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2009年5月13日 (水)

〝新価値〟の創造について

 オスカーワイルドは、ロンドンの霧は詩人がこれを言葉に表現したときに、初めて存在に入ったと語っているが、これは、詩人が言葉にした後に霧が存在するようになったという意味ではない。

 

 霧は、はじめからロンドンに存在していたのである。存在していても、言葉にして表現しなければ、人々の認識に入ることがなかったのである。

 

 私たちがコトバを通して「表現活動」をする場合、大きく分けて二つのタイプがあるように思う。

 

 一つのタイプは、広く巷間に出回って、世の通念となっている情報によって組み立てられた表現である。

 

 もう一つのタイプは、既に存在しているにもかかわらず、コトバによって表現されないために、ほとんどの人が気が付かないで見落としている情報。これは団体や組織の伝統や、風土に深く溶け込んだ文化、詩人が詠んだロンドンの霧のような自然の風物、あるいは或る人物の生き様など、人々の意識に上ることなく埋もれている概念を、コトバとして表現する場合である。

 

 前者には、さしたる魅力や発見はない。しかし後者には、多くの人が魅力を感じたり、ことによれば世の中を変えてしまうほどの力が宿っているように思われる。

 

 しかし、後者のスタイルでコトバや作品を表現するためには、常人が容易に見つけることのない鉱脈を発見して、それをさらに精錬して作品を生み出すような、尋常ならざる努力が要るのではないだろうか。

 

 しかし、そのような努力を通して紡ぎ出されたコトバ(や芸術)は、〝新価値〟となって世の中に迎えられ、新たな常識として定着する。

 

「日時計主義」のもたらす、真のインパクトは、この〝新価値〟を創造することである。

 

 そのためには、表層の意識に上る世の通念を超えて、意識の深層へと深く穿ち入らなければならない。

 

 そこには、未だコトバとして表現されることのなかった、ある人物の生き方や、社会や地域の伝統、それぞれの風土に溶け込んだ文化、自然の風物などが、無尽蔵の鉱脈として、私たちに発見されるのを待っているのである。

 

 鉱脈を見出したら、それを深く観察し、掘り出し、精錬して、コトバや作品として紡ぎ上げることである。

 

〝新価値〟の創造とは、私たちがどれだけ世の伝統や常識に深く棹さして、さらにその根源にある「真・善・美」の世界を内なる規範として生きているか、その人生経験そのものが、各自の作品となって顕れるのではないだろうか。

 

 

   久都間 繁

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コメント

久都間先生、こんばんは☆お久しぶりです。愛です。
最近少し母娘関係が上手くいってなくて、過食気味です。食べてもお腹いっぱいって感じがしません。食べたら太るのわかってるのに食べたくて。それ以外にも一時おさまってた自傷行為も再発し、授業の最中に過呼吸に襲われたり…。
散々です。
どうすれば解決できますか?
安心感を獲られません(ノ_<。)どこにいても不安で仕方ないです

投稿: 愛 | 2009年5月17日 (日) 22時40分

追加です。
過食や自傷行為の問題は8割方、流産児がいる(供養されてない流産児がいる)とききますが…我が家に流産児はいないときいています。それとも私が母に感謝すれば全てうまくいくのでしょうか?

投稿: 愛 | 2009年5月18日 (月) 05時03分

 愛さん

>>一時おさまってた自傷行為も再発し、授業の最中に過呼吸に襲われたり…。散々です。どうすれば解決できますか?安心感を獲られません(ノ_<。)どこにいても不安で仕方ないです。

  
 あなたの抱えていらっしゃる問題を本気で解決したいのであれば、信頼できる講師に面会して直接相談することをお進めします。
 関東近郊にお住まいで在れば、私が講義する日にお越しいただいてもかまいません。

 地元にも素晴らしい講師がたくさんいらっしゃることと思います。

 善き方向に一歩踏み出すということは、大変な勇気とパワーが要るものです。

 方法ばかり探っていても駄目です。
 

投稿: 久都間 繁 | 2009年5月18日 (月) 14時13分

このご文章、、、
何度も何度も読み返しています。

投稿: しじみ | 2009年5月26日 (火) 21時21分

しじみさん

>>このご文章、、、
何度も何度も読み返しています。


本文の方ですか、それともコメントの方でしょうか。

投稿: 久都間 繁 | 2009年5月27日 (水) 10時05分

ashikabi様

申し訳ありませんでした。

「〝新価値〟の創造」についての本文のほうです。

何か沸き上がってきます。

投稿: しじみ | 2009年5月27日 (水) 10時14分

>>表層の意識に上る世の通念を超えて、意識の深層へと深く穿ち入らなければならない。


 これは祈り、つまり神想観を通して観ずる真・善・美の世界のことです。


>>鉱脈を見出したら、それを深く観察し、掘り出し、精錬して、コトバや作品として紡ぎ上げることである。


「鉱脈」とは、真象を通して見出したものです。


「何か沸き上がる」なんて、しじみさんの感性は本当に素晴らしいですね。

 沸き上がってくるのは、あなたの内にある無尽蔵の真・善・美です。


 生長の家の用語をできるだけ使わずに「日時計主義」について表現してみましたので、〝分かる〟人は少ないだろうなあ、と思っていました。
 でも、コメントを頂いて元気が出てきました。 

投稿: 久都間 繁 | 2009年5月27日 (水) 12時58分

久都間先生

ありがとうございます。

何だか、わくわくしてきました。confident

投稿: しじみ | 2009年5月28日 (木) 20時44分

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