« アンナ・カレーニナ② | トップページ | 神想観は歓喜の行② »

2008年9月12日 (金)

神想観は歓喜の行

 先月の聖典講義が終わった後で、7人の方々に個人指導をさせていただいたが、その内の5人が霊的な悩みについてのご相談だった。

 

 生長の家では、「天地一切のものと和解せよ」ということを説いている。
 この根拠は何かといえば、天地一切のものは、現象的にはどのような現れ方をしていたとしても、その実相は、完全円満なる神(仏)であるということである。

 

 生長の家で、「実相」と「現象」を説くのは、「実相」のみが実在であって、「現象」は心の影に過ぎない、ということを説くためなのである。
 
「実相」とは、私たちがどんなに否定しても、否定や肯定などという心の作用を超えて、久遠に実在するもののことである。

 

 また「現象」とは、ただ現れているだけであって、一度たりとも実在したことのないもののことである。だから、現象は無常であり、非実在であり、み教えは「現象無し!」と一刀両断するのである。

 

 霊的な問題と、実相・実在との間に、“関係”などは本来ないのである。
 霊界、現界ともに「現象」であり、それは心の影に過ぎない。一方、実相・実在は、はじめのはじめから円満完全に在り続けているのである。
 したがって現界や霊界に生じた不完全な現象は、私たちが五感・六感を通して観た世界が投影しているだけであって、実相・実在とは“無”関係なのである。現象の雲を突き抜けて、完全なる実相を直視しなければならないのである。

 

 無いものは、改善も改悪もない。完全円満なる神・仏のみが在るのだ。その無いものを善くしようと、現界・霊界の土俵に立ち続けて相撲をとってみたところで、完全なる世界は永遠に現象界に投影されることはないのである。「三界唯心所現」を成就する道は、実相直視以外にないのである。

 

 もし、映しの世界である霊界、現界の問題を解決しようと欲するならば、現象の土俵から下りて、ただ実相・実在の完全円満なる世界の荘厳のみを観て、それをよろこび生きたときに、天地が開け、泥中に蓮華が咲き、百花繚乱の春が訪れるのである。
  
「天地の万物(すべてのもの)に感謝せよ」とは、天地の全てのものの実相は、そのまま神であり完全円満であるから、現象の一切から去って、実相なる光明の天地に飛び込み喜べ! ということなのである。

 

 ここから、生長の家の神想観が苦行などではなく、歓喜の行であることが体感できるのである。

 

 一跳躍入如来地である。

 

  久都間 繁

|
|

« アンナ・カレーニナ② | トップページ | 神想観は歓喜の行② »

万教帰一の信仰」カテゴリの記事

ESSAY」カテゴリの記事

コメント

合掌、ありがとうございます。


先月、聖典講義後に質問に伺った7人のうちの一人です(^^)


宇治での練成中に“現象はどうでもよい、実相のみである”とよく耳にしました。

現象はどうでもよいと聞くと、それは何もしなくてもよい・怠惰・中途半端・投げ出し・自己犠牲や自己否定と捉えられがちですが、全くそうではないと思います。

先生が仰ったように、楽器を実相とし、そこから奏でられる音色を現象とすると、その音色は“無”や“不完全”なものかといえばそうではなく、それは神から出てきた神の愛や息吹であります。まさしく神の音色、神音であります。


ある神の子が善欲を抱き、それが叶えられたり得られたりすると、彼は幸福に満たされるでしょう。しかし彼以上にそれを全身全霊で喜ばれ、幸福に満たされているのは吾々の父である神ご自身です。

神は神ご自身を充足させ、幸福感に満たされる為に、勿論100%与えきりという土台の上において人間をお創りになったのかもしれません。

ある親がその子に、自分たちよりも幸福に、また親の存在を超えて貰いたいと願うように、表現に語弊があるかもしれませんが、人類の御祖である神は神の子・人間に、この永遠の生き通しの人生を通して、祖超え(=神を超越)をしてもらいたいと欲しているのかもしれません。それが神ご自身の素直なそして自然発露な気持ちかもしれません。

その境涯に至るには、“境涯に達する”という概念、否、妄念を拭い去り、ただそのまま・ありのままの吾を喜び賛嘆し、神想観により、より神へ超入し一体感を深める事だと思います。

実相直視の習慣化がされると、しだいに心が調い、心で物事のピントを合すのがスムーズになり、ふと気付くと自己を含め周り全てが『Made in God』だと大悟するでしょう。

笑いも良いと思います。

笑いの練習が即ち歓喜の実感であるとも大覚するでしょうhappy01


ありがとうございました。

山崎拝

投稿: 山崎 | 2008年9月14日 (日) 00時18分

 山埼さん

 コメントをありがとうございました。

 返信は、多くの方の参考にもなると思いますので今回も本文にアップしました。

投稿: 久都間 繁 | 2008年9月14日 (日) 17時45分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/138762/42453704

この記事へのトラックバック一覧です: 神想観は歓喜の行:

« アンナ・カレーニナ② | トップページ | 神想観は歓喜の行② »