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2006年6月

2006年6月28日 (水)

思った通りになる世界(1)

 仏教の華厳経には、「三界唯一心」というコトバがあります。

 また別の仏典には「三界唯一心 心外無別法」とも表現されています。

 これを現代のコトバで訳せば、私たちを取りまく環境は、ただ心の現すところの世界である、といった意味になると思います。

 生長の家ではこのことを、「現象は心の影である」と端的に表現しています。

 分かりやすくお話ししましょう。

 たとえば、私たちの身の回りにあるもの、それは家やビルなどの建築物や、自動車、電気製品、食料品などさまざまな製品がありますが、これらのモノを作る場合、必ず設計が描かれ、その設計にしたがって必要な部品の製造や調達、組み立て、加工、検査などを経て、「作品」や「製品」となって現れることは皆さんがよくご存じの通りです。

 これらに共通することは、先ず最初に、心の内に「設計」が描かれる、ということです。

 つまり、様々な製品は、形に現れる以前に、先ず私たちの「心」に存在していたのです。

 では、あらためて皆さんの身の周りにある、ありとあらゆる製品を見渡してみましょう。

 着用している衣服をはじめ、食卓のお茶碗、湯飲み、料理。通勤や仕事で使っている自転車や電車などの乗り物。机の上のノート、ペン、ディスプレイ。

 この文章をご覧になっているパソコンを含め、ありとあらゆるモノに形があり、デザインがあり、機能がありますが、これらのものは全て制作者たちの「心」によって「設計」され、「デザイン」され、「製造」されたものばかりです。

 また、それらさまざまなモノを、多くの選択肢の中から一つ一つ選び出して購入したのも、私たち自身の「心」に他なりません。

 つまり、「心」が存在しなければ、私たちの生活環境は何一つ「形作られる」ことはなかったのです。

 ここに「心」と、私たちを取りまく「環境」との必然的関係、つまり一つの「法則」を見出すことができると思います。

 それは、「心」で思うことは、「具体化する」ということです。

 それは「形」として存在する「製品」や「商品」だけではなく、実は、そのまま私たちの人生や運命にも、この「心」が深い影響を与えているということは、意外と知られていないのではないでしょうか。

 たとえば、芸術家が自分の心の中にあるモチーフにしたがってカンバスに絵を描くように、作家が「心」に浮かんだストーリーを文章にして物語を表現するように、私たちは私たち自身の運命や環境を、自身の「心」によって自由に描き出しているのです。

 ですから、私たちが今まで歩んで来た人生が、とても不運なことだらけで、不幸ばかりに見舞われていたとしても、私たちはこの「心」の方向を変えることによって、どれだけでも幸運な人生、幸せな環境へと、自分の運命を“切り替える”ことができるのです。

 生長の家総裁・谷口清超先生は、ご著書『生長の家の信仰について』の85ページで次のようにお説きくださっています。

 人間はすべて、肉体という物質を持って生活している。この肉体は、縦・横・厚みのある存在で、いくら細長い人間でも、横幅もあるし、厚みもある。つまり縦・横・厚みの三次元の空間の中で、三次元の肉体を持って生活しているのである。しかし現実の肉体は時間の流れの中で新陳代謝や移動によって、刻々変化しているから、昨日の肉体と今日の肉体とは、異なるのだ。それ故、一年も前の病気を、今もまだ引きずっているというのはおかしいのであって、病状にしてもどこか違っているはずだ。
 つまりいつの間にか「治っている」のが普通である。ところが中々治らないで、一年どころか四年も五年も同じ病気で苦しんでいる人がいるのだから、この人たちはよほど「変わるのがいやな人」と言ってもよいだろう。「治りたい」と思ってはいても、どこをどう変えたらよいのか分からない――といった状態なのに違いない。
 しかし人はみな「変えやすい所」から変えて行かないと、変えにくい内側の、手に負えないような所を変えようとしても、中々手がかりがつかめない。その「一番変えやすい所」というのは、実は心である。「男心と秋の空」とか「女心と秋の空」というが、どちらにしても、変わりやすいのは心であろう。その心を思い切ってバサッと変えると、肉体も環境もきっと変わってくる。何故なら、心が全ての肉体や環境を作り出す“主人公”だからである。これを仏教的に言うと、「唯心所現」とか「唯心縁起」と言い、一切の現象(諸法)は心が起こしたもので、心の顕現である、ということなのである。

 
 私たち自身の心が、「全ての肉体や環境を作り出す“主人公”」である、ということが、この文章を通して、少しずつご理解いただけてきたのではないでしょうか。

 では、理論はこれくらいにして、次回は、私自身のささやかな体験なども交えながら説明させていただくことにしましょう。

引用文献

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2006年6月25日 (日)

読むだけで「願い」が実現する話

 生長の家副総裁、谷口雅宣先生は、『足元から平和を』の244ページ~245ページで次のようにお説きくださっています。

〈我々の運動は「神様の世界」「仏の浄土」が本当に目の前にあるという「信仰」に根ざしている。富士山は雲に隠れていても、いずれ必ずその勇姿を現すわけですから、「在るものは必ず現れる」という信仰に則って、物事の光明面を見て、今年一年、明るく勇気をもって進んでいきたいと思うわけであります。
 このことに関連して、谷口雅春先生のご著書『希望を叶える365章』の中に、大変素晴らしいお言葉がありますので、皆さんに紹介したいと思います。「はしがき」のところですが読んでみます。
 
 希望を達成したいと思うならば希望は一体何処にあるか、希望の在処を先ず知って置かなければならないのである。希望のありかを間違えたのでは希望をわがものとすることが難しいのは当然である。だいたい希望を実現したいと思って人は、前向きの姿勢で、前へ前へと進んで行くのが普通であるが、希望とか理想とかいうものは、そんなに前方にあるのではないのである。では、その希望とは、一体何処にあるのであろうか。

 私たちが切実に実現したいとこいねがう希望は、それが真(まこと)に切実なものである限りに於いて、それは自己の内に「既にあるもの」が内部から押し上げて来るのであって、本当は外にあるのではないのである。それが既にあり、既に内部に実現せるがゆえに、それを外に表現せずにはいられなくなって、「希望」とか「理想」とかいう形をとって、表面にあらわれて来るのである。〉

 生長の家では、正しい「希望」や「願い」あるいは「夢」というものは、これから実現するのではなく、「既に内にある」から出てきたのだ、と説いています。

「内」とは神様の世界のことです。

 生長の家の教えではこの神様の世界のことを「実相世界」と呼び、神様の創られたままの世界は「完全円満で大調和した世界であり、善一元の世界である」という唯神実相哲学をもとに、信仰生活を送っています。

 新約聖書には、イエスの祈りの言葉として「御心の天に成るが如く、地にも成らしめ給え」と記されていますが、この言葉のごとく、神様の御心は、すでに天に成就しているのです。

 み心に叶った正しい「願い」は、すでに神様の世界に実現していればこそ、後から私たちの脳裏に希望に満ちた「夢」や、良きアイディアとなってあふれてくるのです。

 しかし、私たちはこれまでの人生で、このような「希望」や「夢」があっても、「希望」の実現を阻む「外から」のさまざまな条件によって、“これは自分にはとうてい実現できないものだ”と、内なる「願い」を“見限って”しまったことはなかったでしょうか。

 たとえば、希望する進路、入学したい学校、実現させたい事業などを、「経済的に無理だから」とか、「勉強ができないから」とか、「自分にはそんな能力がないから」といった、外的な条件によって、神様の世界から発したかけがえのない「願い」や「夢」を、退けてしまったことはなかったでしょうか。

 このことについて、『足元から平和を』の245ページには次のように説かれています。 

〈希望を実現することが、まだ無いものを創造り出すのならば、それは難しいかも知れないけれども、「既に内にあるもの」を外にあらわすだけのことだから、それは決して難しいことではないのである。それを難しくしているのは、「希望するもの」が既に内にあることに気がつかないで、反対に、“外へ、外へ”と足掻いているものだから、東に行こうと欲しながら、西に向いて走っているようなもので、ますます希望から遠ざかることになっているのである。(途中を略します)
 もし、あなたが、「希望」というものの所在を本当に知り、それを内から外へと導き出して来るための“心の法則”を知って、それを実行に移すならば、あなたの希望は必ずや如何なる希望でも成就することになるに相違ないのである。〉

 私たちの内から湧いてくる「希望」や「願い」は、それが多くの人々を幸福へと導く正しいものであるかぎり、その「願い」は間違いなく神様の世界から出てきているのです。

 ですから皆さんの「夢」を叶えるためには、その「願い」の発している在処、つまり神様の世界では「夢」が、すでに完全円満に成就して、多くの人がその悦びを享受しているのだと深く観じて、日々悦んで感謝し、明るく自信を持って努力することが大切なのです。

 その「夢」が、単にあなたの自我の欲望を満足させるだけの「願い」であるならば、貴方が「見限って」しまってもかまいませんが、それが人々の幸せに貢献する純粋なる「願い」であれば、間違いなくその「夢」は神様から発しており、貴方を通してこの世に出現しようとしているのです。

 だから決して、外的な障碍と見えるものによって、貴方の「希望」や「夢」を見限ってはならないのです。

 春になると草や木の芽が堅いアスファルトを穿って地上に姿を現すように、生命にはどのような困難な障碍をも打ち破る力が備わっているのです。

 その力は、すでに貴方の内にあるのです。

 そして、実はあなたがこの世に生まれてきた目的は、その「夢」や「希望」を実現するために、今ここに生きているのだ、ということを、お忘れにならないでいただきたいと思います。

引用文献

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2006年6月22日 (木)

安産する話

 わが家の子供たちは、4人のうち2人が自宅出産、つまり病院に入院することなく自宅で誕生しました。

 自宅出産するようになったのには、次のようなエピソードがありました。

 当初は、長女を出産する折に紹介された、80歳代の難波さんというベテランの助産婦さんが助産院を開院していましたので、そこに入院して出産する予定でおりました。

 ところが、初めての出産で、しかも予定日まで一週間ほどゆとりがあったことで油断していると、私が仕事に出た後、家内は突然、産気づいたのでした。

 家内は横たわったまま、ふと壁を見上げると、生長の家の教えの言葉を記した日訓が目に止まったそうです。

 すると、「1日 人間は日々新たに生まれる」 と書かれた言葉が、眼に飛び込んできたそうです。そして、次のような解説が、この言葉の後に書かれていたのでした。

「新しき朝を迎えて、わが心に神の光り射し入り、過去の一切の暗黒はわが心の中から消え去ってしまったのである。 神の光明輝く愛がわが心の中に照り輝くが故に、環境はわが心の影として、神の輝く愛がわが家にも充満し、平和と喜悦と調和と安心感とがわが家庭の隅々にまで行き亘っているのである」。

 この言葉を繰り返し拝読し、感謝の思いに満たされていると、私たちの仲人をしてくださった宇治別格本山の楠本加美野講師の奥様が、連絡もしていないのに、突然来訪され、自家用車に家内を乗せて、産院まで運んでくれたのでした。

 そして産院の玄関に着いたとたん、長女は、家内が着用していたタイツの中に、ふんわりと生まれ落ちたのでした。

 楠本先生の奥様は、このとき、赤ちゃんの黒々とした眼と、ご自身の眼とがぴたっと合ったそうです。助産婦さんにこのことをお話すると、前世からの深いご縁があったのでしょう、とのことでした。

 そして3年後、家内が次女を身籠もったとき、長女が出産したときの様子を覚えていた助産婦さんが、自宅での出産を勧めてくれたのでした。

 ところが次女は、出産予定日より一週間過ぎても、生まれる様子はありませんでした。

 翌、18日早朝の午前4時ごろ、「産気づいたらしい」と云うことで、起こされた私は、さっそく助産婦さんを迎えに行きました。

 小一時間ほどして、助産婦さんと一緒に自宅に到着してみると、びっくりしたことに、すでに家内はぶじに出産を終え、生まれたての次女は母親の脇ですやすやと眠っていたのでした。

 あとで家内にそのときの様子を聞いてみると、傍らで見守っていた私の母親や、自分を取りまく全てのものへの感謝の思いが次から次へとあふれてきて、そうこうしているうちにツルリンと生まれたということでした。それぞれ生まれてくるのに、一番いい「時期」というものがあるのでしょう。

 また、その3年後、長男の時には、お世話になっていた助産婦さんが、90歳を越えて高齢で廃業されたため、彼女の後輩が勤務している病院で出産しましたが、さらに3年後の次男の時には、東京に転勤しておりましたので、八王子の「ひとみ助産院」という産院を開いている若い助産婦さんの協力を得て、再び自宅にて出産させていただきました。

 こうして長女の誕生以来、10年ほどの間に4人の子宝に恵まれることができました。

 生長の家では「人間は神の子である」と教えられておりますので、私たち夫婦は一人一人の子供たちを、神の子さんが多くの人々を幸せにする使命を持ってこの世に生まれてきたものと感謝して迎えさせていただきました。

 また、生長の家を信仰している家内の父親も、『甘露の法雨』という生長の家の教えが現代のコトバで書かれたお経を、一文字一文字まごころ込めて、孫が新たにお腹に宿る度に腹帯に写経をしていましたので、家内は毎回それをお守りにしてお腹にまいていました。

 家内の出産が全て安産だったというのも、多くの人たちの愛に護られていたお陰だったと思います。

 近頃は、出産のための費用が無いなどの経済的理由で、子供をおろしてしまうケースもあるそうですが、人間が生まれるということは、一人一人が神様から授かった尊い使命を表現するために生まれてくるのですから、親たちの経済的な都合などで堕胎するようなことは、決してしてはならないのです。

 仏教では、人間は福田(ふくでん)を持って生まれてくると言われています。

 福田とは、福の田圃(たんぼ)という意味ですが、これは神様・仏様の世界にある無尽蔵の価値を一人一人が携えて、生まれてくる、という意味なのです。

 その子が生まれるということは、家族を幸せにするだけではなく、家族の住む地域や関係する人々、さらには国や世界をも明るく照らすために生まれて来るのです。

 なぜなら、その子の命を通して、神の国・仏の国がこの世に出現するからです。

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2006年6月19日 (月)

子宝が授かる話

 これは以前、私が京都府の宇治市に住んでいたときの話です。

 私たち夫婦は昭和63年4月に結婚しましたが、なかなか子宝に恵まれませんでした。

 はじめの3年間ほどは、周りの人たちから「お子さんはまだですか」とよく声を掛けていただきましたが、4年経ち、5年経ち、6年目に入ると、もう誰もこの話題に触れなくなってしまいました。

 私たち夫婦の間にも、もう子供は授からないのかもしれないな、といった諦めたような空気が流れていました。

 そんな中で、一人だけ、私たちに子供が授かることを信じていた方がいました。それは、京都府宇治市にある生長の家宇治別格本山に当時奉職していた故・榎本恵吾・本部講師でした。

 榎本講師は、この話題に触れるたびに「子供が授かるのは決まっているのだから」と語り、私たちが結婚して何年経とうとも、このことを疑う様子は微塵もありませんでした。

 平成5年の春、家内は、榎本講師が「聖なる使命」について話された講話を聴いたそうです。

 その講話で榎本講師は、

「皆さんの実相は、悦びと光明に満ちた『聖』なる存在なのです。その『聖』なる“使命”を自覚して祝福することが『聖使命』ということなのです。『聖』とは自分の命のことなんですよ!」

 と語っていたということでした。 

 この講話を聴いた家内は、ああそうか、「聖なる使命」を祝福させていただくだけでいいんだ、と思ったそうです。

 そして神様の世界にいる、私たちの子供たちの命を祝福させていただこう、彼らは実相世界にすでに居るのだから、たとえ現象世界に現れなくてもかまわないと、神様にこれまでの希望や願いなど一切のことをお返しした気持ちで、「久都間神の子」と名前を付けて、生長の家の「聖使命会」に(これは生長の家の人類光明化運動を担う会員制の献金制度のことですが)その「聖使命会」に入会させたのでした。

 ちょうどそんな折、7月中旬に宇治別格本山の練成会で(練成会とは合宿形式で生長の家の教えを学び実践する会です)その練成会で生長の家総裁、谷口清超先生のご指導が行われました。

 大勢の人たちが聴講するなかで「人間神の子」についてのご講話、質疑応答、参加者による体験発表と、明るく宗教的な雰囲気を、私を含め参加者全員が満喫させていただいたことでした。

 そのころの私たちは、宇治の平等院と庭続きにある古風な家に住んでいましたが、8月のある日、私が仕事から帰ってくると、家内が「妊娠しているみたいです」といい、市販の妊娠検査薬で調べたところ懐妊している反応が出たということでした。

 さっそく地元の産婦人科で診てもらうと妊娠していることが確認でき、受胎したとされる日が、ちょうど谷口清超先生が宇治でご指導された日に当たっており、また生まれてくる神の子さんを「聖使命会」に入会させた7月1日以降、家内の生理がぴたりと止まったことも不思議なことでした。

 そして翌平成6年の4月1日、多くの皆さんに祝福されて元気な女の子が誕生しました。すでに結婚してから7年の月日が経っていました。

 そのとき生まれた子供は順調に成長して、今年の春に中学校に入学しました。

 長女の誕生を機に、わが家では平成8年に次女、11年に長男、14年に次男と次々と子宝に恵まれ、ほぼ3年ごとに4人の子供たちが誕生しました。

 そして次女は、平成18年の今年小学4年生に、長男は小学校1年生に、次男は幼稚園の年少組に入園して元気に生活しています。

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2006年6月18日 (日)

生長の家が環境問題に取り組むわけは?

Q:生長の家が環境問題に取り組むわけは?


 最近、生長の家の集まりでお話を聴きましたが、講話の中で環境問題についての話題が多く、それに興味が無い僕は、はっきり言って退屈でした。僕はもっと宗教的な話を聞きたいんです。環境問題はその専門家が考えればいいことだと思いますが、生長の家が環境問題に取り組むのは意味があるのでしょうか?(S・C、19歳、男性、奈良県)

A:信仰者が環境問題に取り組むということは、神が創られた世界を地球環境に現して行く地道な営みです。

 宗教的な話を聴きに来たのに、環境問題の話題ばかりで退屈したとのこと。“もっと宗教的な話を”とのあなたの求道心を、とても頼もしく感じます。

 でも、少しだけ立ち止まって、なぜ宗教が環境問題に取り組まなければならないのかを、一緒に考えてみることにしましょう。

“環境破壊”という言葉を、あなたも耳にされているのではないでしょうか。たとえば、かつては身近な自然環境の乱開発や、工場から出る煤煙や廃液による公害など、比較的小規模の環境破壊が指摘されていましたが、現在は世界中で石油などのエネルギー資源を大量に消費してCO2を発生させ、地球温暖化、海面水位上昇、砂漠化などをもたらす、地球規模での環境破壊が注目されています。

 ことに後者は、水資源の枯渇(こかつ)、食糧不足に加え、有限な化石燃料などのエネルギー資源をめぐる国際紛争の要因となるなど、人類の生存そのものに深刻な影響を与えることが懸念されています。

 人間中心主義から地球全体主義的な価値観へ

 生長の家では、私たちを取り巻く環境は、「心の影」であり、仏教の言葉を借りて、「三界(さんがい)は唯心(ゆいしん)の所現(しょげん)である」と表現しています。

 つまり“環境破壊”などの地球環境の問題は、実は私たち人間の「心」によって引き起こされている、というのが宗教的視点から見た基本的な考え方なのです。

 この問題は、地球のどこかから勝手に生じたのはなくて、実は私たち人間の営みが100%関わって来た問題であり、それは人類の迷い(業〔ごう〕)の現れでもあるのです。

 したがって環境問題の解決を図るためには、まず私たち自身の心(意識)が、これまでの人間の生存権や欲望のみを最優先させた人間中心主義の“独善的”考え方から、全ての生きとし生けるもの、ありとしあらゆるものを慈しむ地球全体主義的な“宗教的”価値観を持った心へと、大きな転換を遂げなければならないのです。

 これについて生長の家副総裁・谷口雅宣先生は、ご著書『今こそ自然から学ぼう―人間至上主義を超えて』(生長の家刊、日本教文社発売)の中で、次のようにお説きくださっています。

「私が生長の家の講習会などで環境問題を論じる時は、受講者や読者にいわゆる『常識』や『時流』のレベルで“環境に優しい”生き方をしてほしいと訴えるためではなく、そういう深いレベルまで自己変革を遂げるべきことを訴えたいのである。なぜなら、そうしなければ、21世紀の地球環境は今後さらに悪化を続け、我々の子や孫の時代には、環境悪化を原因とする社会不安や地域紛争、あるいは戦争が頻発することが予見できるからである」(同書30ページ)

 神様が私たちに与えてくださった、地球という美しい魂の学校を、未来の人類に受け継いでいくためにも、信仰者が地球環境問題に取り組むということは、現代における菩薩行(ぼさつぎょう)の実践でもあるのです。

 さて、お釈迦様が悟りを開かれたときに、この世界の本質を見抜かれ、その喜びを「山川草木国土悉皆成仏(さんせんそうもくこくどしっかいじょうぶつ)」という言葉で表現しました。

 これは、一切のものが“そのまま仏であり、救われ済みである”という意味の言葉で、生長の家ではこれを「唯神実相〔ゆいしんじっそう〕の世界」と呼んでいます。

 信仰者が環境問題に取り組むということは、この実相世界を、現象世界である地球環境に現して行く地道な営みなのです。

 
 私たちが日々の神想観(生長の家独得の座禅的瞑想法)を通して、今ここに天国浄土を深く観じ、喜んで生活すれば、その喜びの念が「三界唯心の所現」の理によって、この現象世界にも、実相本来の完全円満なる相となって現れるのです。

 生長の家が環境問題に取り組むということは、実は極めて宗教的な“上求菩提(じょうぐぼだい)、下化衆生(げけしゅじょう)”(求道と伝道)の実践なのです。

●このQ&Aは、『理想世界』平成17年7月号に掲載されました。

参考図書

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2006年6月17日 (土)

 「イスラーム神学」―ガザーリーにおける理性と信仰(3)

 ガザーリーにおける「神への愛」

 ガザーリーの章をまとめるにあたり、彼の「神への愛」の説を紹介しなければならない。

〈人間は彼が回教徒であるかキリスト教徒であるか、ユダヤ教徒であるかバラモン教徒であるかによってではなく、ただ彼が人間であるその一事をもって宗教的存在なのである。人間の内部には野獣的なものや悪魔的なものがあると同時に、また神的なものも存在している。この神と人間に一脈通ずるものがなくて、どうして宗教があり得ようか。〉                       (『イスラーム思想史』一五五頁)

 要約すれば、信仰とは、「神と人間に一脈通ずる」ものを信じるということである。これは、いかなる宗派も、またいかなる時代をも超えて変わることのない、基本的な信仰のスタイルである。

〈ここまで考えてくると、人は自分が心の限りを尽くして神を愛さねばならないことを悟るであろう。人は神のみを愛さなくてはならぬ。全ての人間を、全ての物を、神において、神を通して愛さねばならぬ。いや、寧ろ我々は、自分の子供、親類、友人、全て善いもの、美しいもの、完全なるものに対する我々の愛の心を、神への愛として体験しなければならないのである。人間は、このような至高の愛においてのみ、全てのものを限りなく愛することができる。〉 (同書、一五六頁)

 私たちの周りにある全てのものを「神への愛として体験」するとは、裏返せば、全てが神であり、全てが神の愛の表れである、ということである。ガザーリーは、このようなところに「至高の愛」なるものを見出していた。

 日本語に「もったいない」という言葉があるが、生長の家の教えでは、このことの意味を「物体はない」つまり、万物は「物質ではない」と教えていただいている。

 つまりこの世には、物質のような死物などひとつもなく、全ては仏物である、つまり全てのものは仏の慈愛、神の愛のあらわれである、ということである。

 このようなことに思いめぐらせていると、一千年も前に登場したガザーリーというムスリムが見出していた「神」と、私たちが見出している「神」とが、実は共通の「神的実在」を指さしていたことが理解できるのではないだろうか。

〈もし我々が金銭や名声のような現世的なものに心を奪われることなく、我々の全精神を傾倒して神のみを完全に愛するならば、この愛はその神以外のものに対する排他性の故に、正にその故に神に属する全てのもの、神によって創られたあらゆるものを偏愛することになるのである。我々は神のみを純粋に愛することによって、全てのものを、全ては神の被造物なるが故に愛することができるのである。〉(同書、一五六頁)

「神以外のものに対する排他性」とは、平たく言えば、神以外のものは「非実在」であり、神のみが唯一の「実在」である、ということである。

 故に、神のみを愛することは、同時に神のお創りになった天地の全てのものを愛する、ということである。

 ここで想起されるのは、『新約聖書』のマタイ伝において、イエス・キリストが、『「なんじ心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして主なる汝の神を愛すべし」これは大いにして第一の悈命に拠るなり』(マタイ伝二二・三七―三八)と説いたそのお言葉である。

 イエスが語った「神への愛」と、ガザーリーの語る「神への愛」とは、宗派という「概念図式」を超えて、同じ一つの神に差し向けられた「愛」ではないだろうか。

 彼らが把握していた神は、私たちが日々の祈りの折に観じている内なる神と一つのものであり、その神は、究極的実在(実在者)の、多元的な現れに他ならないのである。

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2006年6月16日 (金)

 「イスラーム神学」―ガザーリーにおける理性と信仰(2)

 「外面的」信仰を超えて

 ガザーリーは、若い頃から、社会的に固定した、伝統的な宗教に対して疑問を抱いていた。

 たとえばイスラム教徒の子供がイスラム教徒になるのは、その子が選んでそうなるのではなく、物心つかぬうちから周りの環境によってそうなるのであり、このことはユダヤ教にしてもキリスト教にしても全く同じことだという。また、これらの信仰者は父母から伝えられ教えられたことをそのまま鵜呑みにして満足しているが、これは外から来たものであって、その人の意志で自発的に見出したものではないから、それは本当の信仰ではない、というのである。

 これについて井筒氏は次のように述べている。

〈一般の人々は、自分の父や母やその他教師の権威を疑わないので、それらの者が教えてくれたことをそのまま信じるのである。この種の信仰は極めて強力である。が、その強さは決して信仰そのものの強さではなくて、全て権威をもって上から臨む者に対する盲目的従順の一徹な頑固さから来るものに過ぎぬ。それは外面から押しつけられた信仰である。その信仰は、自己の無力の絶壁に立たせられた絶体絶命の精神が一挙にして飛入する法悦の宗教的体験とは非常に縁の遠い世界である。このようなものは誰でもその環境に生まれさえすれば足りる信仰であって、絶対不動の信仰とは称し難い。大衆の信仰はこれでよい。しかしそれは飽くまで、真の信仰ではないのである。〉 (『イスラーム思想史』一四七~一四八頁)

 ガザーリーにおいては、宗教における「中心的真理」と、民族思想の影響を受けた「周縁的部分」との違いが、鮮やかに分けられていたようである。

 神ならざる民族思想によってつくられた権威を盲信する信仰、それがどんなに一徹で頑固なものであったとしても、このような「外面的」な信仰は「真の信仰ではない」と退けている。

 同時にこの矛先は、そのまま当時の神学者(や過去の自分の思想)に対しても向けられる。

 井筒氏の叙述を引用しよう。
 

〈弁証にもとづく思弁神学による信仰もまた、外面的である点において、大衆の盲目的信仰と何ら選ぶところはないのである。論理的な証明は決して人間をその根源から揺り動かし、突如として全く新しい人間を誕生させるあの絶対的な体験の如く内面的なものではない。勿論、合理的に受容されたものは、大衆の信仰のように単に偉い人がこう言ったからこうに違いないという盲従的性質のものであるのと比較すれば、強力ではあるかもしれないが、しかも信仰の性質においては少しも違わないのである。(中略)
「通常信仰と称しているものは実は二種類あって、一は大衆の信仰、すなわち他人から聞いたままを信じ、これに固執するものであり、もう一方は胸が拡がることによって始めて生ずる主観的信仰である」。この胸の拡がる(inshirah al-qalb)ことによってのみ得られる信仰こそ、真の信仰なのである。〉  (同書、一四八~一四九頁)

 なぜ外面的であることがいけないのか。

 外面的とは、「信」の根拠を、現象界においた信仰であるからである。

 現象界に表現された形式や概念には「実在者」なる神は存在しない。現象への盲信が深まれば深まるほど、「実在者」への道はどんどん遠ざかる。ガザーリーにおいては、このような信仰の構造が明確に捉えられていたといえよう。

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2006年6月15日 (木)

 「イスラーム神学」―ガザーリーにおける理性と信仰(1)

   信仰とは悟性の彼岸にあるもの

『イスラーム思想史』中の井筒氏の記述から、スーフィズム以外のイスラム神学からも、一人の重要な人物についてふれさせていただく。

 イスラーム神学において超宗教的な地平を開いた人物にアル・ガザーリー(一〇五八~一一一一)がいる。同書では、「ガザーリーが出て後のイスラームは、彼が出る前のイスラームとは全く違った姿をとって現れるのである」と、彼のイスラム思想に及ぼした影響について紹介している。

 ガザーリーは、法学、イスラム哲学、特にアリストテレス学派の思想を研究した後に、一〇九一年、弱冠三十三歳の時に当時バグダッドの最高学府であるニザーミーヤ(ニザーム学園)教授となり、名実共に哲学、神学の最高権威となった。

 しかし彼は、一〇九五年、三十七歳のときに一切の官職を辞し、それまで講述してきた哲学や神学とは似ても似つかぬ世界に踏み込み、真理を求めて彷徨の生活に入った。

 そのなかで彼が確信したものは、瞑想によって神に直接触れるのでなければ決して真の救いは得られない、ということだった。

 次にその折のガザーリーの言葉を引用する。

〈汝は自分が何であるか、汝はいずこより来り、いずこへ去り行くのであるか。また、なぜ汝はここへ来たのであるか、何のために汝は創造されたのであるか。これらのことを汝は知っているであろうか。これを知るためには汝は汝をして本当に汝たらしめている所のもの、汝の本質を知らねばならないのである。自分の幸福は何処にあり、自分の不幸は何処にあるか、何が幸福で、何が不幸であるか。また汝の中には野獣のような性質も、悪魔のような性質も、天使のような性質も渾然として認められるであろうが、その中で、どれが一体、真に汝自身のものなのであるか。こういうことを知らずしては、汝は自己の幸福を求めることはできないのである〉(『イスラーム思想史』一三六頁)

 この問いは、時代を超えて求道者たちに探求されてきた永遠のテーマではないだろうか。

 やがてガザーリーは、「認識の根拠とは何か」という哲学上の根本的な問題に逢着する。

 彼は、認識の名にふさわしいものとして、①感性的知覚(感覚野)と②論理的数学的公理(知性野)とを、候補として挙げるが、前者は人間のみならず獣類も持っているものであり取るに足らぬものとして否定し、後者における悟性的認識こそが、人間のみに与えられたものであると結論する。

 さらに思索を重ねることで彼は、悟性的認識における「知」(哲学)が〈悟性の領域――知性野〉であるのに対して、「信仰」は〈信の領域―超越野〉であることを明確に認識するようになった。

 そして「信仰」とは、人間の精神に内在する神(実在)を認識するものであり、これは〈信の領域〉であると規定した。

 さらに「知」については、厳密な証明によって一分の隙もなく論理的に構成された世界のみを〈悟性の領域―知性野〉として限定した。

 具体的には、五+七=十二であるとか、「同一の物体は同時に二つの場所を占めることはできぬ」というような数学的な、論理学的な普遍妥当性のある命題しか含まないようにした。

 したがって、「知」の世界はあくまで「知」の世界であり、「信」の世界はあくまで「信」の世界であるとしたことで、普遍妥当性のない仮説、異論、憶測による神の秘儀や、霊魂の不滅、彼岸の生活、さらに錬金術、占星術、魔術の類、これら民族思想の影響を受けて構成された神学や形而上学は、ガザーリーによってついに悟性的認識の領域である「知」の世界に入ることはできなくなった。

 一般にガザーリーは哲学を否定した、とされているが、要は彼の認識論の確かさは、同時代の学者たちの比ではなかった、ということである。否定されたのは哲学ではなく、神学・哲学の仮面を被った民族思想と、そこから現れた諸説のことだったのである。

 つまりガザーリーは、悟性の領域を明確にしたことで、神(実在)への認識は、「信」によることをハッキリさせたのである。

〈世の神学者や哲学者は明らかに二つを混同している。そこに彼らの救い難い欠陥が存するのである。神学者は思惟をこね廻して、思惟されたものと、信仰とが何とかして辻褄の合うようにしようと努力しているし、哲学者は予言によって啓示されたもの、コーランの章句を悟性的に理解し説明しようとしている。彼らのしていることは「耳で視ようとし、目で聴こうとしている」(Munqidh)ようなものだ。
 啓示されたものを理性によって判断しようとするのは全然、知と信との区別を識らないからである。のみならず、そのような努力をするものは全て、正真正銘の異端者である。信仰を悟性によって把握しようとしてはならないし、またしようとしても絶対にできるものではない。何とならば、信仰とは正に悟性の彼岸にあるものに関わる事柄であるから。〉               (同書、一四二~一四三頁)

 ガザーリーにとっては、信仰と悟性との違いが明らかになったことで、これまで自身がたどってきた思弁哲学は、「耳で視ようとし、目で聴こうとしている」ものであり、これこそ「正真正銘の異端」だったことがよく分かった。

 そして信仰とは、「悟性の彼岸」に関わる事柄であることが疑いようのないものとなったとき、彼自身もスーフィーの偉人たちが踏み込んだ領域へと、すでに歩を運んでいたのかもしれない。

 しかし、ガザーリーの目指したところはスーフィズムではなく、かつてイエス・キリストがたどったのと同じ、道に迷う一般大衆を教化するという博愛的な方向であった。

 そこに、ガザーリーが出た後のイスラームは、彼が出る前のイスラームとは全く違った姿をとって現れるのである、と言われるような比類のない神学となって復活したのである。

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2006年6月14日 (水)

イスラーム神秘主義―スーフィズム(4)

 一神教的神観の神髄へ

 同書における井筒俊彦氏の叙述は、彼ら異端とされたスーフィーたちのうちにこそ、イスラム教における一神教としての本質的な伝統が脈々と生きていたのだと指摘する。

〈バスターミーの「我れに栄光あれ」にせよハッラージの「我・即・真実在」にせよ、そこに見られるものは神の内在的側面の極端な表現であって、彼らの信仰は決してそれに止まりそれに終局するわけではないことを銘記する必要がある。これらのスーフィー達にとっても神の内在性は信仰の一側面にすぎない。彼らの胸裡には、この側面と同時に超越的神の信仰が脈々として保持されていたのである。しかも宇宙万物を超絶する創造主として人間から無限に遠い彼方にある神が、同時に愛の神として、人間自らよりもさらに人間に近い神であることこそ、一神教的神観の神髄なのである。〉  (『イスラーム思想史』二〇九~二一〇頁)

 イスラム教をはじめユダヤ教、キリスト教などの啓典宗教は、ご存じのように一神教(monotheism)である。しかしこの一神教としての神は、イスラム教はアッラーのみが絶対神であり、ユダヤ教ではヤハウェのみが絶対神であり、他の神は一切認めないというように、自分たちの信仰する神のみを絶対視する神観が支配しているのが実情だ。

 しかし、バスターミーやハッラージたちが掌中にした「神」は、そのような「概念図式」の呪縛を透過して、まっすぐに「実在者」に到っていると思われることは紹介した通りである。そして井筒俊彦氏は、彼らのそのような悟境を見逃すことなく、これこそ「一神教的神観の神髄」なのだと喝破する。つまり、「一神教的神観の神髄」とは、「実在者」そのものへの信仰であり、「実相」への帰命合一ということなのである。異端者とは、当時のイスラムにおける「周縁的真理」の視座から見た評価にすぎないのである。

〈絶対的超越性と絶対的内在性、この両者は常識的人間の立場では同時に成立することの出来ぬ矛盾であり、両者の結合は一つのパラドックスであるが、しかもこのパラドックスを体験的に成立させたところに神秘主義の深奥な意義がある。この意味では、ただ被造物に対する神の隔絶だけを強調する神学者や法学者よりも却って、多くの信徒に異端視される迫害された神秘家達の方が遙かに一神教信仰の純乎たる本質をよく代表するものとさえ言わなければならないであろう。〉    (同書、二一〇頁)

 神秘家たちが、「絶対的超越性と絶対的内在性」を同時に結合させたという表現が出てくるが、たとえば荘子にも「至大無外、至小無内」という表現があり、仏教の無門関にも「内外打成一片」という言葉がある。これらの言葉は、「内」や「外」といった相対的な現象の一切を超えて、「究極的実在(実在者)」とひとつに融合した消息を語っている。

 一方、神学者や法学者たちは、「被造物に対する神の隔絶だけを強調する」と表現されているのは、彼らの信奉する理論の規範となっているのは現象世界の範疇における価値判断であり、究極的実在(実在者)への道を閉ざしたまま、「概念図式」による歪曲をうけた神観念を「唯一絶対の神」としてそこに留まったことで、彼らの視界に映る神はもはや私たちと共に存在する生きた神ではなく、熱心に信仰すればするほど、遙かなる高みへと遠ざかる神となってしまったのである。

 つまりイスラム教も、本来は究極的実在そのものへ向かうはずの一神教だったものが、ある時代に応現した神の残像を絶対視する一神教へと転落してしまった、ということである。

〈神と人との間には超え難い無量の深潭があるがスーフィーの神秘的体験においてこの罅隙は無に帰し、絶対的超越者「遠き神」はそのまま「近き神」の内在者と化するのである。「我・即・真実在」「我れに栄光あれ」のような言葉は、「遠き神」がそのまま同時に「近き神」に転化する瞬間の矛盾的体験の極地を、その激烈な体験の力にまかせて不遜な表現の形で爆発させたものであって、ただ単純な神の超越性の無視ではなかった。しかし、形式的典礼と外形的教義のみをもって信仰の全てと考え、宗教に進歩発展を絶対に認めない教義学者達にはかかる考えを理解する由はなかった。すぐれた神秘家がこの故にはげしい迫害を受け、その多くのものが殺害された。 〉(同書、二一〇頁)

「悟る」とは、神と人間との「差」を「取る」ことだと、かつて生長の家の谷口雅春師のご著書から学んで、深く納得させていただいたことがあった。イスラム教でも、やはり「遠き神」が同時に「近き神」へと転化する「人間存在の変革」が行われていたことが、井筒氏の解説から読み取ることが出来るのである。

「我・即・真実在」「我れに栄光あれ」そして「人間は神の子である」これらの言葉が発語される地点は、形式的典礼や外形的教義といった現象世界における一切の属性を超えて、「神と人間」との「差」が完全に払拭されたところから発せられているのである。

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2006年6月13日 (火)

イスラーム神秘主義―スーフィズム(3)

 実在者からの発語「我・即・真実在(=神)」

 当時、バスターミーとは別の角度から神との「合一」に達した人物にハッラージ(没年九二二)がいた。彼は、さらにはっきりと、「我・即・真実在(=神)」と宣言している。

〈ハッラージにおいては、「合一」とは「変融」(ittsaf)すなわち魂の本質的変質であり、一実有(Substanz)が全く違った他の実有(実在者)にかわってしまうことを意味する。ハッラージの有名な《Ana al-Haqq!》「我・即・真実在(=神)」とは、人間的主体が完全に変質し、そのまま実在性の永遠の太源に化融することにほかならぬ。 〉  (『イスラーム思想史』二〇七頁)

 端的に言えば、「我・即・真実在(=神)」とは、「私は神である」との大胆な宣言である。

 彼はまた、キリスト教の「受肉(incarnatio)」の教義とよく似た、「落入」(hulul)ということを説いた。これは(A)が(B)の中に完全に溶け入ってしまうことを意味していた。これを「宗教多元主義」の視点からみれば、自我(B)中心から実在(A)中心へと「落入(人間存在が変革)」したという〝救いの構図〟を見てとることができよう。

 しかし「周縁的真理」に立脚した当時の伝統的神学者はじめ多くの人々は、彼のこの説は明らかにキリスト教の「受肉」説に堕した教えだと鋭く指摘した。

〈周知のようにイスラームにおいては、イエスは神から聖なる使命を託された預言者の一人であって、これに神性を認めることは最も甚だしい異端であり、神の露骨な冒涜とされている。従って、どのような形であるにせよ、「受肉」説は絶対に回教徒の承認を受ける訳には行かない。かくてハッラージは遂に異端者として告発され、死刑を宣告され、バグダードの刑場で十字架にはりつけにされて死んだ。〉
(同書、二〇八頁)

 ここにも宗教における原理主義の問題が立ち現れているが、これまで人類は、「周縁的真理」に固執するあまり、どれほど多くの「キリスト(自己変革を遂げた覚者)」たちを、十字架に掛けてきたことだろうか。

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2006年6月12日 (月)

イスラーム神秘主義―スーフィズム(2)

 実在体験の喜び「我に栄光あれ!(Subhani!)」

 一方、ペルシャ出身のアブー・ヤズィード・バスターミー(没年八七四年)は、スーフィズムにおけるジュナイド的な信仰から出発して、さらに〝大乗的〟ともいえる信仰へと達したようである。

〈自分は初心の頃、大変な思い違いをしていた、すなわち自分が神を愛していると考えていたのである。あたかも恋する人が美しい相手を熱烈に愛し憧れるように自分では神を愛している積りだったが、実はこれは反対であった。私が神を愛していたのではなく逆に神が私を愛していたのである。人が神を求めるのではなくて、神が人を求め、人を引きよせるのである、と。〉(『イスラーム思想史』二〇三頁)

 当時のスーフィーたちは、修行者を導いて神に到らせる信仰は、前述したように人間の側から神に向かう「愛」がそうさせるのであり、「愛」の主体はあくまでも人間の側にあるというのが旧来のスタイルだったが、バスターミーによって事態は正反対となった。

 彼によると、自分が神を愛していると考えていたのは「大変な思い違い」であり、神の「愛」は、ただただ私たちに降り注いでいたという。その愛は、無条件に与え続ける「アガペー(agape)」の相をしていたのである。

 バスターミーはこのような経験をした後に、「神」と「我」との間にあると思い続けていた〝無限の距離〟がことごとく解消され、「神との合一」の境地を体験する。

 この間の消息を次の言葉で表現している。

〈三十年の間、いと高き神は私の鏡であったが、今や私は私自身の鏡である。しかし私は既に絶対無であるが故に、いと高き神は彼自らの鏡である。視よ、私はここに神は私の鏡であると言う。何とならば私の舌をもって語るものは神であって、私は既に消滅して跡かたもないからである」と。かくて神秘道の究極するところ、目も眩む光明が突然皓々と照り輝き、心の壁を破って流れ込んできて、人の自己意識は跡かたもなく消えうせる。人は神になるのである。〉 (同書、二〇四~二〇五頁)

 
 ここには、スーフィーによって到達された「至高の境地」とでもいうべき状態が記されているが、「私の舌をもって語るものは神であって、私は既に消滅して跡かたもない」という言葉には、「もはや我れ生きるにあらず、神のいのちここにありて生きるなり」という状態が、そこに現成している、ということなのかもしれない。

 続いて紹介するバスターミーの言葉の中には、『彼性』や『私性』という言葉が何度も出てくる。『彼性』とは仮に「神の意識の座」つまり「神性」のことであり、『私性』とは「私の意識の座」のことだと解釈して(置き換えて)読み進めていただきたい。

 なお、その際「私の意識の座」とは、必ずしも「自我の座」だけではないことをご留意いただきたい。

〈「・・・・神は私に彼の『彼性』を示した。私は彼の『彼性』を通して私自身の『私性』を眺めた。すると私の『私性』はたちどころに解消した。私は彼の光の中に私の光を見た。・・・・そして私は私の『私性』を彼の『彼性』の中に見た。・・・・私は神に尋ねた、『一体これは誰なのでしょうか』と。神は答えた、『これは私ではない。が、私でないものでもない。私のほかに神はない』と。かくて神は私の『私性』を彼の『彼性』へと変容させ、私の自我を彼の『彼性』のうちに消滅させた。そして彼は私に彼の『彼性』だけを顕示した。私は彼の『彼性』を通して彼に眺め入った。私は神を通して神を眺め、神によって神を観た」。
 こうして神人不分の境に恍惚と我を忘れる「陶酔の人」バスターミーは大胆不敵にも、通常回教徒が神を讃美するに使うSubhana Allah!(神に栄光あれ!)という句を転じてSubhani!(我れに栄光あれ!)と叫ぶ。〉    (同書、二〇四~二〇五頁)

 バスターミーが語ったという「我れに栄光あれ!」との言葉は、「中心的真理」の視座からみれば、自我が滅して実在者そのものとなった境地から発した喜びの宣言として聞こえてもこよう。しかし、「周縁的真理」に立つ多くの人々からみれば、神への恐れを知らぬ異端者の世迷い言として耳に響いたかもしれない。

 ともあれ彼は、このような自己消滅を通して経験した「神との合一」について、「消滅境(fana)」と語り、正確には「合一境における消滅」(fana bi-at-tawhid)と表現した。

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2006年6月11日 (日)

イスラーム神秘主義―スーフィズム(1)

人間中心から実在中心へ

 井筒俊彦氏(一九一四~一九九三 国際的な言語学者でイスラーム学の泰斗としてカナダのマックギル大学イスラーム教授、イラン王立哲学アカデミー教授などを歴任)は、コーラン翻訳者としても有名であるが、同氏が著した『イスラーム思想史』(中央公論社)には、イスラム教における思弁神学、神秘主義、スコラ哲学の三大思想潮流の成立と中世までの展開が克明に記されている。

 スーフィズムの思想について紹介するにあたり、現時点で収集できた資料的限界からスーフィーたちの直接書き残した言葉が限られているため、スーフィー個々の「発語」に関しては、同氏の著書を典拠とさせていただいたことを、予めご了承いただきたい。

 さて、九世紀後半から十世紀の初頭、バグダッドで活躍したジュナイド(没年九一〇)について、同書では次のように彼の思想を要約している。

「スーフィズムとは自己に死に切って神に生きることであり、人は修道によって自我を殺し、自己の一切を放下して幽邃な「一者」の大洋の底深く沈潜し、聖なる「愛」に導かれて新しいいのちに「生まれかわら」ねばならぬとした。そしてこの新生において、人間は自分のあらゆる人間的属性を脱却し、新たに「愛する人」(神)の諸属性を受け、かくて始めて修道者は、「もはや我れ生くるにあらず、神わが裡にありて生き、われを通じて働き給う」という不可思議の次元に躍出できるのであると説いた。」(『イスラーム思想史』、一九八~一九九頁)

 自我を死に切って神なる次元へと新生する「もはや我れ生くるにあらず、神わが裡にありて生き、われを通じて働き給う」という言葉には、宗教多元主義で説かれている基本テーゼ、「自我中心から実在中心への人間存在の変革」への道が、そのまま表現されていると言えよう。また、ジュナイドに見られるように、当時のスーフィーたちの多くの信仰は、神を愛し求めることで人間的な不完全な属性を脱却し、完全なる神にまで至ろうと修行に努め励んでいたようである。

参考図書

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2006年6月10日 (土)

イスラムにおける二つの信仰の型

 米国シカゴに本部を有する「イスラム情報・教育研究所(IIIE)」の統計によれば、世界のイスラム教徒の総数は一五億一千万人(二〇〇三年)であり、同年の世界人口が六三億七七六〇万(UNFPA(国連人口基金)調べ)であることから、人類のほぼ四人に一人がイスラム教徒ということになる。

 イスラム学者の中村廣治郎(東京大学文学部教授)は、同氏が訳した『イスラムの神秘主義―スーフィズム入門』(R・A・ニコルソン著)の解説―「スーフィズムとは何か」の中で、イスラム信仰の二つの側面について、次のように説明している。

「イスラム教は聖法(シャリーア)に示された神の正義に基づく理想の共同体を地上に築こうとする運動であり、それに各人が主体的に積極的に参加することが神(アッラー)への服従(イスラーム)なのである。その意味でイスラム教は律法宗教、ないしは共同体的宗教であると言える。少なくとも、それがイスラム教の古典的形態であった。しかし、その後のイスラム史の流れの中では、それはあくまでもイスラム教の一つの側面――最も重要な側面ではあるが―になってしまった。」(同書、二三二頁)

 イスラム教の特徴としての重要な一面は、ここに紹介されている「律法宗教、ないしは共同体的宗教」であり、「神中心的」(theocentric)で厳しい戒律を遵守する教えであるということはよく知られている。しかしこの「共同体型のイスラム」は、同教の長い歴史に現れた一つの側面なのである。

「この聖法型のイスラム(〝共同体型のイスラム〟)に対して、他方では、専ら個人の内面を重視し、そこに沈潜することの中に神を見出そうとする〝個人型のイスラム〟がその反動として出てきた。前者をいわば正面あるいは明の側面とすれば、それに対応する裏面あるいは暗の側面にイスラム教は分化したのである。この後者に相当するのがスーフィズムであり、またシーア思想である。(中略)歴史的には、イスラム教の地上的誕生(七世紀)からアッバース朝の滅亡(一二五八年)までをいわば「イスラム古典期」、それ以後近代までの時代を「イスラム中世」と呼ぶことができるとすれば、イスラム中世とはまさにスーフィズムが主流を占めた時代であった。そしてまた、ワッハーブ派を初めとする近・現代におけるイスラム復古運動は、この中世的スーフィー的イスラムに対する反動であり、それの否定から出発しているのである。」(同書、二三二~二三三頁)

 ここに「共同体型のイスラム」と「個人型のイスラム」という二つの信仰の型が紹介されているが、この二つのタイプは、ちょうどあざなえる縄のようにイスラム史を縦に貫いて同教を形成しているようだ。たとえば、「共同体型のイスラム」は、イスラム聖法などの諸規定に従うことを重視しているため「周縁的真理」が色濃く反映しており、一方「個人型のイスラム」は、瞑想などの行を通して「超越的神」と融合することを究極の目標に置いている。したがって、イスラム教における他の宗教との「共通部分」を分析するためには、先ず「個人型のイスラム」の典型ともいえるイスラム神秘主義(スーフィズム)に焦点を合わせることが、順当なようである。

 前掲書の著書ニコルソンは、イスラム教の聖典コーラン本文の中から〝神秘主義的要素〟のある言葉として、次の数節を紹介している。

「もし私の僕共が、私のことを汝に尋ねるなら、おお、私は側近くにいる。」
(コーラン 二章一八六節)
「われ〔神〕は彼の頸の血管より近くにいる。」(同 五〇章十六節)
「そして地上には、信仰心の篤い者への御徴が多くある。汝らの中にもある。それでも汝らは見ようとしないのか。」(同 五十一章二十―二十一節)                         (同書、三十七頁)

 一読して分かるように、引用したこれらの文章には、イスラムの教えにおける「究極的実在」が表現されているように思われる。しかしながら、同書にはこのような教えとは似ても似つかぬ、民族思想を濃厚に反映した排他的で攻撃的な表現なども数多く記されており、なかなか一筋縄ではいかない。

 ムスリム(イスラム教徒)たちがコーランから、あるいはイスラムの教えから、金の純分となる「中心的真理」を抽出するためには、宗教における「周縁的部分」の要素の多分にある「慣習(スンナ)」に従っていただけでは、意識の地中深く穿ち入ることはできないであろう。スーフィーたちがたどった道は、ムスリムのスンナ的伝統から出発したものの、はるか意識の深層へと歩みを進め、そして神と直接つながることであった。

 イスラムの章では、イスラム古典期に登場して現代にまで影響を及ぼしている、初期スーフィズムの最高峰をなす傑出した三人の神秘家を紹介することで、イスラム教の〝中心部分〟に光を当ててみようと思う。

引用文献

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