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2026年2月25日 (水)

「願い」を叶えるために (2026.03)

 私たちの生活には「願い」や「希望」が日々尽きることなく湧出している。そして、深く根源的な「願い」と、根の浅い「願い」(欲望や煩悩)などが混在しているように見える。
  生長の家では、本当の「願い」は「既に実相世界に成就」しているから、後からアイディアとして出てくる、と教えていただいている。つまり実相の世界に在る全ての善きものは、絶えず現象世界に湧出しようとしているのである。

 東京第一教区と第二教区では教化部長が各地区を回って「地区先祖供養祭」や「地区講演会」を開催しているが、その折に必ず質疑応答の時間を設けて、皆さんとの対話を楽しみにしている。

 2月も練馬での先祖供養と講演会で総連の皆さんと質疑応答をさせていただいたが、ある誌友から、ご兄弟との心の葛藤についてご質問をいただいた。しばらく傾聴していると、問題と見えるものの背後に、質問した方ご自身の過去が、辛いトラウマとなってカゲを落としていることが見えてきた。問題として現れているのは、過去の無明が消えていく姿である。現れたときが消えたときなのだ。悪現象と見える出来事は、住吉の大神の宇宙浄化の働きであることをお話させていただいた。

 御教えを深く学んでいる方でも、自分の問題となると客観的に見えなくなり、心の法則(唯心所現)を見落としがちである。そのような盲点を顧みるための質疑応答であり、ベテランの方ほど、教えの基本に立ち返る機会となるだろう。

 昨年秋に行われた北多摩地区の講演会で、ある誌友から、
「お隣の大きな庭木が自宅の屋根を覆って困っている。事情をお伝えしても相手にしてもらえず、かれこれ3年ほどモンモンとした日々を送っている。どうしたらよいか?」
と尋ねられた。私は、
「神想観を実修して、神さまに問題の全てを委ねなさい。必ず善い導きがあるから。そのヒラメキが、一見問題と無関係で“やっても無駄!”と思えたとしても、必ず実行してみなさい。次の導きが必ずあるから」
とお答えした。

 10月のある朝、彼女は目覚めると以前お世話になった屋根屋さんの事が脳裏に浮かんできた。すぐ彼に電話して事情をお伝えすると、幾つかの適切な助言を頂いたという。
 それを一つひとつ素直に実行に移していると、事態が意外な展開を見せて、ついにお隣の方が枝の伐採を快く承諾しくれたという。
 後日、彼女からは
「外にでると明るく風通しがよくなり、本当にうれしく信じられませんでした」
との礼状をいただいた。

 盲者を前にしたイエスに弟子たちが、「彼が生まれつき盲目なのは親の罪か彼の罪か」と問うたところ、イエスは「親の罪にも彼の罪にも非ず、神の栄光現れんがためなり」と答えている。
 一見、悪現象にしか見えないものの背後には、必ず「実相」が控えている。そして絶えず現象世界に顕れよう、出現しよう、としている。それは私たちの愛やムスビを通して、この世界の至る所に湧出する機会を待っているのだ。その実相をひらくカギが、三正行の実践である。


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