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2014年4月22日 (火)

うつ病を克服するために

 20年来のうつ病という、40代と思われる方から相談のメールをいただきました。

 宗教の門を叩くのは、人生で行き詰まった
場合か、この世を超えた崇高な真・善・美を求めての場合か、あるいは美しい生き方(信仰生活)をされている方と出会った場合などさまざまです。が、この方は前者、つまり全てがうまく行かず、悩み苦しんで門を叩いてこられました。

 最近、ますますはっきり感じるようになったのは、人生に「行き詰まる」とき、というのは、最も「神さまに近づいている」とき、でもあるようです。

 これをどのように導き、そして彼の「内なる神性・仏性」に取り次ぐことができるか、これは私ども宗教に携わる者に課せられた重要な使命でもあります。

 はたして、それがどこまで果たせているかどうかは分かりませんが、皆さんのご参考までに、お名前を伏せて、質問と私の回答を公開いたします。

 2014年4月22日



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【メールによる相談】


 
 こんばんは、初めてメールさせて頂きます。

 数年前の5月頃、東京・原宿で先生の御講話を拝聴させていただき、後でご指導頂き、先祖供養について教えていただきました。

 その節は親切に熱心にお話下さり、有り難かったです。本当にありがとうございました。

 教えていただいた通り、仏壇がなければ清浄な箱でもいい、とのことで、お札に先祖代々の名前を書き込み、清浄な箱に祀らせいただき、聖経をあげています。生長の家の本は真剣に拝読し始めて五年程です。

 メールでは失礼と思いましたが、宛先がわからす゛先生のブログを拝読し感銘致しまして送らせて頂きました。

 起こった事は全部己のせいですが、色々な事が上手く行かず苦しんでおります。

 ご多忙の中恐縮ですが、おてすきの時がございましたら、再度先生のご指導を賜れませませんでしょうか。

 昨年20年来のうつ病で障害者三級になりました、辛い体をおして派遣でなんとか勤めても、月11~12万ほどの収入で貯金も十数万です。

 生長の家で教えて頂いた、ただ善のみ、ただ豊富のみを唱え頑張っていましたが、収入が決まったサラリーマンがどうやって? 派遣には昇給、ボーナス、退職金がありません。

 四十代を迎え、ダブルワークをする力も、宝くじを買う金もありません

 父は十歳で亡くし、母、兄からはいまのよで言うなら、虐待とされるような事をされてきました。

 断絶され長年会っておらず、居場所も知らされていません。

 助けを求められる人はいません。暗くて鬱陶しい話を申し訳ございません。

 父が四十代でなくなり、自分も子供の頃から四十代で死ぬと思っていました。だから現状がこんなでも、もうじきさよならなんだから…という気持ちもあります。

 周りに引かれてしまいますので、誰にも相談できません。

 どんなに表面上明るく振る舞っても、自分の芯に硬い暗い闇があるようです

 また目、膝、腰の左側の体ばかりが悪くなるのです。

 収入、健康、家族、みなしくじっています。
 どうしても上手くいきません。せっかく生長の家の教えがあるのに、結果がついてきません

 勝手なおねがいで申し訳ございませんが、先生に一言ご指導賜りたくメールさせて頂きました。

 長々失礼致しました。

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【質問への回答】

 合掌、ありがとうございます。

 メールを拝見しました。以前に私が指導したことがあったとのことですが、文面を読んで感じたことをアドバイスします。

 頂いたメールによると、「生長の家で教えて頂いた、ただ善のみ、ただ豊富のみを唱え頑張って」いるとのこと。

 善や豊かさを口に出して唱えていたとしても、現在のあなたのように、「収入が決まったサラリーマンがどうやって?」なんて〝心の底〟でそれを打ち消していたのでは、いつまでも現状を変えることが出来ないのは、「心の法則」によってあなたの「信じた通り」のことが実現しているのです。

 せっかくの「行」が、「信」をともなわない〝空念仏〟に終わるのはもったいないことですが、それはあなたの生きる姿勢が、まだ信仰にまで到っていないのかもしれません。

 生長の家では、迷ったり行き詰まったりしたときには、「第一義のものを第一にする」ことが問題解決の基本であると教えられています。

 第一義のものとは、神のことであり、仏性のことであり、あなたの「実相」のことです。

 迷ったり、行き詰まったりするのは、「第一義のことを第一に」していないことの裏返しでもあります。

 つまり、神よりも、仏性よりも、実相よりも、現象にすぎない肉体の健康やお金のこと、暮らし向きのこと、などの〝取り越し苦労〟を第一にしていれば、三界唯心所現(心の法則)によって、あなたが心に描いた通りの(神ならざる、仏性ならざる)混乱した不完全な状態が現れるのです。

 このような中途半端な心の姿勢では、とても生長の家の信仰とは言えません。

 生長の家の信仰生活は、シンプルに言えば「第一義のものを第一にする」生き方です。

 現象は「心の影」に過ぎません。心の影は、聖経『甘露の法雨』に説かれているように「心」のフィルム(原版)を浄めることによって、いくらでも〝より善きもの〟に変えることがでるのです。

 信仰によって、あなたの人生を改善したいのであれば、これまでの自分の生き方を、「自分中心」から、「神を中心」にした生き方に変えることです。

「人間・神の子」の自覚の深まりも、悦びの人生を実現することも、あなたの生きる姿勢を「神(内なる神性・仏性)を中心に」据えることによって、大きく開けて来るのです。

 以下にアドバイスを書きます。本気で問題を解決したいのであれば、倦(う)まずたゆまず実行してみましょう。


①毎朝夕、必ず神想観を実修すること。

 神想観(祈り)は信仰生活の基本です。人間・神の子の自覚は、神想観を日々実修して、すべてを、どんな悩みも苦しみも何もかも〝神に全托〟して、そのまま円満完全なる実相を静かに観ずることによって深まるのです。
 不完全な現象は無い! 人間ははじめのはじめから円満完全な神の子である! との自覚が深まれば、あなたの人生は着実に好転します。

 実修方法が分からなければ、お住まいの教区や練成道場の練成会に参加して、先達の諸講師から正しい指導を受けることをお勧めします。


②毎日時間を決めて『生命の實相』などの聖典を拝読すること。

 生長の家の悦びの信仰は、「自性円満」(そのままで完全円満であること)に目覚めることから始まります。そのためには、あなたの内なる実相に、直接呼び掛けるコトバを毎日拝読して〝いのちの糧〟としてください。

 その第一歩として、『生命の実相』(日本教文社刊)を1巻から40巻まで順次読み進めてください。全巻そろえるお金がなければ、1巻から順次読み進めることです。読了したら、必ず次の巻を買うお金が揃います。信仰が深まるにしたがって、お金でも物でも協力者でも、すべては必用に応じて必用なものが巡ってきますから、安心して修行に励んでください。

 これと合わせて、御先祖と亡きお父様、すべての諸霊に感謝を込めて、仏壇の前で聖経『甘露の法雨』を読誦しましょう。


③人のお役にたつことを毎日1回以上実行すること。

 近隣のゴミ拾いでも、他人の幸せを祈ることでも、家族やお世話になった方に感謝の手紙を書くことでもよし。派遣先で深切な言葉や感謝の言葉を掛けることでもかまいません。今のあなたに出来ることを、密かに実行しましょう。これを続けてみましょう。

 現在の境遇を克服して「無限供給」を開く道は、あなたの内に在る(無尽蔵の)チカラを〝無償で〟人に与えることから開けてきます。〝与える者が、与えられる〟のです。

 天地のすべてのものは、神と神の現れですから、人生で出合う一つひとつの機会を〝かけがえのないもの〟として感謝して迎え、今のあなたに出来る深切を精一杯なさってください。

 最後に、あなたが無限生長の道を歩むために、勇気を出して地元の誌友会に参加してください。

 身近なところで真理の道を歩む方たちと実相を研鑽し、人生の光明面を見る「日時計主義の生き方」をしっかり修得すれば、「修行」も〝楽行〟となり、あなたが豊かに繁栄するためのたくさんの気づきや、ヒントや、アドバイスをいただけることでしょう。

生長の家本部講師
久都間 繁



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【礼 状】 (平成26年4月22日)

 ご多忙の中、突然の申し出に親切にご指導頂き、誠にありがとうございました。一生懸命やっていたことは、空念仏でした。

 先生にご指導頂いた数々を、良いご報告が出来るよう努力します。
 本当にありがとうございました。

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【礼状への返信】 (4月23日)

ご連絡をありがとうございます。

先ずは、何もかも、神さまに全托することからはじめましょう。

そして、まな板の鯉になって、楽に生かされて生きるようにしましょう。

神の御心のままに導かれますよう、祈っています。

久都間 繁


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コメント

近藤さん、病の原因を探り分析して導く場合もありますが、それはあくまでも初心の方への方便で、それだけでは無明(迷い)の暗から抜け出すことはできません。

この方は、すでに生長の家の本を読み5年も経っていましたので上記の表現となりました。また、広大な慈門である生長の家の誌友会や練成会に参加するようになれば、彼のようなタイプの場合は着実に救われていくことでしょう。
ボストンから嬉しいコメントをありがとうございました!

投稿: 久都間 繁 | 2014年4月24日 (木) 07時54分

近藤さん、そうでしたか、今はフロリダにお住まいなのですね。
さて、生長の家は「現象を良くする」教え、と見えるのは、これも多くの人たちを宗教の奥殿に導くための一つの方便であるとも言えます。

あなたもすでにご存じのように、生長の家は、第一義的には、現象の中に「原因」なるものを認めてはいません。なぜなら、「原因」や「根拠」といいうるものは、円満完全なる「神のみである」というのが「唯神實相」の教えだからです。

生長の家の「現象は無い」という大胆な宣言は、別の言い方をすれば、「現象の中に原因なし!」ということです。

『生命の實相』には、神癒は、「自性円満(そのままで円満なこと)を自覚」したとき現れる、と説かれています。

この「自性円満」なる「実相」こそが、唯一の原因であり、存在の根拠です。ですから「原因」を探るのであれば、一切の根源すなわち「円満完全なる“神”」にまで至ってはじめて、すべての問題が成就(解決)するのです。

投稿: 久都間 繁 | 2014年4月26日 (土) 14時28分

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