« ツバメの巣 | トップページ | 巣立ち »

2008年7月 4日 (金)

庭に咲くバラ

 昨日の朝のこと、早朝の祈りの後で、6時前からブログ(「ツバメの巣」)を書き始めた。

 30分ほどして、ふと庭に目をやると、朝日を浴びた数輪のバラの花が、匂い立つような輝きを帯びて、朝の澄んだ空気の中に咲いているのが見えた。

 じっと正視していると、やがてそのバラは、形を超えた“いのち”そのものとなって、私の“いのち”の中に飛び込んできた。

 それはバラであってバラではない。「存在」そのものの純粋な形相が、顕わな極彩の色となり、私のいのちと呼吸し、いのちといのちとが融合していった。

 祈りながらブログに言葉を紡いでいるとき、それは「真象」というものを、追い寄せている時なのだろうか。

「真象」を観るということは、私たちのいのちが素っ裸(つまり“いのち”そのもの)になったときに開ける、或る視点を獲得するということなのかもしれない。

 これは一種の御祓(みそぎ)である。削がれたものは、これまで「偽象」を見ていた視点である。

“感じる”ということだけでは、だめなのであろう。それは言葉によって文章を紡ぎ、あるいは絵筆を持って美を表現するといった、真・善・美を生み出す能動的な諸活動に私たちが真摯に従事したとき、これまで「偽象」を見ていた視点が忽然と剥落し、そこにはじめから在り続けていた「真象」が姿を現す、そんなことを思うのである。

|
|

« ツバメの巣 | トップページ | 巣立ち »

文化・芸術」カテゴリの記事

ESSAY」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/138762/41731739

この記事へのトラックバック一覧です: 庭に咲くバラ:

« ツバメの巣 | トップページ | 巣立ち »