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2014年4月16日 (水)

鶴見済氏の『脱資本主義宣言』を読む

  鶴見済氏の『脱資本主義宣言――グローバル経済が蝕む暮らし』を読んだ。

 
 仏教に「抜苦与楽」という言葉がある。

 これは衆生の苦しみを抜き去り、代わりに楽を与えるというもので、鶴見氏のこの著作は、今日の文明史的な「苦しみ」を解決するための、一つの処方箋として書かれたものと言えよう。

  本書の「はじめに」で、鶴見氏は次のように書いている。

 

  それでは、経済の仕組みに代わるモデルとな
  る別の仕組みとは何か? カネでない価値観を
 どこに求めればいいか?
  本書がその一例として取り上げているのが、
 自然界の仕組みや自然界とのつながりだ。

 

「自然界とのつながり」――鶴見氏は、かつて90年代のはじめに『完全自殺マニュアル」などという、物騒な作品を著しているが、人生についての試行錯誤を重ねながら、この世の「生きづらさ」の問題と格闘し、「どうすれば楽に生きられるのか」について探求し続けた痕跡が、行間からじんじん迫るのを真摯な読者は感じることだろう。

  同氏はある時期から、「楽に生きるためにはこの『経済の仕組み』を何とかしないとダメだろう」ということに気がつき、この“仕組み”について一つひとつ細かいデータに当たって調査してみた。すると、「驚きあきれるような事実」を次々と見出すことになる。

 つまり私たちが住んでいる資本主義社会の背後には、「生きづらさ」の原因となるものがあふれていたのである。読者は読み進むにしたがって“眼からウロコ”が落ちる思いでページをめくることになる。

  本書の内容から、彼が見出したことの一端を挙げてみよう。

 

 カネ儲けを第一の目的にしてしまった社会が
 失ったものは何か? 当然のことながらそれ
 は、「カネ儲けにつながらない価値」だ。この
 社会では人の健康や環境への害も、金額に
 換算しないと文字通り「計算に入らない」よう
 になってきた。ましてや我々の多様 な「幸
 せ」について、この社会が勘定できるわけが
 ない。
  グローバル化する資本主義が、カネのある
 なしにかかわらず、すべてのヒトにもたらす災
 いはこれであ
る。   (同書133~134頁)

 

 これは卑近な例だが、わが家の子供たちがかつて通っていた都心の小学校では、幼い子供を抱えながらもパートで忙しく働いている主婦が何人もいた。これも、ささやかでも家計の足しになればと、家族の幸せを願っての労働である。

 しかし母親が外で働くようになれば、社会的な責任をともなう仕事の都合を、彼女がまじめな方であるほど、家庭の都合より優先することになる。

 ある日〝こんなはずではなかったかも・・・〟とふと気付いてみても、わずかでも月々の収入が、子どもの幸せや夢の実現につながることを思えば、ガマンせざるをえない。
 しかしそのシワヨセは、すべて家族に、ことに幼い子供に寄せられることを、知って(意識して)いるか否かということは、とても重要である。

  もしこれを自覚せずに進めば、子どもたちは最も愛情を必要としている時期に、母親とふれあう時間を、おカネを得るための経済活動に奪われ、愛情の代償として親が買い与えたテレビゲームと向き合うことになる。失われた母親との時間は、永遠に戻ってはこない。

  家族は、日々の、思いやりの言葉の遣り取りを通して結ばれている。が、もし核家族化した親子の間で、これがなし崩し的に“先送り”にされてしまえば、やがて子供は思春期を迎えるとともに、まっすぐに家庭崩壊への道をたどる要因ともなるのである。

 これは、母親の責任でも、誰の責任でもない。私たちは、何の疑いもなく「おカネ」、つまり経済を至上のものとするコマーシャリズム(営利主義)の中に翻弄(ほんろう)されているのだ。

  これが、鶴見氏のいうところの「生きづらさ」ということの一つの側面である。

  家族の幸せを願いつつ、私たちはいつのまにか唯物論的資本主義の巨大なシステムの渦中に巻き込まれ、最も大切なものを見失ってはいないだろうか。日々立ち止まり、子供たちと目線でふれ合い“対話”することを心がけているだろうか――。

  お金に換算できない、私たちの多様な「幸せ」。これを取り戻すための、資本主義を超えた「別の仕組み」を模索したのが、本書の取り組みといえよう。

 果たして同書に書かれた内容が「答え」に至っているか否かは、諸賢に一読を願うところだが、真摯にこの問題に取り組んだ著者に私は賞賛の言葉を惜しまない。
 少なくとも社会主義でも共産主義でもない「資本主義以降」を考えるための〝必読〟の一冊であることは確かである。

 

 久都間 繁



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