ESSAY

2009年10月19日 (月)

悲しみの奥にある聖地

「悲しみの奥には聖地がある」とは、オスカー・ワイルドの言葉ですが、ここに紹介させていただくのは、友人で生長の家本部に勤めている竹内芳実さんという20代の女性が書き綴った「I’m here ひでちゃんのこと」というブログです。

 ひでちゃんとは、2年半ほど前、26歳の若さで天国へと旅立った、竹内さんの大切な方の愛称です。

 彼女は、ブログの冒頭で次のように紹介しています。
 

「ひでちゃんと過ごしたのはたった一年。その短い時間の中で、私たちは出会い、恋をし、ひでちゃんは何かをやり遂げてあっという間に私の前から去ってしまいました――」


 本文を読んでいると、夭折したひでちゃんの想い、寡黙な竹内さんのこれまで秘めてきた想い、そしてひでちゃんのご両親の想いなどが、手記を通して伝わってきて、胸が熱くなります。

「このまま埋もれさせてはいけない」と思い、ご本人に本欄で紹介してもいいかと打診したところ、

「ぜひ、紹介していただければと思います。彼もそれを望んでいると思いますし、喪失を経験された方の悲しみが少しでもやわらぐことをお祈りしています」


との快諾をいただいたので、つい最近公開された彼女のブログ「I’m here ひでちゃんのこと」を紹介することにしました。

 彼女の越えてきた悲しみは、愛する人を失い、癒えない悲しみを抱えている方々の糧となり、慰めともなることでしょう。
 
 また、彼らの純粋な愛の姿は、ひでちゃんから人生の門出に立つ人たちに向けて贈られた、清らかな魂の記録のようにも思えてきます。

 このブログの公開を機に、竹内さんご自身も、美しい実りある人生に向けて、新たな歩みを進めていただければと心から祈っています。


  久都間 繁

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2009年10月15日 (木)

「レッテル」について②

 今は故人となった生長の家の恩師が、「真理というものは、たとえ子供の口から出たコトバでも、もしそれが真理であれば、子供が語ろうが、誰が語っていようが、真理は厳然として真理だ!」という意味の話を、30年ほど前にして下さったことを、最近ふと思い出したことがあった。

 私はかつて、一を聞いて十を知ったようなつもりになっていたが、それもやはり、大変なレッテル化であり、ずいぶん遠回りをしていたことが、恩師の言葉を振り返ることで、身にしみて分かってきたのである。

 レッテル化とは、相手に貼り付けたラベルしか見えなくなることである。人は、一度ラベルを誰かの顔に貼り付けてしまうと、そのラベルのみに注目して、その人の「生命の本当の相(すがた)」を見なくなる傾向があるのであるが、それがレッテル化であり「現象に捉われる」ということである。

 レッテルとは、私たちが過去において人やものに対して見聞覚知したところの心の残像にすぎないのであり、そのレッテルだけを見ていたのでは、「今」躍動している生命を把握することができなくなるのは当然のことなのである。重要なのは、そのレッテルを思い切って引っ剥がしてしまうことである。しかしそのためには、自分がこれまで身に帯びてきたところの虚飾を捨て、先入観を捨て、素っ裸になってしまわなければならない。

 古事記に登場するアメノウズメノミコトのように、素っ裸になって実相をよろこべば、天照大御神が天の岩戸(レッテル)から、光り輝いて出て来るのである。

 しかし、レッテル化していることに気が付かないでいると、私たちは知らないうちにそのレッテル(仮りの相)に縛られて雁字搦(がんじがら)めとなり、さらに無意識のうちに自分を取り巻くすべてのものを次から次へとレッテル化し、挙げ句の果てにそんなもの(レッテル)ばかりに取り囲まれているのかもしれないのである。そんなことでは、生きがいも、夢も、希望も感じられなくなり、誰とも心の交流がなくなり、八方ふさがり(岩戸隠れ)となるのは当然のことだと言わなければならないのである。

 レッテル化は、年齢による影響とは全然関係ないのである。10代や20代で、あらゆる人や物や事にラベルを貼り付けて雁字搦めになって、生きがいも夢も希望も見失っている、かつての私のような人もいれば、先日(10月12日)「第31回生光展」のオープニングで挨拶した遊馬正・画伯のように、85歳を過ぎても、いよいよ希望成就のよろこびと、夢の実現に燃えながら、生涯を貫いた祈りの人生を謳歌している人もいるのである。

 レッテル化した、出口のない自縄自縛の「天の岩戸」の中でもがき苦しみ、それを求道だ、精進だ、修行だ、と努め励むことも、道を求めている人には大切な通過儀礼である場合もあるのであるが、要はレッテル化をやめ、一切の対象に貼り付けたラベルを剥がし、虚飾を捨て、先入観を捨て、丸はだかの神の子に帰ってみれば、そこに荘厳なる世界が、はじめから横たわっていたことが分かるのである。それは、木や花や風景などの自然の風物だけではなく、一人ひとりの人間も、そこに神秘なる神性・仏性が現前し、顕れよう、溢れ出よう、生長しよう、としていることが見えてくるのである。

 谷口雅宣先生が、絵手紙・絵封筒の創作を皆にお勧めになり、芸術的感覚を伸ばす誌友会をご提唱されているのも、私たちが対象をよく観察することで、これまで貼り付けていた心のラベルを剥がし、人類の通念というレッテルを外してしまい、はじめから「今、ここ」に在った神秘なる世界〈真・善・美〉と出合うことが、一つの重要な目的なのである。

 奇蹟は、病気が治ることでも、問題が解決することでもない、今、私たちを取り巻く森羅万象こそが「奇蹟」(住吉大神であり観世音菩薩)そのものであることが分かれば、「解決」への道が開け、「治癒」への道が開け、「成就」への道が開けるのである。聖経『真理の吟唱』にある、「心に耳ある者は聴け、心に眼ある者は見よ」(観世音菩薩を称うる祈り)とは、このことを語っているのである。

 繰り返すが、虚飾を捨て、先入観を捨て、素っ裸になって、アメノウズメノミコトのように実相を観てよろこんで、現象無しのカラッポになって実相遊戯三昧に生活していれば、天照大御神が天の岩戸から自ら出て来て、高天原が咲(わら)いどよめくのである。


  久都間 繁


 

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2009年10月10日 (土)

神様からの授かりもの

 与えられた仕事やお役目を無事に全うするために、「失敗しないように」と思えば思うほど、気持ちばかりがあせって、自分や周りの期待に反して、うまくいかない場合があるものだ。

「失敗しないように」と私たちが願うことは、それは実は、私たちの内にある大成功が現れ出ようとしているのである。つまり内にある完全円満なる世界が、内にある黄金の人生が、自分で溢(あふ)れ出ようとしているのである。

 しかし、内なる宝庫に注目することなく、「しくじる」ことばかりに注目して、「このままではいけない、なんとかしなければ」と、より正確に、より着実に、より仲良く、などと努めれば努めるほど、ふるまいは、ますますぎこちなくなり、挙げ句の果てに癇癪(かんしゃく)などを起こしたり、自暴自棄になって途方に暮れたりするのである。なぜそうなるのかと言えば、それは外見を良くする(現象を整える)ことばかりに捉われているからである。

 良いのは外見ではない。良いのは私たちの内にある「実相」のみである。実相のみが真・善・美の宝庫なのである。そこに注目しないで、ありもしない「外見(現象)」をいつまでも握っていたのでは、「しくじらないように」と努めれば努めるほど、心の奥底で「自分は不完全だ」との認識を深めていることになり、それではいつまで経っても不安と混乱とが人生につきまとうことになるのである。


 私たちは「しくじらないように」と思う前に、その仕事や使命がどんなにつまらないものに見えたとしても、それは偶然にやってきたのではなく、今の自分に遂行できる最良のご使命がめぐって来ているのだから、内なる真・善・美をもって、誠心誠意努めさせていただけばよいのである。しくじる、しくじらないは、内なる真・善・美をもって臨むか、臨まないかに懸かっているのであり、真・善・美のまことをもって臨めば、決してしくじるようなことはないのである。「背水の陣を敷く」とは、内なる真・善・美、つまり「まこと」をもって事に当たるということである。

 今、目の前にあることに誠心誠意努めて取り組めば、そこに「実」(まこと)が顕れるのである。つまり「まこと」とは、実相のことである。「まこと」すなわち実相があらわれれば、その仕事には自ずと智慧・愛・生命・喜び・供給・調和が具現するのである。

 これは仕事だけではなく、勉強にも、対人関係にも、治病にも同じことが言えるのである。利害や打算のことを考える以前に、先ずその仕事を愛し、課題(テーマ)を愛し、相手を愛し、お預かりしている私たちの心身を愛し、これら全ての人やものや事を無条件に愛することである。なぜなら、すべては、神様からの授かりもの以外の何ものでもないからである。


 久都間 繁

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2009年9月30日 (水)

「レッテル」について

  私たちは、知らず知らずのうちに、周囲の人に対してレッテルを貼っているものである。

 そんなことを言葉にすると、「何を意外なことを」と思われる方も多いかもしれない。
 
 私も、そんなことを着想する前だったら、きっと同じように感じていたことだろう。

 しかし私たちは、自分を取り巻く人に対して、自分で勝手にレッテルを貼り付けて、そのレッテルを見てさまざまなことを判断している場合が、なきにしもあらずなのである。

 たとえば、私たちが誰かを怨み憎むまではいかなくても、誰かのことを好ましく思っていない場合があったとしたら、実はその人の顔に貼り付けたレッテルを見て、それを嫌っているだけなのかもしれないのである。

 夫や妻のこと、子供のこと、職場や組織の同僚や上役、中心者のこと、もしこの人たちのことで、自分の中に葛藤や摩擦があるならば、こじれた思いや問題を解決しようとする前に、先ず相手の顔に貼り付けていたレッテルを剥(は)がしてしまうことから始めなければならないのである。

 レッテルとは、自分がこれまで現象世界で見聞覚知してきたところの経験の残像であり、それは「心の影」なのである。実体のない「心の影」を相手にしていたのでは、そこに見ているのは自分自身の過去の心の姿であって、決して相手の「いのち」と出合っているわけではないのである。

 レッテルを貼ってしまうのは、憎み怨み好ましくないと思っている相手だけが対象なのではない。

 私たちは、あらゆる人に物に事に、五感六感から入手したあいまいな情報だけを根拠に、レッテルを貼っているのかもしれないのである。
 もしかしたら、神や仏、そして生長の家の教えにさえも、レッテルを貼っているかもしれないのである。

 これも意外に聞こえるかもしれないが、たとえば信仰熱心な人の中には、心の中で憎んだり、怨んだりしている相手に対して、心で相手のことを不完全と見ているにもかかわらず、そのレッテル(ニセモノ)の上に、さらに「感謝」や「和解」というレッテルをむりやり上塗りしようと懸命に努力している場合もあるかもしれないのである。

 しかし「実相」とは、努力して上塗りするような代物(観念)ではなく、憎み怨み毛嫌いするそれら一切のレッテルを徹底的に剥(は)がしたところに現れる、はじめからある生まれたままの本当の相(すがた)のことなのである。

 仮に、憎み怨み毛嫌いしている相手の上に、努力して別のレッテルを上塗りして、形の上で取り繕うことが出来たとしても、それがレッテルである限りにおいて、それは仮のニセモノに過ぎないのであり、そんなものは必ず剥(は)がれてしまうのである。それが剥がれないように絶えず心配して努力していなければいけないような信仰では、やがて身も心も持たなくなるのである。
 努力すればするほど、務め励めば励むほど、それでは「全托」の信仰から遠ざかるばかりである。

 レッテルなるものは、それが良きにつけ、悪しきにつけ、実相(ほんとうのすがた)とは〈無関係!〉なのである。


 実相が現れるということは、相手や自分自身に貼り付けた「病気だ!」というレッテルを剥がし、「だめな人間だ!」というレッテルを剥がし、「能力がない!」というレッテルを剥がし、「行が足りない!」というレッテルを剥がし、「不完全だ!」というレッテルを剥がしてしまうことである。そんなレッテルは、生長の家の「人間・神の子」の信仰とは無関係な、ただの現象(ニセモノ)に過ぎないのである。

 レッテルを剥がし切ったそこに、はじめのはじめから在った実相が現れるのである。

 それが「現象は無い!」ということであり、そこから、レッテルの背後にあるものへの感謝がこんこんと湧き出て来るのである。

「天地のすべてのものに感謝する」とは、天地一切のものからレッテルを剥ぎ取った実相(ほんとうのすがた)と出合うことにほかならないのである。

 レッテルという偽物(にせもの)を残したまま、ニセモノの上に「感謝」や「和解の」のレッテルを一所懸命に上塗りしていたのでは、その信仰は偶像崇拝であり、やがて物神崇拝へとつながるのである。

「花、花に非ず、これを花という」
「物質、物質に非ず、これを物質という」

「物質は無い!」「現象は無い!」と、生長の家では説いているが、これは天地の万物に対するレッテルを払拭することにほかならないのである。

 レッテルを剥がせば、天地が開ける音が、今! 聴こえてくるのであり、レッテルを貼っていた相手が、大慈大悲の観世音菩薩として大光明を放っていたことが分かるのである。


  久都間 繁

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2009年9月 2日 (水)

「久遠生き通し」について

  私が生長の家に触れたばかりの中学生のころ、アメリカの光明思想家ロイ・ユージン・デーヴィス博士の書かれた『人間とは何か』(日本教文社刊)という本を読んだことがあった。


 そこには、「人間は未だかつて生まれたこともなく、死することもないのである」という言葉が書かれていた。それがどういう意味をもった言葉なのか、当時の私には判然としなかったが、なぜか心の琴線にふれて、30年以上経った今でも印象に残っている。


 谷口雅春先生〈生長の家創始者〉は、「人間は未だかつて女の子宮から生まれたことはない」と、深い比喩に満ちた言葉を説かれていたが、この「生まれたことはない」というコトバは、ディーヴィス博士の「未だかつて生まれたこともなく」というコトバと、同じ内容を指し示しているように思えるのである。


 つまり両者に共通するところは、真の人間は「現象界に生まれたことはない」と、いうことではないだろうか。

 
「生まれる」とは、現象世界での時間・空間上における営みである。


「生まれた」と見れば、生・老・病・死の現象が展開すると見えるのであり、そのことを仏教では、「大夢」(だいむ)と呼んでいる。つまり、「生まれた」と見える世界は、大きな夢を見ているようなものだ、ということである。


 悟る(覚る)とは、この大きな夢から覚めることにほかならない。


 つまり、「罪」も夢であり、「病」も夢であり、「死」も夢であり、そして「生まれた」ということも、また夢なのである。


 云うまでもなく、ここで言う「夢」とは、「無い」ものの別名のことである。つまり、生まれたり、死んだりするように見えているものは、それは真実在の「人間」ではなく、借りの相(すがた)に過ぎないのである。


 私たちの実相は、未だかつて一度も「生まれた」ことはなく、久遠のはじめから生き通しているのである。


 真実在の人間は、時間・空間上に現れたり、消えたりする影のような存在ではない。


 それは、はじめのはじめから「在る」のである。


 禅宗では、これを、


「父母未生以前の本来の面目」

と表現し、これに耳を澄ますことを、


「闇の夜に 鳴かぬ烏(カラス)の声聴けば 生まれぬ先の 父ぞ恋しき」

と歌っているのである。


 父母が生まれる以前とは、先祖が発生する以前の、ということであり、人類発生以前の、ということであり、地球発生以前の、ということであり、宇宙発生以前の、ということである。それが「久遠の今」(eternal now)ということである。


 時間・空間という現象とは無関係に、はじめのはじめから在り通すところの真実在の人間は、自性円満であり、完全円満なる神の生命であり、仏性そのものなのである。


 それは父母への感謝以前から、先祖への供養以前から、自性円満なのが真実在の人間であり、そのことが分かったとき、真実在なる父母に、ご先祖に、無条件に、満腔の感謝を捧げることができるのであり、これを「天地一切のものへの感謝」というのである。


 つまり、生長の家で言うところの「天地一切のものへの感謝」「父母への感謝」とは、相対的な感謝ではなく、真実在への「絶対感謝」なのである。それは、はじめのはじめから父母と、天地一切のものと大調和しており、天地の万物と一体(ひとつのいのち)であるところの、真実在(実相)なる自己の発見、ということにほかならないのである。


 これから感謝してから、供養してから、修行してから、研鑽してから、救われるのではなく、はじめのはじめから感謝のまっただ中で救われ切っている実相・神の子が、今ここにいるのである。その実相を見出したとき、絶対感謝となり、無条件感謝となるのである。


 はじめから救われており、宇宙未生以前のはじめから大感謝の中に生き通しているもの、それが真実在の貴方であり、人間神の子ということであり、山川草木国土悉皆成仏が現成する世界の消息である。


久都間 繁


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2009年8月25日 (火)

天に満ち、地に満ちて

 昨夜、眠りしなに内観しているとき、天地の万物はそのまま完全円満なる光りであるということに、あらためて気付かせていただいた。

 私たちは、力むことなくそのまま素直に天地の万物を拝ませていただくだけでいいのである。

 そのまま皆、完全円満なる神の子であり、そのままはじめから救われている。
 それが天地万物の実相である。その実相を素直に拝むだけでよかったのである。

 それ以外に近道も、回り道も、寄り道もなく、どの道を通ろうとも、どの道に迷い込もうとも、そこがそのまま天国浄土であり、真理への道であり、実相世界そのものの光りの中をあゆんでいるのである。

 私たちの内なる光りは天に満ち、地に満ちて、そのまま天地万物は救われており、そのまま極楽であり、そのまま此処が高天原であり、そのまま此処が仏国土であり、職場が、学校が、組織が、家庭が、天地の森羅万象が、そのまま実相浄土の聖なる輝きを放っているのである。

 

  久都間 繁

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2009年8月17日 (月)

因果律を超えて

「因果律」とは、およそ現象界に存在するものの一切は、因・縁・果という過程を経て出現しているという世界観である。

 従って因果律とは、必然的に「時間」の範疇においてのみ成立するものであり、「時間」が存在しなければ、因果律もまた成立しないのである。

「時間」とは、即ち現象である。従って因果律によって現れる世界もまた、現象なのである。

「現象は無い!」ということは、即ち「時間・空間」の否定であり、「因果律」の否定である。

 それは、人間はこれから時間・空間の中で修行して、それから救われるのでは「ない!」ということである。

「人間・神の子」とは、因果律(修行や業の浄化)をもって成就するのではない。それは、「今・ここ」において、はじめから成就しているのである。

 従って、「唯神実相」ということと、「因果律」とは、実相において、はじめから両立しないのである。

「唯神実相」とは【在る】ものであり、「因果律」によって現れる世界は現象、つまり【無い】ものなのである。


 私たちは、今現在の状況がどんなに経済的に不如意な状態であろうとも、たとえ地獄のような三角関係の渦中にあろうとも、また、家庭も会社も組織も和気あいあいと大調和した最上の関係にあろうとも、それらの一切は「現象」である。

 私たちは、「今、ここ」において、はじめから「唯神実相」即ち、完全円満なる神の子なのである。


 繰り返すが、それは既に成就しているのであって、これから時間的な経過を経て成就するものではない。


「唯神実相」とは、「時間」の助けを一切必要とせずに成就しているものの消息である。


「人間・神の子」とは、修行した後に成就するような、遠い彼方の目標なのではなく、はじめのはじめから「今、ここ」に在るのである。

 人間は、先ず「神の子」であり、先ず「完全円満」なる「光り」なのである。


 だから、まず「神の子」であり、「完全円満」であり、「光り」であることを、私たちは「無条件」に悦んでいいのである。それが「手の舞い足の踏むところをしらず」という、人間そのままの悦びの相(すがた)である。


 全てに先立って、先ず「神の子」であり、「完全円満」であり、「光り」であることを悦ぶことが、「そのまま」ということであり、「はい!」ということであり、「ありがたい!」ということであり、「うれしい!」ということなのである。

 この悦びと感謝の念の中に、現象の一切が円満に成就するのである。これが生長の家で言うところの「唯心所現」(心の法則)である。


 縦の真理「唯神実相」を悦ぶことが先であり、現象は自ずから整うというのが「唯心所現」の横の真理である。

 だから私たちは、まず「神の子」であり「完全円満」であり「光り」であることを、誰にも遠慮することなく、無条件に悦んでいいのである。

 それが、因縁果という「業」を超え、悪業を善業へと転じ、人間・神の子の実相を成就する道なのである。


 こんな事を書いていると、故郷にいた十代のころ、生長の家の地方講師の方から聴いた、次の古歌が思い出されてくる――


 よろこべば よろこびごとが よろこんで
      よろこびつれて よろこびにくる


  久都間 繁

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2009年7月 4日 (土)

耳を傾けること

 私は結婚して今年で21年目になる。

 その間、仕事の関係で関西と東京で生活してきたが、かつて残業が続いて一週間も子どもと会話をしていないことが、ときどきあった。

 そんなとき、なんとなく子どもたちの心が離れてしまったことが分かるものだ。

 彼らの態度が妙によそよそしくなり、“お父さんなんか居てもいなくても全然関係ない”といった世界に住み始め、努めて会話を試みてはみるものの、どうも取り付く島もないような状態になってしまうものだ。

 これは多くのお父さんのみならず、忙しく働いているお母さん方も、ときに感じることがあるかもしれない。

 こんなとき、それぞれの家庭では、コミュニケーション不足を補うための、いろいろな工夫が為されていることだろうと思う。

 わが家でも、子どもが幼いころは、努めて早く帰宅して抱きしめたり一緒に風呂に入ったり、休みの日に野山を散策したり、即興でつくった物語りを聞かせて大笑いさせながら一緒に眠ったり、いろいろな工夫をして心を通わせたものだ。

 しかし子どもが中・高生になると、これらの方法が功を奏しなくなる。ことにきょうだいが多い(わが家は4人)場合は、どうしても行き届かないことも出てきたりする。

 身も心も大人へと成長しつつあるこの時期の子どもにとって、実はこれからがいよいよ大人の経験や知恵を必要とする、大切な時期なのだ。

 さて、皆さんはどのようにしてこの時期を乗り越えているのだろうか。


 放っておくことも一つの手かもしれない――


 しかし、つい先月、娘の通う中学校の生徒が、メモに親への感謝の言葉を書き遺し、誰にも告げずに、誰にも相談することなく、イジメなどのハッキリした理由もないのに自殺してしまうというショッキングな事件があった。

 子供が一人で、黙って死を選ぶ、彼にどんな孤独や、辛い思いがあったのかは、今となっては知るよしもない。が、放っておけば雑草が蔓延(はびこ)り荒れ果てるのは、人の心も同じなのかもしれない。

 この事件を機に、私は、あらためて親子間のコミュニケーションについて考えさせられた。


 もしかしたら皆さんの参考にもなるかもしれないので、わが家で始めたささやかな工夫の一つを紹介させていただこうと思う。

 それは至って簡単なことである。

「子供からの問い掛けに、耳を傾けること。そして一緒に答えを探してあげること」

 これに尽きるのではないかと思った。そして、とても大切なことは、先の言葉の前に、

「どんなに忙しいときでも――」

 という一句を添えて実践することだ。

 そうすれば、もし子どもたちが自殺したくなってたとしても、どこかでその信号をキャッチする機会が生まれるはずである。また、それ以前に、親子間の深い信頼関係を構築できることが、何よりも重要なことなのだ。

 それは、「どんなに忙しくても、あなたのことを第一に考えているんだよ!」という親から子への、明確なメッセージをもって生活することになるからだ。

 しかし簡単なことのようでいて、これを実践するには「親の側」に、意外なほどの心的努力が要る。

 ついつい、

「今、忙しいから!」
「今、仕事をしているから!」
「今はダメだから!」

と、言ってしまうのだ!

 心ならずもそんなことが何回か重なれば、もう子どもたちの脳裏にひらめいた宝石のような問い掛けは、どこか空の彼方へと消し飛んでしまうかもしれない。
(かく云う私も、どれほど宝石を扱い損ねてきたことか(^^;)

 しかし、私たちの人生の中で「子育て」の時期というのは、意外なほど短いということも忘れてはならない。

 ことに小学生から中・高生にかけての多感な時期は、彼らの長い人生の中のほんの数年にすぎず、この大切な時期を逃したら、よほどのことがない限り、彼らは私たちに対して自由に心を開いて問い掛けることを、あきらめてしまうかもしれないのだ――


 
――でもご安心いただきたい。

 たとえどんなに「手遅れになった!」と見えたとしても、

「彼らからの問い掛けに真摯に耳を傾けること。そして一緒に答えを探してあげること――」

 人生で出会う全ての人のことを祈りながら、この時の来るを待ち続けていれば、成人したわが子のみならず、どのような大人でも、やがて天来のタイミング(導きのとき)が必ず訪れるのである。

 そのときが、彼らが心を開き、彼らと心を通わせることのできる、神様に導かれた時節なのである。

 ただし子供のときと比べて、たっぷり待たされるかもしれない!


 しかし、私たちには永遠の生命が宿っているのだから、なにもあせる必要はない。

 祈りつつ、ご縁ある人たちの魂の成熟を待つ時間くらい、この広大な宇宙のいとなみと比べたら、ほんの一瞬なのだ。

 しかしその一瞬の内に、人間・神の子の神性・仏性が芽生え、生長して華を開き、やがて「実相」の実を結ぶのである。


  久都間 繁


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2009年6月23日 (火)

忙中「歓」あり

 数日前の夜、地元の「地区防災対策委員会」が開催され、仕事を早めに切り上げてそれに出席した。

 小学校のPTA会長をお受けすると、自動的に6つか7つの地域におけるさまざまなお役が割り当てられる。

 最初は、このことを知らなくて煩わしく思っていたが、社会貢献の意義について職場のメンバーにも理解していただき、リズムに乗ってしまえば、地元の人たちとの絆が深まり、あらめて地域における自治体の活動や、その改善すべき細かな点なども客観的に見えてくるので、これはこれでよかったと今では思っている。

 しかし、実際に私がお役に立つことができるのは、早くて今年度後半から、遅くとも2年目以降からが本番であろうとも思っている。

 さて、翌日は休みをいただいていたので、通勤の折に毎日少しずつ読み進めていた福沢諭吉著の『文明論の概略』を読了することができた。これについては、別の機会に紹介できればと思う。

 庭の畑で、午前中にキュウリの収穫、トマトの枝打ち、落花生の周りの草引きなどを終え、お昼にはゴマだれの冷やし中華を、これも畑でとれた野菜、そしてゆで卵にハムなどを添えてたらふく食べた。

 4時すぎ、次女のいずみ(中1)がテニスの部活から帰宅し、その後ピアノのレッスンから帰ってきた弟たちを加え、町内のグラウンドに皆で行って、いず、まこ(小4)、ひろ(小1)、私の4人で日が暮れるまでテニスをやった。

 気が付けば7時をとおに回っており、遊んでいて時の経つのも忘れるとは、まさにこのことかと思った。

 
  久都間 繁

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2009年6月12日 (金)

神想観の醍醐味について

 祈りについて、もう少し書かせていただこうと思う。

 私は宇治別格本山にいたとき、神癒祈願部長をしていた小嶋博先生から、

〈人のために祈ってあげるときは、まず自分が実相(神)と「ひとつ」になっていなければ駄目だ。不完全な人やものや事が〝ある〟と思って、その不完全を認めて〝治そう〟と祈っていたのでは、神癒祈願にならない〉
〈神様がお創りになった世界は、はじめから完全円満であり、その実相世界は既に在り、すでに成就しているのだから、神癒祈願とは神様の邪魔をしないことだ!〉
 と、ご指導いただいたことがあった。

 あれから25年以上も経っているのであるが、このコトバは、祈り(神癒)における重要なポイントを語っていることを、折に触れて感じている。

 生長の家には、「縦の真理」と「横の真理」があると云われており、「縦の真理」とは、「唯神実相」の哲学である。
 これは神の創り給うた実相世界は、そのままで完全円満なる善一元の世界であるという教えである。

 また、横の真理と云われているのは「三界唯心」である。これは仏教に由来するコトバであるが、平たく云えば私たちの五感六感の感覚を通して観じられる現象世界は、心が造り出したところの世界である、ということであり、これを三界唯心所現の法則とも、「心の法則」とも呼んでいる。

 人のために、あるいは家族のために祈るとき、「私が」祈っていたのでは、これではなかなか「神癒」に至ることはできない。

「私が」というものが消え、ただただ実相(神)に身をも心をも全托して、完全円満なる神が「私」を生きる、その神の子無限力の充実し切った悦びが神想観なのである。

 ここでは、もはや天地の森羅万象が「神癒」(祈り)の対象となるのである。

 家族のこと、仕事のこと、学校のこと、友人のこと、生長の家のこと、指導した人たちのこと、地域社会のこと、国のこと、国際社会のこと、地球環境のこと、ありとあらゆるものが祈り(神癒)の対象であり、心の底から、本当にからっぽになって、彼らのことを祈り切ることが出来るのである。それこそが神想観の醍醐味なのである。

 そのときに、初めて神意というものが分かり、中心帰一とは如何なるものであるかが分かるのである。
 
 なぜなら、生長の家大神――総裁・副総裁――み教え、この構図が、生命の本源から発した「無償の愛」の無限供給の流れの一つであることが理屈抜きに体感できるからである。

 そして信仰者の人生とは、「神癒の展開」以外のなにものでもないことが分かるのである。それが「全托」ということであり、「生かされる」ということであり、絶対他力の信仰なのであると、私は思っている。


 なお、誤解のないように補足するが、生長の家大神とは、「生長の家」の固有の神様のことではない。時間(生)・空間(長)となり、森羅万象を生み出すところの究極的実在(大生命)のことである。これを神道では、「天之御中主神」とも「天照大御神」とも云い、仏教では「尽十方無碍光如来」とも「毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)」とも称するのである。


  久都間 繁


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2009年6月10日 (水)

「全托」について

 神想観をやっていると、日常生活の通念を超えた経験をすることがよくある。

「全托」という言葉があるが、これは絶対他力の信仰を一言で現したコトバである。

 例えば、何か問題が起こったとき、「それは神様に全托したらいいよ」というようなアドバイスを、することもあるし、される場合もある。
 しかし、そのような托し方は、絶対他力の信仰とは、実はあまり関係がないのである。

 絶対他力の信仰における「全托」とは、即ち「自分が托す」という、その「自分そのもの」を托してしまう、ことである。
 そして、「自分そのものを托す」とは、自分の見聞覚知している全意識、全宇宙、全存在を大生命に「托す」ということである。
 
 ここに不思議な世界が出現する。

 自分がぽっかり、神(究極的実在)と全宇宙との「接点」に位置していることを知るのである。

 つまり、からっぽになって、全宇宙となって、全存在となって、神に祈っている(包摂されている)ものが、これまで「私」と思われてきたところの存在なのである。

「大調和の神示」には、

「われは此処(ここ)に見よ、彼処(かしこ)に見よと云うが如くにはいないのである」
「われを招ばんとすれば天地すべてのものと和解してわれを呼べ」

 というコトバがある。

 神は「此処や彼処には」存在しない。
 なぜなら、「此処や彼処」とは、時間・空間上に現れた現象に過ぎないからである。

 また、「天地のすべてのものと和解して」いなければ神を呼ぶことができないのは、「天地のすべてのもの」は、即ち「神そのもの」の顕れだからである。

 和解するとは、要するに身を(も心をも)捨てて、天地万物を「無償の愛」の内に包摂することにほかならないのである。

「全托」とは、ただただ完全円満なる大生命のみに生かされることである。
 こんなに楽な世界はないのである。

 
  久都間 繁


 

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2009年6月 9日 (火)

信仰と実生活

 私は、神想観という瞑想を始めてから、ずいぶんな歳月が経っていることに最近になって気が付いた。この祈りは、長くやっていればいいというものではないが、計算すると一万時間以上にもなっていた。でも、そんなことは大したことではない。

 大したことなのは、内なる大生命(神)を観ずることは、三十年の歳月を「あっ!」という間に感じさせるほど、魅力的だった、ということである。いわば浦島太郎みたいなものかもしれない。

 神想観を始めたころ、恩師の榎本恵吾先生(故人)が、「神想観を熱心に続けていると、祈りを始めたころの天にも昇るような悦びがなくなったように感じることがあるかもしれない。しかしそれは、実相を観じられなくなったからではなくて、現実生活の方が、祈りの世界に近づいてきて差が無くなってきたからなんだよ」と語ってくれたことがあった。

 実に配慮された、天狗になっていた初心者にも分かる優しい言葉だったことを、しみじみと思うのである。

 祈りの世界は広大無辺である。実生活が、祈りの世界に近づくたびに、内なるものがクライマックスに達し、さらに次なる光明と、次なる歓喜と、次なる使命が、まるで恩師の優しさのように、祈りの内からあふれてくる。そんなことを、これまで幾たび経験させていただいたことだろう。

 かつて宇治別格本山の智泉荘で目にした、谷口雅春先生のお詠みになったという短冊に墨書された歌を思い出す――


 一筋の 道踏み往けば燦然と
  光り満ちわたる 吾が世界来ぬ


 「信仰生活」とは、この一筋の道(唯神実相)を、勇敢に踏み往くことである。

 また「実生活」とは、私たちを光満ちわたる世界へといざなう、「道」そのものなのである。


   久都間 繁
   
   
   


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2009年5月13日 (水)

〝新価値〟の創造について

 オスカーワイルドは、ロンドンの霧は詩人がこれを言葉に表現したときに、初めて存在に入ったと語っているが、これは、詩人が言葉にした後に霧が存在するようになったという意味ではない。

 霧は、はじめからロンドンに存在していたのである。存在していても、言葉にして表現しなければ、人々の認識に入ることがなかったのである。

 私たちがコトバを通して「表現活動」をする場合、大きく分けて二つのタイプがあるように思う。

 一つのタイプは、広く巷間に出回って、世の通念となっている情報によって組み立てられた表現である。

 もう一つのタイプは、既に存在しているにもかかわらず、コトバによって表現されないために、ほとんどの人が気が付かないで見落としている情報。これは団体や組織の伝統や、風土に深く溶け込んだ文化、詩人が詠んだロンドンの霧のような自然の風物、あるいは或る人物の生き様など、人々の意識に上ることなく埋もれている概念を、コトバとして表現する場合である。

 前者には、さしたる魅力や発見はない。しかし後者には、多くの人が魅力を感じたり、ことによれば世の中を変えてしまうほどの力が宿っているように思われる。

 しかし、後者のスタイルでコトバや作品を表現するためには、常人が容易に見つけることのない鉱脈を発見して、それをさらに精錬して作品を生み出すような、尋常ならざる努力が要るのではないだろうか。

 しかし、そのような努力を通して紡ぎ出されたコトバ(や芸術)は、〝新価値〟となって世の中に迎えられ、新たな常識として定着する。

「日時計主義」のもたらす、真のインパクトは、この〝新価値〟を創造することである。

 そのためには、表層の意識に上る世の通念を超えて、意識の深層へと深く穿ち入らなければならない。

 そこには、未だコトバとして表現されることのなかった、ある人物の生き方や、社会や地域の伝統、それぞれの風土に溶け込んだ文化、自然の風物などが、無尽蔵の鉱脈として、私たちに発見されるのを待っているのである。

 鉱脈を見出したら、それを深く観察し、掘り出し、精錬して、コトバや作品として紡ぎ上げることである。

〝新価値〟の創造とは、私たちがどれだけ世の伝統や常識に深く棹さして、さらにその根源にある「真・善・美」の世界を内なる規範として生きているか、その人生経験そのものが、各自の作品となって顕れるのではないだろうか。

   久都間 繁

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2009年4月14日 (火)

新たな使命

 自分にはそんな資格がないから、能力がないから、学歴がないから、とてもそんな器ではないから、などと「出来ない」理由を挙げることはいくらでもできるのであるが、これらのことは全て「現象」に過ぎないのである。

 なによりも大切なことは、私たちは今、ここに、それは神とも仏とも呼ぶべき「無限の大生命」によって〝生かされている〟ということである。

 誰も、自分の意志によってこの世に生まれて来た者などはいないのである。
 ここに〝生かされている〟ということは、自分で生きているのではなく、この仏とも神とも云うべき「無限の大生命」が、そのままそこに〝生きている〟のである。

 この「無限の大生命」に生かされているにもかかわらず、私たちが自分で、能力がない、時期ではないなどと、目先の現象にとらわれてさまざまな条件を作り上げ、私たちの内にひそむ「夢」や「願い」や「希望」(即ち人生の真の目的)を勝手に握りつぶしていたのでは、私たちを生み出した無限の大生命が、その生命の噴出口(表現の場)を失ってしまうのである。それが、つまり人生における〝行き詰まり〟であり〝生き甲斐を見失う〟ということであり、スランプ状態の本質である。

 つまり、巡りめぐって私たちのところに偶然のようにしてやって来る「新たな使命」を、表面だけ見てただの人為的なもの、価値なきもの、取るに足らぬものと解釈し、現象的な条件が整わないからという理由を付けて退けていたのでは、大生命が私たちを無限に生かそうとしても〝生かしようがなくなる〟のである。

 二葉のうちは、誰もそれが大木になるなどと信じないのは世の常である。

「新たな使命」がめぐって来るということは、私たちをこの世に生み出した無限の大生命そのものが、そこに実現しようとしているのである。

 

 久都間 繁

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2009年4月 1日 (水)

夜空の星

 今年の一月元旦、小6の次女と小3の長男の2人を連れて実家のある静岡の田舎に帰省した。

 その翌日、8年ぶりに同窓会に参加したのであるが、宴は昼から始まり、えんえんと会場と品を替え、ついに深夜にまでおよんだ。
 夜も更け、送ってくれた友人と、その息子の運転する車から降り、玄関前に立って夜空を見上げると、深く神秘的な光景が頭上に広がっているのに驚いた。一瞬、ゴッホの描いた「星月夜」を観ているのかと思った。

 幾つもの星雲、星団や細かな星々の一粒ひとつぶが、双眼鏡も使ってないのに手に取るように見えた。まるで深い星くずの海の底に頭を沈めて、普段は誰も見ることのできない宇宙の秘密を垣間見てしまったような気分だった。

 部屋で眠っている子どもたちに見せたら、どんなに驚嘆するだろう! 母にも知らせてあげなければ! と、家に飛び込んでみたものの、みんなすっかり熟睡していたので、あきらめて、そっと床に就いた。

 3カ月ほど経ったが、あの夜の光景が今も忘れられないでいる。
 考えてみれば、あのような星空は、私が子供の時から頭上に輝いていたはずである。なのに、なぜその美しさに気が付かなかったのだろう。

 ちょうどそれと同じようなことを、当日の同窓会でも体験した。
 午後1時からはじまった同窓会は、振り返れば12時間ほどにおよんだのであるが、そこで膝を交えて語り合った旧友たちの魂に魅せられているうちに、あっという間に時が経っていた。
 私は浦島太郎なのかと思った。今まで“当たり前”のように存在していた全てのものが、ぜんぜん“当たり前”ではなかったのだ。

 あの日、私は何を見て、何を感じていたのだろう。今はそんなことしか思い浮かばない。
 夜空にしても、幼なじみにしても、学生だった当時は“当たり前のもの”としてしか感じることのできなかった全てのものが、星空に輝く美しい星たちのように輝いていたのである。

 イエスは、「目をあげて畑を見なさい。はや色づいて刈入れを待っている」(ヨハネ4・35)と語っている。

 彼の眼には、取り巻く弟子たちのみならず、ピラトもマリアも、パリサイ人も取税人も、きっと夜空の星のように、美しく輝いて観えていたのではないだろうか。
 

  久都間 繁

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2009年2月14日 (土)

イエスについて

  新約聖書には、イエスが行ったさまざまな奇蹟が記録されている。死んで数日経ったラザロを蘇らせ、目しいの眼を開き、足萎えを立ち上がらせ、悪鬼を追い出すなど、常人には成しえないような奇蹟を行ったことが紹介されている。

 しかし、現象的に見れば、やがてイエスは十字架上に磔になって殺され、生還したラザロも、目の癒された人も、足が癒えた人も、悪鬼から救われた人も、みんな間違いなく死を迎えているのである。

 聖書に記されていることの本当の値打ちのあるところは、死人が蘇った奇蹟でも、不具や病気が癒された奇蹟でもないのである。イエスが神のみを信じて、その神の御意(みこころ)を生きたところにこそあるのだ。

 神のみを信じて生きた結果として、ラザロが蘇り、目しいの眼が開き、足萎えが立ち上がり、悪鬼が消えたのである。

 現象のイエスは、ラザロの死を見ては嘆き、磔(はりつけ)になる前には「願わくはこの苦き杯をわれより取り去り給え」と神に哀願しているのであるが、そこがありのままに記述されているところが聖書の素晴らしいところである。

 イエスは、私たちと同じ悩み苦しみを抱きながらも、最終的には一切の問題を神のみに委ねているのであるが、そこから、この物語の「聖」なる輝きが生じているのである。

 イエスの復活とは、二千年前に生じた一回限りの事件ではない。キリストは、私たちの内に、はじめから(生まれる以前から)活在しているのだ。

 内なるイエス・キリストと出会ったとき、今・ここから「聖」なる物語が始まるのである。

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2009年2月13日 (金)

赤毛のアンについて

目の前に広がるこの美しい世界。赤い花を赤い花だと認識し、青い空を青い色として体感することの不思議。水があり木々があり、宇宙があることの不思議。「私」という意識があることの不思議。そもそも、この「私」がこの世に生まれてきたということ自体、考えてみると「奇蹟」としか言いようがない。
 そうしてみると「奇蹟」というのは、何も宗教だけの専売特許ではなくて、日常生活のありとあらゆる瞬間に潜んでいるのです。後は、その小さな「奇蹟」に気が付けるかどうかということが、すべての鍵を握っています。

(茂木健一郎著『「赤毛のアン」に学ぶ幸福になる法』239頁より)


 私は「赤毛のアン」の隠れファンである。が、そんなことは家族以外には話したこともなかった。かつて、モンゴメリーの書いたアンのシリーズを夢中になって通読したことがあったが、私の中では、それは心の引き出しの奥深くにしまったままになっていた。
 しかし、7年前にわが家に迷い込んできたメスの子猫に、「アン」と命名していたり、テレビでアン関係の番組があれば予約してチェックし、関連書籍があれば思わず手にとって紐解いている。これも潜在意識のなせるワザであり、それなればこその隠れファンなのであり、要するに表立ってファンであることをあからさまにするのが恥ずかしかっただけのことである。

 茂木健一郎さんの書いた『「赤毛のアン」に学ぶ幸福になる法』も、そんな具合にたまたまアマゾンで発見して購入したものだ。

 一読して、自分がなぜアンをはじめマシュー、マリラ、リンド婦人など、彼女を巡る人々やストーリーそのものに引かれていたのか、その構造がようやく理解できたような思いがした。そして、その構造に気が付くたびに、涙があふれて来た。この物語は「真心」「誠実」「愛」といった原初的なものによって骨格が成り立っていたのである。

 同書で茂木さんは語っている〈その小さな「奇蹟」に気が付けるかどうかということが、すべての鍵を握っています〉と。

 虚心に眺めてみれば、世界そのものが、「奇蹟」そのものだったのだ、再びアンに会いたくなってきた。


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2009年1月28日 (水)

「願い」の成就

 私たちが抱くところの「夢」や「願い」は、すでに神様の世界で成就していればこそ、後から私たちの脳裏に閃(ひらめ)いて来るのである。だから全ての「願い」には、「実体」があり、その「実体」がすでに完全円満に成就して、光り輝いていることを悦ぶことこそが重要なのである。

 その「願い」が正しいものなのか、それとも間違ったものなのかを判断する以前に、その「願い」の背後にある「実体」を知ることが重要なのである。「実体」とは即ち「実相」である。「願い」や「夢」の「実体」を見極めたとき、最早そこには、在るもののみが在るのであり、この「在るもの」のことを、「神」とも「仏」とも「実在」とも云うのである。この「在るもの」と出会ったとき、全ての「願い」は成就するのである。

「われは此処に見よ、彼処に見よと云うが如くにはいないのである」と、『大調和の神示』には書かれている。が、「願い」も「此処に見よ、彼処に見よ」というが如くにはないのである。イエスは、「汝らもし盲目なりしならば、罪なかりしならん。されど今は見ゆと言う汝らの罪はのこれり」(ヨハネ9・41)と語っている。「此処に見よ、彼処に見よ」が指し示すものは、現象世界に現れた影に過ぎないのである。

 現象世界において、さまざまな「願い」が成就することは嬉しいことであるが、この世は「諸行無常」であるということを私たちは知っている。しかし、ささやかな「願い」が成就するということは、実はたいへんな(驚くべき!)ことなのである。
 私たちは、いずれは財産や地位、名誉のみならず肉体も家族も何もかも“この世”に置いて去らなければならない時が来るのであり、全人類がそのような宿命の内に生きており、一つの例外もあり得ないのであるが、現象世界に咲く一輪一輪の花(願いの成就)は、これ全て「実相世界」から咲き出でている“実在の鳴り響く相”であることを知らなければならないのである。

 だからどんなに小さな悦びにも、そこに無尽蔵の光明が宿っているのである。

 仏教でも「三車火宅」の喩えがあり、この世の栄枯盛衰は、まさに春の世の夢の如きものにすぎないのであるが、そのようなこの世(現象世界)にも、次から次へと無尽蔵に尽きることなく花を咲かすことができる秘訣が、生長の家の教えにはあるのである。

「願い」とは、実相世界からの切々たるメッセージであり、それは、如実に「実体」があるからこそ出てきたのである。
 この「実体」こそが、すべてのすべてなる「神」であり、この「実体」のことを天照大御神とも尽十方無碍光如来とも云うのである。

 その「実体」つまり、「実相」と出会うことで、すべての「願い」は成就する。イエスは、「み心の天に成る如く地にもなさせたまえ」と、「主の祈り」で称えているが、み心は、すでに「天に成る」つまり、実相世界で完全円満に光明燦然と輝きながら成就しているのである。

 その実相世界にある「実体」を観じて悦び感謝したとき、「地」つまり現象世界にもそれは実現するのである。それが、横の真理である「三界唯心所現」の法則であり、誰でも応用し実現することができる生長の家の神癒の秘訣である。

 このように「縦の真理」と「横の真理」とが完全に相俟(あいま)って、実生活も救われるのが生長の家である。

 このことを悟るためには、完全円満なる神に、既にすべてのすべてに亙って全面的に生かされているのである、という「絶対他力」の信仰に逢着しなければならない。
 

 久都間 繁

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2008年12月29日 (月)

久遠の基礎(そのまま完全円満)

「人間・神の子」というのは、ゴールではない。生長の家の人類光明化運動は、すでに此処から出発していたのである。先ず、私たち「一人」の実相が、完全円満なる「仏」であり、「神」であったということを発見したのが生長の家であり、私たちの運動はこの〈原点〉から出発していたのである。

 生長の家は、これから光りになるという教えでも、これから神の子になるという教えでもない。先ず最初に、そのまま完全円満なる光りであり、神の子であったという原点(そのまま)を発見した悦びから発進したのが「人間・神の子」の教えであり、私たちの人類光明化運動なのである。

 その原点(そのまま)を発見することが、即ち初心に帰ることであり、実相に帰ることであり、このことを南無阿弥陀仏とも南無妙法蓮華経とも、天地初発時(あめつちのはじめのとき)とも云うのである。

 先ず「光り」であり、先ず「神の子」であるという原点(そのまま)を発見すれば、過去、現在、未来に渡って、私たちの一切の所作、進退が「光り」そのものであったことに気が付くのである。

 無限生長の道というも、この原点(そのまま光りである)という大盤石なる永遠の基礎に立脚した生命の相(すがた)であり、それがそのまま国際平和信仰運動の展開する相である。

 その久遠の基礎(そのまま完全円満である)を見出した歓びを生きること、それが生長の家の光明生活であり、人間・神の子の黄金の人生なのである。

  久都間 繁

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2008年12月24日 (水)

すでに与えている

 人間は、実はそのままで無限に「与えている」存在なのである。

 神の子となるのは、これから「与えて」からではないのである。すでに無限に「与えている」ことに気がついたとき、人間・神の子の自覚がよみがえるのである。

 これから「与えて」から救われるのではなく、すでに初めから無限に与えている實相〈ほんとうのすがた〉に気がつくことが、即ち神の子を自覚することである。そのことが分かれば分かるほど、それを伝えずにはいられなくなるのである。
 なぜなら、全ての人類が、天地の万物が、生きとし生けるものが、はじめのはじめからそのような存在であることが分かるからである。この消息を釈迦は、「山川草木国土悉皆成仏、有情非情同時成道」と云っているのである。

 聖経『真理の吟唱』には、「私の魂の内には永遠に消えない光が宿っているのである。それは神から来たれる光である」と表現されている。
 すでに實相において、神において、そのままで、無限に与えている存在であるにもかかわらず、現象を見て、「まだまだ与えていない」と云い、だから「まだ救われない」と云うような、神との“商取引”のような〈救い〉を考えていたのでは、神の子の無限力が登場する機会を失い、自性円満の自覚も悦びも、その影をひそめてしまうのである。

 神は太陽のような、与えきりの〈無条件〉の愛である。その〈無条件の愛〉を今ここに生かさせていただくためには、私たちも無条件に“ハイ!”と、その愛を悦んで受けなければならないのである。

 私たちは、「与えなければ救われない」というような方便的な解釈を卒業して、さらなる奥殿へ、神の子・人間を説く生長の家の奥殿へと進まなければならなのである。
 私たちは、すでに神の子であり、すでに完全円満であるが故に、自覚するとしないとにかかわらず、實相においては無尽蔵の光明を放っているのである! その實相を観て「悦ぶ」ことで、それが現象界にも無尽蔵に展開するのである。それが三界唯心所現の法則であり、生長の家の光明の生活法である。

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2008年11月28日 (金)

神の外にあるものなし

 現象の我は、現象(影の世界)しか見ることができないが故に行き詰まるのである。
 
 私たちは、現象が無ければ、あとは神一元、光明一元の世界であるということを、魂の根底では既に知っているのである。
 しかし「現象あり」と思う(見る)が故に、躓くのである。
 現象の非実在をハッキリ悟るに従って、「實相」と「現象」との峻別が可能となるのである。しかし現象は、私たちが悟ろうが悟るまいが、はじめから無いのである。

 在るものは、光明であり、悦びであり、澄み切りであり、真如であり、如々実々なる神のみであり、現象は、どこどこまでも無いのである。

「自分が」という、ニセモノの我をのさばらせることなかれ。キリスト教で悪魔というのは、この「現象我」を擬人化したものにすぎない。
 悪とは、永遠に存在に入ることのできないものを、在ると誤って認識したが故に生じたところの無明(まよい)である。
 無いもの(現象我)を在るとしたがゆえに、それはすなわち悩みとなり、苦しみとして感じられるのである。無いものを在ると見誤ることで生じた矛盾が、即ち悩み苦しみの正体である。

 これを克服するためには、「神の外にあるものなし」と知ることである。

 今まで「自分だ!」と思い続けてきたものは、実はニセモノの自分であって、本当の自分自身は神の子であり「神のみに生かされていたのだ!!」と知ることである。
 神のほかに何ものも存在しないのである。
 神のみが久遠に生き通し、在り通してていたのである。
 それは既に今ここ、そのままに、久遠生き通しの神だったのが私たちの“いのち”なのである。

「自分だ」と思い、勝手に自己限定していたが故に、神の子無限力と知りながらも、その無尽蔵の實相が秘められたままになっていたのである。

 そのまま神であり、無限の智慧・愛・生命を蔵する神の子であったことを悦び、その歓喜の内に澄み切るとき、現象我が消滅し、そのままそこに實相・真我が復活するのである。


  久都間 繁

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2008年11月13日 (木)

聖なる生

 クリスチャンだった故遠藤周作氏は『沈黙』という作品で、“神はなぜ沈黙しているのか”ということを扱っているが、実は神は、「光あれ」(創世記第1章)と宣言されて以来、沈黙などしていないのである。

 神が沈黙しているように見えるのは、人間の側が神からのメッセージを受け止めていず、理解していないだけのことなのである。

 世の中の光明面(真象)を見ようと欲する願いさえあれば、神は至るところに満ちていることが分かるのである。「日時計主義」とは、この神からのメッセージに照準を合わせて積極的に耳を傾けて悦ぶ生き方であるのだ。

 うれしいこと、ありがたいこと、良かったこと、美味しいこと、楽しいこと、幸せなこと、善いこと、美しいこと――これらを神からのメッセージと呼ばなくて、ほかに何処に神の声があると言うのだろう。

 私たちは今まで、あまりにも人生の暗黒面ばかりを見る習慣の内に生きてきたのである。そして、「善」と「悪」とを対立させて、「悪(暗・やみ)を消さなくては善は現れない」という考え方、つまり善悪二元の現象界を標準にした考え方に、知らず知らずのうちに心を支配されていたのである。

 しかし、善悪二元の世界は、現象世界の様相であって、久遠に実在する実相の世界のことではないのである。生長の家では、実相の世界は善一元であり、現象は無い! という唯神実相の世界を説く。信仰生活とは、この善一元の世界を観じて悦ぶ生活である。

 私たちは、善悪二元の世界観から、善一元の世界に躍入することで、神からの豊穣なるメッセージを受けとめることができるのである。それは、善悪二元の世界観を脱却してからでも、悪(暗)を消してからでもない。今このまま、善一元、光明一元であり、そのまま円満なる神であり仏である実相を悦ぶだけでいいのである。

 善悪二元の世界から、光明一元の世界に移行することを、新たに生まれるとも、新生ともいうのである。「善一元の世界」の信仰を生きるとき、私たちの周りに神のみが充ち満ちていることが分かり、一切が神の親愛なるメッセージであることが分かるのである。それが「大調和の神示」に説かれた、「汝ら天地一切のものに感謝せよ」という言葉の真意である。既に神の恩寵のまっただ中に生かされているのが、私たちの人生である。すでに、死んでも死なない聖なる生を、生かされて生きているのである。


  久都間 繁

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2008年11月11日 (火)

澄み切った秋空

 生長の家では、「人間は神の子である」ということを説いている。

「人間」とは、時間・空間のスクリーン上に映し出された仮の存在であって、その実相は円満完全なる神である、というのが「人間・神の子」の意味するところである。だから私たちは、時間・空間上にある“仮の存在”のみを「人間」であると思ってはならないのである。

 時間・空間上にある“仮の存在”とは、念の仮作したところの存在であるから、それははじめから“無い”のである。だから、私たちが仮に病んだとしても、病気や症状を掴まなければ、それは自然に消えゆくのである。
 その掴みを放つためには、神の子の「子」の方ばかりを見ることを止めて、「神」の方(實相)のみを観る必要があるのである。
「子」とは現象人間である。「神」とは実相・実在である。現象人間は、現れているだけであって本来無いのである。

 谷口雅春先生は、「人間・神の子」の自覚から「神の子人間」の自覚へ、ということをお説きくださっている。
「神の子人間」の自覚とは、“神が私を生きている”という自覚である。この、“神が私を生きてる”ことを自覚するとは、即ち、“完全円満なる神”が私を生きていることを悦ぶことである。
 この悦びの内に、無限力の自覚が、完全円満の自覚が、無限健康の悦びが湧き上がり、罪と病と死とが消えるのである。

 だから、仮に肉体が病んでいたとしても、あるいは人間関係で不調和が現れていたとしても、その“不完全な状態を治そう”と、あせる必要はないのである。
 病み、縺(もつ)れているのは、過去の迷いが雲となってどんどん消えていっているのであるから、雲は行くにまかせればよいのである。無いものは、消えるほかはないのである。

 そして、澄み切った秋空のような、一切の曇りのない爽快な世界のみが本来の住みかであったことに感謝すればよいのである。

 生長の家で説く、「現象は無い!」とは、病と見え、不完全と見え、不調和と現れているそれら一切のものは「無い!」ということである。

 無いものを無い! としたとき、澄み切った青空の世界がはじめのはじめから在り通していたことを見出すのである。


  久都間 繁

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2008年11月 2日 (日)

わが家のエピソード(yukoさまへの返信)

 コメントいただいたyukoさまへの返信をこちらにアップすることにしました。
 谷口清超先生のご指導をめぐっての、わが家のささやかなエピソードです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 yukoさま。コメントをありがとうございました。

 谷口清超先生に体験談を聞いていただけたというのは、観世音菩薩さまに聴いていただいたようなものですね。

 折をみて、ご発表になった体験談の内容などもご紹介いただければ嬉しいです。

 わが家では、結婚してから何年経っても子供が授からなかったのですが、平成5年に忽然として子宝が宿り、翌6年、結婚7年目にして長女が誕生したのです。後から家内は、神性受胎した日が、ちょうど宇治特別練成会での谷口清超先生がご講話された日と重なっていると話していました。

 その後わが家は、二女、長男、二男とほぼ3年ごとに子宝を授かり、4人の神の子さんに恵まれ、今は長女も中学3年になり、毎晩一所懸命に受験勉強に取り組んでいます。

 今から思えば、谷口清超先生は、まるで空気のように私たちを包む生長の家の大神そのものだったように思います。
 それは「古事記」に記された天之御中主神はじめ七柱の別天つ神(ことあまつかみ)が、「身(みみ)を隠し給いき」と表現されているように、その真の御身は遍満する仏身であり、総裁先生としての現(うつ)し身は、「慈愛」そのものの化身だったようにも思えてくるのです。


  久都間 繁

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2008年10月31日 (金)

観世音菩薩としての谷口清超先生

 2000年、宇治から本部に転勤した年の冬のこと、午後に上司と外出した折に、谷口清超先生が本部に徒歩で向かわれているところに初めて出会った。

 上司が急に立ち止まって黙礼され、ささやくような声で「先生です」と伝えていただけなければ分からないほど、そのお姿は、講習会や特別練成会でお見かけする姿とは異なって目に映った。

 寒風から身を守るため、コートの上からマフラーを深々と首に巻かれ、その中から深い慈愛そのもののような光を湛えた瞳がこちらを見つめ、軽く会釈してくださっていることに気が付いた。
 先生はお帽子をかぶり、背にはリュックを背負っていらっしゃった。

その時の慈愛に満ちた眼の光りは、生涯忘れることのないほど深く印象的だった。
 演壇で拝見させていただくお姿とはまた別の、静かで密やかな先生のお姿だった。
 手に提げた袋には、道中で拾われたであろう空き缶が詰まっていた。

 先生は、あのような眼で世界をご覧になられて、そして自然法爾に空き缶を拾われていたのであろう。それは観世音菩薩がこの世に身をお映しになられた、そのままのお姿だったのだなあと、今さらながらに思うのである。

 谷口清超先生、これまでのご慈導に感謝申し上げます。
 ありがとうございました。


  久都間 繁

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2008年10月30日 (木)

谷口清超先生ご逝去

 生長の家総裁、谷口清超先生ご逝去。享年89歳。

 徹夜で出版・広報部の皆で作成した『聖使命』新聞の号外が、先ほど事務所に納品された。
 紙面の一面に掲載された、在りし日の谷口清超先生のお写真は、穏やかに優しく微笑んでいる。
 その笑顔を静かに見つめていると、いろいろなことが思い出される。

 初めて先生のご講話を拝聴させていただいたのは、昭和55年の初夏だった。青年会に入ったばかりの私は、いきなり先輩たちに、東京・九段会館で開催された「全国単位青年会委員長会議」に連れて行かれた。
 当時の先生は、青年会総裁として真っ白なスーツに身を包んで、たしか行事の後半に会場にお越しになられて結語を話され、最後に皆に手を振りながら会場の通路を颯爽と通って帰って行かれた。
 初夏の爽やかな風のようだった。
 
 次に聴講させていただいたのは、当時住んでいた静岡教区の講習会だった。会場が満席になったので、それまで誘導などの奉仕をしていた青年会のメンバーは順番に壇上に上って坐らせていただいた。
 その時、普段は正坐などしたこともないと思われる活動家で小太りの先輩が、一番前で、神妙な面もちで腕を組んで正坐して聴講し始めたその姿の中に、師に対する弟子としての姿勢のようなものが、しんと響いていた。共鳴した私は、痛さをこらえてガマンして一所懸命に正坐してみたものの、痛くて講話どころではなかったことだけを覚えている。

 その後も全国大会、講習会、宇治の特別練成会などで、幾度となくご講話を拝聴させていただいた。
 聴講を重ね、他の参加者と共にご指導を頂き、神想観を深めさせていただくうちに、いつの間にか総裁先生は、私のなかでまるで空気のようなご存在になられていた。

 それは、神が至る所に遍満していることと同じ感覚だった。

 総裁先生は、現世(うつしよ)から神去りましたが、その大慈悲は、いよいよ自由自在なお姿で、「生長の家大神――総裁・副総裁――み教え」のお言葉の通りに、顕幽を超えた世界から無尽蔵に降り注がれることであろう。


  久都間 繁

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2008年9月24日 (水)

「作品」と「作者」

 お彼岸の中日が過ぎた。

 まるで、砂浜に音もなく潮が満ちて来たときのように、辺りいちめんに秋の澄んだ空気が充ち始めているのを感じる。

 昨日、生長の家本部会館で「生長の家物故者秋季慰霊祭」が行われたが、副総裁・谷口雅宣先生は、ご挨拶の中で、「作品は作者の表現物ではあっても、作者そのものではない」ということをおっしゃっていた。

 以下は、そのお言葉に触発されて書き記した感想である。
 

「作品」(現象)とは、有形無形を問わず私たちが人生で生み出したところの一切の産物である。

「作者」とは、その人生をも生み出したところの描き手であると同時に主人公である。

「作品」が主体か、それとも「作者」が主体であるか、その判断の違いが地獄と天国の分かれ目であり、物質を中心とした生活と、神・仏中心の信仰生活との境目ともなるのである。

「作品」(現象)を中心にして、「作者」を従わせようとするところに、実生活における、あらゆる無明(まよい)が発生するのである。

 つまり作品とは、肉体、土地、遺産、仕事の成果、人間関係などであるが、それが自分の精進努力で生み出したものにせよ、先祖から伝えられたものにせよ、これらはあくまでも「作品」(現象)であって、それがどんなに尊い、掛け替えのないものであったとしても、「主体」となることはできないのである。それは、「現象」が「実相」になることができないのと、まったく同じ道理である。

「主体」であり、「作者」となるのは完全円満なる神・仏のほかにはないのである。

「作品」が不完全なのは、「作者」が悪いからではないのである。

「作者」が、作品である現象のみに心奪われて、完全円満なるその自性を見失ったが故に、不完全な「作品」が現れているだけに過ぎないのである。しかし、依然として作者は、そのまま自性円満なる神である。

 だから、「作品」(現象)のみを見て、「作者」を評価してはならないのである。
「作品」とは、それがどんなに高価で尊いものであれ、ことごとく現象である。「作者」とは、神以外の何ものでもないのであり、真に尊いものは神のほかにはないのである。

「作者」とは、未だ生まれたこともなく、死ぬこともない、久遠不滅の実相である。
 その“真の作者”なる実相に目覚めたとき、「作品」は自ずからその完全性を具現するに至るのである。

 何度も繰り返すが、完全性を具現した後に実相が成就するのではない。すでに成就している実相を認めて喜んだとき、完全性が具現するのである。これが三界唯心所現の法則である。

 健康の回復も、経済問題の完全なる解決も、仕事や人間関係の大調和も、この真の「作者」である実相に目覚めたとき、自性円満なる実相が自ずから展開してくるのである。

「唯神実相」の世界である光明一元の世界に舞い遊ぶ(つまり実相を喜びまくる(^^;)こと。 これが地上に、実生活に、天国を成就する秘訣である。 

   久都間 繁

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2008年9月12日 (金)

神想観は歓喜の行

 先月の聖典講義が終わった後で、7人の方々に個人指導をさせていただいたが、その内の5人が霊的な悩みについてのご相談だった。

 生長の家では、「天地一切のものと和解せよ」ということを説いている。
 この根拠は何かといえば、天地一切のものは、現象的にはどのような現れ方をしていたとしても、その実相は、完全円満なる神(仏)であるということである。

 生長の家で、「実相」と「現象」を説くのは、「実相」のみが実在であって、「現象」は心の影に過ぎない、ということを説くためなのである。
 
「実相」とは、私たちがどんなに否定しても、否定や肯定などという心の作用を超えて、久遠に実在するもののことである。

 また「現象」とは、ただ現れているだけであって、一度たりとも実在したことのないもののことである。だから、現象は無常であり、非実在であり、み教えは「現象無し!」と一刀両断するのである。

 霊的な問題と、実相・実在との間に、“関係”などは本来ないのである。
 霊界、現界ともに「現象」であり、それは心の影に過ぎない。一方、実相・実在は、はじめのはじめから円満完全に在り続けているのである。
 したがって現界や霊界に生じた不完全な現象は、私たちが五感・六感を通して観た世界が投影しているだけであって、実相・実在とは“無”関係なのである。現象の雲を突き抜けて、完全なる実相を直視しなければならないのである。

 無いものは、改善も改悪もない。完全円満なる神・仏のみが在るのだ。その無いものを善くしようと、現界・霊界の土俵に立ち続けて相撲をとってみたところで、完全なる世界は永遠に現象界に投影されることはないのである。「三界唯心所現」を成就する道は、実相直視以外にないのである。

 もし、映しの世界である霊界、現界の問題を解決しようと欲するならば、現象の土俵から下りて、ただ実相・実在の完全円満なる世界の荘厳のみを観て、それをよろこび生きたときに、天地が開け、泥中に蓮華が咲き、百花繚乱の春が訪れるのである。
  
「天地の万物(すべてのもの)に感謝せよ」とは、天地の全てのものの実相は、そのまま神であり完全円満であるから、現象の一切から去って、実相なる光明の天地に飛び込み喜べ! ということなのである。

 ここから、生長の家の神想観が苦行などではなく、歓喜の行であることが体感できるのである。

 一跳躍入如来地である。


  久都間 繁

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2008年9月 5日 (金)

アンナ・カレーニナ②

トルストイの『アンナ・カレーニナ』の再読を始めて約半月、ようやく遠大な物語が終わろうとしている。

 この物語に登場するさまざまな人物は、目に見えぬ因果律の律動そのままに、大作家の手によって各自が担わされた運命を「心の法則」のままに粛々と実現していくのであるが、彼らの心に浮かぶ一瞬のひらめき、惑い、そして煉獄のような不安、天にも昇るような喜び、その、どのような心の揺れも見逃されることなく、作者に見据えられ、細部に渡って描かれ、最後のレーヴィンの思索に見事に集約されて、物語に永遠の生命が授けられている。

 20代のころ、解決の目途の立たないどうしようもない不安を抱え、餓(かつ)えるように祈り、『生命の實相』を紐解き、トルストイとドストエフスキーの作品に耽溺した時期があった。
 作品に登場する主人公とともに、彼らがつぶさに経験する地獄と天国とをさまようような激しい振幅のなかを、彼らの内に密む神のような純真さだけを唯一の頼りに、一緒に頸木(くびき)を担い、何週も何カ月も歩調をともにさせてただいたことで、どれだけ魂の煩悶から救われたことだろう。
 ドストエフスキーの『罪と罰』『死の家の記録』『白痴』『悪霊』『未成年』『カラマーゾフの兄弟』、トルストイの『戦争と平和』『復活』、そして『アンナ・カレーニナ』。
 今回、『アンナ・カレーニナ』の再読を通して、いろいろなことが思い出されて来るのであるが、これらの物語に登場する主人公たちは、未だ私の傍らにいて、静かに、これまでずっと、なにごとかを語り続けていたような気がする。

 毒をもって毒を制すという言葉がある。安易な解決法など望むべくもないが、随縁の説法は至る所にあり、真の救いの慈手は、どのような業火に苦しむ魂にも、遍く差しのべられている。ロシアの偉大な作家たちの遺作は、私にとってもう一つの重要な魂の道場になっていたように思う。

 過剰な毒としか見えなかった魂に深く食い込んだ棘(トゲ)が、いつの間にか聖なる「使命」へと転じていることの不思議と、「唯神実相」(実相独在)、「三界唯心」(現象本来無し)という生長の家のみ教えの深さと荘厳とを、あらためて思うのである。 


  久都間 繁

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2008年8月16日 (土)

アンナ・カレーニナ

 過日、地元の青梅市にあるBOOK OFF(古書店) に行ったら、トルストイの『アンナ・カレーニナ』(河出書房版 中村白葉訳)が並んでいた。

 この長編小説は、今から四半世紀前の20代前半に新潮社版のものを夢中になって読んだことがあった。

 書店で背表紙を見て、懐かしさに駆られて手にとって開いてみると、物語に登場するさまざまな人物が未だそこに存在していて、私の奥深くに仕舞いこんでいた世界を垣間見るように、紙背から次々とよみがえってくるのを感じた。

 先週だったか、映画監督の宮崎駿さんが『崖の上のポニョ』を制作するまでの300日間を、NHKで取材したドキュメンタリー番組を、録画で見た。

 その中で、宮崎さんが、トトロに登場していたサツキやメイは、あのときも、そして今もこの世にしっかり存在していて、その後も成長してそれぞれの人生を送っている。もうお母さんになって、子供も出来ているかもしれない、私の中ではそういうふうに今でもしっかり生きているのです、という意味の言葉を語っていた。

『アンナ・カレーニナ』を読み始めてみると、レーヴィンも、オブロンスキイも、キティーも、カレーニンも、アンナもウロンスキイも、私の裡で再びそれぞれの人生を紡ぎ始めた。

 懐かしい物語の世界にどっぷり浸かりながらも、最初に読んだ時には主要な登場人物のほとんどが自分より年上だったのが、今では逆に自分が(たぶん)カレーニンよりも年長になっている事実に気が付いた(^^;

 そんなことをよそに、物語の中では、相変わらずレーヴィンに共鳴し、アンナに魅せられ、皆の運命の成り行きをハラハラと見守りながらも、トルストイの筆による人物や自然描写の美しさが切ないほど胸に迫り、その大河のような世界に、ただただ圧倒されるにまかせているのが、シンフォニーを聴くように心地よい。

 ドストエフスキーの諸作品にただよう厳冬のような激しさに対して、広大なロシアの大地で織りなされる春から秋にかけての伸びやかな季節感と安心感が、この時期のトルストイにはある。
 

 この小説が出版されたのが1887年というから、かれこれ120年近くの歳月が流れている。にも関わらず、国家や社会の時流を超えて、その時々の世界の人々を魅了し続けてきたこの壮大な物語には、後にロシア正教会を破門されても動ずることのなかった、彼の見出した神への堅信からくる、深く切実なリアリズムが貫かれていることを、慧眼の読者は観ずることであろう。

『戦争と平和』にしても『アンナ・カレーニナ』にしても、トルストイの作品を読むことは、壮大なるシンフォニーを聴くことにも似ている。

 ただしそこで鳴り響いているものは、同胞のチャイコフスキーやカリンニコフたちが表現した世界をも包摂する、民族と宗教とを超えた者からの荘厳なメッセージのようでもある。ロシアで、トルストイとまったく異なる道からこれを展開したのがドストエフスキーだ。

  双方の諸作品に貫かれた神への信仰が、時代を超えて、物語に永遠の生命を与えているが、それは、神話のように、永遠に古くならない性質のものなのである。

 折をみて、懐かしいアリョーシャ(『カラマーゾフの兄弟』)にも会いに出かけてみよう。

  久都間 繁

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2008年8月10日 (日)

ザリガニのポニョ

 8月7日の木曜日、わが家から山を一つ越えたところにある映画館に出かけて、宮崎駿監督の『崖の上のポニョ』を、家族で観てきた。

 主人公は宗介くんという5歳の少年と、魚の子のポニョという女の子だった。

 映画の最中、前列に陣取った末っ子で幼稚園児の次男は、三回トイレに立ち、そのつど家内が付き添ったが、私の隣に座っていた小学三年の長男は、なんとか最後まで集中を切らさないで見ていた。

 作品そのものは、宮崎さんの世界を極印したような映像が随所にあふれ、ありえないような自然をモデルにした不思議な歓喜が画面の中で何度も爆発していた。

 ありえない世界でありながら、ありえてほしい憧憬と、天地がひっくり返るような驚きと、登場人物たちの静かなやりとりとが繰り広げられ、見ていてとても爽快だった。

 その帰路、一歩屋外に出ると、8月の猛暑と蝉しぐれがいちめんに降り注いでいた。

 6年生の次女の発案で、映画館の近くを流れる秋川(あきる野市)に立ち寄った。

 子どもたちと水遊びをしていると、長男が思い掛けずザリガニを発見して二匹捕獲し、続いて次男も一匹見つけて、大喜びだった。

 映画パンフの入っていたビニール袋に水を入れ、その中にザリガニを入れてみたら、数カ所からシャワーのように水が漏れ出した。

 帰り際、次男が、「もう一匹ほしい」と言って泣き出した。

「また、ここに必ずとりに来るからね」と家内と説得して、家へと引き上げた。

 空きやになっていたプラスチックケースの虫かごやバケツに、持って帰ったザリガニを入れ、溜め置きしていた雨水を注いだ。

 子供たちが、赤いザリガニをのぞき込むその姿は、先ほど観たばかりの映画の主人公そのものだった。

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2008年8月 2日 (土)

無条件の救い

  故 吉田國太郎講師は、「絶対感謝」という言葉を、そのご著書『常楽への道』の中でたびたび述べておられたが、人生の折節に「絶対感謝」という言葉に導かれ、内なる神の国(実相世界)に目覚められた方も少なからずいることと思う。

「絶対感謝」とは、感謝のほかにない世界に誕生するということである。

 釈迦は発句経の中で、

「実にこの世においては、怨(うら)みに報いるに怨みを持ってしたならば、ついに怨みの息(や)むことがない。怨みをすててこそ息む。これは永遠の真理である」(中村元訳)

 と説いているが、この「怨みをすてる」とは、憎んでいる相手、怨んでいる自分を、心底から赦すということである。

 さらに生長の家では、赦すだけではなく、大嫌いな相手や、できれば生涯避けて通りたい問題ほど、「感謝せよ」「和解せよ」と、説いている。

 相手を真に赦し、相手(や問題)に感謝するためには、「無条件の赦し」に徹しなければならない。

「無条件の赦し」とは、「現象無し!」ということである。

 絶対感謝(実相独在)ということである。これに徹したとき、あらゆる問題が解決していくのである。

「無条件の赦し」とは、憎い相手も、怨んでいる自分も、自分たちを取り巻く天地一切の現象を「無し!」と根底から赦し切り、そこにそのまま実相独在の天地(善一元の世界)を拝むのである。

 不完全な相手も無ければ、不完全な自分も本来無い。

「大調和の神示」には、「その感謝の念の中にこそ汝はわが姿を見、わが救を受けるであろう」と説かれている。

「わが姿」とは、神(仏)のことである。

 現象の不完全がどんなに激しく、救い難い状態に現れていようとも、絶対感謝に帰るとき、そこにそのまま観世音菩薩の救いが、神の愛のみが厳然と存在している事実が拝めてくるのである。

「無条件」にすべてを赦したとき、「無条件」にすべてが救われている世界に誕生するのである。

 久都間 繁

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2008年7月25日 (金)

魂の訓練と歓喜

 生長の家では、人間はそのままで完全円満である(自性円満)、ということを説いているが、その自性円満ということと、「魂の訓練」ということとの間には、どのような関係があるのだろうか。

 つまり、生命はそのままで完全円満であるのにかかわらず、なぜ「魂の訓練」が必要なのかということである。
 そのことへの回答が、以下の文章には表現されている。

人間の魂が唯一代の地上誕生で、その魂の訓練が終了しないことは、一見まことに、もどかしい事ではあるけれども、かくの如き事は神が“神の子”を愛し給うところの摂理のあらわれであり、魂の訓練に終了はないからこそ、われわれの寿量も無限であって、常に新しき体験の中に進み行き、無限進歩を経験しつつ、魂の歓喜に終止符を打つことはないのである。この尊き真理を訓え給いし事を神に感謝し奉る。
(『続 真理の吟唱』263ページ)

 このご文章によれば、「魂の訓練」とは即ち、「無限進歩」であり、それは終止符を打つことなき「魂の歓喜」だというのである。

 魂の訓練とは、現象の側から見れば、これから完全円満になるための過程であるかのように思えてしまうのである。しかしそれは、実相ということを知らない間の見方にすぎないのである。

 現象を去った無私の地点から見れば、この人生とは、完全円満(自性円満)なる生命(光り)が、その完全なる全容(本質)を展開する場だったということに気が付くのである。

 つまり自性円満なる「因(光)」が、新しき体験という「縁(光)」と出合うことで、無限進歩(無限生長)という「果」(光)となって輝くのである。つまり、完全円満なる光りが、光りと出合い、さらに荘厳なる光りを放つのである。これが無限創造、無限生長の姿である。

 魂の訓練に終了がないのは、神の創造が無限であり、その歓喜が無尽蔵であるからである。つまり人間の本質とは、創造そのもの、歓喜そのものなのである。

 久都間 繁

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2008年7月18日 (金)

智慧身、光明身

 最近、毎朝の神想観の後で、『続 真理の吟唱』の何編かを声高らかに朗唱している。

自己の全身が肉身に非ず、物質身にあらずして“智慧身”であり、“光明身”であり、“普賢の智慧”がわがものであることを観ずるのである。                                         (『続 真理の吟唱』、244ページ)

 この智慧身、光明身、普賢の智慧を吾がものとする秘訣は、先ず「悦ぶ」ことである。

“智慧身”であることを悦び、“光明身”であることを悦び、“普賢の智慧”であることを底抜けに悦んだとき、“智慧身”なる実相が輝き、“光明身”なる実相が輝き、“普賢の智慧”なる実相が輝くのである。

 実相を観ずるとは、即ち「実相を悦ぶ」ことに他ならないのである。

 以前、誌友の方から、「実相が分からないのです」という質問をいただいたことがあったが、そのとき私は、「実相は“悦ぶ”ことでしか分からないのです」とお応えしたことがあった。

 私の恩師だった故榎本恵吾先生は、「先ず光りだ!」ということを、私が宇治の研修生だった二十数年前、よく語ってくださっていた。

 それは、現象がどんなにぐちゃぐちゃになって、整うどころかますます混乱して行くような状況のときでも、そのような現象そのままに、先ず「神の子」であり、先ず「光り」である實相をハッキリ認め、その事実を、つまりそのままで光りであり完全円満である實相を悦びましょう! ということだったのである。

 實相と現象とが、まだよく区別することが出来なかった当時の私は、このアドバイスの言葉によって、どれほど地獄のような悪循環(心の迷路)から、光明の世界へと導かれたことだろう。

 演壇へと向かわせていただく度に、いつもこのことを思い出すのである。

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2008年7月16日 (水)

お盆

 今日7月16日は、父の命日だ。

 身罷(みまか)ってから、ちょうど丸3年になる。

 過日は、地元でのお盆の風習に従ってお寺で法事を行い、玄関で子どもたちと迎え火を焚いた。

 最晩年には、私のこともすっかり忘れて、別の世界へ行ってしまっていた父。

 それまでずっと、父のことを忘れて人生を突っ走ってきた私。

 お盆の行事を通して、疾走してきた魂と魂とが交錯する。

 今まで流れていた時間が止まり、空間が、消える。

 父との出会いを通して、すべての、すべてなるものと再会する。

 分かれることのない出会い。

 それは、はじめのはじめから“ひとつ”だったことの確認である。

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2008年7月12日 (土)

夏あり、冬あり

 昨日、次女が学校のベランダに落ちていたという、スズメの子を拾ってきた。

 また「やっかいなものを拾ってきたものだ」と、見てみると、生まれてから、まだ数日しか経っていない様子だった。

 一夜明けて、早朝に覗いてみたら、もう、はかないものとなっていた。

 わが家には7人の人間が住んでいるが、それに比例するように飼っている動物の数も多い。

 現在は猫2匹、犬1匹、亀1匹、金魚1匹、サワガニ数匹、カブト虫3匹、さらに下の男の子2人は隠れたところで芋虫や丸虫まで飼育しているらしい。もっとも昆虫の方は季節によって種類が変化するため、来月には現在の数倍に達することだろう。

 また、動物が多い分だけ彼らの死に遭遇する機会も多い。

 その亡きがらは、家に隣接する畑に埋葬しているらしい。

 この時期、畑ではキュウリやナス、トマトなどが収穫の時期を迎え、わが家の食卓を彩っている。

 もうすぐ、長い夏休みが始まる。

 現象的には「生」あり「死」あり、夏あり、冬がある。

 現象そのままに、大生命の側から見れば、雄渾なる生のみが久遠に展開する生き通しの世界。

  生長無限、歓喜無限。暗なく、病なく、死もなく、生のみの世界なのである。

 十方世界光明遍照、吾が全身光明遍照。

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2008年7月 9日 (水)

『すべては音楽から始まる』について

 明日の7月10日から、「東京国際ブックフェア」が始まる。
 私は仕事柄、毎年参加しているが、今年は、初日の基調講演が茂木健一郎さんとのことなので、楽しみにしている。

 茂木さんといえば、最近『すべては音楽から生まれる (PHP新書)』という著書を読んだ。この本との出会いは、アマゾンの「なか見!検索」で立ち読みして、その内容に惹かれて購入したものだ。

 今、手元に同書がないので詳しい説明はできないが、この本を読んでいると「音楽」あるいは「音」におけるクオリアというものがよく理解できる。

 彼はこの書の、たしか冒頭で、シノーポリの指揮した『未完成』を聴いた時のシューベルト体験を克明に語っているが、クラッシックが好きな方は(そうではない方も)、この書をひもとけば、ご自身の内に眠っていたさまざまな“音楽体験”が、そのとき鳴り響いていた音となって、鮮やかによみがえるのではないだろうか。

 また、人生に音楽が織り込まれることで、どんなに美しい調べを奏で出すかということも、この書の通奏低音として響いている。生きることの奥にある深い核のような部分が、どれほど音楽的な体験と重なっているのかが伝わってきて、思わず釈然として、読んでいて愉しくなる本である。活字なのに、音楽好きには堪(こた)えられないところがまた面白い。

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2008年7月 7日 (月)

もう一つのリアルな世界②

 1995年頃、モザイクやネットスケープなどのブラウザの普及とともに、インターネットの世界が私たちの手の届くところへ降りてきた。

 同じ年、当時私が勤務していた生長の家宇治別格本山でも、何人かの同志たちとサイトの立ち上げを目論んだが、「前例がない。本部もやっていないのに時期尚早」と一蹴されてしまった(^^;

 それではと、関西の、ちょっととんがった生長の家のお仲間たちと、「アトリエ・ハッピー」という双方向で情報交換できるサイトを、自主的に立ち上げることにした。95年のことだ(※アトリエ・ハッピーは、現在は歴史的な役目を終えて閉幕しています)

 その主な目的は、到来するインターネットの時代に備えて、「ネット上での伝道方法の研究」「生長の家の世界の十字路になる」「生長の家の皆さんにインターネットの素晴らしさに目覚めていただく」というもので、意気込みと勢いだけで始めた実験だった。

 当時はまだサイト数が少なかったため、検索サイトで「生長の家」と入力すれば、私たちのサイトが必ず登場する時代だった。数カ月ほどすると、日本のみならず、一足先にネット環境が整った北米、カナダ、アラスカなど各地の生長の家の信奉者から、毎日のように掲示板にメッセージが書き込まれるようになった。やがて、インターネットの可能性に目覚めた各教区の人たちも加わり始めた。

 当時主流だったパソコン通信の閉じたコミュニティとは違った、世界に開かれたオープンな場所での画像や音声などを交えたダイナミックな情報の遣り取りは、刺激的で、大きな魅力に富んでいた。

 そのころ、不定期に運営スタッフが集まり、毎回5時間ほどのブレーン・ストーミング(とその後の飲み会(^^;)などを実施して、21世紀における人類光明化運動・国際平和信仰運動について議論を重ね、さまざまな夢を描いていた。

 つい、この間のことだと思っていたが、ふと気がつけば、あれから十数年も経っている。そういえば私も、東京に来てもう8年目の夏だ。

 今年の統計では、携帯電話の加入者数がついに1億人の大台を突破し、ブロードバンド契約世帯が2千5百を超えた。さらに現在はブログやユーチューブなどが隆盛を極めているが、これからもさらに便利ですごい仕組みが登場することだろう。

 インターネットの世界は、われわれ人類の描くあらゆる夢を具現しながら、未来の人類に向けて、果てしなく広大な遺産を築きあげているようにも見える。

 その遺産が、良貨となるか悪貨となるかは、私たちがネットという舞台で、何を演じるかにかかっているのではないだろうか。

 台本を書き、演出し、出演するのは、「今」を生きる私たち一人一人だからである。

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2008年7月 6日 (日)

もう一つのリアルな世界①

 今朝、昼食の弁当を持っていなかったので、通勤途中に新宿駅のドトールでサンドイッチを買い求めたところ、財布にお金が入っていないことに気がついた。ちょっとあわてたが、とっさにレジで「スイカ」のカードを取り出して支払った。

 考えてみれば、私たちはリアルのお金と、デジタルのお金の両方を使う世界に、いつの間にか住んでいたのである。

 そういえば、ネット上のアマゾンのサイトで本を買うようになったのは、いつからだろう。

 まだ7~8年といったところだろうが、その間、私が京都にいたころに本を買っていた「駸々堂書店」や「丸善」などの老舗をはじめ多くの書店が、街から姿を消していった。

 最近は耳にすることはないが、インターネットが出現したころ、パソコン雑誌などでネット上の世界のことを、リアル(現実)空間と対比して、バーチャル(仮想)空間などと呼んでいた時期がある。

 しかし、今では本の購入のみならず、物品や食料の調達のほか、勉強や仕事のための資料や情報の収集など、私たちの生活の重要な領域をネット上での遣り取りが占め、リアルとネットとの境目がなくなりつつある。それだけ急速に、音もなくネット空間が成長しているということだ。

 この15年ほどの間に、リアル世界とは別の、もう一つのリアルな世界(文化圏・経済圏)がネット上に構築され、さらにそれは加速度的に成長し、いつの間にか私たちは、そこに片足を半分突っ込んで生きている。

 たとえば、この「ブログ」という仕組みも、ネット上に出現したのは4~5年前である。が、企業情報センターの調査結果(国内)によると、昨年の時点で、集計対象としたブログサービス全体の昨年1年間の推定訪問者数は3527万人となり、2006年の2752万人に対して128%の伸張率を示したという。

 たった数年で、個人を主体とした双方向的な世界が、これほど成長したのである。さらにこれにミクシィなどのSNSなどを合わせれば、その数は倍増することだろう。

 2008年の時点で、インターネットがこの世に出現して、わずか15年。これが10年後の2018年には、どんな世界へと成長を遂げているのだろう。また、30年後には、70年後には、200年後は――

 それが事業であれ、運動であれ、私たちがこの世の中に対して何らかの働きかけをする場合、今までのようにリアルな世界にだけ軸足を置いて事業を展開していたのでは、街から姿を消した数々の老舗書店と、ほぼ同じ道をたどることは避けられないだろう。

(つづく)

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2008年7月 5日 (土)

巣立ち

 7月4日、わが家の玄関に住んでいたツバメのヒナたちが、一斉に巣立っていった。

 その日の午後、家内から、「いざいなくなると、ガランとして寂しいものです。  元気に飛んでくれたらいいなあと祈ります」とのメールが届いた。

 3日にブログで紹介し、写真までアップしたその翌日に巣立ちの日を迎えたというのも、不思議なことだった。

 そういえば前日の夕方、3年生になる長男が、「ツバメの親が3羽も巣に出入りしている」と語り、私もツバメが空中で遊んでいるように追いかけっこをしながら飛翔しているのを見て、“子育てで忙しいはずなのに”と奇異の感をいだいたことを思い出した。

「そうだったのか」と、昨夜になって、はたと気がついた次第であるが、旅立ちの期はすでに熟していたのである。

 ツバメの親もヒナも、ともに猫にもヘビにも襲われることなく、無事にこの日を迎えたことが嬉しかった。

 私たちも、さまざまな友人や恩人たちに支えられながら、家庭、学校、そして組織や職場など、これまで幾つの故郷から、巣立たせていただいて来たことだろう――

 ありがたいことである。 

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2008年7月 4日 (金)

庭に咲くバラ

 昨日の朝のこと、早朝の祈りの後で、6時前からブログ(「ツバメの巣」)を書き始めた。

 30分ほどして、ふと庭に目をやると、朝日を浴びた数輪のバラの花が、匂い立つような輝きを帯びて、朝の澄んだ空気の中に咲いているのが見えた。

 じっと正視していると、やがてそのバラは、形を超えた“いのち”そのものとなって、私の“いのち”の中に飛び込んできた。

 それはバラであってバラではない。「存在」そのものの純粋な形相が、顕わな極彩の色となり、私のいのちと呼吸し、いのちといのちとが融合していった。

 祈りながらブログに言葉を紡いでいるとき、それは「真象」というものを、追い寄せている時なのだろうか。

「真象」を観るということは、私たちのいのちが素っ裸(つまり“いのち”そのもの)になったときに開ける、或る視点を獲得するということなのかもしれない。

 これは一種の御祓(みそぎ)である。削がれたものは、これまで「偽象」を見ていた視点である。

“感じる”ということだけでは、だめなのであろう。それは言葉によって文章を紡ぎ、あるいは絵筆を持って美を表現するといった、真・善・美を生み出す能動的な諸活動に私たちが真摯に従事したとき、これまで「偽象」を見ていた視点が忽然と剥落し、そこにはじめから在り続けていた「真象」が姿を現す、そんなことを思うのである。

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2008年7月 3日 (木)

ツバメの巣

 今から7年ほど前、青梅に越して来た春のこと、我が家の玄関灯の上にツバメが巣を掛けた。
 つがいのツバメが毎日ひっきりなしに土を運んで巣作りをしていたが、ある日を境に、どこかへ立ち去ってしまった。

 家族中でヒナが孵(かえ)るのを楽しみにしていたが、果たして玄関灯を灯したのがいけなかったのか、猫を飼ったので警戒してしまったのか、それとも子供たちが観察しすぎたせいなのか、家内と考えを巡らせてみたものの、やがて関心は目前の子育てや生活へと移り、玄関灯の上には三分の二ほど仕上がった巣が、そのまま鎮座したまま歳月が過ぎていった。

 そして今年の春、新たなつがいがこの巣を発見し、巣作りを始めた。

200807031

 私たちも万全を期して、玄関灯のスイッチが入らないようにテープで固定し、猫に襲われないよう玄関周りをきれいに片づけた。

 1カ月ほど経った6月下旬、ついに5羽のヒナが孵った。

 ツバメのヒナは、生きている昆虫を主食としているため、彼らの親は早朝から夕暮れまで一刻も休まずに、捕獲した餌を大車輪でヒナたちに運んでいる。
 何の迷いもなく、黙々と無心に働くそこには、生命のいとなみの純粋な姿が現れていて、見ているだけで尊くなる。

 7月3日の今朝、巣を見上げてみると、ヒナたちはすでに巣からあふれそうになるほど大きく成長していた。あと一週間も経てば巣立つことであろう。

 巣の構築から、雛の巣立ちまで足かけ7年。

 一見、誰からも忘れ去られた空白と見える時間の中で、秘かに何ものかが着実に熟成を遂げ、巣立ちの時を待っていたのかもしれない。

 内なる夢の実現と、とてもよく似ているように思う。

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2008年7月 2日 (水)

そのまま神であるということ

 畏友、堀浩二さんがブログ「悦びの広場」で、次の言葉を綴っていた。素晴らしい内容であり、幽界に旅立たれた榎本恵吾先生の謦咳に触れた思いがしたので、以下に感想を書かせていただいた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

>私は榎本恵吾先生に特にきつく言われたのは人間は神の子であるという事は自分は神であると言う事だと言う事であり、それは取りも直さず、自分の人生の一挙手一投足、思想も全て、何時如何なる時もそのままで神であったという事である。この時は神でなかった、間違っていたなんて事は無いのである。それが実相を悟り、正しく認識するという事である。間違っていた、罪を犯したなんて言う風に自分に自分の人生が感じられるのは自分の心のレンズが歪んでいてそう感じられるに過ぎないのである。
 それが分かった時、吾等は自分は神に百%生かされていたと分かる。その時、真に感謝と悦びが湧いて来る。

「何時如何なる時もそのままで神であった」ということは、私たちは、どんな時も、そのままで完全円満なる「光り」だったということである。
 自分の過去を振り返ってみて、神として、光りとして拝めないところがあったとしたら、それは、神であり、光りであることを自覚していなかった過去の残像を見ているのである。「唯神実相」「三界唯心」を説くみ教えに触れたる者、この残像に捉われることなかれ。
 そのまま神、そのまま光りである。私たちの一挙手、一投足が「光り」の現成であり、実相・実在の鳴り響きである。

 たとえ、私たちが、過去にどのような悲惨で取り返しのつかない出来事をしでかしていたとしても、取り返しのつかないようなものなど、この世には存在しないのである。なぜなら、完全円満なる神(仏)のほかに、この三千大千世界に存在するようなものなど無いからである。
 天地の初めから「光り」のみであり、それ以外のものは残像(つまり無)にすぎなかったということは、信仰者として自らの内でいよいよハッキリさせなければならない事実(実相)なのである。

 仏教で云う「同行二人」とはこのことである。二人と云っても、神と自分と別れているものが同行しているという意味ではない。『甘露の法雨』には、「人間は神より出たる光なり」と記されているように、それは完全円満なる神と光りが法輪を転ずる姿であり、それのみが過去、現在、未来を貫いているのである。
 
 誌友会もまた、完全円満なる光りが主催して、完全円満なる光りが集うのである。それは完全と完全とが照らし合う荘厳なる姿であり、そこで開催される諸行事も光りであり、制作された諸作品も光りであり、これ全て生長の家「光明縁起説」より観たる光りの展開であり、実相・実在が展開する消息である。

※「光明縁起説」については、『生長の家』誌の昭和55年6月号に掲載された「碧巌録解釈」の中で、谷口雅春先生が展開されています。現在は、『碧巌録解釈』後編(谷口雅春先生著)の第九十則に掲載されていますので参考にしてください。

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2008年6月26日 (木)

魂の「進歩」について

 昨日の朝、拝読した『続 真理の吟唱』(谷口雅春先生著)に次のような一節があった。

進歩というのは、人間生命の無限内容を隠覆していた被服の如き、濃厚なる物質的波動が希薄となりて剥落して“神の子”たる実相の内容が一層ゆたかに光彩を放つに至ることである。(同書、261頁)

 魂の「進歩」と、生物の「進化」とは異なるのである。

「進化」とは、生物が種や属を超えて別種のものへと変化することであるが、魂の進歩とは、はじめのはじめから在った“神の子”の無限内容が顕わとなる、つまり本質がそのまま露見することなのだ。

「無限内容」の情報とは、即ち「光り」である。

 人間・神の子、“そのまま円満完全”なる大光明をよろこぶことで、物質への執着が希薄となり、現象への執着が剥落するにしたがって、神の無限内容が光りを放つのである。

 十方世界光明遍照、吾が全身光明遍照である。

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2008年6月22日 (日)

「秋葉原事件」について

 昨夜、久しぶりに早く帰ってみると、6年生の次女を座長に3年生の長男、年長組の次男の3人が、カードゲーム「UNO」なるものに遊び興じていた。
 
 目下の弟どものことを知悉している座長(次女)は、彼らを後目に軽妙な舌戦を仕掛けながら、今このカードを切ったらこの子は泣いちゃって遊べなくなるな、ここで自分だけ上がってしまったらケンカになるぞ、など相手の顔色や心理を読みつつ、嬉々としてゲームを進めていた。

 私は、「この子はマージャンに向いているかもしれない」などと感心しながら徳利を傾けていたが、ふと「秋葉原無差別殺傷事件」の加害者は、子供の頃どのような遊びをしていたのだろうかと思った。

 スポーツをはじめ「UNO」やトランプなど、人間同士が直接野外や卓上で遊ぶゲームには必ず喜怒哀楽が伴い、そこに知識や技術を超えたゲームの奥深さや味わいが生まれる。

 わが家では、テレビゲームは学習用ソフトを除いて基本的に禁止しているが、人間が直接ふれ合うことで成立するリアルなゲームと、プログラムを相手にするテレビゲームとの違いとは何だろうか。

 ただ一つ言えることは、テレビゲームに登場する相手(キャラクター)は、喜怒哀楽が完全に欠落しているということだ。

 どの勝負であれ人間同士の対戦では、①「知能」②「技術」③「感情」、この三つの要素が複雑に加わることでゲームの勝敗が決するのではないだろうか。

 なま身の人間と対戦しないテレビゲームでは、参加する人間の側にのみ①「知能」②「技術」③「感情」の三要素が成立しているが、相手となるキャラクターの側には①「知能」②「技術」しか存在しない。

 勝負とは、つまり①「知能」戦、②「技術」戦、③「感情」戦を、双方向的な遣り取りを通して総合力で競うのが本来であるが、ゲームに登場するキャラクターとの対戦では、③「感情」戦については、相手からの反応を得ることができないため、相手の喜びも怒りも悲しみも楽しみも嘆きも、こちらに伝わって来ることはない。

 通勤途中の電車の中で、猟奇的なゲームソフトの宣伝が、広告用の液晶画面に流れることがある。そこでは、大刀を持った武者のような主人公が、数え切れないほどのサムライや怪物を、バッサバッサと切り捨てるシーンが目に飛び込んでくる。

 テレビゲームでは、なぜこれほどまでに「死」が軽んじられているのか。なぜ、これほどたくさんの生き物を殺すことが出来るのか。
 それは、相手に「感情」が存在していないことが明白だからであろう。「感情」が存在していなければ、それは“生き物”ではなく、ただの「もの」に過ぎないわけであるが、バーチャル空間の場合は「者」であることも、「物」であることすらも成立しない。つまりスイッチ一つ、リセットひとつで現れたり消えたりする対象に、いちいちそんなやっかいな“思い”を抱くことができないのは当然のことであろう。「感情」のやりとりのないところに、「思いやり」や「優しさ」が成り立たないのも当たり前の道理である。徹底的に痛めつけたとしても、その対象からは微塵も「人格」や「痛み」や「悲しみ」を感じることはできないのだから――。

 リアル(現実)の世界での「知能」、「技術」、「感情」による遊びを十分に経験していない子供が、一人バーチャル(仮想空間)で、「感情」の完全に欠落した、「者」でも「物」でも、そして「モノ」でもない“相手”と遊ぶ。

 努めて想像してみてほしい。

「無差別殺傷事件」が、なぜあのような場所で発生したのか。
 防止するには、どのようにすればいいのか。

 そして、子供にふさわしい“遊び”とは、何なのかということを。

 政治やイデオロギーや思想を越えて、それぞれの家庭や地域で取り組まなくてはならないことがたくさん見えてこないだろうか。

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「秋葉原事件」について

 昨夜、久しぶりに早く帰ってみると、6年生の次女を座長に3年生の長男、年長組の次男の3人が、カードゲーム「UNO」なるものに遊び興じていた。
 
 目下の弟どものことを知悉している座長(次女)は、彼らを後目に軽妙な舌戦を仕掛けながら、今このカードを切ったらこの子は泣いちゃって遊べなくなるな、ここで自分だけ上がってしまったらケンカになるぞ、など相手の顔色や心理を読みつつ、嬉々としてゲームを進めていた。

 私は、「この子はマージャンに向いているかもしれない」などと感心しながら徳利を傾けていたが、ふと「秋葉原無差別殺傷事件」の加害者は、子供の頃どのような遊びをしていたのだろうかと思った。

 スポーツをはじめ「UNO」やトランプなど、人間同士が直接野外や卓上で遊ぶゲームには必ず喜怒哀楽が伴い、そこに知識や技術を超えたゲームの奥深さや味わいが生まれる。

 わが家では、テレビゲームは学習用ソフトを除いて基本的に禁止しているが、人間が直接ふれ合うことで成立するリアルなゲームと、プログラムを相手にするテレビゲームとの違いとは何だろうか。

 ただ一つ言えることは、テレビゲームに登場する相手(キャラクター)は、喜怒哀楽が完全に欠落しているということだ。

 どの勝負であれ人間同士の対戦では、①「知能」②「技術」③「感情」、この三つの要素が複雑に加わることでゲームの勝敗が決するのではないだろうか。

 なま身の人間と対戦しないテレビゲームでは、参加する人間の側にのみ①「知能」②「技術」③「感情」の三要素が成立しているが、相手となるキャラクターの側には①「知能」②「技術」しか存在しない。

 勝負とは、つまり①「知能」戦、②「技術」戦、③「感情」戦を、双方向的な遣り取りを通して総合力で競うのが本来であるが、ゲームに登場するキャラクターとの対戦では、③「感情」戦については、相手からの反応を得ることができないため、相手の喜びも怒りも悲しみも楽しみも嘆きも、こちらに伝わって来ることはない。

 通勤途中の電車の中で、猟奇的なゲームソフトの宣伝が、広告用の液晶画面に流れることがある。そこでは、大刀を持った武者のような主人公が、数え切れないほどのサムライや怪物を、バッサバッサと切り捨てるシーンが目に飛び込んでくる。

 テレビゲームでは、なぜこれほどまでに「死」が軽んじられているのか。なぜ、これほどたくさんの生き物を殺すことが出来るのか。
 それは、相手に「感情」が存在していないことが明白だからであろう。「感情」が存在していなければ、それは“生き物”ではなく、ただの「もの」に過ぎないわけであるが、バーチャル空間の場合は「者」であることも、「物」であることすらも成立しない。つまりスイッチ一つ、リセットひとつで現れたり消えたりする対象に、いちいちそんなやっかいな“思い”を抱くことができないのは当然のことであろう。「感情」のやりとりのないところに、「思いやり」や「優しさ」が成り立たないのも当たり前の道理である。徹底的に痛めつけたとしても、その対象からは微塵も「人格」や「痛み」や「悲しみ」を感じることはできないのだから――。

 リアル(現実)の世界での「知能」、「技術」、「感情」による遊びを十分に経験していない子供が、一人バーチャル(仮想空間)で、「感情」の完全に欠落した、「者」でも「物」でも、そして「モノ」でもない“相手”と遊ぶ。

 努めて想像してみてほしい。

「無差別殺傷事件」が、なぜあのような場所で発生したのか。
 防止するには、どのようにすればいいのか。

 そして、子供にふさわしい“遊び”とは、何なのかということを。

 政治やイデオロギーや思想を越えて、それぞれの家庭や地域で取り組まなくてはならないことがたくさん見えてこないだろうか。

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2008年6月20日 (金)

神の「無条件の愛」について

 生長の家の『甘露の法雨』には、次のような一節があります。


至上
無限
宇宙を貫く心
宇宙を貫く生命
宇宙を貫く法則
真理
光明
智慧
絶対の愛。

 この「絶対の愛」こそが、「唯一絶対の神」の愛です。
 この「絶対の愛」は、この人は良い人間だから愛するけれども、この人は罪人だから愛さない、といった相対的な偏った愛ではありません。
「絶対の愛」を言い換えてみれば、「無条件の愛」ということです。

 それは、信仰を持っている人にも、神を否定している無神論者にも、盗人にも、人を殺したような罪人にも、まったく平等に、無条件に、しかも無限に降り注いでいる太陽のような「愛」のことです。

 その愛は、これから降り注ぐのではありません。また、過去に降り注いでいたのでもありません。
 その愛は、今すでに、ここに降り注いでいるのです。

 また、生長の家の『甘露の法雨』の劈頭にある「大調和の神示」には、次のような一節があります。

「汝ら天地一切のものと和解せよ。天地一切のものとの和解が成立するとき、天地一切のものは汝の味方である」。

「天地一切のもの」とは、自分を取り巻く総てのもののことです。同時に私たち自身のことも含みます。つまり、天地一切のものである、私と私を取り巻く全てのものと和解するとは、それら全てのものの背後にある、「神」と“ひとつ”になりましょう、ということなのです。

 それは、「神」と、「私」と別れていたものが、これから“ひとつ”になる、ということではありません。
「神」と「私」「天地の万物」とは、初めから“ひとつの命”だからこそ、「無条件の愛」によって結ばれているです。

 神様の世界では、天地の全てのものが、既に初めのはじめから愛し合っているのです。
 その実相を観て喜び祝福しなさい、ということが「天地一切のものに感謝せよ」ということなのです。

 また、天地一切のものが無限に愛し合い、感謝しあっている実相を私たちが観て悦ぶとき、実相において“ひとつ”である天地一切のものも歓喜して、その完全円満な大調和の姿が現れるのです。それが「天地一切のものは汝の味方である」という意味です。

 ですから、「大調和の神示」は次のように続いています。

「その感謝の念の中にこそ汝はわが姿を見、わが救いを受けるであろう。われは全ての総てであるからすべてと和解したものの中にのみわれはいる」

 私たちが神想観を実修して、神様の無条件の愛の世界に飛び込んだとき、天地一切のものは「味方」つまり、「神」となるのです。

 ですから私たちが、まだ自分のことを嫌っていたり、誰かを恨んだり、憎んでいるとしたら、その人間の「現れ」だけを見ているのですから、不完全な相しか見えないのは当たり前のことなのです。

「現象」というニセモノを見ていたのでは、自分とも、その人とも、永遠に和解することも感謝することも、調和することもできません。なぜなら、本当の人間そのものである実相と出合っていないからです。

 ソクラテスは、アテネのデルフォイの神殿に刻まれていた、「汝自身を知れ」という言葉を読んで実行したそうですが、私たちも、「汝自身」である人間・神の子に目覚め、大調和の実相世界に飛び込み、“無条件の愛”の大海原へと漕ぎだそうではありませんか。
 生長の家では、神想観で現象を否定して、その“無条件の愛”の中に飛び込んでしまうのです。

 この世界には犯した罪もなければ犯された罪も存在しません。そんなものはみな現象です。私たちが現象を放ってしまえば、人類の「原罪」は一切存在しないのです。
「原罪」と感じられたものは、ただの現象であり、それは本来無いのです。

「現象無し」「実相独在」に徹することで、もう貴方はこの世に恐れるものはなくなり、“無原罪の神の子”つまり“天下無敵”となることができます。

「生長の家信徒行持要目」のなかに、「常に必勝を信じて人生を邁進すべし」という言葉があります。
「必勝」とは、先ほど紹介した聖経『甘露の法雨』にある、「宇宙を貫く心 宇宙を貫く生命 宇宙を貫く法則 真理 光明 智慧 絶対の愛」のことです。

 たとえ現象的に「負けた」と見えたとしても、神を生きる者は常に「必勝」なのです。私たちは“久遠生き通しの命”なのです。
 現象は、初めから負けているのです。負けているどころか「現象は無い」のです。

 私たちは、ますます“無原罪の神の子”の実相を喜び、この「罪なし」「病なし」「死なし」の真理を、神とともに、聖なる光となって、より多くの人に伝えていきたいと思います。

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2007年12月22日 (土)

巨大ショッピングセンター

 私の住んでいる青梅市から山一つ越えた町に、巨大なショッピングセンターが出現した。2007年末のことだ。

 ショッピングセンター周辺には日の出町、武蔵五日市市、あきる野市などがあり、これらの町を貫通してJR武蔵五日市線が走っている。終点の武蔵五日市駅周辺は、山に囲まれた市街と寄り添うように、街道には昔ながらの風情ある商店が立ち並び、長い時間を経て築かれたであろう地方都市の美しく完結した姿が見てとれる。

 しかし巨大ショッピングセンターの出現は、否応なく、これら古くからある地元の商店街に影響を及ぼすことであろう。

 わが家には中学生を筆頭に5歳の幼稚園児まで4人の子供がいる。家の近くのバス停には、客があまり寄りつかない小さな酒店があり、そこには夏も冬もアイスクリームのボックスが置いてある。近所の子供たちはそこの常連さんで、わが家の5歳の子までが、小銭を握りしめて1人でアイスを買いに出かけて、ちゃんと売買を成立させている。酒屋のジイさんともなじみとなり、いつぞやは定価に数十円足りないにもかかわらずちゃんとアイスを買ってきていた。

 そんな光景を見ていると、かつて私が小学生だったころの風景が脳裏に浮かんできた。私は静岡県の山間の村に育ったが、そんな場所でも子どもが足を運べる数キロ四方の範囲に4~5軒の駄菓子屋があった。

 店には大きさや味や値段の違う自家製のおでん、景品の並んだ1回5円也のクジ、紙袋にささやかな玩具を入れたサグリ、王冠の裏をめくったら当たり外れが出てくる炭酸飲料。今では見かけないものばかりだが、駄菓子屋周辺は子どものたまり場となり、親からもらったささやかな小遣いの使い道は、当時小学校低学年だった私たちの脳裏を駈けめぐり、生活の重要な領域を占めていた。

 ある日、クジの景品で陳列されていた拳銃が無性に欲しくなり、何日も挑戦してみたが、なけなしの小遣いは空しく消えていった。意を決して親の財布からお金をくすね、景品欲しさに駄菓子屋に勝負に出かけたことがあった。小箱に盛られた切手大のクジを一枚一枚めくり、さあ当たるぞ、もう当たるぞ、これで当たるぞ、とめくっていったが、最後の一枚をめくり終えても、とうとう当たりは出てこなかった。呆然としていると、なんとも言えない汚れた悲しみがこみ上げてきた。後日、その景品の拳銃が商品として売られていたのを見て、忸怩(じくじ)たる思いをしながらもすべてを了解した。

 ふり返ってみれば、駄菓子屋のさまざまなタイプのおばさんたちと触れあうことで、かつての子どもたちは小さなヤケド、思わぬ行幸などを繰り返し経験しながら、人間の多様な側面を見せられつつ渡世のいろはを学んでいたのである。

 ショッピングセンターやコンビニの出現は、大人にとって便利である反面、子どもから、重要な社会教育の「場」を奪っているのかもしれない。もったいないことである。

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2007年9月 9日 (日)

いのちの響き

  台風一過後、私の住む青梅の庭では、秋の虫たちが一斉に啼き始めた。

 夜中に床に就くと、開け放った窓から、虫たちの音(ね)が宇宙を奏でるように深い夜を満たしていた。

 何種類もの命の音の合奏。それは虫が啼くというよりも、大地そのものの音楽だった。
 音が鳴っているのではない、いのちが、いのちのなかで、いのちを奏でていた。

 それまでは一つ一つの虫の音が、勝手気ままに鳴っていると思っていたが、周りの虫たちのいのちの響きを、彼らは確かに感じながら、絶妙のアンサンブルで自らの音を奏でているのだった。

 やがて時間が消え、天地が消え、私も消え、いのちの合奏のみが、いのちの世界に鳴り響いていた。

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2007年8月25日 (土)

蝉の抜け殻

 子どもたちは蝉の抜け殻が大好きだ。

 たぶん抜け殻の方でも、子どもたちのことが、大好きなのではないだろうか。

 あの奇怪な姿、あの飴色の輝き、あの、ちょうど手の届くところに止まっているその高さ。

 蝉の抜け殻は主人公が去った後で、子どもたちの夏を豊かにいろどっている。

 主人公は天空に羽ばたいて大きな鳴き声で盛夏をうたいあげている。

 抜け殻はじっとしたまま、無言で晩夏を奏でている。

 そして双方ともに、跡形もなく消えてゆく。

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2007年4月29日 (日)

榎本研修と『生命の實相』

 榎本恵吾先生は、昭和五十六年の後半から数年間、練成部に所属されて研修生のお世話をご担当になった時期があった。この間、何人の人々が、先生との研修生活を経験されたのであろうか。あの時代から、もう四半世紀が過ぎようとしている。しかし、私たちが先生の元で過ごした日々は、ますます光り輝くものとなり、私たちを無限に蘇らせているのである。それは永遠に瑞々しく、神想観の座が結ばれるところ、聖典『生命の實相』が紐解かれるところ、私たちのみならず誰でも、いつでも、どこでも、その光りは、久遠の泉のように湧出して、みどり児の詩(うた)を奏でずにははおかないのである。

 研修生たちに先生は、「私のお役目は、皆さんが安心して『生命の實相』を拝読し、神想観を実修していただくための座布団のようなものです」とおっしゃっていた。また、「私の原稿の言葉は、諸君が『生命の實相』のご本をますます懐かしくなり、『生命の實相』に振り向き、『生命の實相』に帰っていただくために書いているのです」とも語っておられた。先生の言われる「座布団」とは、“みどり児”なる私たちを荘厳する如意宝珠なる蓮華の宝座のことであり、先生はその研修を通して、一人ひとりが光明一元の實相の世界に座して、自性円満なる光の子として巣立っていく、ただただそのことを願い、観じ続けておられた。だから先生は、「皆さんは、宇治本山に光りを貰いにやって来たのではないのです。逆に宇治本山の方が、皆さんの内にやってきたのです。みなさんは宇治のみならず全宇宙を照らす光りなのです」とも、おっしゃっていた。

「“愛行”とは、“愛”そのものである皆さんが行ずるから“愛行”なのであり、神想観とは、はじめのはじめから“神”である皆さんが想い観ずるから“神想観”なのです。だから、これから神想観をした後に神になり、完全になるのではありません。先ず光りだ!」。先生の言葉は、私たちが慣れ親しんだ日常の言葉としての意匠を脱ぎ捨て、生きもののように実在からのメッセージを伝える。それは『生命の實相』の文字間に、實相世界の荘厳を観た者のみが発する言葉なのである。それは、同時に同書から出た光りの展開であり、その光りに触れた者はやがてそこに無限の懐かしさを抱きつつそこに帰るのである。「神想観をしてからではない」「『生命の實相』を読んでからではない」と宣言されていた先生ほど、誰よりも神想観を深く実修し、聖典の荘厳を讃え、聖経読誦や愛行を心底楽しく行じていた人はいない。それは、「先ず光り」なるものが、その自ずからなる喜びを鳴り響かせていた法爾自然のお姿だった。

 そんな先生の信仰姿勢は、そのまま私たちへの實相直視となり、一切の現象を光りへと変える一転語となり、生長の家の「基礎論」の徹底となり、研修を経験した多くの人が『生命の實相』全四十巻を、ごくあたりまえのようにして読破していったのである。それは、先生が放つ“光りの香気”のようなものが『生命の實相』の行間からあふれ、それを私たちは呼吸していた。その光りは天地いっぱいに広がり、春夏秋冬を経験するように、研修生たちは『生命の實相』という言の葉の光りの中を歩み続けていた。やがてそれは気が付いてみれば、いつの間にか光りのまっただ中へと続いていたのである。

 先生のご準備してくださった光りの座布団。今は、私たちが敷かせていただく番なのである。

       二〇〇七年四月二十九日 

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2006年11月14日 (火)

内なる光

 機関誌『生長の家青年会』1月号の巻末に、次のようなメッセージを書きましたので転載します。

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 聖経『真理の吟唱』には、「光はそれを自覚せる者の心の中に照り輝くのである」(「内なる光を呼び出す祈り」)と説かれています。

 光は、私たちの内に在って、私たちがそれに気付くことを待っているのです。

 なぜならこの「内なる光」は、人間の實相そのものであり、それが私となり、あなたとなって此の世に誕生したのですから。

 私たちは、その荘厳なる事実を観じつつ、今日を、そして新たな年を歩み出しましょう。

 真理の吟唱の言葉は次のように続いています。

「自己が自己に宿る光を照り輝かして、相手の人々を観れば、類は類を呼び出し、光は光を点じて、相手の人々から“神の光”が呼び出されてくるのである」。

 現象を見る前に、先ず善一元、光明一元の神のみが“唯一の実在”であったことを観じて悦ぶこと。

 その喜びは「光」となり、祈りとなって十方世界に鳴り響くことでしょう。

 国際平和信仰運動の展開とは、その「内なる光」の伸展そのものなのですから。


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2006年10月15日 (日)

観音妙智力のこと

「観世音菩薩は、あらゆる姿とあらわれて私たちに救いの説法を宣示し給うのである。山々のたたたずまい、雲の行きかい、風の韻き、水の流れ――ことごとく観世音菩薩の慈悲の説法である。心に耳あるものは聴け、心に眼ある者は見よ」
   (谷口雅春著『真理の吟唱』「観世音菩薩を讃える祈り」より)


 私たちを取り巻くすべてのものは「観世音菩薩」の慈悲の説法なのである。そして、一番身近な「観世音菩薩」は、実は私たち自身。

 観世音菩薩は、宇宙に充ち満ちている尽十方無碍光如来の大慈悲の顕れであると教えられているが、私たちの身心そのものが尽十方無碍光如来の大慈悲が如実に顕現した相(すがた)なのである。

 私たちが見聞覚知すること、そのことが観音妙智力の働き。私たちが新陳代謝すること、そのことが観音妙智力の働き。私たちがこの世に生まれて、そして他界していくことが観音妙智力の働きなのである。

 私たちは、自分で生きているのではない、それは見聞覚知させていただき、新陳代謝させていただき、生まれさせていただき、生かさせていただき、死なさせていただいているのである。

 私たちは「自分」ではなく、「観音妙智力」が私となって顕現しているのである。私はそのままで観世音菩薩であり、観音妙智力であり、尽十方無碍光如来の化身なのである。

 私たちは、その霊妙なるいのちを見失ってはならない。天理教祖は、この消息について絶妙な言葉を残している。

「惜しい欲しい可愛いと、欲と傲慢これがホコリや」

「自分」が生きていると思えばこそ、惜しくなり、欲しくなり、可愛くなり、欲が生まれ、傲慢が生じ、霊妙なる実在が見えなくなる。

 そこを超える方法はただ一つ、自分の全身全霊が、はじめから観音妙智力の顕れであり、尽十方無碍光如来の化身であり、未だ一度も汚れたことも崩れたこともない、「実在」そのものの顕現であることを、ただただ悦ぶこと、ひたすら祝福すること。

 そして、神(佛)のみが唯一の実在であることを識ることである。


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2006年9月14日 (木)

風となり雲となりて (久都間育代)

 家内が榎本恵吾先生の想い出を書いていましたので、(許可を得て(^^;)このブログにも転載することにしました。
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  風となり雲となりて

「先生」。心の中で語りかけると、
「どうかね」。と、懐かしい声とともに温かな笑顔を想い起こします。

 はじめてお会いしたのは、昭和五十九年四月。十九の春でした。養心女子学園で、決まっていた総本山への内定を急きょ取り下げ、宇治別格本山に奉職することを願い出た私は、なぜどうして宇治へ魂が引かれるのか、自分でも理由が分かりませんでした。しかし先生にお会いしてはっきり分かりました。私の魂は間違えていなかったと。先生、奥様、ご家族、先生の研修生。この方たちと会うために私は此処に来たのだ、そう思いました。
 奉職後、受付係をしていた私は、ある初夏の朝、先生からの電話を受けました。

「奈良線の奈良行きは何時があるかね」
 それに応答した後、すぐに公衆電話へと急ぎました。
「先生、私今日お休みなのです。誌友会に連れて行ってください」
 自分でも思いがけない大胆な行動でした。
 こうして初めて、先生と一緒に奈良の王寺で開催される誌友会へと喜んで宇治駅に着くと、そこにはもう一人来ておられました。久都間さんでした。彼も先生と二人で行けると思って来たら、もう一人いたと少し残念に思ったようです。奈良行きの電車が到着し、車両に彼と私が同時に乗った時、先生は〝この二人は結婚する〟と直感されたと、もう結婚してしばらく経った頃にお話くださいました。

 先生に付いて二十から二十一歳の頃は、西宮の前波邸で毎月一回開催される誌友会に通いました。いつの間にか久都間さんも通うようになり、これも先生が自然に敷いた縁であったのですね。ある日の朝、食堂でお会いした先生に、
「久都間さんが自分で書いた原稿用紙を束にして持って来られました」
 と言いますと、先生は実に嬉しそうな、これ以上の悦びはないとばかりに喜ばれ、
「そうかね。彼はもってきたかね。そうかね」
 と満面の笑みでした。

 先生と奥様が私たちの結婚祝賀会で「埴生の宿」を歌ってくださいました。その歌声を聞きながら、この結婚をご縁として何らかの形で生長の家のお役に立ちたいと希(ねが)ったものでした。
 後に先生は、研修生出身のある方が宇治本山を退職されることになった時、こうおっしゃいました。

「私はねぇ、研修生の一人ひとりにアコヤ貝の真珠の核のように、一人一人のお腹に神の子の真理を入れておいたんだよ。それは本人が外そうと思っても、ジタバタしても、もがいても決して外れない。だからね、彼は本山を辞めても、どこに行こうが、大丈夫なんだよ」と。

 私が十九から三十五まで宇治で過ごした十六年、あの先生の元で送った日々は、全て神様から与えられていた。
 コンクリートの固い裂け目から、草花が咲く。その土台となるやわらかな土を先生が用意してくださっていた、自然に咲いたと感じられるように。

 先生がお好きだった『まあだだよ』(黒澤明監督)の映画。あの中で教え子たちが「先生は金無垢だ」と話していましたが、先生もそうでした。そして純粋無垢でありました。来年は先生と奥様の古希のお祝いをと、あの映画での場面のように思い描いておりました。

 最近読み終えた本で、『博士の愛した数式』というのがあります。その博士は八十分経つと、記憶が消えてしまう。八十分にすべてが凝縮される。そして次の八十分が始まる時は、また新たな驚きから始まるという話です。その数学博士は、自然数の中の素数をとても大切に思っています。他の整数では割り切れない、そのままで成り立っている3、5、7、11…こんなに美しい数、素数と。

 主人がこの小説に出てくる博士が、先生とそこはかとなく似ているね、と言っておりました。先生がお話されるとき、書をかくとき、雲や風景の絵を描かれるとき、作曲をされるとき、素数のごとく、本当にひとつのものを愛おしむが如く、大切に大切に紡ぎ出していかれました。

 昨年秋の慰霊祭で、谷口雅宣先生が「たとえ肉体は滅したように見えようとも、ご家族やご縁ある人々を、小石となり草木となり風となり雲となって見護ってくださる」と話されました。そのお言葉を今、深く感じています。

  ゆく雲に
   流れる水のささやきに
    ともに歩みし山の辺おもいて

  青き空
   風の流れに響く歌
    師と口ずさむ〝きれいなきれいな〟

    山は緑
   空に映えたる夕雲に
         〝きれいなきれいな〟 歌は風となり

        

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2006年9月 9日 (土)

榎本恵吾先生の夢(友人宛の返信より)

 合掌、ありがとうございます。
 Hさんのお父様の訃報をお知らせくださり、ありがとうございました。

 九月九日の明け方、榎本恵吾先生が私の夢の中に出てきました。
 このようなことは初めてだったので、夢から覚めた後も、そして今も、先生の懐かしい魂の響きが、私の心の奥底でこだましています。

 夢をみている最中、ふと気がつくと榎本先生がありありと目の前にいることに、私はとても驚いていました。そして周りにいた知人の何人かに、ことの重大さを呼びかけてみましたが、皆さんは「ごく当たり前のこと」といった様子で、さして驚いているようではありませんでした。

 私は懐かしさのあまり「今のうちに何か大切な話をしておかなければ」と、生前していたように先生に呼びかけてみましたが、いざお話ししようとしても、具体的な言葉が見つかりません。

 それでも、私を見つめてくださっている先生に、このまま進んでいいのでしょうか、というような意味のことをお訊ねすると、先生は私の「いのち」そのものを、慈愛に満ちた魂の眼で真っ直ぐに見据えて、「そのままでいい、そのまま光りだよ」と、私の実相のみを相手にして見つめてくださっていることが伝わってきました。先生はすべてを察していらっしゃる、と感じた瞬間、限りない懐かしさがこみ上げてきたのです。

 そのほかにも、いろいろな話をしたようですが、もう覚えていません。
 今朝の出勤の際、電車の中でこのときの情景をずっと想起していたのですが、夢の中で私がしたことは、先生に向かって、ただコンコンと戸を叩いたことだけだったことに気がつきました。

 イエスは聖書のなかで、求めよ、されば与えられん、叩けよ、されば扉は開かれん、と説いていたことを思い出します。

 夢の中で(生前も、今でも)先生は、ただただご縁のあった渾ての人々の実相を拝んでいらっしゃったのだと思います。

  忘れないうちにと思い、書き留めさせていただきました。

 

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2006年8月26日 (土)

「ぎっくり腰」顛末記②

 谷口雅春先生は、大宇宙には神の創化力が満ちているとお説き下さっているが、神様に全托してベッドで寝ていると、やがて一週間ほどで立って歩けるようになった。

 入院2日目に、折よく大部屋が空いたのでベッドを移していたものの、入院費用もかさむので、7日目に病院を退院して自宅での療養に切り替えた。

 入院中は携帯電話の使用やパソコンのネットへの接続が制限されていたが、退院後は携帯電話で事務所と今後の仕事の段取りについて遣り取りし、未読になっていたメールをチェックしているうちに、23日に予定されている『聖使命』新聞の責了日までの事務所での様子などが次第に明らかになってきた。

 意を決して18日に出勤することに決め、その旨をメールや電話で関係者に連絡した。

 その間、状況を知った方々からお見舞いの連絡をいただいていたが、いつも仕事で遣り取りしているブラジル伝道本部の方から、次のような心温まるメールをいただいた。

(前略)神様から“少し休養しなさい”というチャンスをいただいたと思って無理をせず、完治するまでゆっくり養生してください。光明化運動は永遠に続くのですから、あせらず、大切なお体を大事にしてください。

 これまで意識したことはなかったが、私は、講師としての諸活動をのぞいては、それまで事務所での業務を「仕事」だと考え、神様の人類光明化運動とは、無意識のうちに異なるものと捉えていたふしがあった。

 しかし、より大いなる視野からみれば、私も、私たちの仕事も、組織も、私の躰も、神さま以外のものなど、一つもなかったのだ。

 自分が、自分の能力と、自分の躰とをつかって、自分の仕事をしている、のではなくて―― 神様が、神様の能力と、神様の躰とをつかって、神様の仕事をしている。それが私たちの人類光明化運動であり、国際平和信仰運動であり、神の子人間の生活だったのだ――

 万全を期するため、決意した18日の出勤は見送り、その間は自宅でメール、ファクス、電話などで情報を収集して、無理のない範囲で新聞記事の執筆を進めることで、20日に事務所に出勤させていただいた。

 そして迎えた23日の責了日。

 新聞の責了作業や紙面への割り付けも、翌24日にまたがりながらも無事に終わり、それぞれが終電や夜行バスで自宅に帰宅することができた。

 形から見たら、毎月繰り返される責了作業に変わりはないが、最早その内実は単なる仕事ではなく、それはそのまま神様が、神様の能力と、神様の躰とをつかって、神様の仕事をしている、神の大いなる人類光明化運動そのものだったのである。

 しかしそれは、生長の家の仕事だけが、そのような姿をしていたのではなく、実は、全人類のいとなみの一切が、神様が、神様の無尽蔵の能力と、神様の無限の身躰とをつかって、神様の荘厳なる仕事をしている、神の大いなる活動そのものだったのである。

 私たちは「自分」ではなかったのである。そのままに、はじめのはじめから「神のいのち」だったことに気がつかなかっただけなのである。

「運命の主人公」と云い、「随所に主となる」とは、この人間の本来の相(すがた)を伝えていたのである。

 

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2006年8月25日 (金)

「ぎっくり腰」顛末記①

 8月5日の深夜のこと。便所に行ったあとで、床に落ちていた本を拾おうとして屈んだ折、腰のあたりがググググと妙な崩れ方をした。

 急に身動きできなくなり、脳裏には20数年前のぎっくり腰の経験が蘇っていた。が、とりあえず床に就き、仰向けになって休んだ。

 翌6日、午前4時半ごろ目が覚めた。トイレに行こうとしたところ、起きあがれない。這うこともできない。躰を動かすたびに腰に鈍い痛みが走った。

 ともかくも上腕を利用して少しずつ躰を移動して、時間をかけてなんとかトイレにたどり着いた。そしてトイレの手摺りにつかまりながら、静かに静かに便座に座った。

 ゴホンッと咳をした直後、猛烈な激痛が腰をおそった。気の遠くなるような激しい痛みが走り、身動きとれないまま家内を呼んだ。躰を抱えてもらい、痛さのあまり便座の前の床に横倒しに倒れたが、激痛が波のように周期的に襲い、その度に腰部の筋肉が、意志とは無関係にギュ~ッと硬直した。こんな経験は初めてだった。

 救急車がわが家に着いたのは午前5時。その間、いろいろな考えが脳裏をめぐった。これまでの自分の心境、こんなことになった要因、今後の仕事のこと、ご近所や周りの目、生長の家の講師としての面目、等々。

 そんななかで、一番確かだったものは、「これは偶然ではない」という感覚だった。

 そしてこの感覚は、現象的な意味での「善い」「悪い」という判断とはまったく別に成立しているものだった。そして激痛の渦中に居ながらも、何ものかの大いなる導きを、深くはっきりと感じていた。

 病院で診察を受け、入院することが決まったが、料金が倍ほど掛かる個室しか空いていないとのことで、帰宅しようと試みた。

 コルセットをきつくはめて、さらに松葉杖を両手でついてみたが、一歩も踏み出すことができず、しかたなく病院にお世話になることにした。レントゲンやMRI検査の結果、医師が下した診断は「椎間板ヘルニア」だった。

 まな板の鯉のような状態とはこのことで、動ける範囲はベッドで仰向けに寝るか、右か左に横臥するかに限られていた。寝たまま食事を摂り、排泄は溲瓶などを使わせていただくなかで、ある禅僧が友人に送ったとされる次の言葉を思い出していた。

 病むときは病み、死ぬときは死ぬことが最もよろしく候  頓首再拝。

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2006年8月 1日 (火)

命の鳴り響く人生を

  愛知県の生長の家教化部(名古屋市中区大須)で、7月27日から30日にかけて開催された、夏季中学生・高校生練成会(3泊4日)に出講してきました。

 初日の夕食のとき、人生への希望を失ったようなSさん(高1)と出会いました。

 彼女には大勢のきょうだいがあり、お父さんの事業が失敗して巨額の借金を背負い、子供たちに被害を及ぼさないための配慮から両親が離婚。これに加え、すぐ上のお姉さんが昨年レイプされる事件などが重なり、彼女自身も高校にも通わず落第しているとのことでした。

 翌朝、彼女と40分ほどお話させていただき、自分を絶対に見限ってはいけないこと、人間は魂の奥底にある「願い」を実現するために生まれてきた神の子であることなどを、こんこんとお話させていただきました。

 3日目の晩、参加者全員が集まって行われた「祝福の時間」の折、誰も発表者のないときに、なんと彼女は自分から積極的に手を挙げて、大勢の前で立ち上がり、私に向かって感謝の言葉を発表したのです。

「えっ、あの子が・・・」と、皆びっくりしました。

  彼女の本来の姿は、しらずに自分で見限っていた、彼女の「願い」の内に、深く潜んでいたようです。
 
 帰り際、私は練成会に参加した中・高生お一人おひとりに、便せんにメッセージを書いて贈りました。
 彼女に渡したのは、次の言葉です。

「ちょっとのがまん」と「ちょっとの努力」

「死んだ気になれば、なんでもできる」

 命(いのち)の鳴りひびく  人生を ――

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2005年9月17日 (土)

陰徳について

 私の父は今年(平成17年)の1月で81歳の誕生日を迎えた。

 2月の初め、肺炎で地元の総合病院に入院して以来、二度ほど生死の間をさまよった。

 それからは点滴による栄養補給のほか何も食べることができず、病院のベッドに横たわり、今はときおり目を開くほか、会話する力も言葉も記憶も失い、ただ生きているだけの日々を過ごしている。

 しかし不思議なことに、この世に現れた父の威力、能力が衰えるとともに、今まで私に見えていなかった父の姿が見え、感じられなかった父の思いが感じられるようになってきた。

 正確には、これまでのように私が気構え、片意地を張る必要がなくなった父に対して、私の心の眼がものごとをありのままに見、ありのままに感じるようになった、ということなのかもしれない。

 今回は、人生の最晩年を迎えた父親と、それを取り巻く家族のことや、「陰徳」について、考えてみたいと思う。

●父の痴呆

 父は70を幾つか越えるまで、現役で建設会社の社長をしていた。

 一人息子の私は、かつて父の跡を継ぐことを嘱望された時期もあったが、別の道を歩んでしまったことで、現在は専務だった人物が父の会社を継いでいる。

 創業社長だった父は、寝ても覚めても仕事一筋の人間だった。

 たいした趣味とてなく、8年ほど前に第一線を退いた後に始めた水彩画も、最初のうちは没頭していたものの次第に興味を失い、長年続けていた「般若心経」の写経も、やがて止めてしまった。

 父の痴呆が明らかになったのは2年前、それは2003年のことだった。

 我が家の子供たちの夏休みを利用して、両親の住む実家の静岡に数カ月ぶりに帰省した折、茶の間の席に座っていたのは、いつもの父ではなく、まるで“抜け殻”のような父の姿だった。

 私が話しかけても、すでに父の人格は何処かに去ったかのようで、やがて母がテーブルにおいたコップの水に、ご飯にかける“ふりかけ”を入れ、それにお醤油を注いで飲み始めた時には、そっと手を取って止めさせたが、私は内心とても驚いていた。

「父はいったい何処へ行ってしまったのだろう」

 そんな思いが心をよぎり、母がときおり電話で私に訴えていた不安が、そのまま私に乗り移っているのを感じた。

●両親との同居

 そして父の痴呆、徘徊、頻尿など、これらの介護は母の手に余るものとなった。

 妻とも相談の上で昨年3月、東京の我が家で両親と一緒に暮らすことにした。

 父母と一つ屋根の下で生活するのは、実に25年ぶりのことだった。そしてこれを機に、我が家の風景が少しずつ変わり始めていた。

 まず長女(当時小学校4年)に変化が訪れた。

 それまで、私の仕事や家の事情で、転校につぐ転校で4つ目の小学校に通っていた彼女は、新しい学校で担任との折が合わず、保健室に登校しているような状態だった。

 ところが、両親が越して来て以来、5年生になった新学期から、まるで夢から覚めたようにクラスにとけ込んでいった。

 あれから一年以上経つが、心身共に明るくたくましくなり、何人もの仲の良い友達もでき、学業も期待以上の成績を挙げてこの春6年生へと進級した。

 次に、父が東京に越してきたことで、父方の親戚との交流が始まった。

 父の実家は埼玉県の川越市だったが、私は静岡で生まれ育ち、その後京都で20年近く生活していた。

 東京には仕事の関係で数年前に上京したものの、父方の親戚とはほとんど付き合う機会がなかった。

 しかし昨年秋の彼岸、父を連れて一家揃って先祖の墓に詣でた折、本家に父のきょうだいが集まり、一緒に食事をする機会を得た。

 これを機に、私が父の「成年後見人」になるための書類を作成する折には、これまで面識のなかった叔母たちに力になっていたただいたほか、生前一度も会ったことのない私の祖父母についてのエピソードを、父以外の人から初めて聞かせていただくなど、私のアイデンティティを確認する上でも大いに助けられることになった。

●〝願い〟は受け取る者がいてはじめて叶う

 私には5つはなれた妹がいる。

 今まで住むところも職種も異なり、顔を合わせる機会もなく、ほとんど他人のような関係だった。

 しかし父が倒れてから、彼女は頻繁に病院見舞いをする傍ら、親しく我が家にも訪れるようになり、これも30年ぶりに兄妹づきあいが再開ことになった。

 振り返ってみれば、私と妹とのことは、仲良く交流することを絶えず気にかけ望んでいた父でもあった。

 娘のクラスへの復帰、親戚との交流、そして妹とのきょうだいづきあい、これらに共通していることは、「結びの働き」だ。

 それは、これまでバラバラに見えていたものが、本来の「ひとつ」になる姿であり、その開かれた世界から、新たな価値が次々と生まれ始めている。

 また、もうひとつ気がついたことがあった。

 それは、父の「深い願い」が叶えられているということだ。

 父だったら、こう思っていただろう、父だったらこのようにしたであろう、と思えることが、一つひとつ成就しているのだ。

 ではなぜ、父が衰えるにしたがって、逆に願いが叶っているのであろうか。

 それは、父の現象的な力が衰えるにしたがって、霊的な力が増した、というわけのものではない。

 いや、そういう働きも幾分かはあるのかもしれない。しかし決定的なのは、私を含め周りの者たちが、父の「願い」に“耳を傾け始めた”ということが一番大きいようだ。

「願い」とは、受け取る者がいて、はじめて具体化する。

 それは「種子」が、大地に蒔かれて発芽することと、よく似ているのかもしれない。

●〝願い〟の継承は「陰徳」の継承

「願い」ということをめぐり、最近になって気がついたことがある。

 それは、ひとの「願い」を汲み取る(継承する)ということは、どうやらその人の背後にある「陰徳」をも、同時に継承しているということだ。

「陰徳」とは、なにやら目に見えない貯金のように喩えられるが、確かに性質は貯金とよく似ているようだ。

 たとえば「陰徳」は、〝願い〟という意志の内実を受け止めたときに同時に継承されるが、その〝願い〟を活かさずに消費しているだけでは、たちまち源泉が枯れ果ててしまう。

 貯金も同じだ。

 しかし決定的に違うところは、貯金は限られた範囲でしか継承できないのに対して、陰徳は多くの人々の〝願い〟を継承し、さらにその源泉である「神」にふれることによって、無尽蔵に生長するらしいということである。

 父が倒れたのを機縁として、私はしみじみと、父をはじめ、お世話になった方々からの深い恩恵とともに〝陰徳〟を感じている。

 彼らの内にある〝深い願い〟をくみ取ったときに、彼らの〝願い〟が、わが願いとなり、同時に〝願い〟の背後にあるもの(実在)が、とうとうとわが人生を通して展開し、家庭、健康、経済、仕事などの実生活を支えているようでもある。

 それは、父の〝願い〟ばかりではなく、家族たちの〝願い〟、恩師お一人おひとりの〝願い〟が、神(実在)より発した「ひとつの願い」となって人生という舞台に展開しているようである。

 この、不思議な法輪を転ずる軸となっているのは、祈りを中心とした三正行(祈り、お経や聖典の拝読、愛の行い)の実践であろうと思う。

(2005年5月)

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