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2006年6月11日 (日)

イスラーム神秘主義―スーフィズム(1)

人間中心から実在中心へ

 井筒俊彦氏(一九一四~一九九三 国際的な言語学者でイスラーム学の泰斗としてカナダのマックギル大学イスラーム教授、イラン王立哲学アカデミー教授などを歴任)は、コーラン翻訳者としても有名であるが、同氏が著した『イスラーム思想史』(中央公論社)には、イスラム教における思弁神学、神秘主義、スコラ哲学の三大思想潮流の成立と中世までの展開が克明に記されている。

 スーフィズムの思想について紹介するにあたり、現時点で収集できた資料的限界からスーフィーたちの直接書き残した言葉が限られているため、スーフィー個々の「発語」に関しては、同氏の著書を典拠とさせていただいたことを、予めご了承いただきたい。

 さて、九世紀後半から十世紀の初頭、バグダッドで活躍したジュナイド(没年九一〇)について、同書では次のように彼の思想を要約している。

「スーフィズムとは自己に死に切って神に生きることであり、人は修道によって自我を殺し、自己の一切を放下して幽邃な「一者」の大洋の底深く沈潜し、聖なる「愛」に導かれて新しいいのちに「生まれかわら」ねばならぬとした。そしてこの新生において、人間は自分のあらゆる人間的属性を脱却し、新たに「愛する人」(神)の諸属性を受け、かくて始めて修道者は、「もはや我れ生くるにあらず、神わが裡にありて生き、われを通じて働き給う」という不可思議の次元に躍出できるのであると説いた。」(『イスラーム思想史』、一九八~一九九頁)

 自我を死に切って神なる次元へと新生する「もはや我れ生くるにあらず、神わが裡にありて生き、われを通じて働き給う」という言葉には、宗教多元主義で説かれている基本テーゼ、「自我中心から実在中心への人間存在の変革」への道が、そのまま表現されていると言えよう。また、ジュナイドに見られるように、当時のスーフィーたちの多くの信仰は、神を愛し求めることで人間的な不完全な属性を脱却し、完全なる神にまで至ろうと修行に努め励んでいたようである。

参考図書

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