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2010年6月

2010年6月 1日 (火)

長女の一言③――スキーシーズンを振り返って

 この冬、長女の一言によって再燃した私のスキーライフも、新緑の季節の到来とともに、また普段の生活に戻った。

 

「今シーズンの総括を報告しておかなければ」と思いつつ、気が付けばもう風薫る6月になっている(^^;

 

 スキーの修行中、道具代やゲレンデのリフト代、現地までの高速道路料金など、家族を巻き込んでの予定外の出費が随分と嵩(かさ)んだはずだが、そんな渦中で、うまく遣り繰りしながら温かく見守ってくれた妻に、心から感謝している。

 

 おかげで私のスキー技術は、当初の目標を遙かに越えて、飛躍的に向上することができたのである。

 

 しかし、まだそれは、ほんの入り口に過ぎないことも同時に感じている。

 

 今シーズンでの何よりもの収穫は、スキーを通して「自然」と「身体」と「心」が、「ひとつ」になる体験を何度かさせていただいたことだ。

 

 ことに、今シーズン最後の締めくくりとして3月31日に滑降した八千穂高原(天然雪)のスキー場での経験は印象的だった。

 

 3月末だというのに標高1,600メートルのゲレンデは、午後3時ごろから吹雪となり、子どもたちはロッジに引き上げたが、私はいよいよ佳境に入りつつあったので、そのまま滑り続けていた。

 

 そして、このスキー場のシーズン最終のリフトの運行まで、時の経つのも忘れて、若いスノーボーダーたちと伸び伸びと滑らせていただいたのである。

 

 それは心と、体と、雪とがひとつに溶け込んでしまうような楽しい時間で、このような状態に入ったのは、この冬2度目のことだった。

 

 すべてと溶けあった悦びに満たされていると、スキー場に、出合う人々に、周囲の山々に、全てのものへの感謝の思いがあふれてきた。

 

 さて、今シーズン全体を振り返ってみると、これからのスキー場は、環境に配慮した運営をしていかなければ、「天然雪」など望みようもなくなる時代が到来することだろう。

 

 私がスキーを始めた30年前には考えられなかったことだが、スキー人口の増加とともに、雪の少ないスキー場では「人工雪」を降らせることで、スキー場としての役割を担ってきたのである。

 

 私もそのおかげで、近場のスキー場には青梅市から1時間半ほど自動車を飛ばすだけで、日帰りスキーを何回も体験できたのである。が、心の中に一抹の“後ろめたさ”を感ぜずにはいられなかったことも、また事実なのである。

 

 これからのスキーは、環境への負荷の少ない「天然雪」のスキー場や、自然エネルギーの利用に積極的に取り組んでいる地域のスキー場を選択しなければならないだろう。

 

 さて、スキー技術の修得の次に見えてきたもの、それは「心」と「身体(からだ)」と「自然(雪)」とが一つに溶け込んだ、仏教で云うところの「遊戯三昧」の境地にほかならなかった。

 

 これは、かつて登山に夢中になり、そして子供のころ、山や川で夢中になって遊んでいたときに何度も経験したことであったが、この妙境を体験することこそが自然の中で遊び、自然と共に生き、自然の中で働くことの醍醐味であることを、天然雪でのスキーを通してあらためて思い出させていただいたように思う。

 

 自然と融合する経験をしてしまった者、本ものの自然の美しさに触れてしまった者は、環境を守らずにはいられない――

 

 海洋生物学者の故ジャック・モイヤー氏が、かつて著書の中でこのような意味のコトバを語っていたことを、ふと思い出した。

 

 同氏が、夏休みのシーズンに全国から小学生たちを集めて、三宅島での自然環境教育に熱心に取り組んでいたことの意味が、海から遠く離れた山スキーを通して、少しだけ分かったような気がする。

 

 

 久都間 繁

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