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2009年4月 1日 (水)

夜空の星

 今年の一月元旦、小6の次女と小3の長男の2人を連れて実家のある静岡の田舎に帰省した。

 

 その翌日、8年ぶりに同窓会に参加したのであるが、宴は昼から始まり、えんえんと会場と品を替え、ついに深夜にまでおよんだ。
 夜も更け、送ってくれた友人と、その息子の運転する車から降り、玄関前に立って夜空を見上げると、深く神秘的な光景が頭上に広がっているのに驚いた。一瞬、ゴッホの描いた「星月夜」を観ているのかと思った。

 

 幾つもの星雲、星団や細かな星々の一粒ひとつぶが、双眼鏡も使ってないのに手に取るように見えた。まるで深い星くずの海の底に頭を沈めて、普段は誰も見ることのできない宇宙の秘密を垣間見てしまったような気分だった。

 

 部屋で眠っている子どもたちに見せたら、どんなに驚嘆するだろう! 母にも知らせてあげなければ! と、家に飛び込んでみたものの、みんなすっかり熟睡していたので、あきらめて、そっと床に就いた。

 

 3カ月ほど経ったが、あの夜の光景が今も忘れられないでいる。
 考えてみれば、あのような星空は、私が子供の時から頭上に輝いていたはずである。なのに、なぜその美しさに気が付かなかったのだろう。

 

 ちょうどそれと同じようなことを、当日の同窓会でも体験した。
 午後1時からはじまった同窓会は、振り返れば12時間ほどにおよんだのであるが、そこで膝を交えて語り合った旧友たちの魂に魅せられているうちに、あっという間に時が経っていた。
 私は浦島太郎なのかと思った。今まで“当たり前”のように存在していた全てのものが、ぜんぜん“当たり前”ではなかったのだ。

 

 あの日、私は何を見て、何を感じていたのだろう。今はそんなことしか思い浮かばない。
 夜空にしても、幼なじみにしても、学生だった当時は“当たり前のもの”としてしか感じることのできなかった全てのものが、星空に輝く美しい星たちのように輝いていたのである。

 

 イエスは、「目をあげて畑を見なさい。はや色づいて刈入れを待っている」(ヨハネ4・35)と語っている。

 

 彼の眼には、取り巻く弟子たちのみならず、ピラトもマリアも、パリサイ人も取税人も、きっと夜空の星のように、美しく輝いて観えていたのではないだろうか。
 

 

  久都間 繁

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コメント

合掌、ありがとうございます。


この間はお忙しい中、お会いして頂きありがとうございました。

卒業旅行は先生の一言がなければ行ってなかったです。旅は本当に貴重な体験と新たな出会いがありました。先生の一言に感謝いたします。


私も年末・年始と故郷の高知に帰省をしていました。
夜、ドライブにいって車を止めて夜空を見上げると、星が目の前に迫り、これほどまでに地上と空の近さを感じたのはその時が初めてでした。しかし人間はその環境にいる時はそれが当たり前だと思いがちです。

私は当時はその夜空を見上げながら、将来に対し悩み迷い、これからどうやって人生を歩めばよいのか心の底から葛藤していました。
その日々に対して我の力で考え、抜け出そうと、もがいていました。あまりにも退屈な日常で、自分の人生にそのような現実があることを忘れ、認めたくないという思いが強かった為か、今もその当時の事はあまり記憶にないです。またそういう深い込み入った話しをする友人もいなかったので、本当に孤独を感じていました。そういう時はどうしても目の前の愛や優しさ温もりを忘れてしまいます。天国は吾々の内に既に在るのに、どこか遙か遠くに有ると思い違いをしてしまいます。
今すぐにでも吾が内なる天国に気付けば、すぐにそこに地上天国が顕れます。

實相においては私たちは常に楽しんでいます^^


GENさんもブログサーフィン(?)で忙しいと思いますが、感動的なコメントを期待しています!


先生、また聖典講義をはじめ色々なところで宜しくお願い致します。

ありがとうございました。

山崎拝

投稿: 山崎 | 2009年4月 1日 (水) 21時13分

ははは。感動的なコメントが書けるかどうかは別として。o(*^▽^*)o感じたことを表現することに力む必要はないかと思っています。いつも素直に思ったことを(もちろん関わる人への配慮は忘れずに)表現したいと思っています。昨日はお休みで、マイクとご近所を散歩して桜の開花はいかほどか見にいってきました。そのルートにはご近所の神社もありますので、お参りして、感謝の気持ちをのべ、簡単に神想観したら、なんだかとってもやさしい気持ちになれました。その他にも当たり前のようにあるものに幸せを感じる散歩でした。。。heart04

投稿: GEN | 2009年4月 3日 (金) 12時16分

 山崎様
 
>>旅は本当に貴重な体験と新たな出会いがありました。先生の一言に感謝いたします。


 よかったですね。芭蕉ではありませんが最近は人生そのものが旅であり、日々出会う人々が旅人のように見えてきました。

投稿: 久都間 繁 | 2009年4月 4日 (土) 13時07分

GENさま

>>マイクとご近所を散歩して桜の開花はいかほどか見にいってきました。


 今朝、中央線の中野駅に電車が停車した折に、窓外を見ると桜が満開でした。そういえば、昨年もドイツから帰った後のこの時節に、中野で飲んでいたなあ、などと思い出していました。
 毎年咲く桜とともに、私たちも人生の折々に(花咲かジジイのように(^^;)花を咲かせながらさまざまな思い出を重ねて行くのでしょうね。

投稿: 久都間 繁 | 2009年4月 4日 (土) 13時15分

ありがとうございます。本部に電話で問い合わせて雅宣先生が次男なのを確認しました。

また相談があります。僕は精神科に通っています。障害者年金2級で毎月6万5千円もらっています。神癒を受けて病気の方はすっかりよくなりました。夜、寝る前に薬を飲んでいます。これがないとちょっと不安です。

でもいつまでももう医者に「もう来なくていいですよ」と言われるまでこのままかよい続け、年金もらっていていいのでしょうか。仕事は父が自営業で一人で全部やっています。僕はちちが車に商品を積むのを手伝っているのと、商品の受け取りをやっているだけです。本当にお手伝い程度です。

病気が完全に治るまで、精神科に通うべきでしょうか。治るまではこれみんなの税金ですが、ありがたく年金お受けしていていいのでしょうか。薬を飲まないでで夜眠れるかちょっと不安です。

年金もらわなくても自分で生活費稼げるように努力すべきではないでしょうか。父に食べさせてもらっています。もし病気が治らず(もうすごくよくなったのですが)将来、父が死んで生活できなくなったら、生活保護もらっても仕方ないのでしょうか?

よきアドバイスお願いします。

投稿: 奥田 健介 | 2009年4月14日 (火) 13時46分

 奥田さま

 合掌、ありがとうございます。

 私は貴方のことをよく知らないので、このようなご質問はインターネットでの指導には適していないように思います。

 貴方の地元にも、ベテランの地方講師の方や、本部講師の教化部長もいらっしゃいます。皆さん素晴らしい方たちですから、貴方が心を割って打ち明ければ親身になって相談に乗ってくださることでしょう。

 私からのアドバイスは、

「もっと地元の講師の方にご相談になるといいですよ!」


投稿: 久都間 繁 | 2009年4月14日 (火) 18時14分

ありがとうございました。( ̄▽ ̄)

投稿: 奥田 健介 | 2009年4月14日 (火) 20時48分

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