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2022年5月 1日 (日)

“業の連鎖”を断ち切るために (2022,5)

 治水の歴史は、私たちの生活と深く関わっている。昨今は水害ばかり注目されているが、「水」は計り知れない恩恵を人々の暮らしにもたらしてきたのだ。
 関東地方の水源の一つである八ッ場(やんば)ダムの歴史について、群馬県ご出身の茂木則江講師が環境教育勉強会(zoom開催)で発表された。それは建設に至るまでの経緯に加え、地域の自然や流域の人々に与えた影響について、ダムがもたらしたものと失われたものへの愛情あふれる視点からの研究で、Facebook「おムスビ」にアクセスできる方はぜひ、この自然と人間の物語に触れていただきたい。(トピックから視聴可)

 私たちは生長の家の活動を通して〝自然と人間の大調和〟というテーマを掘り下げ、環境問題について学んできたが、改めて見つめてみたいのは、何の疑いも抱かずにその渦中で生きてきた「人間中心主義」の文明と、その人間のいとなみを見えないところで支え続けてきた「自然」と、その狭間に立った先人たちの苦悩の歴史についてである。〝新しい文明〟を開くための智慧は、このような過去の足跡を振り返ることから見出すことができるのであり、同時にそれは、次世代にどのような地球を手渡すのか、ということを、私たち自身に真摯に問い掛けることでもあるのだ。

 これは東日本大震災以来、東北の太平洋沿岸で進められてきた津波対策とも重なるテーマである。古来からの美しい景観や砂浜を破壊した防潮堤をコンクリートで築き上げ、自然界を遮断することで人間社会を守っていくのか。それとも新たな防災・減災システムの研究や津波石などの故事から謙虚に学ぶことで、自然との生かし合いの道を開くのか。

 このことは新型コロナウイルス対策においても同様で、某国のように大量の消毒液を撒いてウイルスを完全に撲滅させるまで戦い続けるのか。それともウィズ・コロナを模索しながら共に生きる道を探るのか。
 対称性と非対称性の狭間で揺れ動く私たち人間のふるまいは、そのまま、今日のウクライナとロシアの戦いにも極端な姿で現れている。ダムも防潮堤もコロナ撲滅も戦争も、その背後に潜んで対立を深めているのは「人間中心主義」や「経済至上主義」という無明(まよい)である。それが自然と人間との調和を破壊し、数多(あまた)の人々に犠牲を強いる〝迷いの文明〟を生み出している。そのシワ寄せは、すべて自然界と弱者と次世代に回されているのだ。

『声字即実相の神示』には、「神が戦いをさせているのではない。迷いと迷いとが相搏(あいう)って自壊するのだ」と説かれている。戦いや環境破壊の背後にあるのは、正義ではなく、愚かな「迷い」である。このような人類の〝業の連鎖〟を断ち切る道は、私たちが日々実修している世界平和の祈りと、倫理的な生き方の実践であるPBS活動が、無明の暗を照射する光となるのだ。その信仰生活に共感した人々の心に真理の火が灯り、仏の慈悲喜捨と神の愛を生きることから〝新しい文明〟は開けて来るのである。

 

 

 

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