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2012年5月

2012年5月25日 (金)

自然栽培―ほったらかし農園で実験開始

 4月の連休前のこと、古書店からまとめて仕入れてきた本の中から、『奇跡のリンゴ 』という、リンゴ農家の木村秋則氏の評伝を読んだ。

 木村氏の生き方と農法が、ささやかな「ほったらかし農園」で野菜を育てる私の心の琴線に強く響いてきた。

 さっそく同氏の著した『リンゴが教えてくれたこと 』、『自然栽培ひとすじに 』、『「お役に立つ」生き方 ~10の講演会から~ 』、『あなたの人生に「奇蹟のリンゴ」をつくる本』、『すべては宇宙の采配 』、『奇蹟を起こす 見えないものを見る力』などを、次々とネットで取り寄せて、しっかり通読させていただいた。

『奇蹟のりんご』を生みだした農法のことを、木村氏は、福岡正信氏の「自然農法」からアイディアを得て、これをさらに発展させたものとして、「自然栽培」と名付けている。

「自然栽培」と「自然農法」との違いについて同氏は、無農薬、無肥料の理想を追求するだけではなく、農業として経営をしっかり成り立たせることから、「栽培」と名付けたという。

 また、「有機農法」との違いについては、農薬のみならず牛糞・鶏糞などの有機肥料も一切使用しない栽培方法を確立したところにあると述べている。

 そんな木村氏の思想の根底には、「自然」に寄せる大いなる信頼がある。

 その思想は深く、同時に極めてシンプルである。

 30数年前、ともに畑仕事をしていた奥様が農薬に弱い体質だったことから、不可能といわれていた無農薬でのリンゴ栽培に果敢に挑み、これに人生のすべてを捧げた人間がたどりついた結論でもある。

 かつて、津軽地方で生活破綻者を意味する“かまどけし”(かまどが消える、つまり食べていけない人の意)とまで呼ばれ、行き着くところまで行った者が“いのち”と引き替えに得てきた智慧が、彼の言葉の一言一句から伝わってくる。

 その背後には、欲すると欲せざるとに関わらず、農薬や科学肥料に依存して工業生産のように農作物を作り出すという、現代の主流となっている近代農法とは正反対の道を歩まざるを得なくなったご自身の孤独な宿命が、無農薬10年年目にしてリンゴ栽培を実現させ、次第に人生そのものが花開いていくことから確信した、同氏の「見えないものを見る」チカラが、人と自然と地球環境の未来をも見通しているようにみえる。

 つまり「自然栽培」とは、農業を通した、地球環境保全活動の究極の実践なのである。

 この木村氏の提唱する「自然栽培」は、これまで鶏糞、牛糞などの有機肥料を使用してきた「ほったらかし農園」園主としては、革命的ともいえる発見だった。

 たとえば木村氏によると、雑草や害虫たちは、施肥によって栄養過多となり、いわば過保護となった畑に発生し、彼らは一見、農作物を人間から奪っているように見えるが、実は人体にとって有害となる様々な成分を、雑草や昆虫たちが摂取して浄化している、というのである。

 だから無農薬、無堆肥にして数年経過すると、害虫による被害はどんどん軽減されるそうである。

 そういえば、わが家の「ほったらかし農園」も、かれこれ無農薬での栽培を始めて10年ほど経過したが、忙しさにかまけて堆肥を全く施さなくなってからも、トマトやゴーヤなどは家の二階に達するほど毎年生長し、霜が降りる11月ごろまで花を咲かせ果を実らせていたではないか。つまり、虫の被害よりも、次から次へと元気に果実を実らせる野菜の生命力の方がはるかに勝っているのである。また、冬から春にかけてのノラボウ、キャベツなどの野菜もまた然りである。

 さらに同氏は、無施肥にしても栽培が成り立つ一例として、たとえば大豆などの豆科の植物は、空気中にある窒素を吸収し、余った養分を土中にある根っこに根粒菌として蓄え、それが土に吸収され、他の野菜や果樹の養分になるという。

 これに加え、農薬を使わないために、さまざまな微生物が活発に活動することで畑の土は自然の山野のように肥沃となり、弘前大学農学生命科学部の調査によると、木村氏の畑のリンゴの葉っぱに付着したバクテリアの多様性は、世界遺産の白神山地のそれに酷似しているという。

「ほったらかし農園」でも、さっそく雨が上がった5月5日と13日、家内と、農園助手の中学生と小学生(長男、二男)と一緒に、くまなく大豆(早生枝豆・白鳥系)を蒔いた。

 その大豆とともに、トマト、キュウリ、ゴーヤ、アスパラ、オクラ、パプリカ、大根などの野菜のほか、昨秋からミカンを二本植樹し、柿、サクランボ、ブルーベリーなどの果樹が順調に花を咲かせ、そして今は新緑を輝かせている。

 無農薬10年目にして始めた「ほったらかし農園」の「自然栽培」。

 その後の経過などを、断片的な報告しかできないかもしれないが、ときどき本欄で紹介してみようと思う。

【お勧めの本】

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2012年5月 7日 (月)

夫の転勤と息子の受験と住宅ローン

 人生には「光明面」と「暗黒面」とがあると言われています。
 どちらのチャンネルに心を合わせるかによって、私たちの人生は大きく変わってきます。

 仏教に、「心外無別法(しんげむべっぽう)」という言葉がありますが、これは、一切の存在や現象は、心より起こったものであり、心の外に別な法はないという意味です。

 人生の「光明面」に心のチャンネルを合わせていれば、同波長の嬉しいこと、楽しいこと、悦ばしいことが現れてきます。

 一方、「暗黒面」ばかり注目して、取り越し苦労、持ち越し苦労を重ねていれば、心配なことが次から次へとスパイラル状に現れることでしょう。

 あなたは、どちらの生き方がお好きでしょうか。

 二度とくり返すことのない、掛け替えのない人生です。

 せっかくこの世に生まれて来たのですから、嬉しく、楽しく、幸福に過ごしたいのは、誰しもが願うところではないでしょうか。

 天国や極楽は、自分の人生と離れたどこか遠くにあるのではありません。

 また、今ここに無いような天国や極楽なども、空言戯言(そらごとたわごと)に過ぎません。

 今ここに浄土を開く道、それが生長の家の感謝の生活であり、日時計主義の生活です。


 以下に、ご主人の転勤と息子さんの受験と経済問題とが重なり、苦しんでいるのでアドバイスを頂きたいという、主婦の方からのメールと、私からの返信を紹介させていただきます。


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質 問「度重なる困難に苦しんでいます」(メール 4月17日付)

 

以前、母の死の際に相談させていただきました。その節はありがとうございました。

お陰様で母の死から1年間、何とか、妻、母親として自分の家庭を営んでいく事が出来ました。

ただ、まだまだ心が弱く、気持ちが過去へ過去へと向いてしまいます。

その上、今、悩んでいるのは夫の転勤が中3の息子の受験と重なる事と、住まいの事です。

夫は9月に転勤が決まっており、現在住んでいる北海道から関東に異動となります。

夫は年度末まで単身赴任をすると言っていますので(息子の希望も同じ)、私たちは北海道に残り、息子の受験は北海道にいながらにして試験だけ関東に受けに行くという大変な状況となりました。

実は2年前に夫の会社が倒産しました。現在は再建中です。リストラはされませんでした。

しかし、待遇が大幅に変わってしまい、賃金カットをはじめ住宅手当等もなくなりました。
その為、関東に戻ったら高額な家賃が加わり、また、子供たちもこれから教育資金が掛かることになります。

倒産前には、この様な事態を想像していなかったため、貯金もこれからしようと思っていた矢先に、このような事になってしまい、過去、裕福だった時に“なぜ貯金ができなかったのか?”

家計を預かっていたのは私なので、もし、今までに貯金をしていたら家族に何の心配もさせずにすんだのに、こんないい加減な家計管理をしてきた結果、先が見えない状況にしてしまい夫や子供達に大変申し訳なく、情けなく思ってばかりいます。

夫は高い家賃を払い続けるより、ローンを組んで家を買ったほうが良いと考えています。

夫婦で家計を見直しながら十分話し合いました。結果、支払いは可能でした。

 

でも私は住宅ローンを組むこと、今後も会社が存続するのかどうか? 等への不安に加え、「なぜ、お金のある時に貯金しておかなかったのか?」と毎日そればかり考え、自責の念に囚われています。

母の死、夫の会社の倒産、息子の他県での受験、住宅ローンと次から次に問題が起きて自分では消化できなくなっています。今、私に与えられている環境をどう受け入れたらよいかわかりません。

どうかアドバイスよろしくお願いいたします。

(主婦 48歳)

 

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回 答

 

 ご主人の転勤が中3の息子さんの受験と重なること、そしてローンを組んで家を購入するか否か、ということのご相談ですね。

 

 メールを繰り返し拝見させていただきましたが、すべてが善いことづくめで、有り難いことばかり、あなた様はどれほど多くの幸に恵まれていることでしょう。
 先ず、その喜ばしい事実を、正しく見つめることから始めてみましょう。

 

 もし、息子さんが北海道の高校に入学した後に、ご主人の異動と転勤が言い渡されたのなら、ちょっとは心配になるかもしれませんが、転勤の時期と入学とが、ぴったりと重なっていて本当に良かったですね!

 

 また、ローンを組んで家を買うことについても、ご夫婦で仲良く充分に話し合った上で、「支払いは可能」との結論に達したとのこと。

 ご家族にとってこんなに希望に満ちた嬉しいことは、大いに悦ぶことにしましょう!

 

 さらに関東の地で、また新たな出発されるとのこと、ご家族にとっての新生活が待っているのですから、心機一転して大いに張り切ってください!

 

 しかも、ご主人は会社が2年前に倒産したにもかかわらず、リストラもされず、お給料を頂きながら会社の再建に向けて仕事に励んでいた矢先、内地の関東への栄転が決まったのですから、どんなにやり甲斐を感じていらっしゃることでしょう。

 奥様であるあなた様は、そのご主人の悦びを吾が喜びとして、大いにご家族をもり立ててあげてください。

 

 このように人生の光明面のみを見て、感謝して生きるのが生長の家の生活です。

 

 ご存じのように、東日本大震災では、家族を失い、仕事を失い、大切な持ち家を失い、ローンを抱えながら何もかも失い、失望のどん底のような境遇におかれた人たちが、希望を失わずに明日に向けて黙々と、しかも家族と地域社会の再建のために明るく頑張っている方がたくさんいます。

 

 彼らに比べたら、どれほど私たちは恵まれていることでしょう。

 ですからあなた様は、先ず、今、既に与えられていることに振り向き、そして大いに感謝することからはじめてみましょう。

 

 貯金が無いなどということは、大した問題ではありません。
 また働いて稼いでしっかり貯金すればいいのです。

 

 生長の家の生き方に、一番ふさわしくないのは、今与えられていることに感謝することを忘れ、未だ来ていないことに対して取り越し苦労をしたり、過去のことを、いつまでもくよくよ思い出しては持ち越し苦労をすることです。

 三界は唯心の所現、現象世界は「心の影」の世界ですから、暗い不安なことを心に思い描けば、不安な状態が人生に現れるのが「心の法則」です。

 

 また、嬉しいこと、楽しいこと、感謝すべきこと、喜ばしいことに着目し、人生の光明面を見て感謝して日々を送っていれば、いつの間にか天国的な状態が、あなた様の人生に実現してくるのです。

 

 この後者を生きるのが、人生を光明化する生長の家の生活法です。

 

 生長の家の教えの基本を学び、安らかな幸福生活を実現する一助として、全国各地で開催している「白鳩誌友会」や「母親教室」に参加することをお勧めします。

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2012年5月 2日 (水)

家出をくり返す小学生のこと

 小学生の長男が家出をくり返し、「どうしたらいいか分かりません」というシングルマザーの方からの相談を預かりました。

 幼い子供にとって、両親の離婚は、大切な心の拠り所の半分を失うことになります。

 親たちの姿を見て、小さな心で支えきれない“心の重荷”を背負い、さらに大好きだった片親と別れて生活しければならない悲しみは、それは経済的な貧しさによる生活苦とは比べものにならないほど、子供にとって大きな負担となることでしょう。

 家庭は、両親だけで成り立っているのではありません。
 幼い子供たちの幸せは、両親と寄り添って暮らすこと、ただそれだけが本心からの“願い”なのです。

 その幼子の“願い”の内にこそ、天国浄土が宿るのかもしれません。


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【質 問】

 

今年35歳になるシングルマザーです。小学校5年生男の子、小学校4年生女の子、小学校2年生女の子の母親です。

23歳でできちゃった結婚をし、旦那の浮気が原因で33歳で離婚。
その後地元に戻り、仕事をしながら子育てしております。

最近長男の様子がおかしいというか、どう接すればいいのかわかりません。

今年の一月に、学校から戻りその後家出をしました。

「探さないでください、嫌なら探してください」という書置きを残してました。

前日は特に叱る事もなく普通に過ごしていたので心当たりがありませんでした。
警察、担任の先生に連絡し、捜査願いを出して警察にいたところ、午後11時ごろ自ら家に帰宅、家の電話で連絡してきました。

その後、「叱られるのが嫌でママに迷惑を掛けると思って出て行った」と言っていました。
色々話をして、これからは二度としないと約束しました。

それから2週間後、今度は学校にも行かずそのまま家出。理由は学校でいじめられて行きたくなかった、とのことです。担任の先生も色々話をして、解決の方向に行っていると思っていました。

そして昨日、また家出しました。

理由は私の父親に叱られるからという理由でした。
毎日私が帰る19時過ぎまで一人で留守番してます。宿題もせず、部屋の片付けもしないで暖房を付けホットカーペットも付け、TVを見ているので、うちの父親に「毎日実家に来い」と言われておりました。

その日は、私が実家に行った時にはまだ来ていなくて、家に帰ったら誰もいませんでした。

3度目ともなると探すのも疲れて、そのうち戻ってくるだろうと思い待っていました。
11時ごろ戻ってきました。

何も言わずそのまま就寝。

私は子供を虐待してたと思います。叱るのと怒るのは違う、よく母親に言われておりました。言う事を聞かないときは叩いてました。小さなことでよく怒ってました。

一度目の家出の後、怒らないように努力しました。
100%怒らないわけではありません。悪い事をしたら怒る。ただ前のようにいらいらして怒ったりはしないようにしていました。

それでも2度目の家出。

さらに3度目。

理由を聞いても支離滅裂な言い訳しか出ません。
まともに話ができません。

話していると貝のように口を閉ざし何も言いません。

長男をこのように育てたのは自分です。
もう長男に何を言えば良いのか、子供の気持ちがわかりません。

元旦那に所に行きたいのでしょうか。

うちのことが嫌いなのでしょうか。

子供とどう向き合ったら良いのかわかりません。

手放したほうがいいのでしょうか?

ほんとにどうしたら良いのかわかりません。


【追 伸】

 

私は信仰は特にないです。

長男はまた先日家出をし、深夜1時頃おまわりさんと一緒に帰宅しました。
その後発覚したのが私の500円貯金・・・2万円抜かれゲームや本を購入しておりました。
・・・ほとほと、どうしたらいいか分かりません・・・

 

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【回 答】

 

 近くにご実家があるとはいえ、これから女手一つで三人の子育てをされることは、本当に大変なことと思います。

 ご長男の度重なる家出のこと、お悩みのことでしょう。

 頂いたメールを繰り返し拝見させていただきましたが、その理由について、一緒に考えてみたいと思います。

 

 小学校五年生といえば、次第に自我が目覚め、これから徐々に、心も身体も大人へと近づきつつあるデリケートな年頃でもありますね。

 

 さて、お手紙によると、あなた様がご主人と離婚されたのは、ご長男さんが10歳のときに当たりますから、昨年のことでしょうか。

 家出の理由として第一に考えられることは、ご長男にとって最愛の両親が離婚したことで、お父様と別れなければならなくなったことへの不満と、言葉に言い表せないような寂しさが、大きな要因になっているのではないかと思われます。

 

 また、お父様との離別に加え、小学生の「転校」というのは、ご長男にとって親しい友だちと別れ、心から悩みを相談したり励ましてもらう相手を見いだせないまま、お父様のいない馴染みのない土地に引っ越したことが、支えきれないほど大きな心の負担になっているかもしれません。

 ですから、ご長男にしてみれば、お母様から、家出した理由を訊かれても、「支離滅裂な言い訳」しかできないのは、仕方のないことかもしれません。

 なぜかと言えば、ご長男にとって両親、ことにお父様を慕う気持ちや、育った地域や友だちと別れた言いようのない寂しさは、理屈ではなく、心の奥底にある深い感情に由来しているからです。

 また、親のお金を盗むというのは、精神分析的に見れば、親(この場合はお父様)の「愛情」に飢えていることの裏返しにほかならないのです。

 

 あなた様へのアドバイスとしては、ご長男は決してお母様のことが嫌いなわけではありません。

 ただ、別れたお父様を強く慕う気持ちを、お母様には悪いと知りつつも、自分でも押さえきれないでいるのではないでしょうか。その気持ちを紛らわすために、ゲームに夢中になってはみたものの、ついに耐えきれなくなって、自分でも理由(わけ)が分からずに「家出」をしてしまうのではないかと思われます。

 

 この場合の「家出」とは、単純にお父様に会いたい、というだけではなく、「お父さんとお母さんと一緒に暮らしたい」という、失ってしまった大切な家庭生活への、心の底からの深い憧れと、そこに戻りたい願いが、そのような行動を、われ知らずとらせているのかもしれません。

 これは、未だ幼いために行動にこそ表していませんが、四年生と二年生の長女、二女のお嬢様たちも、同じような想いをしていることでしょう。(もしかしたらご主人の側に引き取られているのでしょうか?)

 

 長い目で見れば、ご主人と復縁されることも、子供たちの幸せを思えば、大切な選択肢の一つとして考えてもいいのではないでしょうか。

 

 また、これ以上ご長男の問題が拗(こじ)れて取り返しがつかなくなる前に、ぜひご主人に心を割って、今回のことを相談にのっていただくことが大切かと思います。それが、ご長男の問題の根本的な解決につながるのであれば、たとえ復縁できなかったとしても、お父様と繋がり合えることがご長男にとって大きな心の支えになることは間違いないのですから。

 くどいようですが、お子様たちは、お父さんとお母さんと一緒に暮らす幸せな生活を求めておられることは、彼らの奥底にある心情として、ぜひご理解いただければと思います。

 

 以上、いただいたメールを拝見した上での、私からのアドバイスです。

 

 さらに詳しく相談されたい場合には、あなた様の県にも「生長の家」の教化部がございますので、連絡をとって講師の方に直接会ってご相談されることをお勧めします。

 

生長の家香川県教化部
〒761-0104
高松市高松町1557-34
電話087-841-1241

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2012年5月 1日 (火)

親子の愛と捨徳について

 ご高齢のお母様が熱心な生長の家の信徒で、クスリを一切飲まないので困っている、という相談のメールを、息子さんからいただきました。

 愛には大きく分けて二種類あるといわれています。
  一つは「執着の愛」、もう一つは「放つ愛」。

 同じ愛でも、似て非なる結果を人生にもたらすこの「愛」について、仏の四無量心の教えは、明確な智慧をもって私たちを導いています。

 以下、質疑の遣り取りを紹介します。


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【質 問】

 

 突然のメール申し訳ございません。

 

 母親は生長の家の熱心な信者です。
熱心すぎるゆえ、病院のクスリは一切飲もうとしません。

 

 本人はかなりの高血圧で病院の診断では、下げないといけないと何度も言われています。
(合併症の心臓肥大も軽度ですがはじまっているとのことです)

 そのたびに家族が説得するたび薬は飲むといって、気づくとこっそり服用をやめております。

 そんないたちごっこを2年続けて来ましたが、ついに開き直り、

「生長の家には病院通いだった若いころ、信仰を始めたとたん病気が無くなったから信じている、クスリも飲まない」

と言い始めました。

 

 信仰で高血圧が下がるなら文句は誰も言いません。

 下がってないのに信仰にすがっていることに困っています。

 CTでは既に動脈硬化も進んで細くなっています。

 家族としてはどうしたらよろしいですか?

 

 神に護られているとか、そういう、宗教的な考えは求め居ていません。

 一般常識として血圧180以上ある母の健康を願うのは当然だと思います。

 生長の家の見解をお聞かせください。

 

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【回 答】

 

 ご質問の件については、本部講師の久都間がお答えさせていただきます。

 

  お母様が薬を一切お飲みにならないとのこと、熱心な信仰姿勢に頭が下がる思いがいたします。

 しかしながら、お母様を愛する息子さんとしては、さぞご心配のこととお察し申し上げます。

 

 医者や薬は、病気を治す働きをするためにこの世に存在していますが、生長の家では魂を悩み苦しみから救うことが本来のお役目であり、病気を治すところではありません。

 

 また、魂が自縄自縛から解放された結果として、病気が消える場合もございますが、生長の家ではそのようなことは、心が肉体に及ぼす随伴的な影響として認めるのみで、積極的に肯定も否定もいたしません。

 

 ですから生長の家では、医者や薬を否定するものではありません。

 

 このメールをお母様にご覧に入れても構いませんので、

「素直に息子さんのご意見に従うようにと、生長の家の本部講師がすすめていた」

と、お伝えいただければ幸甚です。

 

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【追加質問】

 

 先日はお返事くださいまして誠にありがとうございます。

 頂戴いたしましたメールには、さまざまなご配慮をくださいまして本当に感謝しています。

 あのお返事なら母の心に届くものと信じておりましたが、結果から申し上げますと良いご報告は出来る状況には至りませんでした。

 

 いまの私ではどうすれば母の心に届くものかまったくわからない状況となっております。

 誠に恐れ入りますが、何卒ご教授いただければ幸いに存じます。

 

 先日のお返事をみせた後のやりとりをですが、私としましては、クスリを飲んでもらう事は、血圧が高いことを再確認したうえでの必要な措置とおもっているので、現状の血圧を測って欲しい旨を話しました。

 しかし、母は、「クスリを飲むことは基より、血圧を測ること事態が病気を認めることになる。そんなことはしない。なぜ今健康に動いているのにそんなことをさせるのか?」の返答。


 母にとって生長の家の教えは、病気はない(心の影とでもいうのでしょうか?)病気の存在を認めないということのようです。

 また、『生命の実相』を私に渡して「読め」というので、途中まで読みました(7巻です)。たしかに病気を認めるなという趣旨の文言がありました。きっとそういうことが言いたいのでしょう。

 

※下記、久都間先生気を悪くされたら申し訳ございません。
私には、あの内容は医療が現代のように発達してない時期に、心の開放・魂の開放・明るい生活に導くためのひとつの表現であって現代医療が発達したいまの時代とはずれたもの、また解釈も当時の生長の家といまの生長の家では違う教えとなっているのでは? とも正直思っています。(私見です)

 

 先日は、母から、「勉強していないあなたに何がわかる?」と言われました。その延長で7巻を少し読んだのですが。。。

 今では、「死んでも私(母)の人生だからそれでいい。それが寿命」だからと…

 父と私の3人家族ですが、家族がなにを言ってもわずらわしく感じているだけでしょう。

「放っておく愛もおぼえなさい」だとか、何度話しても何も進展しません。

 

 私や父は高血圧を、脳や心臓などへの合併症の怖さ、高血圧はあまり自覚のない病気として認識しています。

 母にとって病気は、認めてはいけないもの、クスリは愚か、血圧を測ることも病気と認定してしまうから受け入れない。

これが完全に家族同士の主張の平行線を生んでいます。

 

 死んでもいいと言っている母に生きる楽しさを提供できていない自分が悪いのだろうか?

 いろいろ考えてしまいますが、なにかお互いが納得できる方法はないでしょうか。。。

 

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【回 答】

 

 あなた様はとても親孝行な方ですね。

 

 また、お母様の信仰姿勢も見上げたものだと感心しております。

 

 さて、仏教の教えの中で、最も重要なものとして、仏の「四無量心」という教えがあります。

 

「無量」とは、無限という言葉と置き換えることができます。

 

 それは、仏の慈、悲、喜、捨の教えと言われており、「慈・悲」は人の悲しみを感じ、その人を慈しみ、慰め、苦しみから救い取ろうとする深い愛の心のことです。

 

 また、「喜」は、苦しみから解放された人や、願いが成就した人の悦ぶ姿を見て、それを吾が事のように、ともに悦ぶ心のことです。

 

 そして、「捨」は、捨徳といって、相手やものへの執着を絶ち、その人やものを、どこどこまでも自由にしてあげる「放つ心」のことです。

 

 お母様が、「放っておく愛もおぼえなさい」とおっしゃったことには、とても深い意味があります。

 

「放っておく」とは、ただ単にほったらかしにしておく、ということではありません。

 

「捨徳」は、本当に愛していればこそ、相手を自由にしてあげる「愛」のことです。

 これは、相手を決して縛ることなく、その人が生きたいように生きさせ、行きたいところに行かせて、好きなように自由にさせてあげる、つまり相手やものを完全に解き放つ深い愛の心なのです。

 

 この「捨徳」の教えは、仏教でも最も深い教えの一つであると言われています。

 

 すべての人間関係の拗(もつ)れ、悩み、苦しみは、相手を自分の尺度で、雁字搦めに縛るところから生じてきます。

 

 その苦しみから私たちを解放するのが、仏の四無量心の一つである捨徳の教えであり、神の無限の愛の働きなのです。

 

 そのことをお母様は、あなた様にお伝えしたかったのではないでしょうか。

 

とても清々しい、素晴らしいお母様ですね。

 

お母様に、宜しくお伝えください。

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