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2009年10月19日 (月)

悲しみの奥にある聖地

「悲しみの奥には聖地がある」とは、オスカー・ワイルドの言葉ですが、ここに紹介させていただくのは、友人で生長の家本部に勤めている竹内芳実さんという20代の女性が書き綴った「I’m here ひでちゃんのこと」というブログです。

 

 ひでちゃんとは、2年半ほど前、26歳の若さで天国へと旅立った、竹内さんの大切な方の愛称です。

 

 彼女は、ブログの冒頭で次のように紹介しています。
 

 

「ひでちゃんと過ごしたのはたった一年。その短い時間の中で、私たちは出会い、恋をし、ひでちゃんは何かをやり遂げてあっという間に私の前から去ってしまいました――」

 

 本文を読んでいると、夭折したひでちゃんの想い、寡黙な竹内さんのこれまで秘めてきた想い、そしてひでちゃんのご両親の想いなどが、手記を通して伝わってきて、胸が熱くなります。

「このまま埋もれさせてはいけない」と思い、ご本人に本欄で紹介してもいいかと打診したところ、

 

「ぜひ、紹介していただければと思います。彼もそれを望んでいると思いますし、喪失を経験された方の悲しみが少しでもやわらぐことをお祈りしています」

 

との快諾をいただいたので、つい最近公開された彼女のブログ「I’m here ひでちゃんのこと」を紹介することにしました。

 

 彼女の越えてきた悲しみは、愛する人を失い、癒えない悲しみを抱えている方々の糧となり、慰めともなることでしょう。
 
 また、彼らの純粋な愛の姿は、ひでちゃんから人生の門出に立つ人たちに向けて贈られた、清らかな魂の記録のようにも思えてきます。

 

 このブログの公開を機に、竹内さんご自身も、美しい実りある人生に向けて、新たな歩みを進めていただければと心から祈っています。

 

  久都間 繁

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コメント

ブログを紹介していただいてありがとうございます。
「悲しみの奥に聖地がある」という言葉は少し前の私にとっての希望のような言葉でした。この悲しみの奥に聖地なんてあるんだろうか、と思っていました。でも最近私は聖地の気配を感じています。このブログを作ることで、私は自分自身に起こったことをとても客観的に見ることができ、自分のこの人生での役割のひとつを自覚できました。ブログの公開はとても勇気のいることでしたが、必ず必要としている人の元へ届くのだという気持ちの方が勝ちました。
すばらしい形で紹介して下さったことに感謝します。

投稿: 竹内芳実 | 2009年10月20日 (火) 00時25分

久都間様のブログ、いつも感謝して読ませて頂いてます。又竹内さんのブログも、読ませていただきました。涙が止まりませんでした。素晴らしいですね。実は私も6年前に最愛の弟を亡くしました。その当時は悲しくて悲しくて母を支えるのがやっとでした。竹内さんのお気持ちが痛いほどわかりました。でも時間とともに私たち親子は心安らかになりました。私は今、弟がいつも一緒に居て、風のような存在であることを感じます。以前は何故こんなにいい人(弟)がこんなに早く死ぬんだろうと悲しみましたが、今は、たくさんの人に愛された弟がいつも笑っている姿だけです。今はもう悲しくはありません。私も竹内さんと同じく悲しみの奥の聖地を感じています。私たちは永遠に、今、神様に完全に生かされている神の子完全円満無限力ということを。

投稿: yuko | 2009年10月20日 (火) 11時31分

 竹内さん、コメントをありがとう。

>>このブログを作ることで、私は自分自身に起こったことをとても客観的に見ることができ、自分のこの人生での役割のひとつを自覚できました。ブログの公開はとても勇気のいることでしたが、必ず必要としている人の元へ届くのだという気持ちの方が勝ちました。


 ブログのこと、あなたのおっしゃる通りだと思います。

 このような形で紹介できたのも、目に見えない世界からの、ひでちゃんのお導きなのかもしれませんね。 

投稿: 久都間 繁 | 2009年10月20日 (火) 12時54分

yuko 様、コメントをありがとうございます。


>>実は私も6年前に最愛の弟を亡くしました。その当時は悲しくて悲しくて母を支えるのがやっとでした。竹内さんのお気持ちが痛いほどわかりました。


 家族や親しい友人と離別することは、ことに年若い人に先立たれることは、本当に悲しいことですね。

 先に逝った彼らは、私たちよりいち早く人生学校を卒業して、「死」ということを通して、遺った者たちに多くの真理を語りかけてくださっているのだと思います。


>>私も竹内さんと同じく悲しみの奥の聖地を感じています。私たちは永遠に、今、神様に完全に生かされている神の子完全円満無限力ということを。


 そうですね。「聖地」とは、すなわち「人間神の子、久遠生き通し」という、この世を超えた久遠常住の実相世界のことですからね。

投稿: 久都間 繁 | 2009年10月20日 (火) 13時09分

竹内さんの悲しみは時間が解決すると思った、『なおちやん』です。私が思うに『ひでさん』は残された時間を目一杯生きて、有意義な時間を過ごしたのですね。家族が医師から余命宣告を受けて、それでもなお奇跡を信じて信仰に没頭したのであれば、それはそれで人生の輝かしい終止符を信仰によって喜ばしい思いにしたのに違いありません。ただ、『私』も『ひでさん』と同様に医師から余命宣告を受けた身としては、覚悟しないといけませんね。家族には更に厳しい宣告をしたのに違いありませんから。どのような宣告だったか、30歳代でDM性CRF/CKD,になった場合5年生存率50%、10年生存率0,15%というDATAが出ています。そして、『死亡原因』は合併症が多く、特に『呼吸器疾患』が多いのです。すでに私は肺結核(治癒済)と慢性気管支喘息になっております。日々『聖経』を読誦しておりますがここ数日、透析仲間が天に召されているのを目の前にみれば、医師の宣告通りなのかもしれません。たぶん『ひでさん』は恋人を残して旅立つ事は無念だったに違いはなく、『私』はそうした人を作りたくないので『結婚』は諦めました。竹内さんのblogを拝見しての感想でした。でも我が身に置き換えてみれば他人事ではない

投稿: なおちやん | 2009年10月22日 (木) 18時38分

 なおちゃん。コメントをありがとう。

 竹内さんは「悲しい」のが辛いのではなく、悲しみの奥に「永遠なるもの」を見出したのかもしれませんよ。


>>竹内さんのblogを拝見しての感想でした。でも我が身に置き換えてみれば他人事ではない


 ぜひ彼女のblogにも、「他人事ではない」なおちゃんの視点から、感想を伝えてくださいな。

投稿: 久都間 繁 | 2009年10月23日 (金) 09時47分

合掌、ありがとうございます。

昨日はありがとうございました。
今回ブログに講義の内容を掲載いたしました。よろしいでしょうか?確認の程お願い致します。
僕のブログから先生のへ、そして竹内様のブログへと繋がったようで、青年会でも色々な方が読まれ、感銘を受けたようです。
人生は愛です。愛のない人生、愛の対象のない人生は神不在のようなものです。しかし僕は女性に愛し愛されたことはありませんので、実感としては難しいものがありましたが、そんな自分でも竹内様のご文章には温かく感じるものがありました。誌友会でもこの手の話題は少し苦手です。僕が何かその話題について発するとすべて机上の空論や単なる思考の産物としての理想になってしまいます。実体験のある方の重みや生長には凄いものがあると思います。
僕のような者が軽々しく口に出せることではないですが、父母の愛、ご先祖の愛、祖父母の愛、叔父叔母の愛、いとこや親類の愛、友の愛、上司・先輩・同僚の愛・誌友の愛、先生方の愛、今までどれほどの方々にどれほど愛され続けてきたか計り知れません。それがすべてが神の愛の展開でした。人生は愛と一体です。

ありがとうございました。

再拝

投稿: 山崎 | 2009年10月25日 (日) 12時56分

山崎さん

ブログに掲載した本文の内容を拝見しました。
これは、私の講話を聴いた山崎さんの解釈なので、私の講話内容とはずいぶん異なるように思います(^^;

もし掲載されるのであれば、私の名前やテキスト名などはぜんぶ削除して、或る講話を聴いた、山崎さん個人の感想として載せてはいかがでしょうか。

投稿: 久都間 繁 | 2009年10月25日 (日) 22時10分

合掌、ありがとうございます。

先生のご講話と大分異なっていましたか^^; 僕はあの時間何を聞いていたのでしょうか^^; 僕の個人的解釈と感想として載せて頂きます。申し訳ございませんでしたm(_ _)m

先生のお名前などは削除いたしました。

また宜しくお願い致します。

ありがとうございました。

再拝

投稿: 山崎 | 2009年10月25日 (日) 23時13分

山崎さん

例えば漁師が、漁法について一般の人に説明したとしましょう。

「ウナギはこのような仕掛けで釣ります。鮎はこのような漁法で試みましょう、ハヤはこうすれば捕れます」と。

その漁師の話を聴いた人が、別の人にこの同じ話を伝えたときに、実際にウナギを捕り、鮎を釣り、ハヤを捕れるようになったときに、はじめて正確に伝わったことになります。

山崎さん、あなたは最良の漁師になる可能性を持っています! だからこそ、神の子の実相を漁(すなど)るめに、み教えの基礎をしっかり学び、活動を通して研鑽し、ぜひ最高の漁師(講師)に生長していただきたいと思います。

投稿: 久都間 繁 | 2009年10月26日 (月) 13時10分

合掌、ありがとうございます。

先生は以前、どのような人でも、どのような内容でもいろんな角度から話せると仰っていました。それは真理・御教えの基礎がしっかりしているからですね。応用は幾らでもきくのですね。
僕もさらに真理を研鑽し、人々に正しく伝道できればと思っています。
激励ありがとうございます!

再拝

投稿: 山崎 | 2009年10月26日 (月) 22時58分

こんにちは。

芳美さんのブログにお邪魔し、読ませて頂きました。

心がふるえ、涙が止まりませんでした。

芳美さんは愛知にいらしたので、温かな絵を描かれる方だなあと思ってはいましたが、

とても深い体験をされていたのですね。

奥の方から呼び起こされるような気持ちです。忘れたりうっかりしたり、目の前のことしか見えなかったりする私に、

どうして今私がここにいるのかを、教えてくださいました。芳美さん、ありがとうございます。

彼女の体験はきっと、沢山の人を助けていくと思います。

私もリンクさせていただいてよろしいでしょうか。

投稿: うっち~まま | 2009年10月26日 (月) 23時12分

うっち~まま様

>>彼女の体験はきっと、沢山の人を助けていくと思います。

>>私もリンクさせていただいてよろしいでしょうか。


きっと竹内さんもよろこばれることと思います。ぜひ、彼女のブログでその温かなお気持ちを伝えていただければ嬉しいです。

投稿: 久都間 繁 | 2009年10月27日 (火) 10時26分

ありがとうございます。

はい、芳美さんに伺ってみます。shine

投稿: うっち~まま | 2009年10月27日 (火) 21時57分

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