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2008年12月

2008年12月29日 (月)

久遠の基礎(そのまま完全円満)

「人間・神の子」というのは、ゴールではない。生長の家の人類光明化運動は、すでに此処から出発していたのである。先ず、私たち「一人」の実相が、完全円満なる「仏」であり、「神」であったということを発見したのが生長の家であり、私たちの運動はこの〈原点〉から出発していたのである。

 

 生長の家は、これから光りになるという教えでも、これから神の子になるという教えでもない。先ず最初に、そのまま完全円満なる光りであり、神の子であったという原点(そのまま)を発見した悦びから発進したのが「人間・神の子」の教えであり、私たちの人類光明化運動なのである。

 

 その原点(そのまま)を発見することが、即ち初心に帰ることであり、実相に帰ることであり、このことを南無阿弥陀仏とも南無妙法蓮華経とも、天地初発時(あめつちのはじめのとき)とも云うのである。

 

 先ず「光り」であり、先ず「神の子」であるという原点(そのまま)を発見すれば、過去、現在、未来に渡って、私たちの一切の所作、進退が「光り」そのものであったことに気が付くのである。

 

 無限生長の道というも、この原点(そのまま光りである)という大盤石なる永遠の基礎に立脚した生命の相(すがた)であり、それがそのまま国際平和信仰運動の展開する相である。

 

 その久遠の基礎(そのまま完全円満である)を見出した歓びを生きること、それが生長の家の光明生活であり、人間・神の子の黄金の人生なのである。

 

 

 

  久都間 繁

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2008年12月24日 (水)

すでに与えている

 人間は、そのままで無限に「与えている」存在なのである。

 

 神の子となるのは、これから「与えて」からではないのである。すでに無限に「与えている」ことに気がついたとき、人間・神の子の自覚がよみがえるのである。

 

 これから「与えて」から救われるのではなく、すでに初めから無限に与えている實相〈ほんとうのすがた〉に気がつくことが、即ち神の子を自覚することである。そのことが分かれば分かるほど、それを伝えずにはいられなくなるのである。
 なぜなら、全ての人類が、天地の万物が、生きとし生けるものが、はじめのはじめからそのような存在であることが分かるからである。この消息を釈迦は、「山川草木国土悉皆成仏、有情非情同時成道」と云っているのである。

 

 聖経『真理の吟唱』には、「私の魂の内には永遠に消えない光が宿っているのである。それは神から来たれる光である」と表現されている。
 すでに實相において、神において、そのままで、無限に与えている存在であるにもかかわらず、現象を見て、「まだまだ与えていない」と云い、だから「まだ救われない」と云うような、神との“商取引”のような〈救い〉を考えていたのでは、神の子の無限力が登場する機会を失い、自性円満の自覚も悦びも、その影をひそめてしまうのである。

 

 神は太陽のような、与えきりの〈無条件〉の愛である。その〈無条件の愛〉を今ここに生かさせていただくためには、私たちも無条件に“ハイ!”と、その愛を悦んで受けなければならないのである。

 

 私たちは、「与えなければ救われない」というような方便的な解釈を卒業して、さらなる奥殿へ、神の子・人間を説く生長の家の奥殿へと進まなければならなのである。
 私たちは、すでに神の子であり、すでに完全円満であるが故に、自覚するとしないとにかかわらず、實相においては無尽蔵の光明を放っているのである! その實相を観て「悦ぶ」ことで、それが現象界にも無尽蔵に展開するのである。それが三界唯心所現の法則であり、生長の家の光明の生活法である。

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2008年12月22日 (月)

ルンのこと③(次女、長男、次男、家内の手紙)

 身罷(みまか)ったルンちゃんに捧げる、次女(小6)、長男(小3)、次男(6歳)の手紙と、最後に家内の手紙を載せました。

 

 言葉よ、祈りとともに隠り世へと届けよ!!

 

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 ルンへ

 

 生まれたときは、うちのベッドでうまれたね。
 ルンがうちに残るって聞いたときは、本当にうれしかったよ。
 また、うちが生きてる間に生まれてきて会おうね。

 

 いずみより

 

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 ルン、ぼくはルンといられて、いままででいちばんうれしかったです。
  ルンをだいてると なんだかきもちよくなってほっとします。
 でも、きみはもうどこかにいってしまいました。でも、ぼくは事故でこんなことになるより、こうゆうのでよかったです。
 ルン、いつまでも空でぼくのことをみまもってね。

 

 まこと

 

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 るんへ

 

 てんごくでもげんきにしててね またかえってきてね
 るんのことわ いっしょうわすれないよ

 

 るん いっぱいいきてくれてありがとう

 

 また いっぱいあそぼうね

 

 るんへ
 またいきてきてね てんごくでもげんきにいててね。

 

 ひろむより

 

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 ルンへ

 

 うちの4人の子どもたちといっしょに過ごしてくれてありがとう。

 

 アンのもとに生まれてきてくれてありがとう。

 

 いっぱい笑わせてくれてありがとう。

 

 みんなルンが大好きでした。

 

 また会おうね。

 

 ルン 楽しかったよ。

 

 おーばかたっしー
 たらんじょーのすけ

 

 じゃない

 

 いい子のルンへ

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2008年12月21日 (日)

ルンのこと②(長女の手紙)

 わが家の愛猫ルンは、昨日、隣家の庭にある空き家となった犬小屋の中で、うつ伏せに坐ったまま眠るように死んでいました。

 

 昨晩、帰宅すると、子どもたちが亡き愛猫に手紙を書き、お気に入りのTシャツや手作りのクッキーと一緒に、段ボールに入れた亡骸(なきがら)に手向けていました。
 拙(つたな)いながらも彼らの綴った哀悼の言葉が、このまま、遺骸とともに灰になるのはもったいないので、こっそり転載させていただくことにしました。 

 

 以下に紹介するのは、長女(中三)の手紙です。

 

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2008年12月20日
大好きなルンちゃんへ

 

 2005年5月16日、いず(二女)のベッドの上で生まれたルンちゃん。
 一番大きな体だったのに、きょうだいのリンちゃんとランちゃんにいじめられていたから、お父さんが、「この子は残しておこう」と言って、ルンは残ることになったんだよ。

 

 ルンはよく食べてよく寝る子だったから、大きくなったね。
 いつのまにかアン(母ネコ)の2倍くらいになってたよ。

 

 ルンて名前を付けたのは、単純に最初のはラン、リン、ルンしている子になるように、明るい子になるようにって意味を付けたんだよ。
 ルンは名前のとおりに育ってくれました。いつもみんなを笑わせてくれました。つらいことがあっても、ルンを見てるといやされたんだよ。ルンはよく怒られたけど、それはみんながルンを大好きだったからなんだよ。

 

 男の子のくせにかわいい顔してるルンは、近所の人からも愛されてたんだよ。
 ルンを見てると、がんばろうって思えたんだよ。本当に本当に大好きだったよ。今でも大好きだよ。きらいになったりしないよ。ルンが死んでも、絶対に忘れない。大好きすぎるよ。みんなルンを大好きなんだよ。大好き大好きこんな紙に書ききれないくらい大好き。
 しばらくいなくなっても、絶対生きてるって信じてたのに、どうして? 早すぎるんじゃない? ばか。大ばか。なんで、ひとん家(ち)で死ぬんだよ。

 

 ごめんねルン。吐いてるとき、またいつものことだと思って外に出してごめん。あれが最後なんてひどすぎるよね。もっといろんなこと話したかったよ。もっと抱きしめてあげたかったよ。早いよルン。早すぎるよ。ひどいよ。ごめん。

 

 いずから聞いたとき、うそだと思った。ルンが死ぬわけないと思った。信じられないでしばらくボーッとしてた。犬小屋にいるルンを見ておどろいたよ。冷たいあなたは私のルンだった。わが子を失ったような気分だったよ。

 

 猫のくせに「犬」「犬」「犬」っていっぱいシール貼ってあるところで死ぬなんてやっぱりルンだよ。人の家の庭で死ぬなんてばか。めいわくかけちゃうじゃん。こんなに泣いたのは初めてかもしれないよ。ルンをどれだけ愛してたか分かってくれる!? 私がいつかまたこの世界に生まれてきたら、また会いましょう。あ、その前に、後50年位たったら、また天国で会いましょう。

 

 ルンとすごした毎日の5年間は宝物だよ。本当にありがとうルン。こんなにすてきな時間をありがとう。

 

 ルン、これからは天国から見守ってて。私の成長を見守ってて。ルンを心の支えにしてがんばるからね。私は強くなるからね。これからしばらくしたら、あなたを埋めようと思います。お墓を作ろうと思います。つらいことやうれしいことや、ルンに言わなきゃって思ったことがあったら、そこに行くから。ちゃんとむかえてよね。この手紙とスマイリーのTシャツを入れておくね。
 ルン、ごめんね。赦して。そしてありがとう。本当にありがとう。大好きです。愛しています。今も、これからも。ずっとずっとずっと。

 

あゆみより。あなたの母より。

 

P.S.あなたを犬小屋で見たとき、いつもみたいにねてるだけかと思ってしまいました。それほど安らかでした。
ルン、またいつか会えるよね。ではまた、その日まで…。

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2008年12月20日 (土)

ルンのこと①(娘たちへの手紙)

 わが家で長年飼っていたネコが、数日前から姿を見せなくなっていました。

 

 朝晩の冷え込みが激しかったので、たぶんどこかで身罷(みまか)っていることだろうと思っていましたが、今日のお昼前に、私のケータイに、学校が休みだった娘たち(中3と小6)から相次いで、泣きながら電話が入りました。

 

「ルンが、ルンが…冷たくなって……」と、二人ともわれを忘れて電話口で泣きじゃくっていました。

 

追悼をかねた手紙を娘たちに書いたので、公開します。

 

(ルンはネコの名前です)

 

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あゆみちゃん、いずみちゃんへ

 

ルンのこと

 

 これまで、わが家でいっしょに暮らした、何年もの歳月のこと、いろいろなことを思い出しながら、お昼にずっと祈っていました。

 

 ルンはやっぱり、動物の姿となって私たちの前に現れた、神様の化身(けしん)だったのだと思います。

 

 きょうだいの生長を見守りながら、まるで静かな道化師(ピエロ)のように、私たちの生活になくてはならない存在でした。

 

 そんなことも、いなくなってみて初めて、いまさらのように気が付きます。

 

 それほどわが家に溶け込んで、ときには愛の潤滑油(じゅんかつゆ)となり、ときには小便たれの憎まれっ子となり、またときにはヒロちゃんはじめ兄弟姉妹の良き親友となって、愛され続けてきました。

 

 天国に帰っていったルンに、心から感謝して、旅立ちを見おくりましょう。

 

 ルンの亡骸(なきがら)は、お母さんが帰宅してから、土方さんの庭に引き取りにいきます。それまで待っていてください。

 

お父さんより

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