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2012年11月

2012年11月20日 (火)

たとえ病気が消えたとしても

 生長の家を熱心に学んでいる方と、メールを通して「実相を直視すること」について遣り取りしていたところ、次のようなご質問をいただきました。

【質 問】

息子の健康のために生長の家を勧めていましたが、彼は何もしなくて構わない、私自身が家族の実相を直視していれば、暗は消えるからそれで良いのでしょうか。彼を愛する母にとって、彼自身が三正行を実行して信仰を深めて欲しいと願っていますが、私だけ実行して信仰を深め、彼に関しては神様にお任せすべきなのでしょうか?

 

また、友人に対しても生長の家のみ教えを勧めない方が良いのでしょうか? 私だけ実行して、彼等の実相直視さえ続けていれば良いのでしたら、私にとっても簡単です。私の信仰が深まるにつれて周囲の人々も自然にみ教えに振り向き実行する時が来る筈だということでしょうか。周囲の人々は私の鏡ですものね。

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 メールなどの文章によるコミュニケーションには、断片の言葉だけが一人歩きして解釈される場合があるものです。
 さて、上記の質問を要約すれば、
「病気で苦しんでいる人の“実相”だけ観ていればいいのでしょうか。三界唯心所現(すべては心のカゲ)であれば、自分の心が変わるだけで問題は解決するのでしょうか」
 という意味になるかと思います。

 どのような教えであれ、誰かを神や仏と繋がるような深い信仰に導くためには、人それぞれの気根に応じた対機説法が重要な役割を担っています。が、そのためには「直接合って話すこと」が最良の方法であることには変わりありません。

 ともあれ、私からの回答を公開させていただきます。


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【回 答】

 以下に、ご質問いただいた何点かのことへの返信を書きますので、ゆっくり目を通してください。

 分からないことがあれば、またご連絡ください。

 まず、息子さんの「健康の為」に聖経読誦を勧めることは、彼を、神への正しい信仰に導くために、とても大切なことなのです。

 ご本人が、神想観(祈り)や聖経読誦によって「実相」を正しく把握すれば、その結果として暗(症状)は次第に消えていくのです。また聖経を読誦することで、ご本人が神の子の自覚を深めるにしたがって、霊界の諸霊たちも真理を悟って救われるのみならず、護り導いてくれるようになります。

 また、息子さんにしても、友人の方にしても、「神癒祈願」をはじめとした第三者からの祈りは、「信仰の道」へと歩んでいただくための“橋渡し”のお役目は果たすことができますが、何よりもご本人が信仰の道をあゆみ、「実相」に目覚め、神の子(仏の子)本来の無限に自由な世界に新生することによって、はじめて根本から救われるのです。

 それが、イエス・キリストの云った「神の栄光があらわれる」ということです。
 つまり「神の栄光」とは、その人が「実相」に目覚めて内在の神性・仏性が光り輝くことなのです。

 ですから、彼らを真理の道へと導くことは、とても重要なことなのです。

 これと合わせて、先に真理への道を歩んでいる私たちは、神想観を通して、彼らをはじめご縁あるすべての人々の実相を観じ、彼らの気根に応じて真理のコトバを通して導くことが、彼らの魂の生長にとって大いなる助けとなるのです。

 たとえ、第三者からの祈りによって病気が治ったとしても、盲目が消えたとしても、ご本人自身が神への信仰へと振り向いて、神と繋がらなければ、いつまでも現在の境涯を卒業することができませんし、「業」という念の集積を解消して「人間・神の子」の自由な境涯へと新生するのに、何度も病気や苦難を繰り返すなどたいへんな遠回りをしなければならないことでしょう。

 ですから、神想観を通して、その方の実相を直視するとともに、愛行を通して彼を「真理への道」(信仰生活)へと導くことがとても重要なのです。

 また、彼らが将来ご家庭を持ち、やがて子供たちに恵まれた後は、彼自身の内に目覚めたチカラによって、その家族をも真理への道へと導くことができることでしょう。

 これが、私たちが実践している菩薩行であり、人類光明化運動・国際平和信仰運動なのです。

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2012年11月19日 (月)

祈りによる“救い”について

「祈り」による救済(神癒)について、海外にお住まいの生長の家の方から質問をいただきました。
 
 私からの返信が、生長の家の「国際平和信仰運動」のことや「心の法則」や、「神癒」(自性円満の自覚による神の癒し)などに及び、生長の家をご存知ない方には、ちょっと難解なところがあるかもしれませんが、分からないところがあれば遠慮なくご質問ください。

 また、どのような宗教であれ、日々世界の人々の幸せを祈り、信仰の道に精進されている方には共通するテーマでもあるかと思われますので、皆さまのご参考のために公開することにしました。 


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>>(質問)祈りに合わせて、人助けに興味を持つ高級霊も協力してくださいますか?

 

 とのご質問にお答えします。

 

 生長の家の人類光明化運動や、国際平和信仰運動は、人間界の運動だけではありません。

 

 このような運動は、生長の家に限らず神界・霊界・現界の神々や高級霊という、天使として、あるいは“霊の選使”としての使命をもった人たちに共通の荘厳なる一大運動なのです。

 

 もちろん、この運動は国境や人種の違い、あるいは宗教や宗派などといった“現象”を超えたものであり、空間などの「距離」も越えていますので、どんなに離れていても、「祈り」や「集団祈願」が功を奏するのです。

 

 神癒とは、ご質問にあったような「人助けに興味を持つ高級霊の協力」ということも間接的には影響しているかもしれませんが、根本的には、神は、宇宙に充ち満ちている“無限生命”ですから、この“無限生命”を吾が内に自覚さえすれば、全ての問題が解決し、全ての病は消えるのです。

 

 その本来完全円満なる実相が、現象世界にそのまま顕れるのを邪魔していると考えられているのが、天理教祖が云うところの「心の表面に付いた埃(ほこり)」であり、生長の家で説くところの、「迷いの念(こころ)のフィルム」いわゆる「業(ごう)」なのです。

 

 現象界の問題を解決したいのであれば、まず第一にすべきことは、「神想観」などの祈りと、真理のコトバが書かれた聖典やお経の拝読によって、本人が「自性円満(そのままで円満完全)」なる“実相”を自覚することに尽きるのです。実相を自覚することによって、「迷いの念(こころ)」が消えるのです。

 

 神癒祈願や集団祈願などの「祈り」は、その手助けにはなりますが、根本的な解決は、ご本人が本ものの信仰生活に入るより他はありません。

 

 第三者の祈りによって「迷いの念」が一時的に浄化されても、本人の心が内なる神(大生命)に向かわなければ、「迷いの念(こころ)のフィルム」の投影による不完全な現象は、何度でも再現することは、以上の説明でご理解いただけることと思います。

 

 神は大生命であり同時に大光明ですから、その神に全托すれば、たとえ何千年何万年続いている闇でも消えるのです。

 神の無礙の光にふれて「迷いの念(こころ)」が消えることで、円満完全なる実相世界が、この世(現象世界)にも顕現する、それが、「健康」となり「繁栄」となり「調和」となって現れるのです。

 つまり信仰生活とは、日々の祈りと、真理のコトバが書かれた書籍やお経の拝読、そして神の愛を実践する「愛行」の三正行が、神さまと心の波長を合わせるために、もっとはっきり言えば、「神の子としての円満完全なる人生」をこの世に具現して、多くの人々を幸せにするために、いかに大切であるかということが、お分かりいただけることと思います。

 

 光の子としての、ますますのご活躍を祈念しております。

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