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2006年8月22日 (火)

環境問題をめぐって(2)「三内丸山遺跡」

 1999年ごろ、青森市にある「三内丸山遺跡」を見学したことがあります。

 そこは今から4千年~5千5百年ほど前の縄文時代の集落跡で、1千5百年もの長期間にわたって定住生活が営まれていたということです。

 遺跡には、当時の暮らしぶりを再現するための巨大な柱や、建築物が建てられていましたが、縄文中期にこのような巨木文明が成り立っていたことに、ちょっとびっくりしてしまいました。

 さらに、ここに暮らしていた縄文時代の人たちは、植物の繊維を加工して作った衣服を着用し、彼らを取りまく豊かな自然環境を活用しながら、栗やクルミなどの食料を組織的に栽培していたということです。

 このほか、自然の中にあるサルナシや木イチゴなどを集めて発酵させることで、お酒まで造っていたそうです。

 そこでは、人間社会の規模に合わせて、組織的に作物を栽培しながら、大自然からも直接、樹木や果実を豊かに収穫していたようです。

 このように、自然から奪うことなく、自然環境と調和した形で、後の世代まで豊かで安定した生活ができるように配慮した生活を営むことで、1千5百年という長期に渡る定住生活が実現していたのです。

 皆さんは「世代間倫理」という言葉を耳にされたことがあるかと思いますが、これは「現在」の世代の幸福のみを見つめた価値観ではなく、時代を超えて、子々孫々の幸福にまで心の視野が及んでいなければ生まれない、とても高度な倫理観なのです。

 そのような生き方が、すでに5千年も前の人々に、明確な意図をもって生きられていたのです。そうでなければ、このような長期に及ぶ定住生活はとても実現できるものではなかったことでしょう。

 彼らにとって、「自然環境」とは、全ての生き物の命を育む「母なる命」であり、呼べば応えてくれる。そういう、身近な存在として捉えられていたのではないでしょうか。

 私たちの文明が、「自然」と遊離したところで成立しはじめたときから、自然と私たちとは母と子との、本来の関係を忘れてしまったのではないのでしょうか。

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