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2006年7月 3日 (月)

思った通りになる世界(3)

 谷口清超先生は、ご著書『生長の家の信仰について』の57頁から、生長の家創始者・谷口雅春先生の書かれた『新講「甘露の法雨」解釈』というご著書の一節を紹介されています。

 それは、蛇が蛙を呑んでいる光景を見ていた青年が、「実相の世界」を観ずることで、大調和した状態が現れたことを取り上げていますが、私が「実相」を観ることによって健康を回復した原理について、とても分かりやすく説かれていますので、少し長くなりますがここを引用させていただきます。

「蛇と蛙とは争って、食い合っているように見えているけれども、それは唯“心の影”である。実相は蛇と蛙とは、共に神の子であるから、互いに相食む事なく仲良くしているのが実相であって、実相の他は何もないのである。現象は仮の姿であって、仮の姿は虚の姿であって、そう見えているけれども、そんなものは無いのである。無いものは如何に見えてもないのである。既に蛇と蛙とは完全に仲直りして仲良く生活しておって、互いに傷つけ合うという事は無いのである。すべての生物は互いに生かし合いであって、それのみが実相である。実相のみが実在である・・・・・・」

 現象の否定と実相の肯定と
 大体このように、じっと二十分間ほど念じられたのであります。その念じ方は、肉眼の目をもって見ないので、心の目でその有様をじーっと観じるのであります。こういう念じ方は覚えて置いていただくといいですね。これはもう蛇と蛙だけの争いを直す事だけではなく、病人を癒すのでも同じ事であります。それには「現象の存在の否定」「実相のみの存在の肯定」とが使われていることに注意していただきたいのであります。「黴菌と人間とは互いに食い合うように見えておるけれども、そんなものは現象であって、現象は仮の姿である。虚の姿は在るように見えても無いのである」――というように念ずるのが「現象の否定」であります。そして「ただ在るものは“実相”だけである。“実相”は神の子である。黴菌も神の子である。人間も神の子である。神の子と神の子とは仲良くもう互いに冒すことなく、既に仲良く生活しているのである。これが本当の姿である」、こういうような意味を深く念じてその有様を心に描いてじーっと心の眼で見つめるのであります。これが「実相のみの存在の肯定」であります。

 
 この文章では、蛇が蛙を食べてしまうような不完全な世界は、「仮の姿」が現れているのであって、本当は「無い」のである。 本当にあるもの、つまり神様の造られたままの完全なる大調和した世界のみが「実在」であり、その「実在」のみを深く観ずることの大切さが説かれています。

 このように、本当にある世界、つまり「実相」を観ずることによって、仮の姿である不完全な「現象」が消えてしまうのです。

 これは病気を治す場合も、家庭に調和をもたらす場合も、経済問題を解決する場合もまったく同じです。

 なぜなら、すべての現象は「心の影」であり、私たちの「心」によって自由に創り変えることができるからです。

 また、「実相」は神様の造られたままの完全円満なる世界であり、それは初めのはじめから「在り」続けているのです。

 私たちは、ただそれを「観」じて「悦ぶ」ことで、あらゆる人生の難問に、解決の道を開くことができるのです。

 皆さん、それは、今すぐにでも始めることができます。

 お金は一銭もかかりませんし、なにも難しいことは何もありません。

 今日一日、自分を取りまく人や、物や、事がそのまま神の「いのち」であり、神の「光り」であることを観じて、ひたすら「ありがとうございます、ありがとうございます」と感謝し、悦んでみてください。

 あなたが実相を観て悦べば、あなたの運命や環境も悦びあふれるものとなり、あなたの人生が光り輝くものとなることでしょう。

 それは、これから光りになるのではありません。

 初めから「光り」だったことに、気が付くだけのことなのです。

引用文献

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