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2021年11月 3日 (水)

魂の成熟について (2021,11)

 この秋、十月に結婚して誕生日を迎えた二女に、LINEで「人生に豊かな実りと魂の成熟を」とお祝いの言葉を贈ると、「魂の成熟」ってどんな意味? と訊いてきた。

 確かに、二十代には馴染みのない言葉である。果実や肉体の成熟は分かりやすいが「魂の成熟」となると?・・・ということになるのだろう。

 同じ頃、おムスビネットフォーラムで「NPO法人 見沼ファーム21」の代表者の一人、徳野英夫さんを招聘(しょうへい)して「次世代に繋ごう食と自然」のテーマでお話を聴かせていただいたが、朴訥(ぼくとつ)と語る彼の言葉の中に、静かに成熟を遂げた一人の魂を見る思いがした。

 徳野さんらが取り組んでいる「無農薬による米作り」は、古い伝統を踏まえた新しい試みだ。

 都市化によって地域のコミニティが崩壊した今の時代に、県から委託された広大な「見沼田んぼ」を舞台にして、「地域の自然」と核家族化した人たちとをムスビ、手間暇(ひま)かかる「無農薬の米作り」を実践して次世代へと繋ぐ試みは、私たちの運動とも重なる部分が多くあった。

 徳野さんは、かつて東芝に勤めた後に行政の仕事にも携わるなど、お堅い“縦割り”社会の中で生きてきたが、地元「見沼田んぼ」で“横の繋がり”に携ってみると、そこには学歴も職業も性別も年齢も越えた人々の笑顔と絆(きずな)があった。

 さらに無農薬の有機栽培で植物や昆虫や魚たちと繋がると、今度は、高度経済成長期に汚染されたどぶ川が澄んできて、鮎まで遡(そ)上(じよう)してきた。

 そこに、自然と共に生き、仲間たちと齢(よわい)を重ねることの悦びを見いだされたようだ。

 彼らの組織運営の特徴はトップダウンではなく合議制である。この運営形態は、価値観や社会構造が多様化する中で、私心の無い善きリーダーたちに恵まれれば柔軟で有効な対応ができるシステムになるように思われた。

 徳野さんらが取り組んできた大規模水田での無農薬有機栽培という、社会的にも大きな責任を担ったチャレンジや、仲間たちとの試行錯誤について振り返る言葉からは、衆知を集めて運営することの苦労と、そこで生まれる驚きと喜びと充足感とが伝わってきた。

 合議制でのリーダーの役割は、捉われのない視座から適切な助言を伝えることなのだろう。

 決定はあくまでもメンバーの総意であり、そこでは参加者一人ひとりの発想や智慧が豊かに引き出され、組織活動に携わることがそのまま“吾がごと化”して、次世代を担う人材が育成される。

 ここにも、生長の家が舵(かじ)を切った“フラットな組織”の一つの“ひな形”が垣(かい)間(ま)見える思いがした。

「無限供給」とは、必要なときに、必要な人や物や事が集まることである。これは「利他行」という“愛の実践”の中にWin-Win(ウインーウイン)のムスビの姿で現れる。

 逆説的だが、他のために生きるとき、人生に愛と感謝と喜びが満ちてくるのだ。

「与えよ、さらば与えられん」とイエスが語ったように、慈悲喜捨の四無量心が地域社会で行じられるとき、そこに新価値をもった“新しい文明”が形成される。そこでの経験は、季節の深まりが果実を稔らせるように、人々の魂を豊かに成熟させるだろう。

    (二〇二一・十一)

 

 

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