PTA総会でのあいさつ
小学校のPTA会長をお受けすることになって、5月9日に初めての総会に臨ませていただきました。
5日ぶりに晴れ渡り、ツバメが飛び交う校舎の一室には、百数十人の人々が参列していました。学校を取り巻く木々の新緑が午後の日差しに映えて、とても美しかったです。
土曜日ではありましたが、午前から午後にかけて授業参観やセーフティ教室などが開かれ、午後2時45分から総会は始まりました。
見渡せば、PTA会員の皆さんや校長先生をはじめとした先生方、そして来賓として地元名士の方々がご列席くださっていました。
以下は、総会の折に発表した「PTA会長あいさつ」の草案です。
(これをベースに、アドリブで伸び伸びとお話させていただきました(^^;)
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今年度より、PTA会長を拝命致しました久都間 繁と申します。
わが家では、長男が4年1組、次男が1年3組でお世話になっています。また、今年高校生になった長女、中学校に入学した次女も、このA小学校でお世話になりました。
その中で、印象に残っているエピソードのひとつを紹介させていただきます。
私は10年ほど前に、仕事の関係で関西から東京に転勤して来ましたが、最初に住んだ調布市で、当時小学校1年だった長女が、言葉の違いなどが原因でいじめに遭い、腰掛けるときに男の子にイスを引かれて脳しんとうを起こしたことで、登校できなくなりました。
その後、3年生のときに青梅に越してきたものの、長女はその時のトラウマをかかえたまま、教室に入っても座ることができず、A小でも3年、4年と保健室のソファーの定位置に腰掛けて、持参した本を終日読んで過ごす日々を送っていました。
当時、校長をされていたH先生とも相談しながら、彼女の成長を見守っていましたが、やがて4年の三学期になるとソファーから窓際に移動して、外ばかりながめるようになり、そのころ書いた作文には、5年に進級した際のクラス替えを楽しみにしている文面が出てくるようになりました。そして5年生に進級したのを機に、突然生まれ変わったようにクラスに溶け込んで、人一倍元気な彼女の本来の姿へと生まれ変わったのです。
振り返ってみますと、長女は保健室にいる間に、先生方や生徒の様子をじっーと観察して、この学校は生徒も先生も、安心して信じることのできる人たちであることを、何度も何度も心の中で確認していたのではないかと思います。
そして5年生となり、卵からヒナが孵るように、当時、新たに赴任して担任となったN先生のもとで、安心して伸び伸びと翼を広げることができました。以来、彼女は猛勉強を重ね、第一志望だったあこがれの公立高校に今年ぶじに進学しました。
このような、子供たちが安心して学ぶことのできるA小の校風、たとえケンカして傷つけあったとしても、イジメにまで発展することない懐の深い学習環境は、A小を取り巻く豊かな自然環境と、先生方と保護者との深い信頼関係、そして地域の人たちの見守りなど、長年の努力の積み重ねがあればこそ、実現できるものだと思います。
私は今年、縁あって初めてPTA会長をさせていただくことになりましたが、このような当校の良き伝統をしっかりと継承しつつ、それを次代へと伝えるために、諸先輩のお力をいただきながら、PTAの会員の皆様、そして校長先生をはじめ諸先生方と一緒に、本部役員一同、子供たちの幸せのために尽力させていただきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
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コメント
久都間さんがPTA会長になられる様な学校は幸せですね。また、ご挨拶の内容も感銘致しました。久都間さんの様な生長の家本部講師しかも本当に素晴らしい先生(他の先生が素晴らしくないという意味ではありません)がPTAの会で挨拶の言葉を述べるなんてめったにない事だし、すごい事ですよね。
私は思うんですけど生長の家の運動にどっぷりつかる様になると一般社会とか友人達と疎遠になりますよね。これって真の光明化運動に逆行してるんじゃないかと思います。又、私も昔、友人とか職場とか英会話学校などで講習会を進めたり、普及誌を渡したりしましたけど割合、敬遠されてました。だから、自然にそうした一般の人達とも距離が出来て、そうなると同類相哀れむの様に生長の家の人同士ばかりで固まってしまう傾向がありました。
でも榎本先生に救われてから、全ての人類は既に救われていると分かってから安心して生長の家以外の人と自由に楽しくつきあえるようになり、活動の場が生長の家関係以外にもぐんと拡がりました。それで無闇に普及誌を渡す様な事は今はないですが、それでも信仰の悦びを生きていると自然と生長の家が拡がっています。私の地区の相愛会の後継者が出来たんですがそれは私の野球仲間の中から出て来ました。
投稿: 堀 浩二 | 2009年5月13日 (水) 10時53分
堀さん、コメントをありがとうございました。
>>全ての人類は既に救われていると分かってから安心して生長の家以外の人と自由に楽しくつきあえるようになり、活動の場が生長の家関係以外にもぐんと拡がりました。
まったく仰るとおりだと思います。
特別な信仰を持っていなくても神性・仏性(つまり神意)を人生に人知れず実現している人たちは、実は私たちの周りにたくさんいますし、見習うべき点もたくさんあります。
そこをキチンと評価して言葉に出して褒め称えることができるのは、善一元の哲学を信奉し「真象」を観る訓練をした私たちの、世における大切な使命なのだと思います。
また、それを実践することで、雅宣先生が研鑽会でお話された〝玉突き〟の喩えのように「善きことの連鎖」が自分の人生を通して、世の中に波紋のように広がっていくことでしょう。
「日時計主義」の運動は、どのような立場に置かれていても実践できますし、愛を尽くして社会貢献をしていれば多くの人たちと出会う機会も増え、その無償の行為の中から深い信頼関係が生まれます。
この信頼関係があればこそ、さまざまな悩みや相談を頂くこともできますし、責任を持って、それにお応えすることもできるのです。
投稿: 久都間 繁 | 2009年5月13日 (水) 15時18分
久都間様のご挨拶も、堀様もコメントも、
身にしみいるようでした。
お二人とも、どこでも自然に生長の家で生きられていますね
誰でも神の子で、壁がない。
以前の久都間様の記事を読んでも、学校の先生とも深くお話され、つきあっていらっしゃる。
そのようになりたいと、強く思うこのごろです。
きっと、そうなっていけると信じて、今できることを悦んでいこうと思います♪
投稿: うっち~まま | 2009年5月17日 (日) 22時36分
うっち~まま様、コメントありがとうございました。
>>誰でも神の子で、壁がない。
仏教では、宇宙に満ちている神性・仏性のことを、尽十方無碍光如来と呼んでいることは、うっち~さんもご存じのことと思います。
つまり、究極的な実在である神や仏には「壁がない」のです。
それは、特定の宗教を信仰しているとか、大罪を犯したとか、生きているとか死んでしまったとか、どんな主義主張を持っているとか、そういったものは、すべて「現象」です。
現象を超えたところにある究極的実在を信じるのが、「唯神実相」の信仰であると思います。
実相・実在は、至る所に満ちています。その「満ちている」もののみを相手にしていれば、自然と壁がなくなるのではないでしょうか。
投稿: 久都間 繁 | 2009年5月18日 (月) 13時15分
うっち~様
今朝、もう一つ気が付きましたのでお伝えします。
それは、人間は神の子であり、尽十方無碍光如来そのものなのですから、はじめから「壁はない」のです。
というか、尽十方無碍光なるものが主婦をして、講師をして、運動もして、PTAもやって、スポーツチームのお世話もして、子供も育て、仕事もしている、そういうことなのだと思います。
だから私たち生長の家の信仰を持つ人たちは、随所で主人公となり、「神の国」(大調和の生かし合いの世界)を顕すために、尽力することができるのです。
投稿: 久都間 繁 | 2009年5月19日 (火) 09時40分