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2023年3月28日 (火)

“神の子の封印”を解く (2023,4)

 三月上旬のこと、前教区で行われた地方講師会での会議の折、ある講師から「教化部長が時々話される“行間を読む”とは、どういうことでしょうか?」という質問が寄せられた。

 それは、聖典や機関誌などを講義する際に“行間を読み解いていきましょう”と私が語っていたことを受けてのことだが、想い出すままに次のようなエピソードをお話させていただいた。

 

 生長の家本部が原宿にあったころ、私は長時間の電車通勤をしていたが、その時間を利用して何度目かの『生命の實相』全巻の通読をしていた。

 ある巻で、そこに書かれた文章が心の琴線に響き、同じ箇所を読み返す度に、新たな発見と、驚きと、ヒラメキが行間から次々とあふれてきて、とうとう一週間ほど同じ箇所を読み返していたことがある。

 今から振り返れば、“ああ、あのときわたしは「行間」を読んでいたのだな”と分かるのだが、その折のことを反芻(はんすう)してみると、行間を読むとは、魂の根底から求めていた「コトバ」と出逢うことなのかもしれない、と思えるのである。

 かつてお世話になった恩師の一人は、「行間を読む」とは、「文字と文字の間に宇宙を読むことだ」と語っていたが、この言葉にも一理あって、聖典などの宗教書を読み解く場合には、文字面だけ読んで意味を解釈しているだけでは“行間に説かれたコトバ”と出逢うことはできないのだ。

 その文脈の背後にある“深み”にふれたとき、初めて既成概念や先入観で十重二十重(とえはたえ)に包まれていた封印が解かれ、行間から、文字間から、そして脳髄の背後から、そこに秘められていたコトバがあふれてくる。

 それは、神想観の折に意識の深層で経験する“内的な体験”とも酷似(こくじ)しているのだ。

 つまり「行間を読む」とは、祈りの心をもって、文章の背後にあるコトバを探る、ことでもあるのだろう。

 仏教でいう「業(karma)」について、『大辞林』には「身体・言語・心による人間の動き・行為」と書かれ、生長の家でも「身・口・意の三業」として、この扱いをとても大切にしている。

 たとえば、宗教でいう“救い”とは、この「身・口・意の三業」に深いコトバを授けることで“神の子の封印”が解かれ、その桎梏から解放されることかもしれないのだ。

 たとえば「真理の書」や「聖典」と呼ばれる書物には、この「封印」解くカギが秘められていて、その鍵を開くのは、先達が古来から取り組んできた熟読玩味(じゅくどくがんみ)や写経という、手間と時間を惜しんでは得ることのできない、使い古されたように見えるめんどくさい手法こそが、「身・口・意の三業」に深い影響を与える最も有効な手段となるのかもしれない。

 そんな、答えになったかどうか分からないようなお答えをしたのであるが、四月からは東京第一教区、第二教区の皆さんと一緒に、総裁先生のお言葉、そして聖典を深く味わいながら、“神の子の封印”を楽しく解いていきましょう。

 

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2023年3月17日 (金)

“魂の冒険”への旅立ち〈あとがきに代えて〉

 この三年間、コロナ禍の中で教区の皆さんとアイディアを出し合い、対話して行動した人類光明化運動・国際平和信仰運動の日々を記念して、冊子『川のほとりにて〈群馬と埼玉での36か月〉』を纏(まと)めさせていただいた。

『人類同胞大調和六章経』に納められた「愛行により超次元に自己拡大する祈り」には、「魂の世界には何の限定も存在しないのである」という一節がある。

 ここで説かれた「魂」という言葉は、「偽我」に対する「真我」、「肉体人間」に対する「神の子・人間」という、生長の家の教えの〝深い部分〟を指し示す言葉でもある。

 私たちは、生長の家の聖典を紐解くとき、世の中で使われている“現象世界の物事”を扱う言葉を当てはめて、聖典の意味を理解しようとするのであるが、「唯神実相」の教えを学ぶためには、現象世界の背後にある“不立文字”の領域に踏み込まなければ“深い部分”を読み取ることは難しい。

 祈りを通して、その“深み”に触れ、そこで体感した「コトバ」の鍵を用いることで、初めて聖典の行間にある“深み”に触れることができる。

 振り返れば、埼玉教区と群馬教区に赴任した三年間、私の力量不足は百も承知の上で、皆さんとの対話を通して努めてきたことは、私自身が導かれて救われた“唯神実相”のみ教えの“深み”を伝えることだった。

 この随想集は、皆さんとの対面行事やネットでの丁々発矢の質疑応答の中で生まれた発見を、折に触れて書き綴り、ともに目覚めた「神の子・人間」の悦びを、皆さんと共有してきた記録でもある。

 冒頭に引用した六章経の祈りの言葉は、魂の生長について、次のように綴っている。

「それは超空間に伸びひろがり、極微の世界の奥にある極大の世界次元に達するのであるから、それほど壮快なる冒険はないのである」と。


 私たちも、いよいよ旅立ちのときが来た。「魂の冒険」に万全の準備など必要ない。

 み教えは、必要なものは、必要なときに、必要に応じて、内なる智慧となり、様々な協力者となって現れる、と教えていただいている。

「愛行により超次元に自己拡大する」とは、私たちの祈りと愛行を通して、神の“無償の愛”と仏の四無量心が地上に満ち溢れることである。それは“生長の家の永遠の家族”である私たちに託された使命でもある。


 顧みれば、皆さんとの「対話」を重ねて教えられたことは、「実相とは何か」ということだった。

「対話」の中から、双方の内に潜んでいた実相が日に日に明らかとなり、「対話」を重ねることで研鑽され、輝きを増してくる。

 言葉の遣り取りは、お互いの神の子の実相を、どこどこまでも探求する冒険のツールとなった。

 この「対話」こそが新価値を生み出す“ムスビの働き”だ。

 これからも、身近な人をはじめ、あらゆる世代と「対話」を重ねていこう。私たちは“生長の家の永遠の家族”なのだから久遠に、真実在の光りを伝える魂の冒険を、どこどこまでも展開していこう。

 

   2023年3月 吉日    久都間 繁

 

 

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宇治、それは魂の邂逅(かいこう)の“場”

 宇治別格本山の季刊紙『宇治だより』担当者から、「宇治を愛する人」というコーナーへの寄稿を依頼された。二〇二二年十二月に発行されたのもので、ご覧になった方もいるかと思うが、その原稿を採録しておく。なお、紙面に掲載したのは紙幅の関係で原文を三分の二ほどに削ったもので、こちらが全文である。

 

 宇治川に注いでいる琵琶湖の水は、滋賀県では瀬田川と呼ばれ、京都府に入ると宇治川となって古都をめぐり、大阪府に入ると淀川となって商都を潤し、やがて大阪湾に至る。


 この湖水のことを、かつて宇治練成会で〝宇宙大生命〟に喩えて講話されていた講師がいたが、私たちの人生という大河も、さまざまな人や事や処と出合い、豊かな経験を経て内在の神性が輝きはじめる。そして大生命から授けられた〝使命〟という川を旅して、ご縁あった人々の生活を潤すのだ。


 宇治川のほとりに位置する宇治別格本山は、み教えにご縁をいただいた者たちの“出会いの場”であり“修行の場”であると同時に“再会の場”でもある。

 私が初めて宇治本山の門をくぐったのは昭和五十七年の新春練成会。当時、総務の藤原敏之先生を中心に小嶋博先生、榎本恵吾先生らが指導に当たっておられた。


〝ご縁〟とは不思議なもので、もし“あの人”に出会っていなかったら、今の自分はなかったと思われる恩人が誰しもいるかと思うが、私にとって宇治の先生方は、そのような人たちだった。


      ○


 宇治で研修生活をスタートして間もない頃、研修を担当されていた榎本恵吾先生が、練成の浄心行の後で研修生を呼び寄せて、
「皆さん、浄心行は“はじめから浄い心(実相)”が行うから浄心行ですよ」と話し始めた。そして「神想観は“神”が想い観ずるから神想観。愛行は“愛”そのものが行ずるから“愛行”です。皆さんは神の子です。そのまま“浄”であり、はじめから“愛”であり“光り”そのものです。これから心を浄めてから、神になるのではありません! 皆さんは宇治に光りを貰うために来たのではなく、宇宙を照り輝かす光(神)が、宇治を輝かせにきたのです!」

 と、情熱的に語ってくださったことを、昨日のことのように想い出すのである。


 また当時、藤原敏之先生は、毎週月曜日の午前七時から職員や研修生を対象に『生活の智慧365章』(谷口雅春著)を講義してくださっていた。先生は講話で、


「皆さん、ご文章の見出しの言葉だけを見て、そこにどのような内容が書かれているのか、おおよそ分かるようにならなければだめじゃッ」
 と繰り返しおっしゃっていた。つまり、それだけ深く文章の行間を読み込み、縦の真理(唯神実相)と横の真理(唯心所現)のカギを持って、見出しに凝縮された真理の言葉を正確に読み解きなさい、という深い配慮が込められていたことが、教化部長を拝命している今はよく分かるのである。


 また、そのころ写経練成会が開催されていて、小嶋博先生が『神 真理を告げ給う』(谷口雅春先生著)をテキストに、入龍宮幽斎殿で講話を担当されていた。


「いいかね皆さん。宗教の講話は、講演とは違う。講話は講師と聴衆との、いのちといのちの遣り取りだ! しっかり(集中して)付いてきてくださいよッ!」。


 小嶋先生の言葉は、私たちの魂にビンビン響き、そのピュアで瑞々しいコトバの響きは、今も私のいのちに深く刻まれている。
 研修生となった私は、この三人の大先達が語る言葉を、機会ある度に会場に足を運び、食い入るように拝聴させていただいた。昭和五十年代後半のことだ。


 そして一九八七(昭和六十二)年、藤原敏之先生が退職されることになり、後任として楠本加美野先生が総務に就任された。藤原先生は、最後の朝礼のご挨拶で楠本先生を紹介しながら、


「楠本講師は“行”の人じゃ。“行”は(唯神実相への)深い信があればこそ、“行”に徹することができる」
 と、楠本先生の信仰をずばりと捉えて紹介してくださった。


      ○


 その後、楠本総務の元で宇治別格本山から何人もの本部講師が誕生した。そして、練成会を受けて人間・神の子に目覚めた数多(あまた)の人たちが、地方講師となり教区幹部となって菩薩行に身を捧げられている。


 私も宇治の先生方に育てられた一人だが、宇治のことを想うと、恩師たちの温顔が脳裏に浮かぶ、ただただ感謝と懐かしさしかない。


 宇治に入山した当時、抜きがたい精神的な苦悩に加えて肉体的にも病気を抱え、幼い頃から薬に頼って病と折り合いをつけてきた私が、み教えの本ものの〝深み〟にふれたおかげで、薬の全く要らない境涯に入り、健康と感謝と喜びに満ちて、しかも本部講師として菩薩行に携われるようになろうとは、夢にも思っていないことだった。


 そんな、み教えとの決定的なご縁を結んでくださった宇治の恩師たちのことを想うと、借り越しになったままの“ご恩”の借財は計り知れない。しかしそれは、そのまま私に託された使命の遠大さであり、久遠に渡っての菩薩行であることを、あらためて想うのである。

                  
    (二〇二二・一二)

 

 

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