2024年5月26日 (日)

三好講師からの助言 (2024,6)

 西行法師は「願はくは花の下にて春死なむその如月(きさらぎ)の望月(もちづき)のころ」と歌ったが、古歌をたどるように一人の先達が先般霊界へと旅立った。

 かつて東京第一教区でも教化部長を務められ、本部練成道場と富士河口湖練成道場の主管だった三好雅則講師のことは、『いのちの環』の「悠々味読」連載や、ビデオ講話などでその人柄に接した方も多いと思う。私も、折に触れてご縁をいただいた一人だが、思い出を辿りながら追悼の言葉としたい。


 私は二度ほど、生長の家教修会の発表講師として登壇したことがあった。最初は2004年、万教帰一の考え方に似た「宗教多元主義」というキリスト教神学ついて、世界の宗教や心理学などを織り込んで論文を書かせていただいたが、ある程度原稿がまとまった折、当時の上司だった三好講師に助言を頂くためご覧にいれると、ゆっくり全体に眼を通された後に、ひらめくままに参考文献などを示唆してくださった。

 それは、真理の森を逍遥してきた碩学ならではのアドバイスで、多くの添削者がやるような土足で侵入して文章を切り刻むようなものとは全く異なり、拙い表現の奥にあるアイディアを尊重して、言葉の自然な成熟を見護るような優しいスタンスだった。

 次に発表の機会を得たのは2013年“森の中のオフィス”の落成を記念しての国際教修会だった。三好講師とは部署も変わり、直接ご指導をいただくことはなかったが、私が発表を終えた後の食卓で正面にお座りになり、私が論文に密かに組み込んだ発見をまっすぐに受け止めていて、感慨深く感想を語ってくださっていたことを、昨日のことのように思い出すのである。

 思えば、本部の広報・編集部で初めてご縁をいただいて以来、私の中で三好講師は一人の大切な想定読者となり、私の綴る言葉の真価を確かめる試金石の役割を担ってくださっていたように思うのである。

 2016年、私が八ヶ岳の国際本部から、東京第二教区に教化部長として赴任する折のこと。当時、運動推進部長をされていた三好講師から、ある助言をいただいた。「教化部長になったら『「正法眼蔵」を読む』を、信徒の皆さんに講義したらいいですよ。私も大変に勉強になりましたから」。なんの疑いもなく、素直に「ハイ」と引き受けて以来、東京第二教区、そして兼務となった埼玉教区と群馬教区で計六年ほど、毎月欠かさず講話をさせていただいた。

 講師の皆さんはご存じのように、唯神実相の哲学を「読む」ことと「講義」することの間には、天地の開きがある。

  その広大な空隙には、無尽蔵の発見と、数知れぬ苦悩と、悟りの悦びが満ち溢れ、その体験を語ることで生長の家講師としての使命が生きられ、み教えの“深み”である“久遠を流るるいのち”が後世へと伝えられる。三好講師の助言のおかげで、何よりも私自身が救われたのである。
 
 碩学の大人(うし)を悼む薄暑かな
 百薬(どくだみ)や祐筆の大人(うし)偲ぶ庭

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2024年4月22日 (月)

神と共にありて (2024,5) 

 先般、たまたま家族が集まり、近くの河川敷まで花見に行くことができた。野に出て、咲く花を愛で、蓬(よもぎ)を摘んだ。そんな翌朝のこと、神想観しているとき、ふと「人生で今が最高のときなんだな」ということに気がついた。

 それは、わが家のことだけではない。人と人とが出逢うこと、共に時を過ごすことの掛け替えのなさ、それが独りで迎える一日であったとしても、私たちがいつも神と共に在ることが分かれば、天地のすべてが家族であり、すべての出逢いが最高の時となる。

 人が生きて生活させていただく“あたりまえ”のことのなかに神のいのちが豊かに充ち“奇蹟の時”が、泉のようにあふれ出ているのだ。

「足るを知る」という言葉がある。それは日常の“あたりまえ”と見えていたものが、決してあたりまえに存在していたのではなく、その背後に不思議な神縁と、不可視の世界からの恩寵に包まれていた真実に、心の眼がひらくことを言うのであり、日時計主義の生活がここから始まる。

 幸福を外に求め、条件が満たされることのみに幸せを見いだしている間は永遠にそれに気付くことはできない。

 無一物のまま、すでに一切が与えられている実相に眼を向けて、身近な人や物や出来事に感謝していれば、すべてのものが神に由来した物語りを語り始める。

 イエスは「人はパンだけで生きるのではない。神の口から出るすべての言葉によって生きる」(マタイ四:四)と語っている。

 コトバは、私たちのたましいのであり、人生を創造する力である。コトバほど味わい深いものはなく、それは祈りとなり、音楽となり、絵画や文学などの芸術となり、あらゆる宗教や事業や活動となって世を照らすのである。

 アフガニスタンで命を落とした中村哲氏の遺文『希望の一滴 中村哲、アフガン最期の言葉』を読んだ。同氏のことは以前にも紹介させていただいたが、脳神経科の専門医だった中村医師が、専門外のハンセン病患者の救済のため一九九〇年代からアフガニスタンに妻子を連れて赴き、現地に溶け込んで幾つかの診療所を開設していた。

 そんな渦中、米軍による空爆と、気候変動による渇水に見舞われ、疫病と飢餓に苦しむ同地の窮状を見かねて、現地の人々と共に1600本もの井戸を掘り、65万人のいのちを支える用水路を建設するなど、治水事業に携わった。同書にはそれら生きた記録が、所感としてまとめられている。

 かつて、私たちの身近にあった「天与の恵みを疎(おろそ)かにせず、大地と共に生きる生活」が、ページを繰り、読み進むごとに眼前によみがえり、洋の東西を越えた太古の人々のコトバが、同氏の体験を通して読者のいのちにずしんと響いてくる。

 宗教を越え、国境を越えた人と人との繋がりの中から、私たちに授けられた天与の使命について、いつしか、心の眼がひらかれる。そんな天啓の書でもある。

 

 

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2024年3月25日 (月)

俳句と言葉の力 (2024,4)

 3月のある日、行きつけの文具店に万年筆のインクを買いに行った折、街路に馥郁(ふくいく)とした香りが漂っていた。ほのかなにおいに導かれていくと、そこにはお香の老舗(しにせ)が出店した移動販売があった。

 お香には侘(わ)び寂(さ)びの“抹香臭い”静的なイメージがあったが、街路での積極的な移動販売は新鮮な驚きで、しかも風が強い日にもかかわらず、香りに惹(ひ)かれたお客さんがひっきりなしに訪れ、店員さんがその応対に追われていたのだ。

 聖書には、「人は灯火をともして升(ます)の下におかず灯台の上におく。かくて灯火は家にある凡ての物を照すなり」(マタイ5-15)とあるが、どんな老舗も旧弊(きゅうへい)を捨ててしまえば、街路でも風の日でも良いものは衆目に触れて、隠れていた真価が顕わになるのだ。生長の家オープン食堂も、回を重ねる度にその真価に火が灯り、多くの人々のたましいを明るく照らすだろう。

「神・自然・人間の大調和祈念祭」に参列するため、十年ぶりに原宿「いのちの樹林」に足を運んだ。私は御祭の後でPBSミニイベント「春のスケッチ」を開催する予定で、参加する皆さんにも画材の持参を呼びかけて講話の準備も整えていたのだが、当日の総裁先生のスピーチは、なんと「俳句の勧め」だった!

 人生には、計画していた事とはまったく異なる道へと運命が展開し、そこに不思議な必然性が生ずることがしばしば訪れる。が、今回もそんな展開に見舞われた。

 総裁先生は、「俳句は私たちの信仰と深く結びついている」ことに触れ、「朝顔や つるべとられて もらひ水」など数句を紹介されて、これらの句には神・自然・人間の一体性が見事に描かれており、皆さんに「観行の補助行として俳句を詠(よ)むことをお勧めする」と語っていた。

 このスピーチを受けた私は、「第一回いのちの樹林、句会にようこそ!」と参加者に呼びかけると、原宿の会場はどっと湧いて句会の開催となった。

 総裁先生は、日本列島には一万年以上も人々が生活してきた歴史があり、四季の変化が著しいその風土から生まれた俳句には、五千を越える季語があると紹介されていたが、「季語」には、どうやら深い言霊(ことだま)が満ちていて、それは詠むことで、時を超えて「今・ここ」に蘇るようである。

 かつて学生時代「現代俳句講座」という授業を受講した折、哲学者で俳人の大峯顕(あきら)氏が「言葉は存在の家である」というハイデガーの言葉を紹介され、「花を詠めば花が出てくる。天狗を詠めば天狗が出てくる」と語っていたことが強く印象に残っている。どうもその道の人には、“言葉が世界を創る”ことは周知の事実なのである。

 俳句や和歌などの言葉の結晶を通して古人と出逢い、たましいを磨き鍛錬することは、人生そのものを、如意自在に光りへと変容させる「言葉の創化力」を豊かに覚醒させるようである。季語などの言霊を駆使する俳句を“神想観の助行”とする所以(ゆえん)であろう。

 啓蟄の水面(みなも)に満ちる息吹かな 繁(樹林にて)

 

 

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2024年2月24日 (土)

“絶対善”の世界 (2024,3)

 本欄をご覧になっている皆さんは、生長の家で「人間・神の子」の教えと出逢い、本当の人間は肉体などではなく、「神さまの完全円満ないのちである」との教えに触れて、無限智、無限愛、無限生命の実相に目覚めた方も多かろうと思う。

 これは聖典に採録されていた話だが、生長の家の教えに感銘したあるご婦人が、「自分だけこれを読んでいるのはもったいない」と、夫や家族に勧めてみたが、全く関心を寄せてくれない。

 そこで谷口雅春先生に、「どうしたら読んでもらえるでしょうか?」とお尋ねしたところ、先生は「ご自分の生活で、生長の家を読ませてあげたらいいですよ」という意味のご回答をされていた。

 どんなに「善い」と確信したことでも、その人が“善き果実”を生活に実らせていなければ相手にされないだろう。しかしその生活に、智慧・愛・生命の光りが輝いていれば、黙っていても、誰もが強い関心を寄せ始める。これに和顔、愛語、讃嘆が加われば鬼に金棒だ。

 生長の家の教えは、「日時計主義」の生き方、感謝の生活、そして日々の神想観と教えていただいている。

 これらの「行」の目的は“絶対善”の神のいのちを生きることである。その「行」から、実相の豊穣な世界が動き出し、あなたの神の子の使命に“真理の火”が灯され、出逢うすべての人に物に事に「神のいのち」が花咲き始めるのだ。

 かつて生長の家では、宗教的な運動の成果を表すための目安として、即物的な「数」に運動を換算して評価する時代が続いていた。しかし、宗教的な救いや、癒やし、慈悲や感謝、といった不可視の神の働きは「数」に置き換えようもなく、無量無数に生まれた新価値は“網の目”からこぼれ落ちていたかもしれない。

 これら評価の歪みを改善するために、「聖使命会員数、普及誌購読者数、組織会員数」を成果として強調する運動を廃止したことが、2月5日付の通達で伝えられた。

 これは、昨年スタートしたオープン食堂など「与えること」に宗教上の重要な意義を認め、より神意に叶った運動を展開するための改革である。

 が、改革の背後に密(ひ)そむ神意を深く凝視すれば、「廃止された」のは「数」を成果として強調する運動であって、「神のいのち」である“真理の火”を伝える運動は、この改革の中から、より鮮やかな姿で誌友・信徒の信仰生活に蘇るだろう。そして四無量心の「行」を実践する随所で、純粋な愛行が春を迎えた野山のように花咲き始めるのだ。

「地方の信者たち互いに団結して祈り合え」とは「懺悔の神示」に説かれた言葉である。祈り合いは、私たちの前に顕れた“神のいのち”に感謝し、拝み合い、慈悲喜捨を行ずることである。

 思えば、天地一切のものに神ならざるものはひとつも無いのであり、その「絶対善」の実相は、あなたが生きる随所で智慧となり、渾てを生かす愛となって“新価値”を創造するのである。

 

 

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2024年2月 1日 (木)

観世音菩薩からの警鐘 (2024,2)

 生長の家では「観世音菩薩は、あらゆる姿とあらわれて私たちに救いの説法を宣示したまう」と教えていただいている。

 それは特別な人だけが“説法”を聴けるのではなく、神想観を通して心の耳を澄ましてさえいれば、誰でもそれを聴くことができるのである。
 世界にある真っ当な宗教の「教え」は、その“声なき声”を深く傾聴したところに生まれてきたのであり、そこに各宗教に受け継がれた「行」の実践があり、そこからすべてを生かす愛や智慧が湧出するのである。

 元日に石川県で能登半島地震が発生し、翌二日には羽田空港で、日航機と海上保安庁の航空機が衝突して炎上するという大事故が起きた。

 自然災害と人的災害と原因を異にしているが、何れも観世音菩薩の“声なき声”としてこれを傾聴することから、私たちが取り組まなければならない課題が見えてくるはずである。

 能登半島地震の報道から私が教えられたことは、普段からの①水や食料の備蓄。②近隣の人たちとの心の絆。そして③災害時を想定してのシミュレーションの大切さである。

 例えば、「水や食料の備蓄」は、内閣府のガイドラインでは3日分以上が基本とされている。その根拠は、人命救助のデッドラインが72時間(3日間)であることから、発災した当初の行政は救助・救命を最優先するため、自身や家族を守るためには最低でも3日分の食料を備蓄する必要があるのだ。

 また、関東大震災級の大規模災害を想定した場合は、「一週間分」以上の備蓄が望ましいとされている。

 能登でも、発災後の数日間は行政の支援が行き届かず、電気も水道も止まり困窮に耐えている人たちに、地元の一人の主婦が、ご自宅のガソリンにも事欠く中で「飲料水」を軽トラに積んで明るく配っている姿がニュースで報道されていた。

 自然災害は“想定外”なことばかり山積すると思われるが、近隣の人との「心の絆」の大切さが浮き彫りになる光景だった。

 神仏に導かれて生きる信仰者には、随所で一隅を照らすことが求められるだろう。大切なのは、どんなに悲惨と見える状況の渦中にあっても、そこに一縷(る)の光明を見出して新価値を湧出させる智慧と、艱難を光明へと転ずる逞(たくま)しい力である。

 もし自身が、発災後に難を免れていたのであれば、周りやご縁ある人との絆を築いておけば、機に応じて縦横にお役に立てるのである。

 神想観とは神との対話でもある。朝夕の祈りの時間にどんなことでも神に委(ゆだ)ねていれば、ヒラメキや、直感や、ふとした行為となって日々導かれるのだ。

 それは自我(ego)中心の意識が、神の子・人間へと次第に目覚めて生長する過程でもある。

 その“祈り”を通して経験する心の深い振幅が、やがて魂を豊かに円熟させ、被災時に限らず人生の随所で家族やご縁ある人々を導くのである。

 

 

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2023年12月28日 (木)

祈りの時間 (2024,1)

 私が神想観の修行を始めたころ、といっても四十年も前のことだが、祈りは、懐かしい音楽を聴くのに似ていることに気がついた。

 それは、「世界平和の祈り」をしているときだったが、ひび割れた地表に降り注ぐ春の雨のように、魂を静かに潤す調べを、私は朝に夕に聴き続けていたのだ。

 その温かく柔かな光りに、ぽっかりと開いた魂の傷が包まれ、今にして思えば、それは観世音菩薩の慈悲に触れていたのである。

 四無量心を行ずる神想観の中に「一切衆生の苦しみを除き、悩みを和らげ」という言葉がある。

 ある講演での質疑応答で、この祈りの言葉について参加者から、「なぜ“苦しみは除き”なのに、悩みの方は消されずに“和らげ”なのでしょうか」と尋ねられたことがあった。これは、そのまま「神はなぜ、病や老いや死を、消し去り給わないのか」という問いにも聴こえてきた。

 魂にトゲのように深く突き刺さったように見える病気や、自身では到底解決できないと思われる苦難に見舞われたとき、神想観という「祈りの時間」を経ることで、それが簡単に消されることなく、魂をどん底まで掘り下げる機会となっていのちを錬磨していたことが見渡せて来るのだ。

 神想観を始めるまでの「時間」は、私たちとは無関係に経過していくように見える。でも、「時間」こそが、私たちの魂を包む仏の慈手であり、魂を伸びやかに生長させる神の懐であることが、「祈りの時間」を経ることで観えてくるのである。

 出来損ないのやっかい者としか見えなかった私のような者たちすらも、「祈りの時間」は“業”のすべてを抱擁し、罪や苦しみを溶解して、彼が今生で果たすべき使命へと変容させる。

 その「時間」の深い慈悲と融合するのが信仰であり、生長の家の神想観である。

『人類同胞大調和六章経』の「愛行により超次元に自己拡大する祈り」の冒頭には、「人間は宇宙遍満の普遍的大生命の“生みの子”である」と説かれている。宇宙大生命こそが、あなたの実相である。

 祈りの不思議な働きによって、私たちの苦しみが除かれ、悩みが和らげられるのは、生きとし生けるものに注がれる神の愛や仏の四無量心の光りが、自身(の実相)から発していたことに気付くからである。

 その厳かな事実に触れ、架せられた使命と、実相の大地に立つ安らかさとが、「愛行」となって全てのご縁を豊かに潤すのだ。

“新しい文明”が展開する令和の御代の愛行が「オープン食堂」や「PBS活動」である。これに参加して実践するだけで、五欲に支配された“自我中心の卵の殻”が破られ、宇宙大生命なる神(実相)を中心とした、神の子・人間の生き方へと転換していくのだ。

 気付けば、苦しみがいつの間にか除かれ、病が癒やされ、悩みが和らげられていく。生長の家の修行は“与えれば却って殖える”ムスビの実践である。それが大乗の教えを現代に生きる、生長の家の“楽行道”である。

 

 

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2023年11月30日 (木)

言の葉の森から (2023,12)

 読書は、私のたましいの糧だ。

 通勤電車、自宅やスタバ、眠りにつくまでの寝床。同じ時期にそれぞれの場所に適した本を読んでいる。

 仕事がら、講話のテキストを読む時間とのせめぎ合いになる場合が多い。しかし糧は必要だからギリギリまで読んでいると、双方のテーマが深い所で繋がり合ったりするから“言の葉の森”への逍遥(しょうよう)は尽きない。

 今回は、自宅や寝床で読めそうな本を紹介したい。

 

 先ずは中村桂子著『老いを愛づる』(中公新書ラクレ)。

 中村さんは『いのちの環』七月号にインタビューが掲載された生命誌研究者だ。

 かつて八〇年代、『VOICE(ボイス)』(PHP研究所)誌上で科学と文明を結ぶ切り口で彼女がコラムを連載して以来、私はファンになった。

 そんな中村さんが八十六歳を迎え、「『老いる』ということを生きることの一場面として捉え、年齢を重ねたがゆえに得られたこと」を綴った、というから見逃せない。

「暮らしやすい社会」を実現するためには、

「『人間は生きものであり、自然の一部』という考え方をすれば暮らし方を変え、二酸化炭素の排出を抑えることができる」と語る科学者の眼差しは、人間のみならず地球生命全体に及んでいる。

 

 次の本は養老孟司さん(八十五歳)と下重暁子さん(八十六歳)の対談『老いてはネコに従え』(宝島社新書)。

 共に八十路を越えたお二人は、齢を重ねるにしたがって視野は広がり、逞(たくま)しい着想は現代社会に鋭く切り込む。

 たとえば次の対話は次世代への老婆心がつのり、困難な時代を生き抜く智慧がほとばしる。

養老 このままいくと、アメリカの属国のお次は中国の属国になってしまうかもしれない。だからこそ『それぞれの地域の自立』が大事なんです。支配されたくなければ、地元で自給自足できる社会をつくることですよ。自分たちの周りでしっかりと食べていければ、ほかの国がいくらお金をだそうとも『関係ねえ』って話ですから」。

下重 うん、それこそ人口なんて少なくていいから、小さな独立国を目指す。地元で自給自足できるコミュニティがいっぱい出来るっていいんじゃないの」。

 戦中戦後を見つめてきた者のみが語り得る、美しく豊かに生きぬく智慧が満載だ。

 

 最後は、数年前アフガニスタンで凶弾に倒れた中村哲医師の『わたしは「セロ弾きのゴーシュ」』(NHK出版)。

 かつてハンセン病根絶を目指して現地に赴いた医師が、なぜ空爆後のアフガンに留まり、病気と干ばつに苦しむ農民たちのため井戸を掘り、水路を掘削し、六十五万人もの命をつないだのか。

 中村医師は、「遭遇する全ての状況が――天から人への問いかけである。それに対する応答の連続が、即ち私たちの人生そのものである」と振り返る。

 諍(あらが)いがたい運命を受け入れ、懸命に生きた半生を穏やかに語る彼の眼を通して、天命に従った数多(あまた)の人間たちの真実に向き合わされ、ゴーシュの魂が私たちの内によみがえる。

 

 

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2023年11月14日 (火)

“光明化”について (2023,11)

 都市化と核家族化が進んだ影響で、先祖供養などの伝統的な風習が大きく変化している。

 墓じまいや散骨などについてご相談を頂く場合もあり、そのつど生長の家の教えの光を当ててお答えしているが、先般も大田区で講演した折にも同類の質問をいただいた。

『人生を支配する先祖供養』(谷口雅春著)には、「古神道の一霊四魂(いちれいしこん)の説」が紹介されているが、そこには死後の御霊(みたま)の消息について次のように記している。

「日本の古神道では人間の霊を一霊四魂に分けている。一霊とは実相の霊であり、これを直日霊(なおひのみたま)という。総括総攬(そうかつ そうらん)の純粋霊である。それが奇魂(くしみたま)、和魂(にぎみたま)、幸魂(さちみたま)、荒魂(あらみたま)の四つのはたらきとなって分化する」。

 つまり「直日霊(なおひのみたま)」は、私たちの実相、即ち本体であり、これが次の四つの働きとなって現れているのだ。
 最初の奇魂(くしみたま)は叡智の働き、次の和魂(にぎみたま)は社会や国のために活動する働き、幸魂(さちみたま)は家族を守り導く働き、荒魂(あらみたま)は肉体的な働き。

 そして、私たちの肉体が使命を終えて昇天すると、奇魂(くしみたま)は実相の直日霊(なおひのみたま)に帰り、和魂(にぎみたま)は天界を拠点として活動し、幸魂(さちみたま)は位牌等で家に祀られて家族を守り、荒魂(あらみたま)は墓地に埋葬される。

 かつて宇治別格本山で総務をされていた楠本加美野講師は、「宝蔵神社俸堂(ほうどう)の祝詞」にある「顕幽相携(けんゆうあいたずさ)えて大神の経綸(けいりん)を扶翼(ふよく)する」という言葉に着目して、「霊界の御霊たちと、私たちとが協力して神さまの人類光明化運動を行うこと」と解説されていた。

 先の一霊四魂の説によると、この働きは和魂(にぎみたま)の「天界を拠点として社会国家のために活動する」に該当しそうである。生長の家で宝蔵神社にお祀りした御霊を「霊宮聖使命菩薩」と讃えるのはそのためだろう。

 み教えから四魂の消息を観れば、荒魂は墓地等に葬られて自然界に帰り、幸魂(さちみたま)は家で祀られて家族を守護し、和魂(にぎみたま)は宝蔵神社などの招魂社で祀られて人類救済にあたり、奇魂(くしみたま)は実相そのものとして宇宙全体を生かす。

 一方、私たちの本体、四魂を総括する「実相の霊」である直日霊(なおひのみたま)は、自性円満なる「久遠生き通しの存在」であり、その「実相の霊」が四魂それぞれの聖なる働きとなって神の“光明化”運動を展開しているのだ。

 この“光明化”について『碧巌録(へきがんろく)解釈』後篇(谷口雅春著)には、創世記の「“光あれ”と言い給う“行”によって“光の世界”があらわれた」ように、生長の家では「智慧の“光”をもって」天地の万物の実相を直視するのである。そして人類の意識が「無明の展開」として見ていた現象宇宙を、“神のいのち”の顕れとして根源から「解釈し直す」(絶対感謝する)のである。それが“光明化”の運動であり、日時計主義の生活である。

 したがって日時計主義の生き方は、「外界を感受して善美の世界を創造する」芸術となり、「天地万物を神の実現として聖愛し、礼拝する」宗教となって、神の創り給うた光りの世界を根底から讃えるのだ。

 生長の家が天地一切のものに感謝するのは、「感謝」こそが“光明化”のカギであり、神の真・善・美(実相)を人生の随所で湧出させる聖使命であり、日時計主義の実践だからである。

 

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2023年10月 6日 (金)

「愛」の働きについて (2023,10)

 谷口雅春法話集の中に『愛は刑よりも強し』という一冊がある。かつて友人の勧めと、楠本加美野先生が講話で引用されていたことが切っ掛けで、同書を紐解いたのは四十年以上も前のことだ。

 冒頭にある、スター・デーリーがキリストと出逢い宗教的な改心を遂げた個所は、いつまでも深く印象に残り、煉獄(れんごく)のような罪の意識に駆られた折には、その情景を想い出しては“魂の糧”としたものだ。

 八月のある日、再び同書を紐解くと、生前に父が摘んで、私が栞(しおり)に挟んでいた四つ葉のクローバーが、はらりと出てきた。そして次の言葉が目に飛び込んできた。

「彼は、自分が『愛』を行じさせて頂くために神から與(あた)へられた『愛の対象』であると見るべきであり、その『愛』を行ずる事によって誰が救われるのかと言えば、自分が救われるのである」。

 皆さんの中にも、周りのために無我夢中になって愛行に尽力していたら、気がつけば自分が救われていた、というご経験をお持ちの方も多いと思う。

 み教えに照らしてみれば、「愛」の働きは「神」そのものの働きである。愛を行じることで、ニセモノの我(ego)が消えてゆくのだ。

 それが神の働き給う人類光明化運動であり、私たちが神の手足となることであり、その「愛」が働き給えばこそ苦しみは除かれ、多くの病悩が癒やされるのである。

 同書には、終身刑のライファーという“愛の化身”のような人物が登場する。彼がデーリーを神の道へと導くのだが、読者は同氏の言葉を通して、人を活かす“愛”の働きと出逢うだろう。

 たとえば、宗教的な情熱に駆られていた若き日のデーリーに、ライファーは次のように告げる。

「そんなに人を救おうと力むものではないよ。静かに坐して君が救い得る相手が得られます様に祈るんだよ」。

 深い信仰の世界が優しく開示され、気付けば私たちも、デーリーと共にライファーの言葉に耳を傾けている。

「すべて救いのことは神の手にまかせるのだ。そうすると神が、その適当な時と適当な場所とを定め給うのだ。そしてまた、神は君の口に必要に応じた適当な言葉を与え給うのだ。まず『愛』を第一に、その次には『信頼』だよ」。

 人生で豊かな信仰生活を経験した読者の皆さんは、その深浅に応じて、この言葉の持つ慈愛の深さが魂に響くことだろう。


 谷口雅春先生は同書の「はしがき」の中で意外な告白をしている。
「私は読みながら、その要点を書きとった。それは自分が繰り返し読んで反省するためであって、人に教えるためではなかった」と。

 そして先生は、「多くの宗教の教師は、『自分が他を救う』と高慢になっており、『自分が誰かのためにこんなに働いているのに、感謝されない』などと不平に思ったりし勝ちである」と説いている。

 この書が世に出て五十年。

 改めてここに説かれた真理が、私を含め人生の後半を迎えた世代には、当時の雅春先生と同様に魂の深い糧となるだろう。それは若いときには思い及ばなかった、“無償の愛”という円熟の信仰と出逢う時節でもあるのだ。この秋、お勧めの一冊である。

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2023年9月 1日 (金)

言霊が幸ふ見真道場(ことだまがさきはういのちのゆには) (2023,9)

 生長の家のすべての行事が、祈りで始まり祈りで終わるのは、「コトバの力」を大切にする教えだからである。

「言葉」のことを日本では「コトダマ」とも呼び、万葉集には「言霊(ことだま)の幸(さきは)ふ国と語りつぎ言ひつがひけり」〈万・八九四〉」と、その神秘な働きについて歌われてきた。

 弘法大師が日本に伝えた密教では「真言」という表現を用いて、それは大日如来のコトバ(法身説法)であり、森羅万象はコトバの鳴り響きであることを説いている。

 また『新約聖書』には、「初めにみ言葉があった。み言葉は神とともにあった。み言葉は神であった」(ヨハネ伝)と、「コトバ」が即ち「神」であることを伝えており、生長の家では「コトバの創化力」という表現を用いてコトバの力に着目し、幸福生活の実現にはこれが不可欠であることを強調するのは、私たちが発する明るい感謝のコトバこそが、神のコトダマの噴出口だからである。

 ここで言うコトバとは、音声や文字で表現したものだけではない。それは、仏教で説く「身・口・意の三業」つまり私たちが「身体で表現したこと」「言語であらわしたこと」「心に思ったこと」、これらすべての感謝の行為がコトバとして不可視の世界に刻まれ、宇宙的な力によって現象世界を形成するからである。

 これが「コトバの創化力を駆使する」ことであり、生長の家の信仰の基本が感謝の生活である由縁がここにある。

 聖経『甘露の法雨』には「神の国は汝らの内にあり」と説かれているが、人類の「意識の深層」に拠点をおく世界の教えが、共に生命の源泉ともいうべき神の無限の愛や慈悲喜捨を説いて実践するのは、ここに円満完全な実相の世界があり、この領域に分け入った多くの先達が「説法」や「文書」や「祈り(命宜り)」などの形式を通してコトバの大光明の世界を開いてきたのである。

 生長の家も、コトバで神(究極的実在)や仏性(大日如来)をあらわし、そのコトバ(宇宙大生命)の力で人類のみならず、すべての生命に大調和をもたらすために出現したのだ。

 そんな私たちの運動が、今日のコトバの媒体であるブログ、SNS、フェイスブック、Zoomなどを豊かに駆使して国際平和信仰運動を展開するのは必然の事でもあるのだ。

 たとえば「誌友」という言葉は、真理のコトバを共有する仲間が集う“場”をあらわす生長の家の伝統的な呼び名だが、「七つの光明宣言」にある「あらゆる文化施設を通じて教義を宣布す」という宣言に照らしてみれば、東京の会員の集まりである「SNI TOKYO〈東京ムスビのひろば〉」は、現代の誌友がみ教えを共有する信仰生活の“場”なのである。

 そこでは、日々の神想観の先導に加え、地方講師の悦びの信仰体験や、教化部長の全ての講話、そして見真会や研修会の内容が無償で視聴でき、誌友諸氏の信仰を潤すコトバが豊かに躍動している。

 そこは現代の見真道場(いのちのゆには)であり、すべての行事が「祈りで始まり、祈りで終わる」観世音菩薩が導き給う“言霊の幸ふ場”でもあるのだ。

 

 

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