2023年1月27日 (金)

すべてを成就する鍵  (2023.2)

 既にご存じのことと思うが、この三月で、私は埼玉と群馬を去ることになった。そして、四月から東京第一教区と第二教区の教化部長として赴任させていただく。埼玉・群馬に来て三年。皆さんと一緒に、コロナ禍での運動のアイディアを出し合い、社会の変化に柔軟に棹さした光明化運動を祈りながら展開してきたつもりだが、異動の知らせをいただいてから、ふと「もう、私の役割は果たし終えたのだろうか?」との思いに駆られていた。


 結論から言えば、私の「役割」はこの三年間で一段落して、ひとつの節目を迎えたのである。埼玉も群馬も〝新しい教化部長〟の赴任とともに、新しい時代が始まり、新たな神意が現成するのだ。コロナ禍での運動も四年目を迎え、その兆しは随所に現れている。たとえば①ネットとリアルな対面行事との両輪が揃い、どんな状況下にあっても強靱でしなやかに運動できる基礎が構築できた。②四月から教化部長が兼務でなくなり、それぞれの教区に専念して地域の光明化に尽力できる(これは兼務では果たすことのできなかった領域だ)。③コロナの扱いが「5類」(インフルエンザなどに該当)となる春から対面行事が本格的に再開されるだろう。このように、視野をちょっと広げただけでも運動の好材料が目白押しなのである。


 その結論に至るまで、後ろ髪を引かれる思いをしていたら、なんとコロナに感染してしまい、三日後に妻も罹患した。幸いにして他の家族は無事だったが、高熱にうなされて激しい〝自壊作用〟に見舞われたのは、夫婦とも十数年ぶりのことだった。


 良寛和尚は、越後での大震災(一八二八年)で子どもを亡くした友人に宛てた手紙で、「災難に逢う時節には災難に逢うがよく候(そうろう)。死ぬ時節には死ぬがよく候。これはこれ災難をのがるる妙法にて候」という言葉を書き残している。災難も、病気も、たとえ死でさえも、擾乱(じょうらん)現象は現れては消えていく浄めの姿である。良寛の言葉は、目先のことばかり見て判断したがる私たちの〝自我〟の都合を超えて、宇宙に遍満する〝生命の働き〟への深い信から湧出している。不幸や災難と見える現象が現れているように見えてたとしても、「実相は完全円満であり、現象にとらわれるな、怖れるな、嬉々として汝の新たな使命に挑め!」という真理を伝えているのだ。


 人生の随所で、新価値を創造する秘訣は、神に全托して生活することである。それは日々の神想観で、すべてが成就している実相世界と繋がり「ありがとうございます」とお礼と感謝を伝えることである。生長の家では、「既に神は吾が求むる如く吾れに為したまうたのである」(『日々読誦三十章経』)と教えていただいている。求めたものは、既に成就しているのだ。私たちは赤児のように、神の無限智、無限愛、無限生命に充ち満ちた実相世界に深く抱かれ、ご縁ある一切のもののために仏の四無量心を行じるとき、すべてを成就する鍵が回り始めるのである。

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2022年12月22日 (木)

「対話(dialog)」について (2023,1)

 生長の家との出合いは、私が中学生のときだった。オカルトブームが到来していた昭和四十年代、深い関心をもって私が読んでいた神霊学や霊界関係の書籍を見た父が、「知り合いの息子で、宗教や神秘的な方面の研究をしている青年がいる。変わっているが獣医でもあり紳士だ」と、私の小中学校の先輩に当たる澤口さんという方を紹介してくれた。

 興味を抱いた私は、その方面に関心のある同級生を連れて澤口さんのもとを訪ねると、彼は中学生の(つたな)い疑問や質問を(いと)いもせず、真摯に向き合って対話してくれた。そして私たちに答える言葉はとても叮嚀(ていねい)で、今振り返ってみても論理的で真理に適った誠意あふれる内容だった。そんな彼が帰り際に渡してくれたのが『白鳩』誌だった。そこに書かれた「法語」に魅了された私は、それ以来、牧歌的ともいえる大切な時間を、年に数回のペースで持たせていただき、それは私が故郷を離れるまで続けさせていただいた。

 真理の探究は、神想観の実修に加え聖典や経本の拝読、そして愛行の三正行が基本だが、生長しようとしている魂たちを導くためには、相手と同じ目線に立っての「対話」が、彼らの神性をひらくカギとなるのだ。大切なことは、共に真理の道を探求する好奇心と、相手の神性を導き出すことへの配慮と、一期一会(いちごいちえ)の出会いのときを豊かに味わう親愛の情である。それは、学校教育のような一方通行のモノローグの時間ではなく、魂の交歓を通して一緒に真理を探求する興味尽きないダイアローグ(対話)の時間となる、それが誌友会の真の醍醐味だ。

 真理は三正行を通して体感されるが、求道の入り口に立つ人に対しては相手との継続的な対話を根気よく重ねることが大切で、機が熟すに従って彼の内なる仏性が目覚めるだろう。そして三正行を実修すれば、彼自身が発見した喜びに導かれて真理の道を歩みはじめる。ここまでお導きするのが、私たち菩薩の使命である。

 さて『聖使命菩薩讃偈』の中に「(おの)(いま)(わた)らざるに、一切(いっさいしゅじょう)さんと発願修行(ほつがんしゆぎよう)する」という言葉がある。発願とは、誰かを「救ってあげたい」と強く願う内なる仏性の働きだ。悩み苦しむ人を「救う」力は、誰の内にも宿っていて湧出するのを待っている。その力の根源は、私たちの内にある慈悲喜捨の四無量心である。神想観を通して〝仏の大慈悲〟を体感し、愛行を通して生活に現すのが「発願修行」だ。人を救う力は、三正行を実修する生活の中から着実に生長するのである。

 さて、講話の最後で私がいつも「何か質問は?」と参加者の皆さんに問いかけるのは、私自身が、諸先達との対話によって真理への道へと深く導かれ、救われたからである。生長の家の信徒にとってすべての対話は、相手のいのちとの四無量心の遣り取りであり、多様性のある豊かで柔軟な対話こそが「人間・神の子」の実相を開く〝ムスビの機会〟となるのだ。

 

 

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2022年11月26日 (土)

“声なき声”を聴く (2022,12)

 親鸞(しんらん)の言行を記した『歎異抄(たんにしょう)』の中に、「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」という文言がある。この言葉は、悪人や罪人こそ、まさしく阿弥陀仏(尽十方無礙光如来の大慈悲)に救われるべき対象だ、という意味である。人生を渡るなかで、自身で担い切ることのできない大きな罪業に苛(さいな)まれた者にとって、この言葉は地獄の桎梏(しっこく)から救われるような光明をもたらしたことだろう。


 生長の家の「観世音菩薩を称うる祈り」の中に、「観世音菩薩は、私たちの周囲の人々の姿となって私たちに真理の説法を常になし給うのである」と記されている。人生を顧みて、たとえば物事が思い通りに運ばなかったり、不如意な事が起こっているように見えたならば、それは周囲や自身が発している”声なき声”に、心の耳を傾けていなかったことの裏返しだったのかもしれない。


「心の法則」について説かれたこの祈りの言葉の背後には、人間の実相は“宇宙大生命”と一体であり、全ての生きとし生けるものと繋がっているという宗教的な世界観がある。では観世音菩薩は、私たちの「周囲の人々の姿」となって、いったいなにを語り続けているのだろうか。これは不思議なことだが、私たちがこの”声”に耳傾けることで、これまで膠着(こうちゃく)していた問題や、立ちすくむほかなかった難題を解決するための鍵が、意外なところから回り始めるのを多くの人が経験している。


“聴く”という受動的なことが、諸問題を解決する鍵となるのは、これまで顧みなかったものたちの”声なき声”を通して、私たちの心が天地一切のものと向き合い”いのちの繋がり”という大切な真実に目覚めるからである。これまで人生の難題を解決するために、私たちが懸命に努め励んでも一向に解決の道が開けない場合があったのは、それは”声”を聴くことのない一方的なアプローチだったからではないだろうか。


 観世音菩薩の説法に耳傾けるとは、神想観を実修して、宇宙大生命に、問題も不安も疑念も悩みも苦しみも悲しみも願いもすべて委(ゆだ)ね切って、大安心の気持ちで全托して祈ることである。一休禅師は、「闇の夜に鳴かぬ鴉(からす)の声きけば 生まれぬ先の父ぞ恋しき」と詠んだが、闇の夜の扉をひらく唯一の鍵は、大安心の全托の中から生じる”無条件の感謝”である。その大安心の感謝の中に、観世音菩薩の慈悲喜捨が語りはじめるのだ。「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」という親鸞の言葉は、この全托の中から聴こえてきた、観世音菩薩が衆生の苦悩を照らし給う大慈悲の光りなのである。


 観世音菩薩は、常に真理の説法を語り給うている。私たちは、周りで語り続けるいと小さき者たちの”声なき声”に耳傾けることから、漆黒(しっこく)の闇の夜に智慧の光りを灯すことができるのだ。声なき声を”聴く”ことで、悪人と見えていた不完全な現象が消え去り、そこに一切衆生の実相を根底から蘇がえらす仏のいのちが復活するのである。

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2022年11月 1日 (火)

“ご恩”について (2022,11)

 コロナがいったん収束したおかげで、各地で講演会などの諸行事を開催できるようになった。教区に赴任して数年を経たが、いずれの会場も半数ほどは初対面の方ばかりである。巡講させていただいてありがたいことは、新たな“ご縁”を通して亡き恩師たちへのご恩返しの幾分かを果たせることだ。私たちが信仰の世界に入ったのは、知人の影響かもしれないし、家族の助言だったかもしれないが、ここに至るまでに、どれほど多くの人たちの“愛念”と祈りによって生かされてきたことだろう。


 私もその一人だが、親しい方から頂いたご恩のことは“当たり前のこと”と思って忘れてしまうのであるが、それは水や空気のように自然で、自己主張をしない“無償の愛”だからである。しかし、これほど私たちを根底から生かし、私を私ならしめてくれたものはないのだ。


 多くの人は、現在の地位や能力を“自分の努力のたまもの”ぐらいに思っているのであるが、自分に才能や能力を授け、学ぶ機会を提供し、食べ物や住む場所を用意してくれた無数の人たちのことは念頭から消えていることが多い。家族であれ、恩師や友人であれ、もし、その人との出会いがなければ、別の人生を歩んでいたであろうし、もしかしたらどこかで野垂れ死にしていたかもしれない。


 実りの秋の時節に、あらためてこの“ご恩”を顧みることも決して無駄ではあるまい。たとえば、もし皆さんの身近な誰かが、これまで注いだ愛情のことを一向に顧みてくれないように見えるならば、それは私たち自身が、これまでお世話になり、導いてくださった方たちの愛念をちゃんと受け止め切れていないからであり、目先の利害損得に心奪われ、あらぬ方向ばかり見てきたからではないだろうか。『大調和の神示』に「顧みて和解せよ」と説かれているのは、かつて自分に注がれ、今はどこかに置き忘れてきたその所在も知れぬ“愛念”のことを想い出し、よくよく「脚下照顧」してみることを教えているのである。


“無償の愛”を注いでくれた方たちの“想い”は、私たちがその“掛け替えのなさ”に気づき感謝したとき、初めて成就する。つまり、隠れていた“ご恩”が日の目を見て輝き始めるのだ。そのとき私たちは、初めてその愛念を受けたときの自分に立ち帰り、そして、そのときと同じ目線に立って誰かをお世話し、導くためのコトバや智慧がここからひらけてくるのである。


 そのためには、先ず行動に移してみよう。先方は、もうすっかりお忘れになっているかもしれないが、ご存命であれば訪ねて行き、お礼と感謝の言葉をあらためて伝えることである。また、すでに故人となっているなど、逢えない事情があるのであれば、神想観の折に繰り返し想い出して、感謝の祈りをどこどこまでも捧げさせていただくことである。そこから、かつて自身に降り注いでいた慈悲の光りが、これからの往くべき道を煌々と照らしはじめることだろう。

 

 

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2022年10月 3日 (月)

“ご縁”に感謝する (2022,10)

 川越に住み始めて三度目の秋を迎えた。借家の庭を開墾した畑では、春にはキュウリ、トマト、ナス、ゴーヤ、ピーマン、シシトウなどの夏野菜を栽培して、盛夏をすぎたら、いつも手つかずのまま日々の忙しさに紛れて放ったらかしていたのだ。が、今秋は心機一転、九月中旬に収穫後の残骸を片付け、冬に向けて白菜、ノラボウ、レタス、カリフラワー、キャベツなどの苗を植えてみた。


 生長の家に、「一切の人に物に事に行き届くべし」という言葉がある。「一切の人に物に事に」とは、私たちが日常の中で出合う“ご縁”のことだ。人との出会いも、物や事との出合いも、すべて偶然のようにも見える“ご縁”に導かれて進展してゆく。そのご縁に感謝し、光明面に着目して育んでいれば“ムスビの働き”によってそこから尽きることのない新価値が生まれてくる。一方、自分の都合を優先して、惜しい欲しいと執着し、心が暗黒面に捉われていれば、どんな良縁も悪縁となって見えてくるのである。


 生長の家は「天地一切のもの」との“ご縁”を神の現れとして拝み感謝する教えである。そして、天地の渾(すべ)てのものは観世音菩薩の現れであると教えていただいている。仮にもし不完全な姿が現れていれば、それは過去の迷いの想念が消える浄めの相(すがた)であり、相手の実相を拝んで感謝していれば万事は必ず好転するのである。


 宗教学者の島薗進氏が、『愛国と信仰の構造』(集英社新書)という中島岳志氏との共著で、自然災害からの復興をめぐって印象深い言葉を語っていた。それは、誰かをお世話させていただくときは、「相手が求めているものに応じて、即興的に発揮できるものを探していく。このこと自身が自分にとっても大きな学びになる」というもので“ご縁”を生かすことの深い洞察が伝わってくる。


「相手が求めているものに応じて、即興的に発揮できるものを探していく」とは、私たちが、仏の四無量心や神の愛を行じさせていただくときの姿勢そのものと重なる。それは、すべての“ご縁”を観世音菩薩の導きとして拝み、大切に育てていく慈悲の姿であり、私たちも多くの先達から、このような“お世話”を頂いたおかげで信仰生活へと導かれ、人間・神の子に目覚めさせていただいたのである。そして「このこと自身が自分にとっても大きな学びになる」とは、信仰生活の無限生長の喜びに他ならない。


 仏の四無量心は、喜怒哀楽を越えた“絶対他力”の深い感情である。私たちはその光りに生かされて生きている。その慈悲喜捨の無量の心は、在りとしあらゆるものを生かす無償の愛であり、それに生かされていることに気づいたとき、人間・神の子として新生する。そんな皆さんの往くところ、ご縁ある全ての物を活かすクラフトが生まれ、家族を活かすエシカルな料理が食卓に並び、大地や植物や人を活かす豊かな収穫となり、それぞれに授けられた人生の一隅を照らすのである。

 

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2022年8月23日 (火)

灯火親しむ季節に (2022,9)

 苦海と見えていた人生で、読書を通して一条の光明を見い出された方も多かろう。秋の夜長は本に親しむ時節でもある。ということで、最近読んだ中から目からうろこが落ちる体験のできる(と思われる)お勧めの本を何点か紹介したい。

 先ず、新書大賞を受賞した『人(ひと)新世の「資本論」』(斎藤幸平著 集英社新書1,130円)。人の営みによって都市はコンクリートに覆われ、海は酸性化とプラスチックに汚染され、大気中には大量のCO2が溢れて地球温暖化が進んだ。そんな、自然を大きく改変した地質学上の時代区分のことを「人新世」と呼ぶそうだ。本書は、それを〝滅亡の遺跡〟としないための処方箋である。

「風が吹けば桶屋(おけや)が儲かる」という諺がある。環境問題を解決するための基本は、環境破壊が発生する構造を理解して、それを好転させる鍵を見出すこと、そして鍵を回すことである。本書は、そのための知見を、人類の過去の経験や思想、そして世界各地で進めている有効な取り組みを紹介して明らかにする。内容の深さに相違して、環境問題のメカニズムについてこれほど分かりやすく書かれた本もまれだ。これまで皆さんが学んで来た知識や情報が、読むだけで整理できるだろう。私たちが目指している〝新しい文明〟の一つの方向性が見えてくる一冊だ。

 次は『親鸞と日本主義』(中島岳志著 新潮選書1,540円)。ロシアとウクライナの戦争を機に、日本でも歴史を振り返り検証しはじめた「愛国と信仰」の問題について、これほど思想的に踏み込んだ研究は珍しい。明治維新以降、伝統的な宗教や国学、そして著名な思想家が説いてきた「日本主義」「国体」「聖戦」などの言葉が、ときに民衆の心を扇動し、ときに国策に迎合して戦争に突き進み、イデオロギーとして人心を振り回してきた歴史が浮き彫りになる。「中心帰一」といい「大御心」といい「絶対他力」といい、同じ言葉を使っていても、それが神の無限の愛や仏の慈悲喜捨から発したものなのか、それともただの観念が頭に宿って鳴り響いた付和雷同なのか。それがどんなに尊い言葉で表現され、そこに理想と見える世界があるように思えたとしても、深く検証もせず現象を妄信すれば、「外にこれを追い求むる者は(略)永遠に神の国を得る事能わず」であり、万行空(ばんぎょうむな)しく施すことになる。

 本書をたどりながら、過去の歴史を通じて説かれた〝似て非なるもの〟を厳密に検証することで、生長の家が説く「中心帰一」との〝違い〟が見えてくるだろう。真意を探る中から、あらためて「仏の四無量心」が、国を超え、民族を超え、時代を超えて生きとし生けるものに働きかけ、観世音菩薩の大慈悲が生長の家の運動となって顕れていることに注目してほしい。

 ほかにも紹介したい本は数多(あまた)あるが、紙幅が尽きる前に一冊挙げれば、『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』(米原万里著 角川文庫616円)も意外な一冊だ。異文化コミュニケーションがもたらす豊かな実りと、国や民族を異にする親友たちへの〝想い〟が切々と胸に迫る。今は亡き著者が振り返る、わくわくドキドキの自伝的ノンフィクションだ。

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2022年8月13日 (土)

コロナ禍で開花した運動の多様性 (2022,8.15)

 生長の家栄える会の機関紙『七宝の塔』8月号に寄稿したものをブログに採録しておく。(なお、機関紙には久都間のふりがなを誤って「つくま」と誤植されていたが、「くつま」が正しい表記である)

 

  2020年の春、ご縁あって、新型コロナウイルスが蔓延する最中(さなか)に埼玉教区と群馬教区に赴任させていただいた。同年3月、前教区で推進していた生長の家講習会が中止。4月以降、赴任先で計画していた各地の講演会をはじめ、練成会、誌友会など全ての行事が中止となり、着任早々「コロナ禍での教化活動」という大きな宿題を頂いた。この折の事を、栄える会の諸氏に披瀝することで、依頼を頂いた寄稿の任を果たそうと思う。

 着任して脳裏に浮かんだのは、対面を必要としないFacebookグループとzoomの活用だった。既に埼玉教区と群馬教区を結ぶ会員限定のネットワークがあり、数年前に東京第二教区でも同様のグループを立ち上げていた経験から、当面の運動の軸をここに据えることにした。

 しかし、当時このグループの参加メンバーは会員の18%に充たない数で、非対面型の運動の軸とするには、信徒間で話題になるようなコンテンツを充実させ、参加者を増やすことが不可欠だった。

 先ず教化部スタッフに、教化部を〝放送局〟にする構想を伝え、赴任2日目からzoomとFacebookを活用した神想観の先導とミニ講話のライブ配信をスタートした。放送内容は、午後0時半から「四無量心を行ずる神想観」を実修し、1時から教化部長のミニ講話と質疑応答の時間を設け、これを毎日欠かさず配信した。さらに4カ月目からは、地方講師の皆さんにも加わっていただき、神想観先導と信仰体験を交代で担当してもらった。

 その目的は、①魅力的なコンテンツ(神想観・講話や体験談)配信によるネット利用者の増加。②地方講師の皆さんの教化力の維持。③PBS活動に参加していただくための一里塚。この仕組みを軸に、あらゆる対面行事のデジタル化を模索した。

◇ネットが利用できない人のために

 合わせて着手したのは、埼玉、群馬の各教区で発行していた機関紙の充実だった。一見、ペーパレスの時代に逆行しているようにも見えるが、コロナ禍でのコミュニケーション不足を補い、PBSを軸にした運動を咀嚼(そしゃく)して伝え、誌友の手元に生きた情報を届けるには、暫定的ではあるが紙媒体の「教区機関紙」が最適な手段となった。埼玉では、それまでA4版2ページの紙面を、群馬の機関紙と共に一挙にA4版8ページへと拡大。

 紙面はそれぞれの教区で編集して、毎回1面にPBS諸活動の特集を、2面以降は白・相・青はじめ各組織からのメッセージを、さらに「教化部長の信仰随想」、故人となった諸先達を顕彰する地方講師によるリレー随想、各地で実施したPBSトピックス、翌月開催する各種ネットフォーラムの宣伝広告、最後の8面に「行事(ネット配信含)予定表」などを掲載したことで、コロナ禍でも生長の家の運動を血液のように巡らせる、動脈としての働きを紙面に託した。

 さらに、インターネットの双方向の特徴を活かした試みとして、従来の「地方講師研修会」をはじめ、練成会等で行っていた諸行事なども試験的に実施してみるなど、こんな時期でなければできない実験を重ねさせていただいた。また、総裁先生ご夫妻が「九折スタジオ」を開設されたことから、全てのネット行事で同スタジオの視聴時間を組み込んで視聴。コロナ禍にも関わらず、総裁先生方からご指導いただく機会が従来と比較にならないほど身近なものとなり、教区の信徒の皆さんの信仰の大きな糧とさせていただくことができた。おかげで2021年の立教記念日の式典の本部褒賞では、埼玉教区が普及誌購読者数増加数・増加率ともに第1位のほか「質の高い運動実践賞(白鳩会)」、「地域貢献活動優秀賞(相愛会)」、群馬教区は「社会貢献賞(栄える会)」を受賞させていただき、次第にスマホに切り替える人々も増え、現在はSNS利用者も4割を超えた。すべては、技術面で支えてくれた教化部スタッフ、そして運営面で活躍された教区幹部の皆さんの尽力あればこそである。

 ◇紫陽花のように

 かつて梅雨の時期にガクアジサイをスケッチしたとき、その構造が、まるで宇宙に浮かぶきら星のように、無数の細かな花や蕾みの集合だったことに気がついた。対面行事が解禁となった梅雨以降、担当しているペア教区でも、満を持して教化部長が教区各地へ出向いての講演と「教化部長・先祖供養祭」そして誌友会等の対面行事をスタートした。

 すでに群馬の桐生市、埼玉の上尾市など5会場で開催し、コロナが蔓延しなければペア教区全総連の二十数会場を回る予定だが、各会場ではzoomで〝顔見知り〟の方もいれば、まったくの初対面の方が半数以上もいることに深い感慨を覚える。赴任して3年目、コロナ禍でなければ既に3巡目に入っていたことだろう。

 また、講演会や先祖供養祭では、講話の後で必ず質疑応答の時間を設けているが、ある会場で「世界平和の祈り」ニューバージョンについて、こんなご質問を頂いた。それは、「ロシアの人のために祈るのは誤解を招くのでは?」というもので、その趣旨を尋ねると、ロシアを悪と見る〝世間の目〟に生長の家も合わせるべきではないか、という配慮であることが判った。

 ご存じのように、私たち生長の家は観世音菩薩の大慈悲の運動である。その展開であるみ教えは天下無敵を説き、敵と見える者の中に神や仏の実相を拝むのである。道元禅師は、「道心の中に衣食あり、衣食の中に道心なし」という言葉を説かれたが、道心とはすべてを生かす仏心を生きること。一方、衣食とは、今風に云えば世に蔓延した経済至上主義の生き方のこと。前者は感謝と和解の道であり、後者は競争と奪い合いと環境破壊へと進む隘路(あいろ)である。

 神さまから観れば、神の子に人種や民族の違いも無ければ、国の違いもない。たとえ世間がどのように見ようとも、慈悲喜捨の四無量心は、微塵もゆらぐことなく天地を貫いて万物を生かすのである。その大慈悲を生きることの中に、私たち生長の家の菩薩行があり、それを実践することから衣食が、世界平和が、次世代への愛の行為が満ちてくるのだ。それは紫陽花のような多様性に富んだ〝新しい文明〟を花咲かせる道である。

 

 

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2022年8月 1日 (月)

丸貰いの丸儲け (2022,8)

 不思議な時代が到来したものだ。スマホが普及したおかげで、今生では再び会うことは無かったであろう遠方に住む旧友とも、再会できる窓が開いていた。つい最近のことだが、共に四十年ほど前に宇治で修行して、その後み教えから離れていた友人から、メッセンジャーで次のような質問が寄せられた。

「久都間さんにお聞きしたいことがあります。生長の家で一番大切なことは何でしょうか? 私は最近纏めた本で、自分が〝光であること〟と記しました。ところが先日、古参の生長の家誌友の方から〝それは感謝だ〟といわれました。が、私は〝光り〟のなかには〝既に感謝できている自分〟がいるから、それで正しいと思っていましたが、いかがでしょうか。それでも感謝することが第一なのでしょうか? 教えてください」。

 生長の家で一番大切なこと、という質問は、彼なりに人生を賭けた問いと思われた。私はスマホを手に、次のように答えていた。

「人間はみな神の子です。外界はすべて現象であり、非実在です。しかし現象は、宇宙大生命の働きである観世音菩薩(観自在の原理)によって現れた世界ですから、その人の心境に応じて、救いの機縁となるものが百人百様に現れるのです。だからあなたの云う〝光〟も一番大切であり、誌友の語る〝感謝〟も一番大切なのです。

 生長の家で『天地一切のものと和解せよ』と説くのは、仏の四無量心を行ずる私たちの慈悲喜捨こそが、一切の無明を照らす智慧の光であり、衆生の苦悩を癒やす愛の光だからです。日々の神想観を通して、随所で慈悲と愛を行じさせていただくのが生長の家の信仰生活です」。

 梅雨が明けて八月が近づくと、宇治本山で総務を務めておられた藤原敏之講師の語っていた「救いの根本行は、ただ〝有り難う〟と感謝すること。善くても有難く、悪くても有難いのです」「自分の力によるものは一つもない、ことごとく頂きもの、丸貰いの丸儲けと分かれば感謝以外にはない」という言葉が蘇って来る。

 〝丸貰いの丸儲け〟とは、すべては神からの授かりものということである。〝自分のもの〟と思っていた家族も、自身の能力も、身体も、信仰する力も、実は自分のものなど一つもなくて、すべては神の愛、仏の大慈悲が家族となり、師や友人となり、同僚となり、土地や財産や私たちを取り巻く山河となって現れていたのである。

 唯神実相の信仰は、運動の根底に脈々と流れ、その慈悲の光に触れた人々を救いへと導く。役員改選で新たな使命が天降った方、一念発起して信仰に本腰を入れはじめた方、ともに私たちの住む世界は〝丸貰いの丸儲け〟宇宙まるごと神さまからの恵みであり、授かりものである。そして何よりも神の子であるあなたの存在こそが、神がこの世にもたらした最高の贈りもの、世の人々を照らす慈悲の光に他ならないのである。

 

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2022年6月25日 (土)

紫陽花の咲くとき (2022,7)

 十年ほど前の梅雨のこと。紫陽花(あじさい)をスケッチしたとき、その構造が、まるで宇宙に浮かぶきら星のように、無数の細かな花や蕾みの集合だったことに初めて気がついた。以来、紫陽花が咲く度に、かの天体は色や形そして星雲の形態まで種によって微妙に異なることが見えてきた。そんな世界の不思議に触れる悦びは、神想観での宗教的な発見にも似ている。

 コロナ禍で、誌友会などの対面行事が開催できない期間が二年以上続いたが、梅雨入りとともに群馬と埼玉の各地を巡る「教化部長講演会」と「先祖供養祭」をスタートした。先ず群馬では桐生市、埼玉では上尾市と吉川市と越谷市を回らせていただいた。各会場ではzoom(ズーム)で〝顔見知り〟の方もいらっしゃれば、まったくの初対面の方も半数以上もいることに深い感慨を覚える。
 すでに両教区に赴任して二年以上の時を経ていることを思えば、本来なら教区の各地を二巡ほど回り、三巡目に入っていたことだろう。

 それでもコロナ禍の間、教区で出来る精一杯の活動として、インターネットを活用しての日々の神想観と講話、そして地方講師の皆さんによる体験談をたゆみなく教化部から配信させていただいた。感染症蔓延という初めての状況下で、どれだけの教化活動が出来るのか実践と試行錯誤の連続だったが、ともあれ対面行事が可能となった今は、従来型の誌友会などアナログの運動も復活させ、コロナ渦中で展開したデジタルの利点をも生かしながら、柔軟に活動を進めていく予定だ。

 講演会と先祖供養祭では、講話の後で必ず質疑応答の時間を設けて皆さんとの対話を楽しみにしているが、ある会場で「世界平和の祈り」ニューバージョンについてのご質問を頂いた。それは、「ロシアの人々のために祈るのは、生長の家でない人から見て誤解を招くのでは?」というもので、その趣旨をさらに聴いてみると、ロシアを〝排除すべき敵〟と見る世間の目に合わせるべきではないか、という配慮であることが判った。

 ご存じのように、生長の家の本源は大慈大悲の観世音菩薩である。その大慈悲の展開である生長の家では、天下無敵を説き、敵と見える者の中に神や仏の実相の姿を拝むのである。仏教に「道心の中に衣食あり、衣食の中に道心なし」という言葉があるが、道心とはすべてを生かす仏心を生きること。一方、衣食とは、世に蔓延した経済優先の生き方のこと。前者は感謝と和解の道であり、後者は競争と奪い合いと紛争へと通じる隘路(あいろ)である。

 神さまから観れば、神の子に人種や民族の違いも無ければ、国の違いもない。世間がどのように見ようとも、慈悲喜捨の四無量心は、微塵もゆらぐことなく天地を貫いて万物を生かすのである。その大慈悲を生きることの中に、私たちの菩薩行があり、そこから衣食が、世界平和が、次世代への愛行が満ちてくるのだ。それは紫陽花のような多様性に富んだ〝新しい文明〟を花咲かせる道である。

 

 

 

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2022年6月 1日 (水)

“愛の行者”楠本加美野先生のこと(2022,6)

 この三月、楠本加美野先生が彼岸へと旅立った。振り返れば、楠本先生を通して神さまから幸(さきは)えられた恩恵は計り知れない。私もその恵みを戴いた一人である。

 先生との出会いは四十数年前、富士河口湖道場での一般練成会だった。当時の先生は〝愛の行者〟そのものといった印象で、たとえば道場の廊下で合掌してすれ違うとき、演壇で穏やかに講話されているとき、湯船に浸かって瞑目合掌されているとき、先生の雰囲気から、日々唱えている聖句の言葉が光を放ち、一挙手一投足に中心帰一の誠意が滲み出ているようだった。

 その年の暮れ、青年会の仲間たちと車二台に乗り合わせ新春練成会に参加した。練成中の早朝、楠本先生の先導で地元の浅間神社に参拝して神想観を実修した。辺りは雪が積もり、火の気の全くない極寒の境内は深閑としていた。先生は毎朝ここで祈っているとのことだった。

 数年後、先生は本部練成道場(飛田給)に異動され、一九八七年からは宇治別格本山の総務を拝命された。そこで再び楠本先生と出会い、二〇〇〇年に私が本部に転勤するまで仕えさせていただいた。
 ある日、楠本先生に、「本部講師補の試験を受けたいのですが」とお伝えすると、思いがけないことに進学することを勧められた。まだ若く視野が狭かった私は、気が遠くなるほど長い遠回りをするような印象を受けた。が、仕事の傍ら勉強を重ね、立命館大学の哲学科に合格して学び、神や西洋思想についてより深く研鑽させていただいたおかげで、後に真理の書を正確に読み解く〝読解力〟や、思想を鍛錬し、それを言葉で表現する力を培うための掛け替えのない時間となった。

 先生が一人ひとりの魂を的確に見抜き、目先の判断を越えた適切な指導ができたのは、偏りのない、峻厳な「実相直視」の愛あればこそだったと思う。

 一九九八年の冬、私が肺炎を発症して入院したことがあった。お見舞いに来られた楠本先生は、ベッドの傍らで静かに聖経読誦を始められたのである。狭い大部屋だったので他の入院患者の注目を浴びることになったが、先生は人目など気にすることなく、ただ黙々とご自身の使命と信ずることを素直に行じておられた。退院して先生のところに行き、未熟な信仰と、休んだことのお詫びに伺うと、「いよいよ次は本部講師だな」と、再び思いがけない言葉で励ましてくださった。

 これは、当時同僚だった女性職員から直接聴いた話だが、早起きが苦手だった彼女は、その日は早朝行事の開始時間を過ぎても起床できず、布団に包まり眠っていたそうだ。すると、夢枕に楠本先生が現れ、足元に立って、じっと合掌して自分のことを拝んでくださっていたという。「いっぺんに目が覚めて、大拝殿に飛んでいきました」と、驚きとも悦びともつかぬ興奮した声を響かせて明るく語っていたのを思い出すのである。

 楠本先生にまつわる温かなエピソードは、ご縁のあった人の数だけあり、それぞれが人生を光明生活へと好転させた物語を持ち合わせておられることだろう。先生は、それだけ皆のために祈り、ご縁あったひとり一人を愛して菩薩の道へと導き、神さまの使徒として人類光明化運動に身を捧げられたのだ。
 享年百歳。愛の行者としての荘厳なご生涯を、今さらながらに想うのである。

 

 

 

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