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2023年3月17日 (金)

“魂の冒険”への旅立ち〈あとがきに代えて〉

 この三年間、コロナ禍の中で教区の皆さんとアイディアを出し合い、対話して行動した人類光明化運動・国際平和信仰運動の日々を記念して、冊子『川のほとりにて〈群馬と埼玉での36か月〉』を纏(まと)めさせていただいた。

『人類同胞大調和六章経』に納められた「愛行により超次元に自己拡大する祈り」には、「魂の世界には何の限定も存在しないのである」という一節がある。

 ここで説かれた「魂」という言葉は、「偽我」に対する「真我」、「肉体人間」に対する「神の子・人間」という、生長の家の教えの〝深い部分〟を指し示す言葉でもある。

 私たちは、生長の家の聖典を紐解くとき、世の中で使われている“現象世界の物事”を扱う言葉を当てはめて、聖典の意味を理解しようとするのであるが、「唯神実相」の教えを学ぶためには、現象世界の背後にある“不立文字”の領域に踏み込まなければ“深い部分”を読み取ることは難しい。

 祈りを通して、その“深み”に触れ、そこで体感した「コトバ」の鍵を用いることで、初めて聖典の行間にある“深み”に触れることができる。

 振り返れば、埼玉教区と群馬教区に赴任した三年間、私の力量不足は百も承知の上で、皆さんとの対話を通して努めてきたことは、私自身が導かれて救われた“唯神実相”のみ教えの“深み”を伝えることだった。

 この随想集は、皆さんとの対面行事やネットでの丁々発矢の質疑応答の中で生まれた発見を、折に触れて書き綴り、ともに目覚めた「神の子・人間」の悦びを、皆さんと共有してきた記録でもある。

 冒頭に引用した六章経の祈りの言葉は、魂の生長について、次のように綴っている。

「それは超空間に伸びひろがり、極微の世界の奥にある極大の世界次元に達するのであるから、それほど壮快なる冒険はないのである」と。


 私たちも、いよいよ旅立ちのときが来た。「魂の冒険」に万全の準備など必要ない。

 み教えは、必要なものは、必要なときに、必要に応じて、内なる智慧となり、様々な協力者となって現れる、と教えていただいている。

「愛行により超次元に自己拡大する」とは、私たちの祈りと愛行を通して、神の“無償の愛”と仏の四無量心が地上に満ち溢れることである。それは“生長の家の永遠の家族”である私たちに託された使命でもある。


 顧みれば、皆さんとの「対話」を重ねて教えられたことは、「実相とは何か」ということだった。

「対話」の中から、双方の内に潜んでいた実相が日に日に明らかとなり、「対話」を重ねることで研鑽され、輝きを増してくる。

 言葉の遣り取りは、お互いの神の子の実相を、どこどこまでも探求する冒険のツールとなった。

 この「対話」こそが新価値を生み出す“ムスビの働き”だ。

 これからも、身近な人をはじめ、あらゆる世代と「対話」を重ねていこう。私たちは“生長の家の永遠の家族”なのだから久遠に、真実在の光りを伝える魂の冒険を、どこどこまでも展開していこう。

 

   2023年3月 吉日    久都間 繁

 

 

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