ペレットストーブのある暮らし

2015年1月31日 (土)

薪ストーブのある暮らし

201501up_2  

 八ヶ岳で暮らしはじめて二度目の冬を迎え、わが家でも“薪作り”に励んでいる。

「わが家でも」というのは、生長の家本部の移転とともに一緒にこの地に越してきた大泉の寮に住む皆さんも、同様の作業に励んでいるからである。

 この時期に割る薪は、春に使うものも含まれるが、ほとんどは来冬に備えてのものだ。

 昨年は一人で黙々とこの作業をやることが多かったが、最近は二人の息子たちも手伝うようになった。

 わが家での作業は、まず私が薪の原木(クヌギやナラ)をチェーンソーを使って約40センチ単位の長さで玉切りにする。

 それを長男(中3)と次男(小6)が斧で割り、この薪を、私が井桁に組んで塔のように積み上げるという手順で、現在は庭の空きスペースに10~20ほどこの塔らしきものが建立している。

 これらは1年ほど乾燥させて、順番に薪棚やガレージに収めていく予定だ。

 思えば、東京(都会)に住んでいたころは小・中学生の男子が、本気で全力を出して“家の手伝い”をする機会など、ほとんどなかったのである。

 しかし八ヶ岳の田舎では、雪かきに始まり、畑、薪割り、そんな機会は頻繁にある。だから小・中学生が生活の中で“男子”ならではの役割を果たすことができて、家庭での彼らなりのポジションが少し見えてくるようだ。そのおかげか、食卓の空気が清々しい。

 八ヶ岳に越して1年半。周期的に訪れる氷点下10度の朝や、信じ難いほどの積雪の渦中で、わが家に暖をもたらす薪ストーブの“ありがたさ”はひとしおで、最近は料理の煮炊きにも欠かせなくなっている。

 薪割り、薪運び、薪の焚きつけ、料理という一連の作業を通して、「人」と「炎」との原初的な繋がりを、親も子も身をもって体感することができるのは、他にどんなに不便なことがあったとしても、子供たちにとって掛け替えのない経験となるであろう。


 振り上げた一斧のもと、いっきに薪を割る爽快感は、弓道で的を射貫くことや、「居合」で巻藁を一刀両断することにも似ていて、冬ごもりのストレス解消にもなる。

  わが家ではスポーツと化した「薪割り」だが、寒風の中ひたすらチェーンソーで原木を“玉切り”にしてわが家の“男子”たちが割りやすいように積み上げ、さらに彼らが割った薪を、次は黙々と積み重ねて塔作りに励むだけの私は、まるで“賽の河原”にいるような気分になるときがある(^^;

 しかし幸福とは妙なもので、落ち着いてよくよく周りを見渡せば「炊煙春の霞の如く棚引(たなび)」く常楽の世界が、いつの間にかここに実現しているようだ――

 雪どけの春、花咲き鳥歌う夏、山脈が赤く染まる秋、降雪と薪ストーブの冬
 ―― 

 大自然に寄り添い、それがもたらす恵みや艱難と豊かに戯れること、そのことが実は、人間の人間たるものを熟成させて、私たちの内に密(ひそ)む真価値を練成して、来たる春への準備をしているのではないか。降る雪を見つめながらそんな“想い”がめぐっている。


2015年1月31日

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2012年5月25日 (金)

自然栽培―ほったらかし農園で実験開始

 4月の連休前のこと、古書店からまとめて仕入れてきた本の中から、『奇跡のリンゴ 』という、リンゴ農家の木村秋則氏の評伝を読んだ。

 木村氏の生き方と農法が、ささやかな「ほったらかし農園」で野菜を育てる私の心の琴線に強く響いてきた。

 さっそく同氏の著した『リンゴが教えてくれたこと 』、『自然栽培ひとすじに 』、『「お役に立つ」生き方 ~10の講演会から~ 』、『あなたの人生に「奇蹟のリンゴ」をつくる本』、『すべては宇宙の采配 』、『奇蹟を起こす 見えないものを見る力』などを、次々とネットで取り寄せて、しっかり通読させていただいた。

『奇蹟のりんご』を生みだした農法のことを、木村氏は、福岡正信氏の「自然農法」からアイディアを得て、これをさらに発展させたものとして、「自然栽培」と名付けている。

「自然栽培」と「自然農法」との違いについて同氏は、無農薬、無肥料の理想を追求するだけではなく、農業として経営をしっかり成り立たせることから、「栽培」と名付けたという。

 また、「有機農法」との違いについては、農薬のみならず牛糞・鶏糞などの有機肥料も一切使用しない栽培方法を確立したところにあると述べている。

 そんな木村氏の思想の根底には、「自然」に寄せる大いなる信頼がある。

 その思想は深く、同時に極めてシンプルである。

 30数年前、ともに畑仕事をしていた奥様が農薬に弱い体質だったことから、不可能といわれていた無農薬でのリンゴ栽培に果敢に挑み、これに人生のすべてを捧げた人間がたどりついた結論でもある。

 かつて、津軽地方で生活破綻者を意味する“かまどけし”(かまどが消える、つまり食べていけない人の意)とまで呼ばれ、行き着くところまで行った者が“いのち”と引き替えに得てきた智慧が、彼の言葉の一言一句から伝わってくる。

 その背後には、欲すると欲せざるとに関わらず、農薬や科学肥料に依存して工業生産のように農作物を作り出すという、現代の主流となっている近代農法とは正反対の道を歩まざるを得なくなったご自身の孤独な宿命が、無農薬10年年目にしてリンゴ栽培を実現させ、次第に人生そのものが花開いていくことから確信した、同氏の「見えないものを見る」チカラが、人と自然と地球環境の未来をも見通しているようにみえる。

 つまり「自然栽培」とは、農業を通した、地球環境保全活動の究極の実践なのである。

 この木村氏の提唱する「自然栽培」は、これまで鶏糞、牛糞などの有機肥料を使用してきた「ほったらかし農園」園主としては、革命的ともいえる発見だった。

 たとえば木村氏によると、雑草や害虫たちは、施肥によって栄養過多となり、いわば過保護となった畑に発生し、彼らは一見、農作物を人間から奪っているように見えるが、実は人体にとって有害となる様々な成分を、雑草や昆虫たちが摂取して浄化している、というのである。

 だから無農薬、無堆肥にして数年経過すると、害虫による被害はどんどん軽減されるそうである。

 そういえば、わが家の「ほったらかし農園」も、かれこれ無農薬での栽培を始めて10年ほど経過したが、忙しさにかまけて堆肥を全く施さなくなってからも、トマトやゴーヤなどは家の二階に達するほど毎年生長し、霜が降りる11月ごろまで花を咲かせ果を実らせていたではないか。つまり、虫の被害よりも、次から次へと元気に果実を実らせる野菜の生命力の方がはるかに勝っているのである。また、冬から春にかけてのノラボウ、キャベツなどの野菜もまた然りである。

 さらに同氏は、無施肥にしても栽培が成り立つ一例として、たとえば大豆などの豆科の植物は、空気中にある窒素を吸収し、余った養分を土中にある根っこに根粒菌として蓄え、それが土に吸収され、他の野菜や果樹の養分になるという。

 これに加え、農薬を使わないために、さまざまな微生物が活発に活動することで畑の土は自然の山野のように肥沃となり、弘前大学農学生命科学部の調査によると、木村氏の畑のリンゴの葉っぱに付着したバクテリアの多様性は、世界遺産の白神山地のそれに酷似しているという。

「ほったらかし農園」でも、さっそく雨が上がった5月5日と13日、家内と、農園助手の中学生と小学生(長男、二男)と一緒に、くまなく大豆(早生枝豆・白鳥系)を蒔いた。

 その大豆とともに、トマト、キュウリ、ゴーヤ、アスパラ、オクラ、パプリカ、大根などの野菜のほか、昨秋からミカンを二本植樹し、柿、サクランボ、ブルーベリーなどの果樹が順調に花を咲かせ、そして今は新緑を輝かせている。

 無農薬10年目にして始めた「ほったらかし農園」の「自然栽培」。

 その後の経過などを、断片的な報告しかできないかもしれないが、ときどき本欄で紹介してみようと思う。

【お勧めの本】

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2011年12月13日 (火)

自然エネルギーを求めて(6)――ペレットストーブと循環型の社会

 9月8日のこと、ペレットストーブがわが家にやってきた。外では、まだ蝉時雨が降り注いでいた。

 

 取付工事には、東京ペレットのOさんと、60歳前後の職人さんと2人で来られ、午前10時ごろから着工、約2時間ほどで設置が完了した。

 

 わが家に来た製品は、オーストリアのカリマックス社製の「ベリーナ」というストーブだった。

 

 
 このストーブは、店頭に何年か実演展示していたものを、製品がモデルチェンジしたのを機に、部品を取り寄せて修理し、譲っていただいたものだ。

 

 

 

 あれから3カ月ほど過ぎ、木枯らしが吹く寒い晩や、気温が10度以下になる朝には、ストーブに火を焚いて暖をとっている。

 

 耐熱ガラスの窓の向こうで燃える炎を、子供たちは懐かしそうに覗き込んでいる。

 

 わが家に来たペレットストーブは、鋳物でできている上に、サーモスタットが付いている。室温が設定した温度に達すると、自動的に運転を停止し、鋳物に蓄熱された「熱」をゆっくり時間をかけて放熱(輻射熱)する。

 

 したがって石油ストーブやファンヒーターなどのように連続して燃焼することがなく、燃料を無駄に使わなくて済むところがありがたい。

 

 ペレットストーブを設置した当日、ストーブの試運転をしながら、Oさんと次のような会話を交わした。

 

O氏 「これは欧州の方から聴いた話ですが、彼らは冬が来たからとて、あわてて石油ストーブやファンヒーターを買うようなことはせず、夏の間に冬支度をすべて済ませるそうです」

 

ashikabi 「――ってことは、わが家は今年から欧州なみだね」

 

O氏 「ドイツやオーストリア製のペレットストーブは価格もそれなりに高価ですが、堅牢な作りをしているため家具のように“一生もの”として使い続けることができます」

 

ashikabi 「へえ~“一生もの”なんて、タンスだけかと思っていたよ!」

 

 振り返ってみれば、結婚して二十数年を経たが、家族が増え、引っ越しをするたびにわが家ではいったい何台の暖房器具を買い換えて来たことだろう! 電気ストーブと電気ゴタツに始まり、石油ストーブ、石油ファンヒーター、エアコン、そしてホットカーペットにオイルヒーター。

 

 これまで、家族の生活を支え続け、お世話になったこれら数々のモノたち。その製品が、大切に修理しながら一生使い続けることができる物ばかりならば、よもや季節ごとに大量の暖房器具が店頭に並ぶこともないだろう。

 

 私たちのライフスタイルが、いつの間にか「大量生産・大量消費」の渦の中で、「一生もの」というコトバを見失い、物に対する大切な感覚を、どこかに置き忘れてきているのかもしれない。

 

 物に対する大切な感覚、それは「人」と「物」との“心の繋がり”と言い換えてもいい。

 

 物との“心の繋がり”を失えば、モノに対しても、資源に対しても、同じような扱い、つまり「使い捨てる」ことが気にならなくなるだろう。

 

 そして、「自然」に対しても、「食物」に対しても、さらに「いきもの」たちや「人」に対しても、私たちはいつの間にか、この“心の繋がり”を見失っているかもしれないのである。

 

 金光教祖は、

 

「大根にも机にも御礼を言う心にならなければならぬ」

 

と説かれたというが、「御礼を言う心」とは、大根や机などの物たちに宿る“こころ”と、さらにそれらのものを生みだしたものと、深く心を通わせることにほかならない。

 

 12月の始めのこと、飛騨高山にあるオークビレッジ(代表 稲本正)を訪問させていただいた。

 

 薪ストーブとペレットストーブという“循環型のエネルギー”で暖をとった山の中のギャラリーには、魅力的な木製の椅子、年輪の浮き出た漆塗りの味わい深いテーブル、玩具、手作りの食器類などが展示され、ビレッジの方からは、「テーブルなどの家具は三代使えます」とのご説明をいただいた。
 
 丹誠込めて物を作り、その想いを受けとめながら大切に扱い、長く使わせていただくこと――

 

 そこには素材となった樹木を育てた人、師匠から受け継いだ技を駆使して作った人、家族の幸せを願い購入した人、子供の健やかな成長を祈り拭(ふ)き続けた人、そんな人々の温かな“こころ”がこめられることだろう。

 

 つまり、「物」とは、人々の深い“こころ”と、人々や大自然を生みだしたものの“こころ”が託された、“いのちのバトン”なのではないだろうか。

 

 

 ――そして、その最たるものが、私たちの躯(からだ)なのかもしれない。

 

 すべての生きとし生けるものたちが、このバトンを親から担い、それを後世へと伝えている。それが“いのちのバトン”を託された生き物たちの、生物多様性の諸相のようにも思える。

 

 私たちは人間だけの都合を優先して、この尊い“いのちのバトン”を断ち切るようなことをしてはならない。

 

 そのためにも、すべてのものに御礼を言い、そこに宿る深い“こころ”を拝むような、環境に負荷を与えない“循環型のライフスタイル”を、エネルギーのみならず家具、道具、建築、食べ物などあらゆる分野にわたって、現代の暮らしにに蘇らせることが必要ではないかと思うのである。

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2011年11月 8日 (火)

自然エネルギーを求めて(5)――木質ペレットのこと

 東電の原発事故が発生して以来、私は自然エネルギーについての理解を深める中で、バイオマス燃料に注目するようになった。

 

 バイオマスの一つである薪を燃料とする「薪ストーブ」については、前回のブログで紹介させていただいたが、薪のほかにも、木質ペレットという燃料を使う「ペレットストーブ」というものがある。

 

 木質ペレットとは、地域の製材所などから出るおが屑や、丸太から柱を切りだした端材、間伐材などを木粉にして、それを圧縮して固めたものだ。

 

 木質ペレットは、基本的には次の3種類に分けられているようだ。

 

・「ホワイトペレット」――木の幹の部分でつくられたもの。
・「バークペレット」――木の皮でつくられたもの。
・「全木ペレット」――幹・皮を含む木全体からつくられたもの。

 

 いずれも、森から産出される端材や樹皮などの副産物が原材料だ。

 

 映画『みつばちの羽音と地球の回転』(鎌仲ひとみ監督作品)でも紹介されたように、スエーデンをはじめ欧州各地では、地域社会で共有する暖房や給湯装置の燃料としても木質ペレットが使われ、クリーンな循環型エネルギーとして活用されている。

 

 上記のペレットの中で、主として家庭用に使われるのがホワイトペレットで、これを利用した暖房器具がペレットストーブなのだ。

 

 このストーブは、ドイツ、オーストリア、イタリアなどの欧州諸国の製品に加え、アメリカ、カナダなどでも製造され、化石燃料に依存しない暖房装置として広く使われており、国産でもいくつかのメーカーが製品をエントリーしている。

 

 

 ペレットストーブの特徴としては、

 

①薪とちがって煙りが極めて少ないため、住宅地でも使用できること

 

②場所もとらず、エアコンなみの簡単な工事で安価に設置できること

 

③燃料代が、灯油のように国際市場の相場に左右されることなく安定していること

 

④CO2の増減に影響を与えないカーボンニュートラルな暖房であること

 

⑤薪ストーブと同様に、家の中で“本ものの炎”で暖をとることができること

 

という魅力的な特徴がある。

 

 

 そんなことを調査していた矢先―― なんと市内でペレットを製造し、おまけにストーブまで扱っている会社があることが分かった。

 

 環境問題に関心を深めるようになってから10年ほど経つが、“灯台もと暗し”とはこのことだった。

 

 さっそく電話で連絡をとり、5月末の休日に訪問させていただいた。

 

 それは「東京ペレット」という青梅市にある会社で、私は駐車場に車を止め、事務所の方に歩き始めると、

 

「ashikabiさぁ~ん!」と声が掛かった。

 

 なんと声の主は、これまで地域のPTA行事で何度も顔を合わせ、ともに二次会まで飲みに行ったことのあるOさんだった。

 

 事務所に入り、ぐるりと各種のペレットストーブに囲まれた応接スペースで椅子をすすめられ、私たちはこの日初めて、環境のこと、循環型エネルギーのこと、3.11の震災や原発事故後の日本のエネルギーのことなどを語り合った。

 

 私は、このペレットストーブの背後にあるもの、それは「森」と、「地域の産業」と、そして「家庭生活」とを結ぶ、画期的な循環型の社会がこのシステムの向こう側にあることが、温かく燃えるストーブの炎の中から次第に象を結び始めるのを感じていた。

 

 

 

 

 

 

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2011年10月15日 (土)

自然エネルギーを求めて(4)――あこがれの薪ストーブ

 目の前にあった夢が潰(つい)えたとき、人はそれに代わる新たな夢を追い始める。

 

 

 そして、その夢をいよいよ具体化するとき、私たちは「経済的な価値」を優先するか、それとも「経済以外の価値」を優先するかという問題に逢着する。

 

 

 ここで言う「経済以外の価値」とは、「倫理的」価値ということが大きなウエイトを占めるのであるが、ときには「美的」価値が、さらに地縁・血縁というゲマインシャフト的な「ご縁」が決め手となったりする。

 

 

 以前から、強いあこがれを抱いていた「自然エネルギー」を燃料とした暖房器具のひとつに、リビングで薪を燃やして暖をとる「薪ストーブ」がある。

 

 

「薪を燃やす」というと、森林保全に逆行して環境を悪化させるようなイメージを抱く方もいるかもしれない――

 

 

 しかし薪の燃焼によって排出されるCO2は、樹木の成長過程で吸収する量とほぼ等量であり、一方的にCO2と熱とを排出する石油・石炭などの「化石燃料エネルギー」とは対照的な、「循環型エネルギー」(Circulation Type Energy)なのである。

 

 

 つまり「薪ストーブ」を利用すれば、CO2の増減に影響を与えないカーボンニュートラルな生活が実現できるのだ。

 

 

 かつて私は、実はバーモント・キャスティング社(アメリカ)の薪ストーブで「アンコール エヴァーバーン」という製品の導入を検討した時期があった。

 

 

 しかし、薪ストーブの生活を詳しく研究していくうちに、思い掛けない発見が幾つもあったので、感心を寄せている方のためにその一端を紹介しようと思う。

 

 

「薪ストーブ」といえば、燃料は薪である。

 

 

 調査したところでは、薪ストーブは1束400円~500円ほどの薪を、だいたい1日で3束ほど使うそうだ。

 

 

 すると1カ月90束で約4万円ほどになる。
 ということは、一冬の暖房費だけで約20万円ほどの出費を覚悟する必要があるのだ。

 

 

 もちろん、自由に薪を採取できる山林があれば、費用は発生しない。

 

 

 また、森林組合などを通して原木に近い状態で購入すれば、薪も安価に入手できる。

 

 

 しかし山林から直接採取する場合も、森林組合から購入する場合も、薪作りに使うチェーンソーや斧(オノ)などの道具を調達し、薪を割るための体力と、そのための時間を確保しなければならない。

 

 

 薪を割る元気があれば問題ないが、時間が思うようにつくれないときや体調がすぐれないときは、ちょっと辛そうである。

 

 

 さらに重要なことは、「薪を置くスペース」を確保しなければならないのだ。

 

 

 一冬で450束の薪を燃料として使うとなると、わが家の場合は、畑のスペースか自動車のガレージをあきらめるかしなければ、冬を越せそうにないボリュームである。

 

 

 しかも、「薪は2年以上乾燥させる」のが理想というから、その倍となる900束(!)ほどの薪を置くスペースが必要となるのだ!

 

 

 これでは、わが家は経費(薪代)とスペース(土地)の双方から、畑も自動車も手放さなければ憧れの「薪ストーブ」ライフは実現しないかもしれない。

 

 

 さらに薪ストーブは、シーズンはじめに煙突掃除とストーブのメンテを毎年欠かさずしなければならない。

 

 

 高い屋根に登るリスクと煤(スス)だらけになるのを覚悟の上で、自分でメンテをすれば材料費だけだが、外注すれば3~4万円ほどかかる。

 

 

 つまり、薪ストーブを導入するためには――

 

 

①「お金」にゆとりがあるか「山林」を持っていること。

 

②家の近くに薪を置くための「土地」があること。

 

③薪を割るための「時間」と「体力」があること。

 

④「掃除」や「メンテ」が苦にならないこと。

 

⑤煙突のけむりによってご近所迷惑にならない場所に家があること。

 

 

 ざっとみても、これだけの条件を満たす必要があるのだ。

 

 

 満たしている条件が、「体力」と「掃除」だけではお話にならないことが、次第にハッキリしてきたのである(^^;

 

 

 わが家でこれを導入するためには、「定年後の道楽」としてなら家族も納得することだろう。

 

 

 しかし、学齢期の子供を4人も抱えて、自宅のローンの支払いに追われている現在では、夢のような話だったのかもしれない―― (^^;

 

 

 しかしながら、上記の条件を満たし、さらに薪ストーブに興味を抱いている方がいらっしゃれば、ぜひチャレンジすることをお勧めしたい。

 

 

 薪ストーブと同じく、木質燃料を燃焼させて暖をとり、しかも「森」と「地域の産業」と「家庭」とを結ぶ、循環型で地産地消エネルギーの本命とも思われる「ペレットストーブ」についても、折をみて紹介させていただこうと思う。

 

 

 

 

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2011年10月 8日 (土)

自然エネルギーを求めて(3)――生活の身近にあった「火」のこと

 わが家での冬場と夏場に使用しているエネルギーのことを、読者にはちょっと煩わしいかもしれないが、少しだけ紹介させていただこうと思う。

 

 

 まず冬場の暖房は、以前は電気コタツと石油ストーブを使用していたが、8年前に4人目の子供が生まれてからは、危険を避けるために石油ストーブを廃止し、リビングにホット・カーペット敷いて、その上にコタツのやぐらを載せている。このほか寝室では氷点下に達するような晩のみオイルヒーターを使っている。

 

 

 一方、夏場の冷房は、網戸からの通風によるそよ風と団扇(うちわ)と、ときおりの扇風機――そして17年ほど前に買ったエアコンは、来客のときだけ使用。

 

 

 こんな具合に「電気」の使用を控える、いわゆる“省エネ”の生活を続けてきた。

 

 

 それでも、今年(平成23年)の家族7人分の電気使用量は、真冬の1月で411kWh(9,485円)、真夏の8月で223kWh(5,723円)と、どうしても冬場の寒い時期をしのぐためのエネルギー消費が跳ね上がっていた。

 

 

 しかし、このようなささやかな努力とは裏腹に、“省エネ”に努める生活は、家族にしてみれば決して快適なものではなかったかもしれない。春と秋を除いてガマン大会のような生活を遵守しているさまは、実状を知った人から見れば修道院や禅寺のようにも映ったかもしれない(^^;

 

 

 今年の3.11以降、原発の矛盾や問題点に気づいて以来、あらためて足下を見直しているうちに、ある肝心なことが見えてきたので、そのことについて紹介させていただこうと思う。

 

 

 それは、原発や化石燃料や石油化学製品の消費こそが、「廃熱」と「廃棄(CO2も含む)」という2つの点で、地球環境全体のバランスを崩す「問題の原因」なのであるから、それをできるだけ「買わない」し「使わない」ことはこれまで通りである。

 

 

 さらにもう一歩踏み込んで出来ることは、私たちが利用する資源やエネルギーを、原発や化石資源に由来しない循環型の「自然エネルギー」へと転換し、それを積極的に「買い」そして「使う」ようにすれば、その分だけ異常な「廃熱」と「廃棄」が消え、結果的に問題の原因が消え、さらに循環型社会が実現するという、あたりまえのことに気が付いたのである。

 

 

「自然エネルギー」とは、非枯渇性のエネルギー、つまり太陽と大地と水がある限り枯れることのないエネルギーのことで、太陽光をはじめ、水力、風力、地熱、波力、バイオマスなど、再生可能エネルギーといわれているものの総称である。

 

 

 たとえばバイオマスについてであるが、これは“生物由来の資源”という意味で、平たく言えば薪(まき)などの木質燃料のことである。(バイオエタノールについては別途考察予定)

 

 

 私が小学生だった40数年年前は、田舎に住んでいれは薪で竈(かまど)や風呂を焚き、学校でも冬になると薪ストーブの煙突を先生と生徒たちとで教室に組み立て、だるまストーブに薪を燃やして暖をとったものである。

 

 

 ストーブや風呂釜の中で燃える、あの埋み火の荘厳な炎の輝きは、薪のはぜる音やにおいとともに、今でも時を超えて蘇ってくるのであるが、よく知られているように薪などの木質燃料から出た灰は、カリウム、カルシウム、マグネシウムなどを多く含むため、野菜などの生育にとって大切な肥料となり、決してゴミとはならないのだ。

 

 

 思えば、家庭生活の中から、薪などのバイオマスによる「火」が消えたのは、人類の歴史からみればほんの最近のことにすぎないのではないだろうか。

 

 

 それまで人々は、薪による火で料理をし、火で暖をとり、火で風呂を沸かし、洋の東西を問わず家族で囲炉裏や暖炉、そして火鉢や掘り炬燵やペチカ(^^; などを囲んで親密なる時を過ごしてきたのである。

 

 

 現代文明が失った大切なものの一つは、この、かつて家の中にあった「火」を中心にしたいとなみであろう。

 

 

 思えば、昭和30年代から40年代にかけて、各家庭には急速に家電製品が普及し、バイオマスによる「火」は、電気釜や電気温水器やガスコンロ、ガス湯沸かし器などによって、その本来の居場所を失っていった。

 

 

 この新しい消費文明の潮流に拍車を掛けたのが、「火」に替わって屋内の中心部に登場したテレビという未体験のメディアだった。

 

 

 テレビは、波状的なコマーシャリズムによって、知らないうちに人々の心を徹底的に「モノ」や消費へと向かわせた。生活の中から「火」や森や自然との親密な関係を見失った私たちは、人間至上主義・経済至上主義へとひた走りに突き進んで来てしまったのではないだろうか――

 

 

 それが、今日における環境問題のひとつの重要な要因となったと、私は考えている。その背後に見え隠れしているのは、何万年も人間生活の身近にあった、森(自然)との繋がりを持った「火」の喪失である。

 

 

 これは最近、警察庁が公開しているデータを見て驚いたことであるが、日本における平成21年度の自殺者の総数が、なんと3万2000人に達していたという。それは、東日本大震災による犠牲者の数よりも、さらに1万人以上も上回る人々が、毎年毎年3万人も、尊いいのちを自ら絶っているのである。

 

 

 何千年という列島上の人類のいとなみの中で、果たしてこのような悲劇的な文明が、かつて発生したことがあっただろうか。

 

 

 身近な森から得た「火」の背後に感じ取っていた、「自然」との豊かな繋がり。これを見失った代償は、自殺者や、うつ病などの心の病の増加のみならず、さまざまな方面に影響を与えていることだろう。

 

 

 わが家での自然エネルギー利用の第一歩は、家の中にこの、かつて人間生活の身近にあったパイオマスによる「火」を、もう一度呼び戻すことなのかもしれない――

 

 

 そんな想いが、脳裏に燃える懐かしい炎とともに、心を温かく照らしていた。

 

 

 

 

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2011年10月 1日 (土)

自然エネルギーを求めて(2)――今できることを足下から

「これだけは実現したい」と切望しても、与えられた条件、資金、時期など、さまざまな阻害要因が重なり、それがたとえどんなに善いことで、どれほど望ましいことであったとしても、「実現」にまで至らないことは、人生では度々経験させられるところである。

 

 

 

 今般、福島で発生した東電原発事故による放射能漏れは、周辺地域のみならず、日本全体に深刻な影響を与えていることが次第に明らかになりつつある。

 

 そのこと一つとってみても、いかに原発というシステムが、人類の生活に不適合なものであり、「放射能」と「生命」とが相容れないものであるかが分かるのである。

 

 原子炉から放出されるセシウムの半減期30年。プルトニウムの半減期2万4千年という途方もないものを、いったい誰が責任を持って管理するというのだろう――。

 

 

 未来世代のためにも、一刻も早く、原発由来のエネルギーから、太陽光、風力、波力、地熱などの「自然エネルギー」を利用した電力へと、社会的な規模での転換を図りたいものである。そこで一念発起して、わが家で試みた太陽光発電プロジェクトだったが、その顛末は前回のブログをご参照いただきたい。

 

 

「時節到来」という言葉があるように、この世には、ものごとが人・事・処を得て自然に成就する「時節」というものがある。しかしそれは、ただ手をこまねいているだけで巡ってくるものではないのかもしれない。

 

 社会全体を、循環型のシステムへと移行させて行くためには、先ず先駆者となる人々が、未来へのより善きビジョンを描き、それを先ず足下からこつこつと実践することを通して、人々の心の扉を叩き続けることから、すべては始まるのである。

 

 

 地域の産業として、自然エネルギーを利用したシステムが社会的な規模で実現するのは、まだまだ時間を要するかもしれないが、個人の生活においては、今できることを一歩でも二歩でも踏み込んで、自然エネルギーを利用した暮らしを実現できるはずである。

 

 

――それにしても3.11における原発事故と、それが環境に与えた影響はあまりにも深刻である。

 

 

 スーパーに山積みされた野菜、鮮魚売り場の魚を見ても、私たちは放射能が与えた影響を勘案せざるをえず、地産地消という、これまで“安全”とされてきた前提がすっかり崩れてしまった感がある。

 

 

 ことに成長期にある子供のいるご家庭では、放射性物質による内部被爆への懸念は、学校給食のことも含め深刻な問題である。

 

 

 原発が与えた影響を考えれば考えるほど、環境保全への願いは募るばかりだ。

 

 

 このような「願い」から、わが家で3.11以降に取り組んだささやかな試みを、本欄では何回かに分けて紹介させていただこうと考えている。

 

 

 

 

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2011年9月28日 (水)

自然エネルギーを求めて(1)――羨望の太陽光発電

 福島における東電の原発事故以来、わが家では「自然エネルギー」の導入を真剣に考えるようになった。

 

 太陽光発電については、だいぶ前に施工業者に調査してもらったことがある。

 

 そのときは、

 

「屋根の形状の関係で、パネルを1kW程度しか載せることができませんので、ちょっと無理ですね」

 

との見立てで、やむなく断念したことがあった。

 

――あれから7年ほど経っている。

 

 

 パネルの形状も多様となり、面積当たりの発電量も、きっと増加しているだろう。せめて2kW程度でも発電できればいいのだが・・・。そう考え、今度はメーカーの相談窓口を通して、経験豊富な施工業者を紹介してもらった。

 

 

 数日後、施工会社の社長はじめスタッフらがわが家に来訪。

 

 同社の社長の話によると、ちょうど青梅市で「地球温暖化対策住宅用機器設置費補助金交付制度(平成23年度)」の募集が始まったところで、締め切りは一週間後。とりあえず申請だけでも出しておきましょう――とのこと。

 

 思いがけない朗報に、1kWあたり5万円、上限額は15万円とのことで、弾む心を抑えながらとりあえず2kWの補助金を申請することにした!

 

 同時に、施工チームの方に屋根の形状を徹底的に調査してもらうと、うれしいことに合わせて2.05kWの太陽光パネルの搭載が可能との連絡をいただいた。

 

 飛び上がるような想いで10年間のローンを組み、国と東京都への補助金申請書に署名し、東電に申請する発電所の名称を夫婦で話し合って決め、翌月に実施する施工の日取りも決定。

 

 わくわくしながら、家内とともに手帳とカレンダーに施工日をしっかり赤ペンで書き込んだ。

 

 これでいよいよわが家の屋根にも太陽光発電が乗るぞ! 子供たちをはじめ、ご近所、知り合い、職場の同僚にも、嬉しさのあまり発電所の設立をふれて廻った(^^; 

 

 

 そんな、工事まであと一週間とせまった晩のこと、施工会社の担当者から突然の電話が入った。

 

 受話器をとると、恐縮した声で、

 

「――屋根が特殊な形なので、パネル編成の関係で最低入力電圧に届かないことが判明しました。ご期待に添えなくて、まことに申しわけございません…」

 

との、あっけない結末を、申し訳なさそうに話してくれたのである(^^;

 

 

 かくして、またもや太陽光発電への道は閉ざされ、補助金の申請もローンもあえなく取り下げとなる幕切れとなった。

 

 これ以来、電車に載っていても、道を歩いていても、なぜか住宅の屋根ばかり視界に飛び込んでくるのだ。

 

 ――この家の屋根は2kWくらい。あそこは3kWは乗るぞ。
 おっ! この屋根の広さと陽当たりの良さなら4kW、いや4.5kW載せて数年で元を取れるなあ――

 

 そんな当て所のない皮算用が、脳裏に浮かんでは、屋根の上に浮かぶ白雲とともに、どこかへ消えていくのだった。

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