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2006年6月10日 (土)

イスラムにおける二つの信仰の型

 米国シカゴに本部を有する「イスラム情報・教育研究所(IIIE)」の統計によれば、世界のイスラム教徒の総数は一五億一千万人(二〇〇三年)であり、同年の世界人口が六三億七七六〇万(UNFPA(国連人口基金)調べ)であることから、人類のほぼ四人に一人がイスラム教徒ということになる。

 イスラム学者の中村廣治郎(東京大学文学部教授)は、同氏が訳した『イスラムの神秘主義―スーフィズム入門』(R・A・ニコルソン著)の解説―「スーフィズムとは何か」の中で、イスラム信仰の二つの側面について、次のように説明している。

「イスラム教は聖法(シャリーア)に示された神の正義に基づく理想の共同体を地上に築こうとする運動であり、それに各人が主体的に積極的に参加することが神(アッラー)への服従(イスラーム)なのである。その意味でイスラム教は律法宗教、ないしは共同体的宗教であると言える。少なくとも、それがイスラム教の古典的形態であった。しかし、その後のイスラム史の流れの中では、それはあくまでもイスラム教の一つの側面――最も重要な側面ではあるが―になってしまった。」(同書、二三二頁)

 イスラム教の特徴としての重要な一面は、ここに紹介されている「律法宗教、ないしは共同体的宗教」であり、「神中心的」(theocentric)で厳しい戒律を遵守する教えであるということはよく知られている。しかしこの「共同体型のイスラム」は、同教の長い歴史に現れた一つの側面なのである。

「この聖法型のイスラム(〝共同体型のイスラム〟)に対して、他方では、専ら個人の内面を重視し、そこに沈潜することの中に神を見出そうとする〝個人型のイスラム〟がその反動として出てきた。前者をいわば正面あるいは明の側面とすれば、それに対応する裏面あるいは暗の側面にイスラム教は分化したのである。この後者に相当するのがスーフィズムであり、またシーア思想である。(中略)歴史的には、イスラム教の地上的誕生(七世紀)からアッバース朝の滅亡(一二五八年)までをいわば「イスラム古典期」、それ以後近代までの時代を「イスラム中世」と呼ぶことができるとすれば、イスラム中世とはまさにスーフィズムが主流を占めた時代であった。そしてまた、ワッハーブ派を初めとする近・現代におけるイスラム復古運動は、この中世的スーフィー的イスラムに対する反動であり、それの否定から出発しているのである。」(同書、二三二~二三三頁)

 ここに「共同体型のイスラム」と「個人型のイスラム」という二つの信仰の型が紹介されているが、この二つのタイプは、ちょうどあざなえる縄のようにイスラム史を縦に貫いて同教を形成しているようだ。たとえば、「共同体型のイスラム」は、イスラム聖法などの諸規定に従うことを重視しているため「周縁的真理」が色濃く反映しており、一方「個人型のイスラム」は、瞑想などの行を通して「超越的神」と融合することを究極の目標に置いている。したがって、イスラム教における他の宗教との「共通部分」を分析するためには、先ず「個人型のイスラム」の典型ともいえるイスラム神秘主義(スーフィズム)に焦点を合わせることが、順当なようである。

 前掲書の著書ニコルソンは、イスラム教の聖典コーラン本文の中から〝神秘主義的要素〟のある言葉として、次の数節を紹介している。

「もし私の僕共が、私のことを汝に尋ねるなら、おお、私は側近くにいる。」
(コーラン 二章一八六節)
「われ〔神〕は彼の頸の血管より近くにいる。」(同 五〇章十六節)
「そして地上には、信仰心の篤い者への御徴が多くある。汝らの中にもある。それでも汝らは見ようとしないのか。」(同 五十一章二十―二十一節)                         (同書、三十七頁)

 一読して分かるように、引用したこれらの文章には、イスラムの教えにおける「究極的実在」が表現されているように思われる。しかしながら、同書にはこのような教えとは似ても似つかぬ、民族思想を濃厚に反映した排他的で攻撃的な表現なども数多く記されており、なかなか一筋縄ではいかない。

 ムスリム(イスラム教徒)たちがコーランから、あるいはイスラムの教えから、金の純分となる「中心的真理」を抽出するためには、宗教における「周縁的部分」の要素の多分にある「慣習(スンナ)」に従っていただけでは、意識の地中深く穿ち入ることはできないであろう。スーフィーたちがたどった道は、ムスリムのスンナ的伝統から出発したものの、はるか意識の深層へと歩みを進め、そして神と直接つながることであった。

 イスラムの章では、イスラム古典期に登場して現代にまで影響を及ぼしている、初期スーフィズムの最高峰をなす傑出した三人の神秘家を紹介することで、イスラム教の〝中心部分〟に光を当ててみようと思う。

引用文献

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