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2006年8月25日 (金)

「ぎっくり腰」顛末記①

 8月5日の深夜のこと。便所に行ったあとで、床に落ちていた本を拾おうとして屈んだ折、腰のあたりがググググと妙な崩れ方をした。

 急に身動きできなくなり、脳裏には20数年前のぎっくり腰の経験が蘇っていた。が、とりあえず床に就き、仰向けになって休んだ。

 翌6日、午前4時半ごろ目が覚めた。トイレに行こうとしたところ、起きあがれない。這うこともできない。躰を動かすたびに腰に鈍い痛みが走った。

 ともかくも上腕を利用して少しずつ躰を移動して、時間をかけてなんとかトイレにたどり着いた。そしてトイレの手摺りにつかまりながら、静かに静かに便座に座った。

 ゴホンッと咳をした直後、猛烈な激痛が腰をおそった。気の遠くなるような激しい痛みが走り、身動きとれないまま家内を呼んだ。躰を抱えてもらい、痛さのあまり便座の前の床に横倒しに倒れたが、激痛が波のように周期的に襲い、その度に腰部の筋肉が、意志とは無関係にギュ~ッと硬直した。こんな経験は初めてだった。

 救急車がわが家に着いたのは午前5時。その間、いろいろな考えが脳裏をめぐった。これまでの自分の心境、こんなことになった要因、今後の仕事のこと、ご近所や周りの目、生長の家の講師としての面目、等々。

 そんななかで、一番確かだったものは、「これは偶然ではない」という感覚だった。

 そしてこの感覚は、現象的な意味での「善い」「悪い」という判断とはまったく別に成立しているものだった。そして激痛の渦中に居ながらも、何ものかの大いなる導きを、深くはっきりと感じていた。

 病院で診察を受け、入院することが決まったが、料金が倍ほど掛かる個室しか空いていないとのことで、帰宅しようと試みた。

 コルセットをきつくはめて、さらに松葉杖を両手でついてみたが、一歩も踏み出すことができず、しかたなく病院にお世話になることにした。レントゲンやMRI検査の結果、医師が下した診断は「椎間板ヘルニア」だった。

 まな板の鯉のような状態とはこのことで、動ける範囲はベッドで仰向けに寝るか、右か左に横臥するかに限られていた。寝たまま食事を摂り、排泄は溲瓶などを使わせていただくなかで、ある禅僧が友人に送ったとされる次の言葉を思い出していた。

 病むときは病み、死ぬときは死ぬことが最もよろしく候  頓首再拝。

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