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2006年9月14日 (木)

風となり雲となりて (久都間育代)

 家内が榎本恵吾先生の想い出を書いていましたので、(許可を得て(^^;)このブログにも転載することにしました。
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  風となり雲となりて

「先生」。心の中で語りかけると、
「どうかね」。と、懐かしい声とともに温かな笑顔を想い起こします。

 はじめてお会いしたのは、昭和五十九年四月。十九の春でした。養心女子学園で、決まっていた総本山への内定を急きょ取り下げ、宇治別格本山に奉職することを願い出た私は、なぜどうして宇治へ魂が引かれるのか、自分でも理由が分かりませんでした。しかし先生にお会いしてはっきり分かりました。私の魂は間違えていなかったと。先生、奥様、ご家族、先生の研修生。この方たちと会うために私は此処に来たのだ、そう思いました。
 奉職後、受付係をしていた私は、ある初夏の朝、先生からの電話を受けました。

「奈良線の奈良行きは何時があるかね」
 それに応答した後、すぐに公衆電話へと急ぎました。
「先生、私今日お休みなのです。誌友会に連れて行ってください」
 自分でも思いがけない大胆な行動でした。
 こうして初めて、先生と一緒に奈良の王寺で開催される誌友会へと喜んで宇治駅に着くと、そこにはもう一人来ておられました。久都間さんでした。彼も先生と二人で行けると思って来たら、もう一人いたと少し残念に思ったようです。奈良行きの電車が到着し、車両に彼と私が同時に乗った時、先生は〝この二人は結婚する〟と直感されたと、もう結婚してしばらく経った頃にお話くださいました。

 先生に付いて二十から二十一歳の頃は、西宮の前波邸で毎月一回開催される誌友会に通いました。いつの間にか久都間さんも通うようになり、これも先生が自然に敷いた縁であったのですね。ある日の朝、食堂でお会いした先生に、
「久都間さんが自分で書いた原稿用紙を束にして持って来られました」
 と言いますと、先生は実に嬉しそうな、これ以上の悦びはないとばかりに喜ばれ、
「そうかね。彼はもってきたかね。そうかね」
 と満面の笑みでした。

 先生と奥様が私たちの結婚祝賀会で「埴生の宿」を歌ってくださいました。その歌声を聞きながら、この結婚をご縁として何らかの形で生長の家のお役に立ちたいと希(ねが)ったものでした。
 後に先生は、研修生出身のある方が宇治本山を退職されることになった時、こうおっしゃいました。

「私はねぇ、研修生の一人ひとりにアコヤ貝の真珠の核のように、一人一人のお腹に神の子の真理を入れておいたんだよ。それは本人が外そうと思っても、ジタバタしても、もがいても決して外れない。だからね、彼は本山を辞めても、どこに行こうが、大丈夫なんだよ」と。

 私が十九から三十五まで宇治で過ごした十六年、あの先生の元で送った日々は、全て神様から与えられていた。
 コンクリートの固い裂け目から、草花が咲く。その土台となるやわらかな土を先生が用意してくださっていた、自然に咲いたと感じられるように。

 先生がお好きだった『まあだだよ』(黒澤明監督)の映画。あの中で教え子たちが「先生は金無垢だ」と話していましたが、先生もそうでした。そして純粋無垢でありました。来年は先生と奥様の古希のお祝いをと、あの映画での場面のように思い描いておりました。

 最近読み終えた本で、『博士の愛した数式』というのがあります。その博士は八十分経つと、記憶が消えてしまう。八十分にすべてが凝縮される。そして次の八十分が始まる時は、また新たな驚きから始まるという話です。その数学博士は、自然数の中の素数をとても大切に思っています。他の整数では割り切れない、そのままで成り立っている3、5、7、11…こんなに美しい数、素数と。

 主人がこの小説に出てくる博士が、先生とそこはかとなく似ているね、と言っておりました。先生がお話されるとき、書をかくとき、雲や風景の絵を描かれるとき、作曲をされるとき、素数のごとく、本当にひとつのものを愛おしむが如く、大切に大切に紡ぎ出していかれました。

 昨年秋の慰霊祭で、谷口雅宣先生が「たとえ肉体は滅したように見えようとも、ご家族やご縁ある人々を、小石となり草木となり風となり雲となって見護ってくださる」と話されました。そのお言葉を今、深く感じています。

  ゆく雲に
   流れる水のささやきに
    ともに歩みし山の辺おもいて

  青き空
   風の流れに響く歌
    師と口ずさむ〝きれいなきれいな〟

    山は緑
   空に映えたる夕雲に
         〝きれいなきれいな〟 歌は風となり

        

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