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2023年2月21日 (火)

フランケン菩薩の誘惑 (2023.3)

 科学技術は、私たちに利便性と豊かさをもたらしたが、その一方で、地球温暖化や原子力による放射能汚染など、グロテスクで深刻な問題も招き寄せた。

 NHKに「フランケンシュタインの誘惑」という番組があるが、これは、科学技術を駆使して〝理想の人間〟を作る夢を描いた青年が怪物を生み出してしまったという、矛盾に満ちた〝科学の闇(やみ)の部分〟の象徴がフランケンシュタインである。


 最近、関西で地方講師をしている古くからの友人と埼玉教区の講師の方から、生長の家総裁が「九折スタジオ NO101」などで演じているフランケンシュタインについての解説を求められた。つまり「あの作品をどのように解釈したらいいのでしょうか?」という質問だ。どうやら彼女たちの周りでは、この解釈を巡って様々な意見が交わされたようだが、未だ結論には至ってないらしい。


 総裁先生の作品に登場するグロテスクな怪人物と、今年の干支(えと)である可愛いウサギの組み合わせも対照的であり、フランケンの異様な縫い跡だらけのお顔も正視し難い。しかし、あのようなお役を演ずる目的を推察すれば、その文脈から何かが見えてくるはずである。


「四無量心を行ずる神想観」に、「すべての衆生をみそなわして、その苦しみを除き、悩みを和らげ」という祈りの言葉がある。「衆生をみそなわして」とは、相手の苦しみ、悩みを汲み取り、悲しみのすべてを受け入れて一つになることである。相手とひとつにならなければ、その苦悩を癒やす道は見えてこない。ひとつになったとき、はじめて相手の悩み苦しみの細部が見えて問題解決への道が開けてくるのだ。

 そこまで降りていくのが〝同悲の心〟である。相手と離れた高いところから、指導やアドバイスや批判をしている間は、永遠に問題の解決に至らないのは、指導経験を積んだ講師の皆さんには自明のことだろう。


 さて、先のフランケンだが、以上の文脈に沿って推察すれば、月のウサギは衆生を導く天の使い。フランケンシュタインとは全世界が直面している現代文明の最もグロテスクな部分、つまり戦争、地球温暖化、そして原発の象徴のようにも思われる。

 総裁先生は「九折スタジオ」で、このフランケンくんとなって聖歌「宇宙荘厳の歌」を朗々と歌われている。つまり、最も深い苦悩の闇の底から、最も荘厳に光り輝く聖なるものが、聖歌を唱うことで復活して、全世界を照らす。これは深い祈りを込めた象徴劇でもあるのだ。


 さて、私の解釈はこのくらいにして、後は皆さんに委(ゆだ)ねよう。

 教区の皆さんへのお別れの言葉は、三年間の信仰随想を一冊に纏(まと)めて「あとがき」で伝えさせていただく予定だ。

 最後に一つだけ言わせてもらえば、生長の家の「一切者としての自覚」とは、一切の責任を自ら担(にな)い、観世音菩薩と一つになって慈悲喜捨を黙々と行ずることである。それが「聖使命」という言葉の所以(ゆえん)であり、私たち生長の家の信仰である。

  (二〇二三・三)

 

 

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