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2009年2月13日 (金)

赤毛のアンについて

目の前に広がるこの美しい世界。赤い花を赤い花だと認識し、青い空を青い色として体感することの不思議。水があり木々があり、宇宙があることの不思議。「私」という意識があることの不思議。そもそも、この「私」がこの世に生まれてきたということ自体、考えてみると「奇蹟」としか言いようがない。
 そうしてみると「奇蹟」というのは、何も宗教だけの専売特許ではなくて、日常生活のありとあらゆる瞬間に潜んでいるのです。後は、その小さな「奇蹟」に気が付けるかどうかということが、すべての鍵を握っています。

(茂木健一郎著『「赤毛のアン」に学ぶ幸福になる法』239頁より)

 

 私は「赤毛のアン」の隠れファンである。が、そんなことは家族以外には話したこともなかった。かつて、モンゴメリーの書いたアンのシリーズを夢中になって通読したことがあったが、私の中では、それは心の引き出しの奥深くにしまったままになっていた。
 しかし、7年前にわが家に迷い込んできたメスの子猫に、「アン」と命名していたり、テレビでアン関係の番組があれば予約してチェックし、関連書籍があれば思わず手にとって紐解いている。これも潜在意識のなせるワザであり、それなればこその隠れファンなのであり、要するに表立ってファンであることをあからさまにするのが恥ずかしかっただけのことである。

 

 茂木健一郎さんの書いた『「赤毛のアン」に学ぶ幸福になる法』も、そんな具合にたまたまアマゾンで発見して購入したものだ。

 

 一読して、自分がなぜアンをはじめマシュー、マリラ、リンド婦人など、彼女を巡る人々やストーリーそのものに引かれていたのか、その構造がようやく理解できたような思いがした。そして、その構造に気が付くたびに、涙があふれて来た。この物語は「真心」「誠実」「愛」といった原初的なものによって骨格が成り立っていたのである。

 

 同書で茂木さんは語っている〈その小さな「奇蹟」に気が付けるかどうかということが、すべての鍵を握っています〉と。

 

 虚心に眺めてみれば、世界そのものが、「奇蹟」そのものだったのだ、再びアンに会いたくなってきた。

 

 

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コメント

こちらには久しくご無沙汰しておりましたが、昨日こちらの常連の山崎さんとお話する機会があり、お陰様で戻って参りました(山崎さんありがとう!)。感動的な書き込みが多くて。。。すばらしいです!赤毛のアン、また読んでみよっと思いました。happy01

投稿: GEN | 2009年3月31日 (火) 12時40分

 GENさま

 赤毛のアン、奇遇にも「理想世界」4月号で、谷口純子先生がご紹介になっていますね。

 山崎さんは大学の卒業記念に、奈良、京都、大阪と関西方面を放浪する旅に出られ、先月末に帰京されて本部に立ち寄って、いろいろお話ししてくれましたが、アンの人生も、毎日が新しい発見にあふれていて、人生が旅そのものであったことを知らせてくれているようです。

投稿: 久都間 繁 | 2009年4月 1日 (水) 12時15分

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