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2012年3月

2012年3月24日 (土)

小学校卒業式でのPTA会長挨拶(2012年3月22日)

 去る3月22日、地元小学校で卒業式が挙行されました。

 

 今回は、私が小学校のPTA会長を拝命して三回目の卒業式です。

 

 わが家では今年、長女が高校を卒業し、次女が中学を卒業し、長男が小学校を卒業しました。

 

 4月からは、それぞれがまた、上の学校へと入学します。

 

 私が卒業式の当日にスピーチした「会長あいさつ」の様子を、下書きとその場でひらめいたアドリブでの話なども交えながら再現してみました。

 

 

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  卒業生の皆さん、本日はご卒業おめでとうございます。

 

 また、保護者の皆様、お子様たちの門出となる今日の佳き日を、心よりお祝い申し上げます。おめでとうございます。

 そして本校の先生方、今日まで子供たちをご指導くださり、本当にありがとうございました。心より感謝しております。

 

 

 さて、今朝の入場から、卒業生の皆さんの様子をずっと拝見していて、つくづく皆さんはそれぞれの家庭にとって、掛け替えのない大切な宝であり、そして地域の宝であり、ひいては国の宝だなあと、そんなことをしみじみ思いながら、皆さんが卒業証書を受け取る姿を拝見していました。

 

 皆さんは、将来「こんな仕事をしてみたいなぁ」とか、「こんな人になりたいなぁ」と、憧れている職業や人物などがあるかと思います。まだ、それが見つからない人も、中にはいるかもしれません。先ほど、校長先生が、「夢を追い続けることの大切さ」についてお話しくださいましたが、今日は卒業生の皆さんに、皆さんの夢を実現するために大切な、「読書」について、少しだけお話したいと思います。

 

 読書というと、退屈に聞こえたり、めんどくさく思う方もいるかもしれませんが、これから皆さんが人生の中で、大きな「夢」を描いて、それを実現していくためには、「読書」は信じられないほど、皆さんにとって大きなチカラとなります。

 

 なぜかと云えば、皆さんの夢を実現するのは、お金でもなければ、学校の成績の良さで叶えるのでもありません。

 

「夢」を叶えるために大切なのは、それは、皆さんの「夢を描くチカラ」ではないかと思います。これをビジョンと言い換えてもいいかもしれません。

 

「夢」を描き、持ち続け、そして人生に具体的に実現してゆく、その“夢のチカラ”を養い、育て、培うのが「読書」です。

 

 たとえば、ドラえもんに「どこでもドア」というのがありますが、あれと「読書」とは、実はうり二つのようによく似ています。

 

 ドアを開くだけで、時間や空間を超えて、自分が行きたい世界に自由に行くことができるというのは、あれは本の役割と、本当によく似ているのです。

 

 本を開くだけで、私たちは三千年前の哲学者にも会うことができますし、世界的な冒険家にも会いに行くことができます。また、今は亡き歴史上のさまざまな人たちとも、彼らの残した言葉を通してコンタクトをとることができます。

 

 これはテレビやゲームで経験する世界とは、ずいぶん異なる体験です。なぜなら、読書というのは、それを書いた人の心と、ダイレクトに繋がることができるからです。

 

 

 ある脳科学者は、「私たちは読んだ本の高さだけ、世界を広く見通すことができる」と語っています。

 

 皆さんが毎日の生活の中で、5分や10分といった細切れの時間を使って、5ページでも10ページでも本を読んでみてください。おトイレの中や、眠れないとき、布団の中でもかまいません。一週間もあれば充分に一冊を読むことができます。

 

 すると一カ月で4、5冊、一年で50冊、10年20年経てば千冊以上の本を読むことになるでしょう。

 

 このような読書の経験を通して、世界の第一級の人たちの智慧や人間性や考え方に触れることができれば、その経験が、皆さんの人生をどれほど彩り豊かにして、発想を柔軟にして、皆さんの夢の実現を、大きく後押ししてくれることでしょう。

 

 たとえば、なにかに行き詰まり深く落ち込んでしまったとき、あるいは何処にも出口がないような迷路に入ってしまうようなことは、長い人生の中で何度か出くわすものです。まして、落ち込むようなことは日常のように度々あることでしょう。

 

 そんなときこそ、「どこでもドア」を開いてみてください。「どこでもドア」は、いつでも皆さんがやって来るのを待っていますから。そして本を開いて、そこに書かれた言葉の中を、泳ぎ回ってみてください。

 

 かならず、心にガツンと響くコトバに、どこかで必ず出合うはずです。そうしたら、その響くところに向かって、ちょうどシャケがふるさとの川を遡るように、一所懸命に、そしてがむしゃらにオールを漕いでみてください。

 

 やがて、思いも掛けなかったところから道が開け、出口が見つかり、夜明けが訪れることでしょう。そして、知らないうちに大きく成長した自分を、そこに見出すことでしょう。

 

 皆さんが本という「どこでもドア」を開いて、過去と、現在と、未来とを自由に旅して学びながら、皆さんの「夢」にむかって大きく羽ばたいていかれることを、ここにいらっしゃる保護者の皆さまや、先生方と一緒に、いつまでも見守り、応援していきたいと思います。

 

 以上をもちまして、本校PTAを代表しての、私からのお祝いの言葉とさせていただきます。

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2012年3月23日 (金)

不倫関係で悩む方のために

 二十代後半の独身女性の方から、現在お付き合いしているという妻子ある男性との不倫関係について、相談のお手紙をいただきました。

 

 彼女はすでに生長の家の教えを知っており、罪と信仰との狭間に立って、よほど悩み抜かれた様子が手紙から伝わってきました。

 

 男女の関係というのは、ことに不倫のように、そこに罪の意識が加わると、たとえどのような聡明で純粋な魂の方でも、心の眼がくもり、内なる声が聞こえなくなってきます。

 

 悩み苦しむというのは、内なる神性・仏性からの呼び掛けにほかなりません。そこから逃れようとすれはするほど、深い闇の淵に沈んで、やがて光が見えなくなります。

 

 この方は、“内なる声”に導かれて、その声を確かめるために相談の手紙を寄せられました。

 

 その「内なる声」を明確に聴き分けて、そして送り主(相談を寄せた方)にお返しするのが、私たち生長の家講師のお役目でもあります。


 本人に承諾をいただき、書簡の遣り取りを実名や地名を伏せた上で公開させていただきます。

 

 

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【質 問】 (3月14日付の消印)

 

 

 合掌、ありがとうございます。

 

 この度、ご相談させていただきたいのは不倫問題についてでございます。お恥ずかしい話ですが、私は一年以上前から妻子ある男性とお付き合いをしております。(私は29歳、彼は40歳です) 彼の子供はまだ7歳と3歳と幼く、こんなことをしていてはいけないと、別れようと考えておりました。

 

 そんな中、彼は以前から奥様と別れようと考えていたようで、私の存在がおそらく後押ししてしまい、半年ほど前、奥様に離婚話を切り出しました。

 

 それを聞いて、間違った考えかもしれないけれど、“この人が自分の人生を私と生きていくと決めたのであれば”と思い、付き合い続けてしまいました。

 

 このようにして一年ほど経つのですが、私に迷いがないわけではなく、生長の家の御教えにふれ、夫婦は一つの魂だと何度も教えられてきたのに、このような関係を続けてしまっている事に何度も悩みました。

 

 やはりこれでは駄目だと思い、何度も別れ話を切り出してみました。しかし、彼は「離婚はもう決めている」と言い、私と別れても、離婚したらまた私と付き合えるように頑張ると言います。

 

 私は、彼のことは外見ですとか、収入とは関係なく、人間性を愛しておりまして、別れると言われて辛そうな彼の姿や、私と生きていきたいという彼の姿を見ると、信じて付いていきたい気持ちになってしまいます。

 

 彼は子供のことをとても愛していて、子供との今後の関わり方や、生活費についてきちんと奥様と話し合いを重ねたいと考えているようなので、離婚自体はまだ先の話になると思います。

 

 私も奥様と子供の事がまず第一と思っておりますので、離婚に時間が掛かっても待つ気持ちがあり、その過程で彼が家族とやり直す気持ちになるのであれば、それは善い事だと思うので、責める気もなく、そのときは身を引く覚悟でおります。

 

 やはり不倫というのは間違った形だと思いますので、離婚をするまで会えなくても、連絡がとれなくてもかまいません。

 

 ただ、このような覚悟や“待ちたい”と思うこともいけない事なのかと悩んでおります。

 

 このような覚悟は、彼と奥様が離婚する姿を前提としているし、また、私がこのような気持ちでいると、彼が安心して、離婚を私が後押ししてしまうのではと悩んでおります。

 

 夫婦がそのままで居れるのであれば、こわす気はなく、あきらめようと思っていますが、彼が離婚を決意している姿を見ると、待ちたい気持ちが出てしまいます。

 

 もし実際に離婚するのであれば、彼と一緒になりたいとも考えてしまいます。奥様には、いろいろな考えがあるのでしょうが、彼の話では、離婚する事は承知していて、今後の仕事と子供の事が決まれば離婚するとおっしゃっているとのことなので、離婚することが現実的であるように感じ、あきらめきれずにいます。

 

 このような気持ちを一切捨てて、彼とは離れるべきなのでしょうか。

 

 誠に身勝手な話だと承知しつつ、ご相談させていただきました。

 

 

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【回 答】 (封書にて)

 

 

 お手紙拝見しました。

 

 このような問題を抱えながらも、信仰を通して根本から解決されようとしているあなた様の判断は、内なる「神の子」の神性に導かれてのことだと思います。

 

 私も本部講師として、内なる神に導かれつつ、あなた様への回答を書かせていただきます。

 

 あなた様が手紙で書かれていますように、結婚して家庭を築くということは、男と女の2人だけの都合で成立するものではありません。

 

 すでに相手の男性の方には、7歳と3歳のお子様がいらっしゃるとのこと。しかも、彼は子供を愛しており、その成長を見届けたいとの思いを持っているのであれば、あなた様は、彼と彼の子供との関係を壊してはならないのです。

 

 なぜなら、親の勝手な都合で捨てられてしまう子供の身になってみれば、これは決して養育費などの経済的な負担(お金)だけで、簡単に穴埋めすることのできない、一生消えることのない心の深い傷を負うことになるからです。

 

 あなた様は、相手の男性の方が奥様と離別するのを、「待ちたい」とのお気持ちとのことですが、これは裏返せば、「子供たちから、お父さんを奪う」という結果になるということを、充分に知っておかなければなりません。

 

「奪うものは奪われる」が、心の法則です。

 

 たとえ彼の奥様が離別を承諾して、近い将来に離婚が成立したとしても、また、彼があなた様と再婚されたとしても、彼の心の中は、いつも離れて暮らさなければならない二人の子供への心配でいっぱいとなり、ようやく結婚できたのとは裏腹に、感心はもっぱら別れた子供たちのことをはじめ、外へ外へ向けられることでしょう。

 

「今・ここ」に満足できない現在の彼のような心境の人間は、永遠に「外」にばかり幸せを追い求め続けてしまう傾向があるのです。

 

 それは、たとえ彼が、あなた様と結婚して一緒になったとしても、次にはまた、別れてしまった子供のこと、そして今度は家庭の「外」にいる新たな女性たちのことへと、彼の関心は向かい続けることでしょう。

 

 そしてやがて、奥様や子供たちを捨てたように、あなた様をも捨てるときが絶対に来ないという保証は、どこにもないのです。

 

 

 繰り返しますが、与えるものは与えられ、奪うものは奪われるのが、この世の定めであり、もしあなた様がこのまま進んで行けば、それが“現実”となって、やがて具象化することにもなりかねません。

 

 あなた様はお手紙の最後に、

 

「彼が離婚を決意している姿を見ると、待ちたい気持ちが出てしまいます」

 

「このような気持ちを一切捨てて、彼とは離れるべきなのでしょうか」

 

 とのご質問で手紙を結んでおられますが、以上の私からの回答で、あなた様の内には、すでに何か進むべき方向が見えてきたのではないでしょうか。

 

 

 私からのアドバイスとしては、

 

①彼とは、これ以降一切連絡を取らず、二度と会わないこと。

 

 彼の本当の幸福は、今のご家庭を大切にすることに尽きるのです。なによりも二人の子供たちの幸せために、彼のご家族の幸福と、大調和を祈り続けてください。彼とは断固として連絡を絶ち、二度と会ってはいけません。

 

 

②彼と別れることで、あなた様の真の魂の伴侶が必ず現れます。

 

 彼との付き合いが、あなた様本来の幸福の実現を妨げているのです。不倫関係というのは無明(まよい)に過ぎません。そんな迷いは、金輪際解消しなさい。
 そして神の子本来の、あなた様本来の伸び伸びとした、青天白日の青空のような人生をゆっくり歩んでいれば、必ず魂の伴侶が現れるのです。

 

 

③天地一切のものと大調和した形で、あなたは必ず最良の結婚生活を送り、幸せな家庭を築くことができます。

 

 彼には彼の幸福な家庭生活があり、あなた様にはあなた様の最良の家庭生活があるのです。それが人・事・処三相応の「処を得る」ということです。それぞれが円満な神の子の家であり、それぞれの掛け替えのない、しかも個性的あふれる神の子の家庭を築くことができるのです。ぜひ、その大道を歩んでください。

 

 

④以上のことを成就するために、日々ご自宅で神想観と先祖供養に努めること。

 

 

⑤これまでの無明(まよい)を、キレイさっぱり洗い流すために、生長の家の活動に参加して愛行をはじめましょう。

 

 先ず、「人間・神の子」「罪無し」「そのまま円満完全」であることを徹底的に悦びましょう。思い切って、これを機に練成会に参加するのもよいでしょう。
 そして、あなた様の内にある神の子の実相をのびのびと輝かしましょう。そのためには、生長の家で、何らかの活動に参加して、それは白鳩会でも青年会でも練成道場でも構いませんので、生まれ変わった気持ちで愛行に努めることが大切です。

 

 以上。

 

 分からないことなどあれば、どんなことでも質問してください。

 

平成24年3月18日

 

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【礼 状】 (2012年3月21日付 メールにて)

 

 合掌、ありがとうございます。

 先日、不倫問題につきましてご相談させていただきました、●●●と申します。
 お忙しいなか、お返事を頂き、本当にありがとうございます。

 拝見させていただいて、
 この1年、不倫を続ける私に内なる神性が語りかけ続けてくれていたことを、先生が強い言葉で現してくださっていると感じました。

本当にありがとうございます。

「奪うものは奪われる」
「子供からお父さんを奪うことになる」

 初めからずっと内から導きがあり、私が間違った方向へ進まないようにとする神性があったからこそ、迷い続けていたのに、私はそれを神性の導きだと信じようとしていなかったように思います。

 

 彼への思いが断ち切れず、聞こえないフリをしてきたのかもしれません。



 どうすれば良いのかと、悩みが大きくなってきた時期に、谷口雅宣先生の御講話を聞きに●●に行った際、雅宣先生が真理のお話をされている途中、男女の話では無かったのですが、たまたま、

 

「執着してしまうなら『来世に期待』と心を変えてしまえば良いのです。妻子ある男性を奪ってはならないのです。」

 

 とおっしゃいまして、私は一瞬、自分に言って下さっている様に感じました。

 けれど、少しするとやはり偶然のような気もしてしまい。。。


 この度、お返事を頂きまして、やはり偶然ではなかったと思いました。

 私は今まで、自分の感情の、どれが神性からの導きで、どれが我の思いなのかの基準を、よく理解していなかったように思います。

 

 谷口雅春先生が著書で語りかけて下さること、谷口雅宣先生がふとおっしゃってくださったこと、久都間講師がお返事してくださったこと。。。
すべて同じ真理を教えてくださっています。

 そして、まだまだ勉強の足りない私ですが、私がずっと感じていて目を背けていた事も、同じだったように感じます。

 今後、彼とは関係を絶ち、さらに生長の家の御教えにふれ、活動に参加し、精進してまいりたいと思います。

 彼への思いが出てきてしまうときは、先生のお返事を読み返します。

 私は、大変な事をしてしまいました。今後、本当の魂の伴侶であるご夫婦が大調和につつまれ、円満な家庭になりますよう、祈ろうと思います。


 この一年の迷いが晴れ、また、改めて真理というものは例外はないことを学ばせていただけたような気持ちになり、感謝の気持ちでメールを打たせていただきました。
長くなってしまいましたが、本当に感謝しております。

ありがとうございました。


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【返 信】

 合掌、ありがとうございます。

 

 返信を拝見しました。
 
 よく決意されましたね。

 

 済んだことは、すでに過去のことであり、一切は終わっているのです。

 

 過去という現象は、すでに無いのです。

 

「今」を神の子らしく、「今」を悦び、「今」の生命を明るく嬉々として生きてください。

 

それが、生長の家の人間・神の子の信仰生活です。

 

 信仰生活の中には、畏れるものなど何もないのです。

 

 常に祈りつつ、神とともに歩んでください。

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