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2014年3月

2014年3月19日 (水)

祈りと愛行について(子供が授からず悩んでいる方へ ②)

 皆さんは、不思議な偶然が重なったときや、善いアイディアが次々と湧きでてきたとき、ふと、神さまから導かれていることを感じたことがありませんでしょうか。

 
 このような不可視の世界からの導きは、その場や渦中にいて感じることもあれば、ずっと後になって、長い歳月を経たあとで気付かされることもあります。

 ブログも何年か続けていると、このような神秘な導きを感じる機会が何度か訪れるものです。

 今回紹介させていただく礼状にも、そのような内容が記されていますが、礼状を書きたくなること、その動機の中に、すでに次に展開する世界の萌芽がめばえているのではないかと思われます。

 今回紹介させていただく手紙は、2年ほど前にこのブログに掲載した
「子供が授からずに悩んでいる方へ」で遣り取りした方から頂いたものです。
 


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【礼 状】 (2014年3月13日)

 久都間先生に子宝に恵まれたい件で、相談に乗っていただいてから2年がたちました。ここのブログで掲載されている内容をもう一度読み返して、4月からの自分のあり方を考えようと、久しぶりにのぞかせていただきました。

 すると、私の相談内容と同じ悩みを抱えた方のお話
(流産して悩んでいる方へ)が寄せられていて、とても驚き、見るべくして神様が導いて下さったのかと思いました。

 ご相談に乗っていただいてから、丁度一年後に私は仕事を退職しました。やはり現在の仕事を続けていては、ゆったりと家庭モードになることは難しいと考えたからです。しかし、教育現場から離れることへの寂しさもあり、退職してから2ヶ月後に、半日の仕事ではありますが、再び子ども関係の仕事に就き、現在に至ります。仕事量が断然減り、生長の家のご本を読んだり、聖経をあげたりするなどの余裕もできました。

 しかし、まだまだ悟りの浅い自分ですので、子宝に恵まれたいという焦りがなかなか治まらず、その焦りが主人にも少し移ってしまったようにも思います。「最も良い時期に神様が授けてくださる」と分かっていても、それは、いつ??と思ってしまう情けない状態です(^-^;

 この4月から再び中学校へ戻ろうかと、ある試験を受けましたが、不採用通知が来ました。面接の時には自分なりに手ごたえがあったので、「あれ・・?」と思っていたのですが、もう一通の手紙で、その理由が分かったように思います。

  その手紙は、一年前に別れたある生徒からの手紙でした。私が一生懸命指導していた部活動の部員の子です。自分の高校受験合格の報告をしてくれる手紙でした。そして、手紙の内容には、「先生が退職された理由が知りたい」ともありました。子どもを授かるために退職したとき、生徒たちにはどう説明してよいか分からず、「家の事情」とだけ告げていたのです。

 今回この手紙と不採用通知が同時に来たのは、神様に「何のために仕事をやめたのか思い出しなさい」と言われているような気がしてなりません。

  それでもなお、経済的なことも気になり、別の仕事も探そうか・・・と迷っていたときに、ここのブログに再び出会いました。なんだか肩を押されたような気がします。4月からいったん、仕事はきっぱりやめてみようかなと思います。

 まだまだ、気持ちが落ち着かないところもありますが、生長の家の勉強をしながら、神の子の自覚を深め、素晴らしい神の子さんを授かるよう頑張って生きたいと思います。

 また、不安になった時にはご相談させてください。ここにたどり着けて本当に良かったです。

 ありがとうございました。

 

【返 信】 

 近況をご報告くださり、ありがとうございます。

 かつてあなたが指導していた生徒からの手紙、そして不採用通知が同時に届いたのは、深い摂理に導かれてのこととと思います。

 また2年前、ご縁あってあなたから頂いた質問への回答をこのブログに公開しましたが、それを読んだ方から寄せられた質問にふたたび私が答え、それを今度はあなたがご覧になり、「肩を押されたように感じた」というのも、一連の神さまの導きであったのでしょう。

 この導きにしたがって、なにかアドバイスできることを綴ってみましょう。

 まず思い浮かぶことは「感謝の生活」です。『甘露の法雨』の冒頭に掲載されている「大調和の神示」には、「その感謝の念の中にこそ汝はわが姿を見、わが救いを受けるであろう」と説かれています。

 つまり「感謝の生活」こそが、神さまと心の波長の合う、神の子にふさわしい、また神の子さんを迎え入れるのに最適な生活なのです。
 それは天地一切の人に、物に、事に、ただ感謝、感謝の日々を送ること。

 また『生命の實相』には、いずれの章かは忘れましたが「絶対感謝」というコトバが説かれています。この感謝の意味は、何かを頂いたからありがたい、何かをしてもらったから、ありがたい、といった相対的な感謝も大切ですが、そのような条件に対する感謝ではありません。

 まだ何も与えられていなくても、またはマイナスの状況で、たとえ八方ふさがりの真っ暗闇の中であったとしても、現象の奥にある神(実相)を感じて、その円満完全なる実相の光りを観じ、信じて“無条件”で感謝することです。

 これは相対的な感謝ではありませんので、「絶対感謝」あるいは“無条件感謝”とでもいうべき「感謝」であり、この感謝こそが、生長の家の祈りである神想観で観ずることの“中身”であり、信仰の根源的な悦びもここから湧いてきます。

 これと合わせて、祈りの助行としての「愛行」を実践することをお勧めします。

「愛行」とは、「“愛”が“行”ずる」と書きますが、その文字が意味するように、あなたの内なる「愛」を、深くゆたかに鳴り響かせることが「愛行」です。この「愛行」は、教師をされていたときに、すでに授業や部活などの指導を通して無意識のうちに実践されていたことと思います。が、今度はこれを初めから〝無償で行う〟ということが、お仕事とはちょっと異なるところです。

 その〝無償〟なることのポイントは、神さまの御心を第一にする、ということです。つまりその行為が自分や家計にとって損か得か、収入があるか無いか、といった利害や損得勘定によってものごとを判断する〝左脳的な働き〟をいったんお休みさせて、すべてを円満完全なる大生命にゆだねてみる、ということです。

 円満完全なるもの(神)に全てを委ねることを“全托”といいますが、全托することによって円満完全なるものが現象世界に顕れて、全ての問題は解決し、あらゆる願いは叶えられる、それが生長の家で説くところの「神癒」(meta physical healing)なのです。

 そのためには先ず、ご自宅で祈り(神想観)を実修して、神さまに全托して、あなたの内から、誰かが心から喜んでくれそうなことがヒラメイテきたら、毎日それを素直に一つひとつ実践に移してみましょう。どんな小さなささやかなことでもいいから、やってみてください。

 神想観という祈りが、神なる宇宙大生命との一体感を深める〝静的な工夫〟であるとすれば、“無償の愛”を行ずる「愛行」は、これを体感して実践する〝動的な工夫〟に当たります。〝工夫〟とは、神や仏の御心に専心専念こころを合わせることです。この「祈り」(神想観)と「愛行」を通して、神さまの世界にある無尽蔵の知恵、愛、生命をこの世に具体的に実現させることになります。

  そのためには、生長の家の教えを、多くの先達や仲間とともに学ぶヤングミセスの集いや、母親教室に参加して、ともに真理への道をあゆむ仲間から、善いアドバイスをいただきながら精進されることをお勧めします。

 1人で研鑽する時間も大切ですが、道を求める仲間たちとともに歩むことで、独りの修行では得ることのできなかった、思いがけないほど多くの発見や内的な気づきがあるものです。

  分からないことがあれば、遠慮なくご相談ください。

                        (2014年3月19日)

生長の家本部講師
久都間 繁

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2014年3月 8日 (土)

悪念・悪感情を消す方法

 皆さんは、「心の法則」という言葉をご存じでしょうか。
 
 

「心の法則」とは、仏教では「三界唯心所現」というコトバで言い表しますが、平たく言えば「心に思い描いたことが実現する」というものです。

 私たちが、善い事ばかりを思い描けるようであれば問題ありません。しかし、愛が深い人ほど家族のことを心配したり、思い煩ったり、取り越し苦労をしてしまう場合があるものです。

 しかも、「心の法則」をなまじ心得ていると、心配事をしたら心配したことが実現する、恐れたら恐れたことが実現する、という考えにとらわれて、「心の法則」にがんじがらめになってしまう場合があるものです。

 皆さんは、「こんな馬鹿げたことを思ってはいけない」「こんなヘンな考えを持ってはいけない」と思えば思うほど、その馬鹿げた考えに捉われて、悩み苦しんだ経験はないでしょうか。

 この地獄のような迷宮から抜け出せなくて、どれほど多くの方が、大切な家族や友人を傷つけ、かけがえのない人生の沃野を、荒れ果てた枯れ野にしてしまったことでしょう。

 今回いただいた相談も、その迷宮から抜け出すための光りを求めて寄せられたものです。

 同じような隘路(あいろ)に陥っている方のために、質問と回答を公開させていただきます。



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【質 問】 (2014年1月24日)

 

合掌ありがとうございます。

先日、●●さんからの紹介で、「個人指導内容をメールか手紙でお送りください」と聞き、メールさせていただきます。

よろしくお願いいたします。

私は、時々不安定になる時があります。

最近あったことは、主人と仲良くしている女性が私とも仲良くしたいと近づいてきたときです。

「この二人は好き同志なのか!?」と。

――そんな馬鹿な事を本気で思い、主人やその女性を恨んだりしてしまいます。
主人の事も信じられなくなってしまいます。

 

昔も似たような事があり、不安だと主人にいうと、
(そのときは、プライベートで私の知らない女性と毎週イベントを開催していました)
嫌な顔をされ、信じていない私を嫌がっていました。

 

主人と仲良くしている女性全員にそういう感情がでるわけではありません。

 

主人と出会う前、私には婚約者がいました。

が、婚約者は私が妹のように可愛がっていた女性と半年以上深い関係になっていて、私はその婚約者とは別れました。

 

そのトラウマがあるのかもしれません。

 

主人を信じられない自分が本当に辛いのです。

不安定の時は、主人をすごく疑っている自分が嫌です。

行動が気になったり、スマホを見ていると誰にメールしているのか? とすごく気になります。

 

どうしたらよいのでしょうか?

お教えいただきたく存じます。

 

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【相談への回答】 (1月24日)

 

ご相談のメールを拝見しました。

 

振り払っても振り払っても消えないご主人への疑惑が湧いてきて、「このような考えは間違っているかもしれない」と悩まれるお気持ちは、どんなに苦しかったことかと思います。

今回ご相談を私に寄せてくださったのも、なにかのご縁だと思いますので、できる限りアドバイスをさせていただきます。

ご相談の内容から、あなたもすでにお気づきのように、現在の悩み苦しみは過去のトラウマが強い影響を与えていることと思われます。

婚約者と、妹のように親しくしていた友人という最愛の人たちに裏切られたことは、あなたにとって拭いがたいほど、辛い経験だったことでしょう。

このような辛い体験が、現在の自分の意思に反して、今日まで尾を引くのは、仕方のないことでもあるのです。

しかし、ご安心ください。

どのような辛いトラウマでも、それは「現れたときが、消えたとき」なのです。

もうすでにあなたは、生長の家をご存じなので、よく分かることと思いますが、「心の法則」によると、心の奥深くに押し込まれた“想い”は、現れては、消えていくのです。

要は、それを「握り」さえしなければ、二度と再現されないのです。

つまり現れてきた“想い”は、ふたたび「掴(つか)み」さえしなければ、どんどん消えていく一方なのです。

ですからヘンな想いがわいてきたときに、「こんなバカなことを想ってはいけない」と、くよくよと自分のことを否定していたのでは、いつまでも消えずに、過去の迷いが再現されてしまいます。

でも、心配はいりません。

悪念、悪感情が湧き起こってきたら、逆に「しめたものだ!」と、思い直してください。

嫉妬の感情、ご主人への疑惑、馬鹿な考え、そんな悪念・悪感情が出てきたら、

「これで消えた、これですっかり善くなる!」と心から感謝して、いつでも湧いてきた“悪念・悪感情”を見つめ見送るようにしましょう。

なぜなら、過去の迷いは、完全に消え去るとき、意識の表面に浮かび上がってきてから消える、それも心の法則なのです。

この過去の迷いが現れる働きは、実は神さまの広大なる「宇宙浄化の働き」そのものなのです。

つまり、住吉大神が心の奥底まで浄化してくださっているのです。

ですから、馬鹿な想いが湧いてくる、ということは、神さまが過去の迷いを消してくださる「浄めの働き」なのです。

だから、悪想念・悪感情が出てきたら、「これですっかり消えた、これでどんどん良くなる!」と感謝していれば、自然と消えて、現れなくなるのです。


以上がアドバイスですが、その一助として以下のことをお勧めします。

①朝と夕に如意宝珠観などの神想観を実修して家族を祝福すること。合わせて、毎朝ご先祖に『甘露の法雨』を読誦すること。

②毎日時間を決めて、聖典『生命の實相』を第1巻から順次拝読すること。

③生長の家誌友の方が、地元で開催している母親教室や白鳩誌友会に、ぜひご参加ください。

以上が、いただいた内容を拝見した上でのアドバイスです。

さらに確認したいことなどあればご質問ください。遠慮はいりません。

生長の家本部講師
久都間 繁

 

 

 

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【お礼のメール】 (1月26日)

 

久都間先生へ

 

合掌ありがとうございます。

この度はご丁寧にありがとうございます。

「これで消えた」
「これでよくなる」

と唱えています。
アドバイスいただいた「行」もやります。
ありがとうございます。


【私からの追伸と確認】 (3月4日)

合掌、ありがとうございます。

その後、信仰生活は順潮でしょうか。

谷口雅宣先生の『日々の祈り』の172ページに、『「偶然はない」と知る祈り』というご文章があります。

数日前に拝読していた折に、これはあなたにとって、とても参考になるのではないかと思いましたので、折を見て目を通してみてください。何らかの得るところがあり魂の糧となることでしょう。

また、分からないこと、まだ悩まれていることなどあれば、遠慮なくご相談ください。

一つ許可をいただきたいのですが、私は皆さまから寄せられた相談への回答をブログで紹介して、多くの方の問題解決のための参考にしていただいています。

もし差し支えないようであれば、この前の相談内容をブログに載せて、同じ問題で悩んでいる方の参考にしたいと考えています。もちろん、匿名で、地域や問題の背景などは伏せた上で公開しますので、ご心配ないと思いますが、もし不安であれば公開は避けますので、ご連絡ください。


【礼状と新たな質問】 (3月4日)

久都間先生

合掌ありがとうございます。
ご連絡ありがとうございます。感謝致します。

今はもう引っかかりがない。
(全くないわけではありませんが)生活を送らせていただいております。
とても楽です。
ありがとうございます。

ブログへの投稿、問題ありません。同じ悩みの方のお役に立てれば幸いです。

先生、
別件の質問なのですが、
姑とは仲良くする必要ありますか?
絶対仲良くしなければいけないものなのでしょうか?


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【回 答】 
(3月7日)

 

合掌、ありがとうございます。

ご質問いただいたことについて、お答えします。

『生命の實相』第1巻にある實相篇は、すでに拝読されたことと思いますが、生長の家の教えの基本は、「自性円満(そのままで完全円満なこと)を自覚する」ことです。

あなた様が、姑と仲良くしたい、と思うそのことが、あなたの内なる「自性円満」なるものが、すでにはたらき始めているのです。

家族の大調和は、あなたの内なる「自性円満」なる実相に、すべてを委(ゆだ)ねることから実現します。

なぜなら、現象は、過去の想念が現れているだけであり、たとえば現時点で不調和なものが現れているのであれば、それは過去の迷いが消えていく相(すがた)にすぎないのです。

もう、そのような現象にとらわれてはいけません。

現象は「無い!」のです。無い現象は、仲良くしようもなければ、仲を悪くすることもできないのです。なぜなら、初めから「無い!」からです。

そのような現象を相手にするのは、もう止めにしましょう。

現象を相手にする代わりに、久遠の実在である、あなたの内なる自性円満(はじめから円満完全)なる実相のみを静かに観じ、ただただ悦び、ただ感謝していれば、全てのことは大調和の世界へと導かれるのです。それが信仰生活です。

谷口雅春先生の詠まれた和歌に次のコトバがあります。

 ひとすじの道踏み行けば燦然(さんぜん)と
            光り充ち渡る吾が世界来ぬ

どうぞ一筋の光りの道を歩んでください。神想観が、あなたを護り導きます。

生長の家本部講師
久都間 繁


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【礼 状】 (同日付)

合掌ありがとうございます。

お忙しい所ご丁寧にありがとうございます。

私、神想観を真剣に行じます。

ふとした時に、姑から八つ当たりで怒鳴られた事などを思い出してしまって。

でもこれも過去の事ですね。消える為に出てきたものですね。

「無い」物に振り回される事はもうやめます。

久都間先生

ありがとうございました。

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