本当に大切なことは
「自分が大嫌い」だ、というご16歳になる女子高生の方から、ご自身の性格について質問をいただきました。
自分の過剰な性格を持てあましながら、当て所なく運命をぐるぐる回っている、そんな経験は私にもありますので、この辛さはよく分かります。
これは年齢を越えたテーマかもしれません。
同じような悩みを抱えていらっしゃる方のために、彼女からの質問と、私の回答を紹介させていただきます。
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【質問】
私は自分が大嫌いです。
その理由は私の性格にあります。
私は小さい頃から、いつも周りの目ばかり気にする無口すぎる性格で、その性分が祟ってか人間関係も行き詰まってしまって、小学校高学年から中学卒業時まで不登校を繰り返してきました。
おまけに超のつく怠け者なので、ついに高校受験までも放棄してしまいました。
そんな、もうどこから手を付ければいいか分からないような時に出合ったのが「生長の家」の教えだったのですが、その教えに触れればふれるほど、自分の力量の少なさや薄っぺらさに目がいき、前に進めずにいます。
かといって全く成長しないわけではなく(そう思いたいだけかもしれませんが)、毎日、神想観をした後は「私は神の子だ!」という想いがどこともなく湧き上がって、意気揚々と家を出るのですが(今は一念発起して学校に行かせてもらっています)、やはり今までの積み重ねがゼロに近いせいか、周りの人からの対応や、その対応に対しての私の反応の全てが不自然で、いつも他人に嫌な想いをさせてしまいます。
さらに、そればかりでなく、家族とも隔てなく話すことが難しくなってきてしまいました。でもその原因は私にあって、それを解決するには努力をすればいいだけということは、わかってはいるのですが、その一番元となる私自身に、そこまでお金を掛けてもらってまでの価値があるのか正直わからなくなる時があります。
かといって、このままでいいわけもなく、といいますか、これ以上家族や周りの人に迷惑を掛けてはいけないことも分かっているつもりなのですが、でも、いつもいろいろな感情や過去の出来事、未来への期待や偽善やらが空回りして、落ち込んで、動けなくなってしまいます。
そんな自分から抜け出すには、また、もっともっと心の深いところに根差すような強い信念を得るには、どうすればいいのでしょうか。
見苦しい、長々とした文章ですみません。何かアドバイスお願いします。
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【回答】
私は、昨年までは『日時計24』の編集をはじめ、生長の家から出版される機関誌や新聞などの編集のお仕事をしていました。
そんな私の目から見て、あなたがハガキに綴られた、しっかり自分のことを客観的にとらえて、自由自在に表現されているご文章にびっくりしています。
このような優れた感覚の持ち主は、大いに自信を持っていいと思います。
また、ぜひこの“表現するチカラ”を伸ばして行ってもらいたいと思います。
もうひとつ、おハガキを拝見してハッキリ観じたことは、「人間は神の子であり、仏の子であるということに、この子は目覚めはじめているな」ということでした。
地球上には、これまでたくさんの人間が生活してきましたが、「人間・神の子」というコトバに触れて、まさに自分自身がそうであったことに気が付きはじめる人は、あなたが思っているほど多くはないのです。
キリスト教ではこれを、「神性」と呼び、仏教ではこれを「仏性」と呼んでいます。
もっと言えば、この「神性・仏性」が直感的に分かる、ということは、それだけで貴方には大いなる使命がある、ということなのです。
その、ご自分が持って生まれた使命を、あなたは大切にしなければいけません。
生長の家の教えのポイントは、
・「唯神実相」=つまり人間は神の子であり、仏の子であるということ。(縦の真理)
・「三界唯心」=ようするに全ては心の影であり、現れているだけにすぎない、ということ。(横の真理)
この2つの視点のことを、いつも思い出してください。
そして、全ての現象は“心の影”であり、現れているだけである。ということを、生長の家では「現象は無い!」というコトバで表現しています。
ですから、過去は無い! のです。過去の不完全な自分も無い! できなかった自分も無い! のです。
過去の自分の出来なかったことや、現在の自分に自信が持てないことなど、そんなただの影に過ぎない「現象」に捉われる必要はありません。
実在するのは、「神の子・仏の子」である、あなたの実相実在だけなのです。
実相を観ずるお祈り(神想観)を通して、「今」そのまま円満完全な、生まれたての神の子のいのちに立ち返って、現象無しの「今」を、“意気揚々”と楽しんでください!
周りの人の反応や、ご家族の方とのコミュニケーションは、自分の実相が神の子であることを悦んで楽しく生活していれば、自然と(放っておいても)大調和してくるのです。
だから焦る必要はありませんし、もし仮に上手くいかなかったとしても、人生は“神の子のいのち”を表現するためのレッスンの場ですから、ゆっくりと、一番大切なあなたのいのちのリズムを大事にしながら、楽しく楽に出来ることから始めてください。
また、お手紙では、「私は小さい頃からいつも周りの目ばかり気にする無口すぎる性格」だったと書かれていましたが、それを「変えよう」なんて思う必要はありません。
無口でいることによって、また不登校となることで、大切なものをまもり、そして育み続けてきたのですから、これまでの人生で無駄なものは一つもないのです。
本当に大切なことは、「人間神の子、仏の子」に目覚めること。
そして「人間・神の子」の黄金の人生を悦び生きること。
あなたの内なる“神の子のいのち”を信じて、安心して神想観を実修してください。
そして勉強に、読書に一所懸命に励んでください。必ず道が開けてきますから。
また、人生のこと、真理のことで分からないことがありましたら、何なりとご相談ください。
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