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2010年2月16日 (火)

「長女の一言」②ボーゲンからパラレルへ

長女の一言からはじまった私のスキーライフだが、あれから道具を調達し、2回ほど日帰りでスキー場に足を運んだおかげで、30年ぶりにパラレルまでこなせるようになった。

 

たかがパラレルだが、成人してから取り組んだ本格的なスポーツが山登りだけだった私にとって、今回の経験は、「ああ、こんな楽しい世界がまだ自分に残されていたのか!」との、驚きと感激に満ちたものなのだ。
それはまるで、封印していた十代のころの自分が、私の内部から、突如として目覚めてきたような感覚なのである。

 

たとえば、朝から一緒に滑っていた小・中学生の家族が、午後3時半を回ると次々と満足してリタイアするなかで、「おとうさん、もういい加減にしてよ!」とあきれ果てているのを後目(しりめ)に、日暮れ近くまで滑っても、ますます研究と興味が尽きないのである!(足はぱんぱん、身体はふらふらだけどね(^^;)

 

さらに、私は自動車の運転があまり好きではないのだが、アイスバーンを含む片道2時間半の道のりをものともせずに往復するほどスキーに引かれてしまっている始末なのだ(^^;

 

次は、スキーについて『日時計日記』(自由版)に書いた、私の密やかな研究の一端である。
遊びと求道とが、どこかで一つに繋がっているところが面白い。出費も学費と見こんで、深く入れ揚げている所以である(^^;

 

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昨日は、パラレルの滑りをほぼマスターすることができた。ボーゲンはこれで卒業したのだが、面白いことにボーゲンの記憶が、パラレルへの移行を邪魔するのである。

 

これはスキーの技術だけではなく、真理においてもまったく同じことが云えるのではないだろうか。基礎的なものは重要であり、初心者はそこを徹底されるわけではあるが、いつまでもそこに留まっていてはいけないのである。

 

基礎にも二通りある。一つは「型から入る基礎」であり、もう一方は「根元的な基礎」である。

 

「型から入る基礎」は、やがてはそこから卒業しなければならない基礎である。「つまり型から入って、型から出る」という、武道などでも応用されている基礎練習のことである。
一方「根元的な基礎」は、いつもそこに帰らなければならない出発点であり、最終的な目的地となるものである。

 

前者は、エーテルの説や潜在意識の説など、その時代の学説をもとにした教義にたとえることができる。一方、後者は、「唯神実相」「三界唯心」の教えである。

 

いつまでも型に留まっていたのでは、いつまでもボーゲンにこだわっていて、より楽しく、より難所を自由自在に滑りこなすことの出来るパラレルターンへと移行できないようなものである。

 

ボーゲンは重要な基礎的練習なのではあるが、それは入り口に過ぎない。賛否両論分かれるかもしれないが、潜在意識についての従来の考え方も、やはり「入り口」にすぎないと私はみている。

 

しかしボーゲンにしてもパラレルにしても、それを支えるのは基礎的な体力・筋力である。これを「真理への道」に当てはめてみれば、それは「観の力」や「観の深さ」ということにほかならないであろう。観の力は、神想観に習熟することによって開かれるのである。それは祈るほどに深まり、実相を観ずるこころの眼が開くのである。

 

基礎的な体力・筋力がなければ、ボーゲンやパラレルの修得に、それなりの習熟の時間を要するように、観の力も、じっくり実修することによって、誰でも必ず「実相」を観る眼が開けてくるのである。

 

その観によって、意識の深層を観れば、それは森羅万象の海(生み)の底である龍宮海(存在の根源世界)であり、乙姫(コトバの「音秘め」)の世界にほかならないことが観えてくるのである。

 

生長の家の信徒行事要目に、「毎日一回は必ず神想観を実修して人生を光明化すべし」とあるのは、祈りこそが人生を光明化し、地上天国を開く鍵であり、生長の家における最も重要な修行の一つであることを教えてくださっているのである。

 

(2月14日  日時計日記より)
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 久都間 繁

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コメント

 すごい入れ込み様ですね。私のテニス並みだと思います。

 久都間さんはパラレルをマスターされてるとの事、私も一応パラレルらしき滑りをしますが完全にマスター出来ているかと言うとちょっと自信がありません。私の友人でスキー部だった人が言うにはエッジを立てる際はエッジを立てすぎず、ひざを内側に入れる事で板全体で雪面を押す感じが良いのだそうです。

 ところでボーゲンからパラレルに移行する際にはボーゲンの記憶がパラレルの滑りを妨げるとは勉強になりました。これが生長の家の学びにも共通するのですね。そういう風に説いて下さると良く分かります。その事を理解してくれる方が一人でも多く出て来る事を祈ります。

投稿: 堀 浩二 | 2010年2月17日 (水) 10時09分

>>すごい入れ込み様ですね。私のテニス並みだと思います。

あはは! そうかもしれませんね。
でも堀さんのテニスほどではありません。スキーには季節がありますので、春になったらまた元の生活に戻ります(^^;
 

投稿: 久都間 繁 | 2010年2月18日 (木) 22時28分

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