ニューソートの牧師たちの経験が、私たちが宗教的な活動を実践する際に、対社会的に担う「自己責任」の範疇を考慮する上で、さまざまなヒントを授けてくれるのである。

「まず第一に、彼らは気質的なものであれ、心身症的なものであれ、病気については説教で論じない。これは実践家とカウンセラーによって、すでに専有されている分野だからである。」(『ニューソート―その系譜と現代的意義』523頁)

 ニューソートと言えば、「治病」という印象が強かった私にとって、この言葉は意外であった。しかしこの真意を分析すると、宗教には、宗教でなければ扱えない領域がある、ということをニューソートの指導者たちは、よく心得ている、ということのようだ。

 たとえば、生長の家の教えを例にとれば、教典である『生命の實相』第一巻には、「生命の実相の自性円満を自覚すれば大生命の癒力が働いてメタフィジカル・ヒーリング(神癒)となります」という教えが説かれている。

 これは、飛田給や宇治にある生長の家練成道場の練成会に参加して、病気が消え、経済問題が解決することがあるのは、講師たちが心理療法士のまねごとをしたから、病が癒されたのでもなければ、経済学者としての知識があったから、参加者が借金苦の地獄から解放されたのでもない。これらの問題が生長の家に来て解決するのは、人間の実相が、本来完全円満なる神の子である、という「自性円満」を自覚した「悟り」によって、問題と見えていたものが「消える」のである。

 したがって、「生長の家は病気を治すところではない」という言葉と同じ意味で、ニューソートでは、「病気については説教で論じない」のであると言えよう。

 また、生長の家で説いている「自性円満の自覚」という、生命の実相へのアプローチは、「医学」でも「経済学」でも、それを扱うことは不可能である。なぜならこれは、純然たる「宗教」の領域だからである。またその逆の立場の人々のことも、宗教者として十分に知悉していなければならないであろう。ニューソートが病気について説教で論じないのは、このようなことへの配慮があると考えられる。

「第二に、私は歴史的宗教の信条や教義を論難するレッスンやメッセージを聞いたことがない―これらの信条や教義が拒否されていることはよく知られ、しっかり確定したことであるにもかかわらず、である。そうした信条や教義は忘れられるがままにされている(因みに、今や多くの伝統的な教会についても同じことがあてはまる。しかし大きな違いがある。ニューソートがそれらを無視するのは、それらを卒業したからである。その他の教会がそれらを無視するのは、彼らがもはやそれらを熱烈に信奉することがないからである)。」              (同書、523頁)

 キリストは、「死にたる者にその死にたる者を葬らせよ」と語っているが、ニューソートでは、既に〝終わっている〟教義に対しては、いちいち悪口を言わないし、相手にもしない、ということのようである。また、彼らが〝終わっている〟教義に対して論難しないのは、それらを卒業しているからなのだとラーソンは補足している。卒業とは、ニューソート的に言えば、キリスト教の伝統的な教えを「吟味・分析し」た結果、それらの教義が、「個人的要求を充たし、われわれ自身のガイドとして役立つもの」とならないということがハッキリした、ということである。彼らの信仰は、教えとして説かれたことを、「原理主義的」に鵜呑みにすることはせず、自身の判断による徹底した「吟味・分析」による検証を経たもののみを信じているのである。ニューソートの各派が、「クリスチャン・サイエンス」「ディヴァイン・サイエンス教会」「レリジャス・サイエンス」など、「サイエンス」という名称を用いている所以はここにあると言えよう。

「第三に、政治について論じることがない。これは、彼らの神学上の立場や宗教的実践のゆえに、どんな迫害の危険が伴うかもしれないことを知って、この高度に微妙な領域内では寄り道をせず、まっすぐな道を歩いているからであろうか。(中略)ニューソートは平均的アメリカ人の日常の感情的・主観的な要求や問題にもっぱらその焦点をあてているのである。」 (同書、253~254頁)

 北米の政治活動は、ファンダメンタリスト(キリスト教原理主義者)たちが強い影響力を持っていると指摘する論者が多い。「原理主義」とは、過去に説かれた教えを字句通りに信じようとする極端な聖典崇拝思想のことである。これについては、すでに解説してきたので詳しくは論じないが、ニューソートが彼らと同じ土俵で相撲をとることがないのは、迫害の危険を避けていると同時に、宗教でなければできない領域を十分に心得た者が、専門的な医学や経済学の分野にズカズカと土足で立ち入らないのと同じように、宗教活動の第一義的なものにのみ運動の重点をおき、それ以外の領域である政治活動には重点を置かない、という彼らなりの運動のあり方を示しているのである。政治活動に重点をおく宗教運動とは、厳密に言えば、もはや「宗教」運動ではなく、「政治」運動である。

 このようなカテゴリーエラーが「聖戦」の思想の温床となることは、すでに世界の宗教間における紛争の歴史から学んできたところではないだろうか。

 宗教運動における第一義のこととは、ニューソート的に言えば、「各人は今ここで健康、幸福、繁栄を達成することにおいて、その偉大なる善を探求」する、ということであり、宗教多元主義的に言えば、「自我中心から実在中心への人間存在の変革」ということである。ことに宗教と政治との関係は、時代状況、内外の情勢などを含め「人・時・処三相応」における最良の智慧を求められる問題であり、ニューソートではこれに対して、彼らなりの周到な距離をもって処しているのである。

「第四に、ニューソートは決して経済や課税の領域にあえて身を晒すことをしない。これもまた、政府との論争をもひき起こしうる微妙な領域だからである。これらを全部考え合わせて、われわれは、智慧の行程は進められている、と信ずる。ニューソートは努力して自ら重要な分野をきり拓いてきた。その他の分野に足を踏み入れることは、ニューソート運動の現代社会へのインパクトを薄めるのみであろう。」 (同書、524頁)

 ラーソンが指摘したニューソートの活動のあり方についての分析は、置かれている状況が違うとはいえ、日本において光明思想を普及する運動を進める上でも参考になるところが多い。

 それでは最後に、ニューソートのほとんどの教会で、礼拝の際に歌われているという讃歌を紹介して、この章を終わることにする。この詩が、宗教のドグマを超え、単なる日常の感情的・主観的な個人救済の次元も超えて、純粋なる神の愛の実践活動として「国際平和」を祈っていることに注目していただきたい。

   「地上に平和を来たらせよう、そしてこの仕事を私から始めよう!
    地上に平和を来たらせよう、本当の平和を。
    父なる神によって、われわれはみな兄弟、
    私の兄弟と完全に調和して共に歩もう。
   
    平和を私から始めよう、今この瞬間から、
    私の踏み出す一歩一歩を、私の厳粛な誓いにしよう。
    一瞬一瞬を、永遠に平和に生きるために、
    地上に平和を来たらせよう、そして私から始めよう。」 (同書、524~525頁)

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2005年9月20日 (火)

ニューソート(4)

(4) ニューソートの原理の宣言

 さて、少し遠回りをしてしまったが、『ニューソート その系譜と現代的意義』の著者ラーソンは、ニューソートの教会や各派によって出版された、手に入るすべての信仰宣言を研究した結果、彼らの思想と行動の基盤に大きな共通性のあることを見出し、それを「ニューソートの原理の宣言」として次のように要約した。

 一読すると、それがいかに生長の家の光明思想と共通したものであり、世界の各宗教における「共通部分」にみられたような、「究極的実在(実在者)」を中心とした普遍的な視座に立脚していることに気づかれることであろう。ドグマから解放された教えは、すべては「善なる神」において、一つなる真理に帰するようである。

「人間は、分離不可能の一なるものにおける神の本質の、個別化された表現である。したがって人間は、その身体、感情、そしてすべての活動において、完全になるための無限の可能性をもつ。
   すべての人間がこの神の本質の一部であるからには、彼らは普遍的兄弟関係を構成しており、相互に平和に調和して生きることを学ぶべきであり、またそれが可能である。
 この神の本質は人類において健康、智慧、生命、真理、美、喜び、幸福、繁栄として自分自身を表現する。
 一人ひとりの人間は神の本質が具体化したものであるから、各人は自己を大いに価値ある存在と見做すべきである。」 (『ニューソート―その系譜と現代的意義』521頁)

 ニューソートでは、神の本質とは、「健康、智慧、生命、真理、美、喜び、幸福、繁栄」であり、人間は神の本質が具体化したものであるから、そのままで価値ある存在であるという。また、人間は、「神の本質」を表現すること(つまり愛すること)がその本来の役割であるとするなど、これらの言葉は、生長の家の「人間は神の子である」との教えと、同質の真理を語っていると言えよう。

「キリストは万人のためにある普遍的な力であり、誰でも自分がそうすることに専念する度合いに応じてこの力に与ることができる。
  イエスは、このキリストの霊を途方もなく多く吸収した、偉大なる「道を示す者」にして模範者であった。それゆえイエスは彼の使命、すなわち人類に豊かな人生への道を示す力を与えられた。
 これがイエスの使命であったのだから、各人は今ここで健康、幸福、繁栄を達成することにおいて、その偉大なる善を探求すべきである。」 (同書、520~521頁)

 キリスト教の「ヨハネ黙示録」に、イエス・キリストの再臨ということが記述されているが、ニューソートでは、それは単にイエスが肉体的に蘇生することを意味するのではなく、万人の内に「神の本質が具体化」すること、つまり万人の内にキリスト(実在者)が再臨することを意味している。

 たとえばディヴァイン・サイエンスでは、キリストの「再臨」について次のように説明している。「(再臨とは)つねに存在するものが露わになるという『救済』そのものなのである。二度目の出現ないし来臨とは遍在する生命、愛、叡智、実体を求めることである・・・・。人間が、自分が真理であり、神が肉となって顕れているということを見出すとき、人間は自分がキリストであることを、またキリストが再臨したことを知るのである」(同書、331頁)。つまりキリストは、私たち一人ひとりの内に、すでに「再臨」しているのである。

 またニューソートでは、キリストとは、それは単なる固有名詞ではなく、「万人のためにある普遍的力」と定義している。これは正統な教会に所属しなければ救済されない、あるいはキリスト信徒でなければ救われない、といったような、キリスト教の伝統的な教義を超えたところに、キリスト(実在者)をとらえている、ということである。

 さらにイエスとは、この普遍的力(キリスト)の体現者であり、偉大なる「道を示す者」であるとするなど、メタファーとしてイエスの存在が認識されているため、彼らの思想は「原理主義」とは完全に一線を画しているといえよう。

「われわれは、それが見出されうるところではどこででも、真理を探究すべきである。われわれは差し出されたさまざまな「真理」を吟味・分析し、個人的要求を充たし、われわれ自身のガイドとして役立つもののみを受け入れるべきである。」   (同書、522頁)                   

「それが見出されうる」ところの「それ」とは、キリスト(実在者)のことである。ニューソートでは、宗派や教派にこだわることなく、さまざまな「真理」を吟味・分析して、キリスト(実在者)に至るためのガイドとして役立てることが推奨されている。つまり、「真理」とは、キリスト(実在者)に至るための、「ガイド」にすぎないのであり、それが見出されるのであればどこででも真理を探究せよ、大切なのはその教えがわれわれ自身の「ガイドとして役立つ」か否かということであり、「真理」の字面そのものに価値があるのではない、という極めて実践的な求道のスタイルなのである。

「神の本質から、人間と全被造物への神的流入があり、それは普遍的幸福の基礎としての役割を果たす。
 この神的流入ないし知性は、宇宙のあらゆる部分にわたって、いっさいの物質的、また霊的顕現の中に現存する。
 聖書は神の聖言であるが、霊的解釈をとおしてのみ正しく理解されうる。」(同書、522頁)

「人間と全被造物への神的流入」とは、イスラム教のバスターミーの体感した「神の愛」、ユダヤ教のクレカサスが説いた「最高の善性たる神と流出せる善性としての世界」、そしてヒンドゥー教のダードゥーが説いた、神の「喜びの流出」と符合している。これらは、それぞれの宗教に現れた、一つなる神の〝共通部分〟なのである。

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2005年9月19日 (月)

ニューソート(3)

3) 宗教改革以前にもあった―自発的な「コペルニクス的転換」

 キリスト教会自身による自発的な「コペルニクス的転換」は、実はスウェデンボルグやニューソートの指導者たちから始まったのではない。それはルターの宗教改革以前から、キリスト教内部での自律的な働きとして、何度も繰り返し試みられていたことなのである。ここで、スウェデンボルグに遡ること300年前の人物で、キリスト教中世史上もっとも概念図式を超えた領域から教えを説いた、キリスト教神学・哲学の至宝、ニコラウス・クザーヌス(1401~1464)について、少しだけふれておきたい。

 20世紀最大の宗教学者でシカゴ大学宗教史学科主任教授を務めたミルチア・エリアーデ(1907~1986)は、クザーヌスについて、「彼まだ分裂していない単一のローマ教会の最後の重要な神学者―哲学者であった」と『世界宗教史』の中で述べている。

 クザーヌスは、1430年、カトリック教会の司祭に叙階され、バーゼル公会議(フィレンツェ公会議)では指導的な立場で活躍しているほか、東西教会の和解のためにも奔走し、教皇使節としてコンスタンティノープルを訪問している。また、1488年に枢機卿、1450年ブリクセン大司教を歴任するなど、その生涯は教会政治家としての実践と、思想家としての理論が融合した類い希なものであった。

 その彼が、1437年1月に教皇使徒としてコンスタンティノープルへの途次、地中海を航海中に、「知ある無知」についてのインスピレーションを得た。その内容とは、人間の「認識」は相対的で有限なため、無限である「真理」をとらえることができないというもので、この思想についてはエリアーデによる優れた研究があるので紹介する。

「あらゆる学知は推論的なものだから、人間は神を認識することはできない(Ⅰ・1―3)。真理―絶対的な最大―は理性を超えている。なぜなら、理性には矛盾対立を解消することができないから。したがって、推論的理性や創造力を超越して、直感によってこの最大を捉えなければならない。そして実際に、知性〔理性より高次な知〕は単純な直感によって、もろもろの差異や多様性を超えて上昇していくことができる(Ⅰ―10)。(中略)その無限の単純性において神はいっさいの事象を包越しており(包括態)、同時に神はいっさいの事象の内に現存している(展開態)。言い換えれば、包括態は展開態と一致している(Ⅱ・3)。この反対の一致の原理を理解することで、われれの「無知」は「知ある」ものとなるのである。ただしこの反対の一致は、理性によって到達された総合と解されてはならない。なぜなら、反対の一致は有限性の地平では実現されえず、ただ推測的な意味で、無限性の地平でのみ可能なものだからである。」 (『世界宗教史〈6〉ムハンマドから宗教改革の時代まで(下)』52~53頁)

「反対の一致」とは、要約すれば、包括態と展開態という絶対矛盾を併せ持つ究極的実在(実在者)を、弁証法的にとらえた原理のことである。それは五感、六感の認識を超えているため理性によって把握し到達することはできないが、知性による「直感」、つまり「観想」を深めることによって上昇(把握)していくことができる、というものだ。

 クザーヌスは、この思想はキリスト教哲学・神学にまったく新たな地平を開くもので、他の宗教との一貫した実り多い対話に着手できることを確信し、1453年、『信仰の平和について』という書物を著した。時はオスマン帝国によるコンスタンティノープル征服と同じ頃である。エリアーデは、この著述のポイントを次のように要約している。

「クザーヌスは『信仰の平和について』のなかで、諸宗教の根本的統一性を肯定する議論を再び展開している。多神教、ユダヤ教、キリスト教、イスラームといった各宗教の「特殊性」の問題には、彼は悩まされていない。否定の途に従うことによってクザーヌスは、多神教の諸儀礼と真の一神崇拝とのあいだにある非連続性ばかりでなく、両者の連続性をもあきらかにしている。なぜなら多神教の信者たちは、「あらゆる神々において唯一の神性を崇拝している」のだから。」 (同書、54頁)

 中世キリスト教哲学において、当時の教義をはるかに超えた思想が、しかもカトリック教会の枢機卿という地位の人物から生まれていたのである。クザーヌスの耳には、かつて訪問した東方正教会の聖都コンスタンティノープルを首都とするビザンチン帝国が、イスラムのオスマン帝国によって滅亡させられた情報も入っていたことであろう。しかし、彼の透徹した直観は、そのような現象的な衰亡に惑うことなく、「唯一の神性」を見透して、宗教間の対話へと向けられていた。

「ユダヤ教やイスラームの純粋な一神教とキリスト教の三位一体の一神教との相違に関しては、ニコラウス・クザーヌスはこう説明している。「創造主としては、神は3にして1であるとともに一である。しかし無限者としては、神は3にして1でも一でもなく、またそれ以外のいかなる言葉も当てはまらない。なぜなら、神に与えられているもろもろの名は被造物から採られたものにすぎず、神御自身としては、神は言葉にしえず、人が名づけ、あるいは語りうる一切を超えた御方であるのだから」。こればかりではない。魂の不死を信じている非キリスト教徒の信仰は、死に委ねられて甦ったキリストを、それと知ることなしに前提しているのである。」 (同書、54~55頁)

 クザーヌスの「反対の一致」からみた宗教観は、ニューソートの指導者たちのように霊感的であり、ドグマを完全に透過して自由である。しかも、中世後期の“宗教改革前夜”ともいうべき時代背景のなかで、キリスト教の教義を超え、異教徒たちの信仰している多神教、ユダヤ教、イスラム教という宗教の枠組みそのものを完全に超越して、今日の宗教多元主義の考え方と符合していることは驚きである。それは、半世紀後に登場するルターやカルビンなどプロテスタントたちの行った思想運動とは、完全に次元を異にしたものである。

 クザーヌスのこの大胆な思想は、キリスト教会では誰にも受け継がれることなく、18世紀に『信仰の平和について』が再発見されるまで、完全に忘れ去られていたのである。この背景には、クザーヌスの影響を受けたドミニコ会の説教家ジロラモ・サヴォナローラ(1452~1498)らが、ローマ教会内部で教義の「改革」を試みたところ、異端宣告を受けた後に絞首刑に処せられ、その遺体が公開で焼かれるという事件が影響していた。これ以降、カトリック教会内での「改革」は影をひそめ、クザーヌスの開いた地平とその驚くべき哲学は、教会のはるか彼方へと追いやられてしまった。やがてそれは、「抗議者(プロテスタント)」という不満分子によるドグマのレベルでの反抗運動となり、ローマ教会そのものの分裂を招くに至ったことは歴史の示す通りである。

 エリアーデは、このことについて次のように語っている。

「協会側の敵対的反応、とりわけ異端審問の行き過ぎが、キリスト教体験の貧困化を、さらには硬直化を加速させていった。」 (同書、56頁)

 なぜ、「異端審問の行き過ぎ」が起こったのか。それは、かつてユダヤの人々がイエス・キリストの教えを理解することなく、彼を異端者として十字架に掛けたのと同じように、今度は当時のキリスト教会の人々が、究極的実在(実在者)を見透していた第2、第3のキリストたちを「異端」として葬ったのである。

 それだけ私たち人間は、現象界で踏襲してきた慣習(スンナ)に依存する傾向が強いのである。キリストは、「されど見ゆという罪は残れり」と語っているが、私たちが生まれてこの方、五感、六感を通して習い覚えた慣習とは、畢竟「業」にほかならない。しかし「業」は善いものでも悪いものでもない。それは“影”にすぎないのだ。問題なのは、「業」の支配を受け「業」に引きずり回されることである。さらに「業」に絡め取られた人々が多数派を形成することで「原理主義」的なドグマが一人歩きを始める。これは、キリスト教会の歴史が教えるように、宗教体験を貧困化させ、組織を硬直化させ、長い歴史を通じて宗教を慢性的な死に至らしめるのである。

 生長の家総裁である谷口清超先生が、「運命の主人公」ということをご著書や講演で語っておられたが、「業」を超越し、「業」を自在に支配し、「業」を善き方向へと(身・口・意の三業をもって)自由にコントロールする立場こそ、私たち神の子の「本来の面目」なのである。

 聖経『甘露の法雨』には、「実在は五官を超越し 第六感さえも超越して 人々の感覚に映ずることなし」と説かれている。「実在」は、五官、六感の感覚には映じないが故に、キリスト教では祈り、禅宗では坐禅を組み、生長の家では神想観を実修して、本来の「主人公」―究極的実在(実在者)に立ち返るのである。

参考文献

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2005年9月18日 (日)

ニューソート(2)

(2) ニューソート同盟―自発的なコペルニクス的転換

 ニューソートには、クリスチャン・サイエンス、ディヴァイン・サイエンス教会、レリジャス・サイエンス、ユニティリアン派、ユニティ派、などの諸団体が知られているが、現在これらを統轄する団体が、米国アリゾナ州スコッツデールに本部をおく「国際ニューソート同盟」(International New Thought Alliance ; INTA)である。

 INTAは、「国際ディヴァイン・サイエンス連合会」(1892年設立)、「国際形而上学連盟」(1900年設立)などが連合して、1915年にセント・ルイスで行われた大会で、同連盟の名称として「ニューソート」を採択して設立され、正式に法人化した。翌、1916年にINTAの最初の定期大会がサンフランシスコで開催されて以来、2回の例外を除いて、毎年定期大会が開催されている。ちなみに今年、2005年には第90回大会が、7月19日~23日にかけてアリゾナのスコッツデールで開催されてた。

 INTAの趣旨を要約すると、「霊的に成熟した積極的な生き方を展開し実践することを欲する個人や団体」のための、自由な開かれた同盟ということである。またINTAは、年間を通じて活動しており、その内容は、ニューソート系の形而上学関係の学校、教会、センターが協力しあえるように援助するというもので、特定の団体の教理や、教派的儀式などに偏することなく、政治的、社会的、経済的な領域では、いずれか特定のグループを認可することもなく、1915年の設立以来、INTAは超宗教的な方針を堅持しているようだ。

  ラーソンはニューソートの運動について次のように述べている。

「ニューソートとは成長、発展、永久の進歩の同義語である。それは限界を取り扱わない。それは霊魂の進歩に限界を設けない。なぜならそれは、一つ一つの霊魂の中に無限の超越的機能をみるからである。
   ニューソートは一つの不変の理想、すなわち永遠の真理の探究という理想をもっている、と言えよう。ニューソートの信者は、そのうちにわれわれが生き、存在している、全能の神、内在する神を礼拝する。」 (『ニューソート―その系譜と現代的意義』506頁)

 1954年にINTAが採択した同連盟の「方針の声明」には、伝統的キリスト教的ドグマから解放された喜びが、高らかに歌い上げられている。

「われわれは神と人との分離不可能の一体性を確信する。その認識は霊的直感を通してなされる。これが暗に意味するものは、人はその身体、感情、すべての外的状況において、神的な完全性を再生産しうる、ということである。

   われわれは、各人が信仰に関して自由であることを確信する。

   われわれは、善が至高、普遍的、永遠であることを確信する。

   われわれは、天国がわれわれのうちにあること、われわれが父と一つであること、互いに愛し合い、善をもって悪に報いるべきことを確信する。

   われわれは、祈りをとおして病人を癒すべきこと、「われわれの天の父が完全であるように」完全性を顕示するよう努力すべきことを確信する。

   われわれは、その中でわれわれが生き、活動し、存在する普遍的な智慧、愛、生命、真理、力、平和、美、喜びとしての神への信仰を確信する。

   われわれは、創造的な因果の法則によってわれわれの肯定的な精神状態が顕現し、われわれの経験となることを確信する。

   われわれは、われわれをとおして自己実現をしている神性が健康、供給、智慧、愛、生命、真理、力、平和、美、喜びとしてそれ自身を顕示することを確信する。

   われわれは、宇宙が神の身体であり、本質において霊的であり、物質的にみえるときでさえも実際は霊的である一つの法則をとおして神によって統治されていることを確信する。」  (同書、507~508頁)

 この「方針」が宗教的確信に満ちた言葉で綴られているのは、スウェデンボルグ以来受け継がれてきた「善なる神」への堅信、人間が神と一つであることへの喜び、そして彼らが愛をもって取り組んできた数々の治病など神癒の体験が、生きた実証として表明されているといえよう。

 このような生き生きとした教えを説くニューソート系の教会には、牧師としてさまざまな伝統的神学校の出身者も数多く集まっているという。その理由として挙げられるのは、伝統的キリスト教会が、彼らの霊的要求を満たすことができなかったこと、原理主義的な教義への閉塞感などが要因となり、ニューソート系教会で説かれる教えに魅力を感じて改宗へと踏み切るケースが多いようだ。

 また、ニューソートの信徒となった人々も、自分たちが育った伝統的な宗教組織に失望したり、自分たちの抱いた疑問に満足な回答が得られなかった、個人的な悩みに助けが得られなかった、教会の教義による非難や罪悪感に苦しんだ、信仰への無益感、無価値感、拒絶感などが多くの入信の動機となっているという。

 このことを鑑みると、ニューソートが果たしたひとつの重要な役割は、伝統的なキリスト教のドグマから、多くのキリスト教徒を解放した、ということにあるのかもしれない。

 たとえば、ジョン・ヒックの提唱した「宗教多元主義」では、20世紀後半に突如として英国に到来した多くの移民たちによる多民族、多宗教、多文化という多様性に満ちた社会的状況に、キリスト教徒が誠意を持って対応する形で「宗教多元主義」の哲学が発達してきた。

これは、外的状況の変化に、やむをえず対応する形での外発的なキリスト教ドグマからの脱却というコースをたどっていた。しかし、ニューソートにおいては、まずキリスト教徒自身による内的な営みとして、それはスウェデンボルグやエマソンという偉大な先覚者たちに触発された“霊性の目覚め”による、いわば内的自覚に後押しされての、キリスト教ドグマからの自発的な脱却ということが実践されていたのである。

 ヒックは、「宗教多元主義」の基本テーゼとして、伝統的なキリスト教中心のドグマから、究極的実在(実在者)中心へのコペルニクス的転換ということを説いていたが、ニューソートの指導者たちは、すでにこの地点に達したスウェデンボルグなどの先覚者に導かれた視座から、伝統的キリスト教ドグマの矛盾した相が、ありありと神の光に照らし出され崩壊していく様を見たのである。「真理は汝を自由ならしめん」というイエスの言葉があるが、ニューソートの運動は、真理をもって、キリスト教をその教義から、自由ならしめることに成功していると言えよう。

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2005年9月17日 (土)

ニューソート(1)

(1) ニューソートとは

 ニューソート(新思想)の運動は、生長の家創始者である谷口雅春先生が、代表的なニューソートの著作物を翻訳されていることから、ニューソートは日本人にも身近な光明思想であり、平成2年には日本教文社からニューソートについての600頁にも及ぶ詳細な研究をまとめた『ニューソート―その系譜と現代的意義』(マーチン・A・ラーソン著)が刊行されていることから、読者の中にはこの思想に精通している方も少なからずおられることと思う。

 ニューソートについて研究するにあたり、邦訳の文献を調査して何冊か入手したが、前述の同書が総合的な資料として最も充実した内容を備えていた。したがって今回は、この文献を軸に、ニューソートの教えにおける“中心部分”について叙述させていただくことにする。

  さて、ニューソートの歴史を概観すると、その源流はエマニュエル・スウェデンボルグ(1688~1772)に発しているようだ。同氏の思想がトーマス・カーライル(1795~1881)やラルフ・ウォルドー・エマソン(1803~1882)などに継承され、彼らの著作を通して、ユニティリアンをはじめ、米国の人びとの宗教思想に甚大な影響を与え続けることになった。エマソンは、ニューソートの幽祖ともいうべき人物と目されているが、彼はスウェデンボルグが歴史に及ぼした思想的影響について、次のように述べている。

  「その同時代者たちのあいだに・・・・ひとりの幻視家として現れたこの男は、・・・・幾千人の心の中へ自分自身を押し拡げ始めている。・・・・一つの巨大な魂・・・・彼は理解されないまま時代をはるかに超え出ている。・・・・近代の宗教史における最も注目すべき段階はスウェデンボルグの才能によって達成されたものである。・・・・彼の体系から出て一般に流布しているこうした諸真理は、現在では日常的に経験され、その諸真理はあらゆる教会の見解と信条、また教会をもたない人びとの見解と信条を正しい方向に導いている」。
                (『ニューソート―その系譜と現代的意義』、30頁)
 
 また同書では、スウェデンボルグの記録した『夢日記』にも触れている。ここには、彼自身が体験した神秘的なできごとが記述され、たとえば1744年に記したものには次のような言葉がある。

  「私は自分の心身に叙述しがたい歓喜を感じたので、もしそれがいっそう高度なものであったなら、私の全身はいわば純粋な喜悦の中に溶解してしまったであろう。・・・・私は天界に居て、どんな人間の口も発しえない言葉を聞いたのである」 (同書、42頁)

 スウェデンボルグは、しばしば幽冥境を超えるような神秘的な体験をしており、これらの経験を通して『天界と地獄』(1758年)など、多くの著作を遺している。ここで引用した彼の表現を借りると、「天界」とは、「歓喜」であり「喜悦」だったことが体験されていたようだ。さらに同書では、その後の出来事を次のように紹介する。

『ここでは明らかに、主体がそのうちで偉大な幻影をみ、ふしぎな声を聞くといった、一種の心理状態がみられる。4月6日の夜、就寝後半時間して、彼は強大なハリケーンのような轟音を聞き、強い震えに捉えられ、そして聖なるものの存在を感じ、その場に突っ伏した。彼は、それは彼(イエス)が地上に生きていたあいだにもっていたような「聖なる雰囲気に包まれた容貌であった。・・・・私は震えながら目覚めた」と書いている。』
                                         (同書、42頁)

 これは「ヨハネ黙示録」第1章に記された、パモス島におけるヨハネと“久遠のキリスト”との邂逅を想起させる情景である。ここでスウェデンボルグは「聖なるものの存在を感じ、その場に突っ伏し」て、イエスと直接相まみえるような神秘的宗教体験をした、ということである。このような「観想」のレベルでの直接体験から生み出されてきた彼の神観念について、ラーソンは次のように要約する。

「聖書中にはさまざまな節があるが、スウェデンボルグは、神はけっして怒らず、けっして悔いず、誰をもけっして試練にあわせず、亡者たちを拷問にけっしてかけず、無垢な者たちの運命をけっして予め定めず、あるいは邪悪な者たちにさえ永遠の罰をけっして加えない、と言う。」                      (同書、47頁)
 
『「神は普遍的な人類を愛し、・・・・そのどんな構成員をも永遠に救おうと欲している」「・・・・何ぴともかつて地獄に落ちるべく予定されたことはない」。スウェデンボルグの神は慈悲深い正義の神なのである。』               (同書、57頁)
 
「神は非人格的で唯一である。また神は、宇宙に住むあらゆる被造物に分配される、宇宙に実在する生命力(life-giving force)である。すなわち神は事実上、宇宙の実体である。」                            (同書、74頁)
 
「宇宙の中心の太陽である神からの、生命を賦与し恩恵に満ちた普遍的流入ないし流出が存在し、この流入は、われわれがそれを自分たちに流れ入るのを許すなら、活力、健康、および道徳的な善でわれわれを満たす。」             (同書、75頁)

 スウェデンボルグの「観想」のレベルによるキリスト体験、あるいは天界体験によって把握した「歓喜」の世界が、彼をして善ならざる神を完全に否定していることが、彼の言葉の要約から読み取ることができるのではないだろうか。

 また、神を「非人格的で唯一」であるとし、そこから「生命を賦与し恩恵にみちた普遍的な流入ないし流出」が行われているとみる神観は、これまで紹介してきた世界の各宗教における宗教多元主義の系譜に、共通してみられるところである。

 さて、このスウェデンボルグを濫觴とするニューソートでは、キリスト教の諸教理を伝統に縛られずに再解釈しようとする宗教運動を積極的に展開している。彼らはキリストの教えを、伝統的な神への賛美や祈祷などの儀式による経験的理解によらず、合理主義的な知的理解にもとどまることなく、スウェデンボルグや神秘主義者たちが行った「観想」によって神を把握し、『聖書』の言葉に「霊的解釈」を施すことで、書かれた言葉を字面どおりに受け入れることは拒絶している。

 したがって、カトリックやプロテスタントなどの伝統的教義体系は破棄され、代わりに新たな信仰や信念体系を確立するに至った。またニューソートの代表者たちは、神秘的な宗教体験に裏付けられた実感から、自分たちこそ真の意味でのキリストの擁護者と信じている。

 さて、本稿ではニューソート各派の成立などの歴史的な記述は極力省略し、考察を進めることにする。

参考文献

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陰徳について

 私の父は今年(平成17年)の1月で81歳の誕生日を迎えた。

 2月の初め、肺炎で地元の総合病院に入院して以来、二度ほど生死の間をさまよった。

 それからは点滴による栄養補給のほか何も食べることができず、病院のベッドに横たわり、今はときおり目を開くほか、会話する力も言葉も記憶も失い、ただ生きているだけの日々を過ごしている。

 しかし不思議なことに、この世に現れた父の威力、能力が衰えるとともに、今まで私に見えていなかった父の姿が見え、感じられなかった父の思いが感じられるようになってきた。

 正確には、これまでのように私が気構え、片意地を張る必要がなくなった父に対して、私の心の眼がものごとをありのままに見、ありのままに感じるようになった、ということなのかもしれない。

 今回は、人生の最晩年を迎えた父親と、それを取り巻く家族のことや、「陰徳」について、考えてみたいと思う。

●父の痴呆

 父は70を幾つか越えるまで、現役で建設会社の社長をしていた。

 一人息子の私は、かつて父の跡を継ぐことを嘱望された時期もあったが、別の道を歩んでしまったことで、現在は専務だった人物が父の会社を継いでいる。

 創業社長だった父は、寝ても覚めても仕事一筋の人間だった。

 たいした趣味とてなく、8年ほど前に第一線を退いた後に始めた水彩画も、最初のうちは没頭していたものの次第に興味を失い、長年続けていた「般若心経」の写経も、やがて止めてしまった。

 父の痴呆が明らかになったのは2年前、それは2003年のことだった。

 我が家の子供たちの夏休みを利用して、両親の住む実家の静岡に数カ月ぶりに帰省した折、茶の間の席に座っていたのは、いつもの父ではなく、まるで“抜け殻”のような父の姿だった。

 私が話しかけても、すでに父の人格は何処かに去ったかのようで、やがて母がテーブルにおいたコップの水に、ご飯にかける“ふりかけ”を入れ、それにお醤油を注いで飲み始めた時には、そっと手を取って止めさせたが、私は内心とても驚いていた。

「父はいったい何処へ行ってしまったのだろう」

 そんな思いが心をよぎり、母がときおり電話で私に訴えていた不安が、そのまま私に乗り移っているのを感じた。

●両親との同居

 そして父の痴呆、徘徊、頻尿など、これらの介護は母の手に余るものとなった。

 妻とも相談の上で昨年3月、東京の我が家で両親と一緒に暮らすことにした。

 父母と一つ屋根の下で生活するのは、実に25年ぶりのことだった。そしてこれを機に、我が家の風景が少しずつ変わり始めていた。

 まず長女(当時小学校4年)に変化が訪れた。

 それまで、私の仕事や家の事情で、転校につぐ転校で4つ目の小学校に通っていた彼女は、新しい学校で担任との折が合わず、保健室に登校しているような状態だった。

 ところが、両親が越して来て以来、5年生になった新学期から、まるで夢から覚めたようにクラスにとけ込んでいった。

 あれから一年以上経つが、心身共に明るくたくましくなり、何人もの仲の良い友達もでき、学業も期待以上の成績を挙げてこの春6年生へと進級した。

 次に、父が東京に越してきたことで、父方の親戚との交流が始まった。

 父の実家は埼玉県の川越市だったが、私は静岡で生まれ育ち、その後京都で20年近く生活していた。

 東京には仕事の関係で数年前に上京したものの、父方の親戚とはほとんど付き合う機会がなかった。

 しかし昨年秋の彼岸、父を連れて一家揃って先祖の墓に詣でた折、本家に父のきょうだいが集まり、一緒に食事をする機会を得た。

 これを機に、私が父の「成年後見人」になるための書類を作成する折には、これまで面識のなかった叔母たちに力になっていたただいたほか、生前一度も会ったことのない私の祖父母についてのエピソードを、父以外の人から初めて聞かせていただくなど、私のアイデンティティを確認する上でも大いに助けられることになった。

●〝願い〟は受け取る者がいてはじめて叶う

 私には5つはなれた妹がいる。

 今まで住むところも職種も異なり、顔を合わせる機会もなく、ほとんど他人のような関係だった。

 しかし父が倒れてから、彼女は頻繁に病院見舞いをする傍ら、親しく我が家にも訪れるようになり、これも30年ぶりに兄妹づきあいが再開ことになった。

 振り返ってみれば、私と妹とのことは、仲良く交流することを絶えず気にかけ望んでいた父でもあった。

 娘のクラスへの復帰、親戚との交流、そして妹とのきょうだいづきあい、これらに共通していることは、「結びの働き」だ。

 それは、これまでバラバラに見えていたものが、本来の「ひとつ」になる姿であり、その開かれた世界から、新たな価値が次々と生まれ始めている。

 また、もうひとつ気がついたことがあった。

 それは、父の「深い願い」が叶えられているということだ。

 父だったら、こう思っていただろう、父だったらこのようにしたであろう、と思えることが、一つひとつ成就しているのだ。

 ではなぜ、父が衰えるにしたがって、逆に願いが叶っているのであろうか。

 それは、父の現象的な力が衰えるにしたがって、霊的な力が増した、というわけのものではない。

 いや、そういう働きも幾分かはあるのかもしれない。しかし決定的なのは、私を含め周りの者たちが、父の「願い」に“耳を傾け始めた”ということが一番大きいようだ。

「願い」とは、受け取る者がいて、はじめて具体化する。

 それは「種子」が、大地に蒔かれて発芽することと、よく似ているのかもしれない。

●〝願い〟の継承は「陰徳」の継承

「願い」ということをめぐり、最近になって気がついたことがある。

 それは、ひとの「願い」を汲み取る(継承する)ということは、どうやらその人の背後にある「陰徳」をも、同時に継承しているということだ。

「陰徳」とは、なにやら目に見えない貯金のように喩えられるが、確かに性質は貯金とよく似ているようだ。

 たとえば「陰徳」は、〝願い〟という意志の内実を受け止めたときに同時に継承されるが、その〝願い〟を活かさずに消費しているだけでは、たちまち源泉が枯れ果ててしまう。

 貯金も同じだ。

 しかし決定的に違うところは、貯金は限られた範囲でしか継承できないのに対して、陰徳は多くの人々の〝願い〟を継承し、さらにその源泉である「神」にふれることによって、無尽蔵に生長するらしいということである。

 父が倒れたのを機縁として、私はしみじみと、父をはじめ、お世話になった方々からの深い恩恵とともに〝陰徳〟を感じている。

 彼らの内にある〝深い願い〟をくみ取ったときに、彼らの〝願い〟が、わが願いとなり、同時に〝願い〟の背後にあるもの(実在)が、とうとうとわが人生を通して展開し、家庭、健康、経済、仕事などの実生活を支えているようでもある。

 それは、父の〝願い〟ばかりではなく、家族たちの〝願い〟、恩師お一人おひとりの〝願い〟が、神(実在)より発した「ひとつの願い」となって人生という舞台に展開しているようである。

 この、不思議な法輪を転ずる軸となっているのは、祈りを中心とした三正行(祈り、お経や聖典の拝読、愛の行い)の実践であろうと思う。

(2005年5月)

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