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2008年12月20日 (土)

ルンのこと①(娘たちへの手紙)

 わが家で長年飼っていたネコが、数日前から姿を見せなくなっていました。

 

 朝晩の冷え込みが激しかったので、たぶんどこかで身罷(みまか)っていることだろうと思っていましたが、今日のお昼前に、私のケータイに、学校が休みだった娘たち(中3と小6)から相次いで、泣きながら電話が入りました。

 

「ルンが、ルンが…冷たくなって……」と、二人ともわれを忘れて電話口で泣きじゃくっていました。

 

追悼をかねた手紙を娘たちに書いたので、公開します。

 

(ルンはネコの名前です)

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

あゆみちゃん、いずみちゃんへ

 

ルンのこと

 

 これまで、わが家でいっしょに暮らした、何年もの歳月のこと、いろいろなことを思い出しながら、お昼にずっと祈っていました。

 

 ルンはやっぱり、動物の姿となって私たちの前に現れた、神様の化身(けしん)だったのだと思います。

 

 きょうだいの生長を見守りながら、まるで静かな道化師(ピエロ)のように、私たちの生活になくてはならない存在でした。

 

 そんなことも、いなくなってみて初めて、いまさらのように気が付きます。

 

 それほどわが家に溶け込んで、ときには愛の潤滑油(じゅんかつゆ)となり、ときには小便たれの憎まれっ子となり、またときにはヒロちゃんはじめ兄弟姉妹の良き親友となって、愛され続けてきました。

 

 天国に帰っていったルンに、心から感謝して、旅立ちを見おくりましょう。

 

 ルンの亡骸(なきがら)は、お母さんが帰宅してから、土方さんの庭に引き取りにいきます。それまで待っていてください。

 

お父さんより

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コメント

 愛猫が亡くなられたとの事、お嬢さん達、そして久都間様のお悲しみの事を思うと胸が痛みます。でも、こんなに思われて、ルンちゃんも幸せですね。動物って何事かを教えてくれますよね。正に天の使いだったのでしょうね。

 私も飼い犬の次郎が死んだ時、そう思いました。その事はブログ(2005年5月14日)に書きました。良ければご高覧下さい。http://joyfulness.exblog.jp/520768/

投稿: 堀 浩二 | 2008年12月21日 (日) 19時35分

堀浩二様

ブログ、拝読させていただきました。

死というものは、ゆっくりと予測できるような形でやって来る場合と、まったく予期せぬ「朝の紅顔、夕べの白骨」のような形で突然訪れる場合とがありますが、ルンの場合は後者でした。

榎本先生は、「死とは、その人の最大の拝みのとき」だ、という意味の言葉をおっしゃっていましたが、その死が前者のような形であれ後者のようなものであれ、天地万物への〈拝み〉ということについては、人間も動物も、同じ根源的な光りが発せられているのかもしれませんね。

投稿: 久都間 繁 | 2008年12月22日 (月) 13時12分

涙ながらに拝見しました。我が家にも猫がおり、先代の猫が亡くなった時を思いだしルンちゃんと重なって見えました。
今いる猫とも、いつか別れが来るのでしょう。一日一日を大切にせよと教えていただいたようです。

投稿: シコク嫁 | 2008年12月23日 (火) 22時16分

シコク嫁さま

合掌、コメントをありがとうございます。

私たち家族も、愛猫の死を通して深く導かれました。

猫というのは、禅の公案にも出てきますし、夏目漱石も書いていますし、人間にとって、犬とともに本当に身近で不思議で、大切な存在だなと思います。

投稿: 久都間 繁 | 2008年12月24日 (水) 18時07分

合掌ありがとうございます。
久都間さまのこのお手紙で私は本当に救われました。
最近、急な別れが立て続けにあり、しかも19才の男の子が事故で亡くなって凹んでおりました。
久都間さまは猫のルンちゃんの事を書いておられましたが〜私にとっては「全てが神の化身、神の愛、神そのものであった」と気付かせていただきました。まだ思い出すと涙が出ますが、少しずつ元気になってきた次第です。感謝いっぱいです。ありがとうございます。

勝手ながら記事内リンクさせていただきました。事後報告ですいません、ご了承くださいませ。

投稿: シコク嫁 | 2008年12月28日 (日) 09時50分

 シコク嫁さま

 記事内リンクしてくださり、ありがとうございました。


>>私にとっては「全てが神の化身、神の愛、神そのものであった」と気付かせていただきました


「観世音菩薩は尽十方無礙光如来の大慈悲の顕現である」と、「観世音菩薩を讃える祈り」に説かれていますが、生長の家の「唯神実相」の教えとは、このこと、つまり全ては善なる神の化身であり、神の愛そのものである、という“中身”を解き明かしているのですね。

投稿: 久都間 繁 | 2008年12月29日 (月) 08時03分

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