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2009年12月 2日 (水)

「霊界についての質問」に答えて

 読者のKさんという女性の方から、近況報告とともに「霊界についての質問」をメールで頂きました。同じような信仰上の問題を抱えている方の参考になるかもしれませんので、いただいた質問と、私の回答を公開します。

 

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【霊界についての質問】
 これからが本題です。霊界についての質問です。ご多用なことは十分存じておりますので、急いでおりませんから、いつかお返事頂ければ幸いです。
(質問:霊界)
 霊界に移って目が覚めて、「自分は病気だった」ことを思い出すと、亡くなる前の病状が霊体に現れ、苦しいので、自分の家族や親しい人を呼ぶ、と学んでおりますが、霊界にも医者がいるのに(ベティ・シャインの『スピリチュアル・ヒーリング』)どうして医者を訪問せずに苦しむのでしょうか?この世では一般に病気になるとすぐ医者に行きますよね。この世の習慣が残っていれば、すぐ「医者に行こう」と考え付くと思うのですが。また霊界ではご先祖様が、亡くなる子孫を「霊界への出産」として待ち受けて下さっているのに、どうしてご先祖様が「霊界に出産した子孫」をすぐ(約50日間以後に)助ける力がないのでしょうか?

 

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【質問への回答】

 

「現象」は本来無いのであり、病気は「心の影」である、ということは、信仰歴の長い貴方はよくご存じのことと思います。
 また、医者は治療の手助けはしても、医者が病気を治すのでないことは、現界も霊界も変わりありません。

 

 さらに言えば、人間は神の子で円満完全であり、未だかつて病気に罹ったことはことは無い! それが「唯神実相」の教えに照らした回答となります。「自性円満の自覚」が、「神癒」となって現れるのです。

 

 また、貴方のお考えの中にある「亡くなる前の病状が霊体に現れる」「霊界の医者が直す」「ご先祖様や神さまが助ける」というのは、差別心(現象)から観て分かりやすく方便的に説かれた霊界の消息です。

 

 実相(絶対心・平等心)から観れば、はじめから完全なる神の子と、神の創り給うた円満なる世界のみが実在しているのです。

 

 完全円満なる神には、これ以上付け足さなければならないものなど、一つもないのです。

 

 霊界に移行した親族のみならず、身近な家族を「苦悩」から解放する道は、み教えに触れた子孫なり縁者なりが、完全円満なる神の子の実相を説いた聖経・聖典などを拝読して(諸霊には仏前や神前で読誦)、「自性円満」の神の子の喜びを自覚して日々よろこんで生活していれば、現象の不完全を見て生じた彼らの病念が消え、現界・霊界とを問わず実相さながらの調和した世界が現れるのです。

 

 さらに言えば、彼らがみ教えに直接触れることがなくても、私たちが「実相」を観て歓喜の生活を送っているだけで、「三界唯心所現」の法則によって周りが救われるのです。つまり「一人」が生長の家に触れて救われるだけで、実相浄土の扉を開くことができるのです。仏教で、「一人出家すれば九族天に生まる」とはこのことです。

 

 現象がある、病気がある、霊界でも医者が病気を治す、と見るのは、「心の法則」に照らしてみれば、「神も人間も不完全である」ことを前提として見ていることになりますから、その通りに現象は展開するのです。でもそれは、「唯神実相」を信じているのではなく、「現象」を信じているのであって、信じた通りの世界が忠実に現れているだけのことなのです。これでは、生長の家からほど遠い信仰となるのはご理解いただけることでしょう。

 

 繰り返しますが、生長の家は、「神の創り給うた世界は円満完全である」(唯神実相)、「現象は心の影である」(三界唯心)、「罪なし、病なし、迷いなし」(現象は無い!)という教えであり、この信仰に至れば、人生に(六道輪廻のどこにいても)行き詰まりが無くなるのです。

 

 せっかく生長の家の教えに触れても、「心の影」にすぎない現象を、神さまと同等かそれ以上に信じていたのでは、その信仰から生まれる果実は推して知るべしです。

 

「実相」と「現象」とが混在したようなどっちつかずの信仰を卒業して、無限愛なる神のみ懐に飛び込み、光明一元・善一元の実相を信じる大安心の信仰生活にお入りください。

 

 これは私の生長の家の恩師から教えていただいたことですが、「実相」と「現象」を二つに切っていたのでは、どっちつかずの信仰から抜け出すことはできません。「実相独在」と一つに切る! そこに実相世界さながらの天国極楽浄土が開けてくるのです。

 

 久都間 繁

 

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コメント

 素晴らしいご指導有り難うございます。現象の立場に立つと色々な話が出て来て、ごちゃごちゃになりますものね。

 実相独在、現象はナイと一刀両断にする時、全ては氷解しますね。これから救う先祖もナイし、霊界に生まれてきた人を治す医者も面倒を見る先祖もナイ、ただそのままで全てが救われている自分と一体の先祖がここにおられると言う事ですね。
 

投稿: 堀 浩二 | 2009年12月 3日 (木) 12時27分

追伸

 ところで榎本先生が仰ってましたが、本部で霊界の供養の事をああだこうだ言っている人がいたので「もう、そんな事はいいじゃないですか」と先生が仰ったら、その相手(多分、当時、榎本先生の上の立場の人)に「今のは問題発言だ!」と言われた事があるそうです。本部の人でも色々な人がいますね。

投稿: 堀 浩二 | 2009年12月 3日 (木) 15時36分

>>実相独在、現象はナイと一刀両断にする時、全ては氷解しますね。これから救う先祖もナイし、霊界に生まれてきた人を治す医者も面倒を見る先祖もナイ、ただそのままで全てが救われている自分と一体の先祖がここにおられると言う事ですね。


その通りです。それが生長の家の「唯神実相」の教えですね。

>>「今のは問題発言だ!」と言われた事があるそうです。本部の人でも色々な人がいますね。

 これは本部ではなく、十数年前の宇治別格本山推進委員会での話です。たしか信徒から宝蔵神社への祭祀をめぐっての質問を預かっていた教化部長と、宇治本山側との質疑の遣り取りの中で生じたものですが、私もオブザーバーとしてその場に出席していました。
 教区信徒への説明責任のある教化部長の立場からすれば、当然のコメントだったかもしれません。榎本先生も、そのことをよく理解しておられました。
 これも、「平等心より観たる霊界の消息」と「差別心より観たる霊界の消息」との違いから生じたものです。ですから後者の立場から見れば、イエスの「上着を奪われたら下着まであげなさい」「だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬も向けなさい」などの理外の理を述べた真理は、「問題発言」と見える場合も生じてしまうのです。おっと、私も気を付けなければいけませんね(^^;

投稿: 久都間 繁 | 2009年12月 4日 (金) 13時29分

>私もオブザーバーとしてその場に出席していました。
 
 そうですか。それは正に直接体験をされたのですね。詳しい話を教えて下さって有り難うございます。

 本当に生長の家の真理は差別心と平等心とでは次元が違いますね。はっきり言って、生長の家の多くの場では差別心から真理を説いている場合が多いですね。本当の生長の家は平等心の次元のものなのに。でも、そういう説き方(差別心)も必要な場合もあるからでしょうね。

投稿: 堀 浩二 | 2009年12月 4日 (金) 15時56分

>>そういう説き方(差別心)も必要な場合もあるからでしょうね。

 初心者をお導きする場合のみ有効だと思います。
 でも、いつまでもここ(差別心)に留まっていたのでは「なんだ、生長の家も所詮そんなものか」と飽きられてしまいますよね。奥座敷の龍宮城に招待しないとね。

投稿: 久都間 繁 | 2009年12月 4日 (金) 18時21分

合掌ありがとうございます。

 先生のブログを何度も拝読致しました。先生のご回答のお蔭で、現象に引っかかった信仰から、「実相独在」の信仰生活に入れますことを、先生と神様に心から感謝致しております。ご回答を印刷しましたので、これからも繰り返し読ませて頂きます。
 質問に答えて下さる久都間先生に出会えたことを神様に感謝致します。そして私が生長の家に触れることが出来ましたことを神様に感謝致します。
 ありがとうございました!!

投稿: kimiko | 2009年12月 5日 (土) 09時58分

kimiko様、返信をありがとうございました。
私の回答を繰り返し読むよりも、生長の家の教えの原典である『生命の實相』なり、真理の説かれた書籍を、繰り返しお読みください。私は真理へのお取り次ぎをしたにすぎません。
 何よりも日々の生活の中で真理のコトバに親しんで、祈りと愛行を通してみ教えを体感体得することが大切です。素晴らしい貴方が、ますます光り輝いてきますね!

投稿: 久都間 繁 | 2009年12月 5日 (土) 10時38分

質問です。生長の家では神は完全であると説いていますが、完全なる神がなぜ不完全な世界を造られたのですか。またなぜ神の子である人間が病気になったり悪を犯したりするのですか?と聞く人にはどのように説明したらいいですか?

投稿: sansan | 2009年12月 8日 (火) 22時13分

sansan様、ご質問ありがとうございます。
「どのように説明したらいいですか」とのことなので、講師か信徒の方かもしれませんね。

生長の家の教えは、「唯神実相(縦の真理)」「三界唯心(横の真理、または心の法則)」という基本的な教義があります。

あなたが「不完全」と見た世界は、心の法則によって時間・空間上に仮に現れた世界であって、これを「現象(現象世界)」と呼んでいます。仏教では化城とも表現していますが、これは「実在」ではなく「心の影」にすぎません。

「実相」が歪みなく「心のレンズ」を通して現れた現象を「真象」と呼び、これは健康、繁栄、調和となって現象世界に投影します。(これも心の影です)
一方、「心のレンズ」が歪んでいた場合には、現象世界に不完全な相が現れます。これが病気、経済的な不如意、混乱や闘争となって投影します。
真象、偽象ともに「心の影(現象)」であって「実在」ではありません。

現象世界は、神が創り給うた世界ではなく、「心がつくる世界」なのです。

なっとくいかなければ、遠慮なく、なんなりとお尋ねください。
時間のあるときにお答えします。

参考文献:『心のつくる世界』谷口雅宣著

投稿: 久都間 繁 | 2009年12月 9日 (水) 12時56分

 合掌ありがとうございます。
 はじめて質問させていただきます。
総裁のブログを読みますと、明かにアメリカのリベラル派支持者でいらっしゃいますが、政治面で信者である私がリベラル派を支持できない場合、生長の家の中でどう行動をどればよいのでしょうか。
 
 リベラル不支持であったら、総裁に中心帰一していないことになりますでしょうか。

 私は総裁が政治面での発言をされるたびに「リベラル派そのものの偏った意見を宗教信仰の場でのべていただきたくない」と思うのですが、先生はいかがお考えでしょうか。

 またCO2削減運動に賛成できない場合、生長の家の信者として信仰を続けられない状況は作るべきではないとおもうのですが、いかがでしょうか?

 例えばCo2原因説に反対する科学者は現在の生長の家では信仰できないのでしょうか?
 

投稿: kan | 2009年12月14日 (月) 15時06分

ご質問ありがとうございます。
私がブログに書いたことについては、責任をもってお答えさせていただきます。が、総裁先生のブログの内容については、先生のサイトに質問されてはいかがでしょうか。

投稿: 久都間 繁 | 2009年12月14日 (月) 15時28分

>私がブログに書いたことについては、責任をもってお答えさせていただきます。


ブログに書いたことのみに対する質問限定でしたか、失礼いたしました。
 聖典にかかれていることも質問がでていたようでしたので。

 聖典と雅宣先生の本との教団での区別があまりまだわかっていませんものですみませんでした。

投稿: kan | 2009年12月14日 (月) 19時34分

>>ブログに書いたことのみに対する質問限定でしたか


 そんなことを言った覚えはありませんが、質問内容が「私が開いているブログに」というよりも、「総裁先生」に向けられたものなので、そのような内容であれば率直に先生にお尋ねすべきではないかと思いました。
せっかく、ブログという読者との窓口を総裁自ら公開され、講習会でもランダムに寄せられた質疑応答のほとんどにお答えになっていらっしゃるのですから、これらの機会を活用しなければもったいなし、あなたも遠慮なさらずに戸を叩けば、得心の行く質問と、回答を得られるのではないかと思います。

投稿: 久都間 繁 | 2009年12月15日 (火) 11時36分

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