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2008年2月 9日 (土)

変わるものと変わらないもの

 過日、生長の家本部会館での私の聖典講義に、度々参加している大学生からメールで質問をいただいた。普遍的で、哲学的な質問なので、私の応答を含めて紹介させていただくことにする。

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 合掌、ありがとうございます。
 以下がご質問への返信です。

【質問】
>1.人間の中に、“絶対”に変わらない何かがあるとすれば、それは何でしょうか?

【回答】
「変わる」ものは“絶対”でもなければ、“真の人間”でもありません。
「変わる」ものを現象といいます。
変わらないもののみが、「実在」です。
この「実在」が、“真の人間”であり、「神」であり「仏性」です。

【質問】
2.もしその“絶対”があるとすれば、それは真っ先に知られているはずです。なぜそれを知らされず、または知ることを求めずに人は時間を過ごし、死を迎えるのでしょうか。 抽象的な質問ですが、ご返答いただければ幸いです。宜しくお願い致します。

【回答】

「変わる」ものしか見ていなければ、「変わらない」ものを観ることはできません。
“絶対”のみが“絶対”を知り、「変わらない」もののみが、「変わらない」ものを観ることができます。「時間」は現象(変わるもの)であり、「時間・空間」上で展開される「死」もまた現象です。

「現象」の上に立っていては、永遠に“絶対”(変わらないもの)と出合うことはありません。
“絶対”とは、生じることもなく去ることもなく、出合うことも分かれることもなく、久遠に存在しているもののことで、これを生長の家では「神」と呼んでいます。

>また聖典講義等でお目に掛かりたいです。

 どうぞ、いつでもお越しください。

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