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2006年6月12日 (月)

イスラーム神秘主義―スーフィズム(2)

 実在体験の喜び「我に栄光あれ!(Subhani!)」

 一方、ペルシャ出身のアブー・ヤズィード・バスターミー(没年八七四年)は、スーフィズムにおけるジュナイド的な信仰から出発して、さらに〝大乗的〟ともいえる信仰へと達したようである。

〈自分は初心の頃、大変な思い違いをしていた、すなわち自分が神を愛していると考えていたのである。あたかも恋する人が美しい相手を熱烈に愛し憧れるように自分では神を愛している積りだったが、実はこれは反対であった。私が神を愛していたのではなく逆に神が私を愛していたのである。人が神を求めるのではなくて、神が人を求め、人を引きよせるのである、と。〉(『イスラーム思想史』二〇三頁)

 当時のスーフィーたちは、修行者を導いて神に到らせる信仰は、前述したように人間の側から神に向かう「愛」がそうさせるのであり、「愛」の主体はあくまでも人間の側にあるというのが旧来のスタイルだったが、バスターミーによって事態は正反対となった。

 彼によると、自分が神を愛していると考えていたのは「大変な思い違い」であり、神の「愛」は、ただただ私たちに降り注いでいたという。その愛は、無条件に与え続ける「アガペー(agape)」の相をしていたのである。

 バスターミーはこのような経験をした後に、「神」と「我」との間にあると思い続けていた〝無限の距離〟がことごとく解消され、「神との合一」の境地を体験する。

 この間の消息を次の言葉で表現している。

〈三十年の間、いと高き神は私の鏡であったが、今や私は私自身の鏡である。しかし私は既に絶対無であるが故に、いと高き神は彼自らの鏡である。視よ、私はここに神は私の鏡であると言う。何とならば私の舌をもって語るものは神であって、私は既に消滅して跡かたもないからである」と。かくて神秘道の究極するところ、目も眩む光明が突然皓々と照り輝き、心の壁を破って流れ込んできて、人の自己意識は跡かたもなく消えうせる。人は神になるのである。〉 (同書、二〇四~二〇五頁)

 
 ここには、スーフィーによって到達された「至高の境地」とでもいうべき状態が記されているが、「私の舌をもって語るものは神であって、私は既に消滅して跡かたもない」という言葉には、「もはや我れ生きるにあらず、神のいのちここにありて生きるなり」という状態が、そこに現成している、ということなのかもしれない。

 続いて紹介するバスターミーの言葉の中には、『彼性』や『私性』という言葉が何度も出てくる。『彼性』とは仮に「神の意識の座」つまり「神性」のことであり、『私性』とは「私の意識の座」のことだと解釈して(置き換えて)読み進めていただきたい。

 なお、その際「私の意識の座」とは、必ずしも「自我の座」だけではないことをご留意いただきたい。

〈「・・・・神は私に彼の『彼性』を示した。私は彼の『彼性』を通して私自身の『私性』を眺めた。すると私の『私性』はたちどころに解消した。私は彼の光の中に私の光を見た。・・・・そして私は私の『私性』を彼の『彼性』の中に見た。・・・・私は神に尋ねた、『一体これは誰なのでしょうか』と。神は答えた、『これは私ではない。が、私でないものでもない。私のほかに神はない』と。かくて神は私の『私性』を彼の『彼性』へと変容させ、私の自我を彼の『彼性』のうちに消滅させた。そして彼は私に彼の『彼性』だけを顕示した。私は彼の『彼性』を通して彼に眺め入った。私は神を通して神を眺め、神によって神を観た」。
 こうして神人不分の境に恍惚と我を忘れる「陶酔の人」バスターミーは大胆不敵にも、通常回教徒が神を讃美するに使うSubhana Allah!(神に栄光あれ!)という句を転じてSubhani!(我れに栄光あれ!)と叫ぶ。〉    (同書、二〇四~二〇五頁)

 バスターミーが語ったという「我れに栄光あれ!」との言葉は、「中心的真理」の視座からみれば、自我が滅して実在者そのものとなった境地から発した喜びの宣言として聞こえてもこよう。しかし、「周縁的真理」に立つ多くの人々からみれば、神への恐れを知らぬ異端者の世迷い言として耳に響いたかもしれない。

 ともあれ彼は、このような自己消滅を通して経験した「神との合一」について、「消滅境(fana)」と語り、正確には「合一境における消滅」(fana bi-at-tawhid)と表現した。

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