2021年8月 1日 (日)

木下闇について (2021,8)

 梅雨の間、毎晩のようにシューマンの交響曲(シンフォニー)を聴いていた。うっとうしいはずの季節になぜか神の恩寵(おんちょう)を感じて、降り注ぐ雨が、たまに差す陽の光が、楽しげに呼び交わす小鳥の囀(さえずり)りが、目に見えぬ世界からの祝福だったことに気付かされ〝当たり前〟のことのありがたさに、心の眼がひらかれる思いがした。同氏の曲のタイトルは「春」を始め、欧州を流れる「ライン」川など自然を題材としたものが多く、それだけ彼の音楽は自然と深く寄り添い、そこから生まれた歓びを奏でているのであろう。

 齢(とし)若い頃、わたしの心の目にシューマンの音楽は、とても凡庸で、退屈で、ただの感覚美を追求した過去の作曲家としてしか映らなかった。が、かつて恩師が、生前にシューマンのシンフォニーについて讃えていたことを思い出したのを機に、自宅にあった三番、四番が収められたCDを聴いてみると、妙に心に響いてきて、以来、そこに奏でられた生命が踊る歓びや、寂寥感(せきりょうかん)に充ちた滅びゆく悲しみ、人間と自然界との深い共感や、生命と生命が豊かに交わる様が、音楽の中から美しい像をムスビはじめたのである。齢を重ねることは、決して悪しき事ばかりではなく、豊かな魂の稔りと意識の拡大をもたらすようである。

 このような発見をさせていただけたのも、生長の家のPBS活動に触れたおかげである。それまで、凡庸でつまらぬものとしか見えなかった家庭菜園や、手間のかかるクラフトや、自転車で野や街を走る素朴なよろこびの背後に、人がこの世に生まれ、成長し、次世代へといのちを繋(つな)ぐことの、切なく掛け替えのない人生のいとなみがあることが見えてきたのである。そこには、信仰によって宇宙大生命とつながり生きる安らかな喜びが充ちているのだ。そんな発見を、この活動に参加した人たちが笑顔で語るのを、聴かれた方も多かろうと思う。

 いよいよ梅雨も明け、盛夏を迎える。その眩(まぶ)しい日差しの背後に密(ひ)そむ世界のことを、俳句の季語で「木下闇(こしたやみ)」と呼んでいる。『歳時記』の一節には、「木下闇は昼なお暗く、暑さから逃れられる別天地のようなところ」とある。この言葉は、決して現象に現れることのない、深い真実の世界が沈黙とともに闇の中に潜んでいて、この世界を見えないところで支えていることを伝えているのだ。

 このようなことも若いころには思い及ばぬことで、意識の深化も人生の齢(よわい)を重ねるという切実な経験と関係しているようである。四季の著しい変化を経て万物が生長するように、癒やし難いと見えていた悩みも悲しみも、やがて底知れぬ慈しみの歳月を経て、そこに失せることのない生命の光が、闇と見えるものの奥底にひそんでいることを知るのである。そんな真実の姿は、魂の成熟をもって初めて見えもし、音となって聴こえても来るのである。

 

 (生長の家埼玉教区・群馬教区の機関紙から)

| | コメント (0)

2021年6月 1日 (火)

“学ぶ”ことについて (2021,6)

 コロナ禍は、令和の御代に大きな変化をもたらしている。それは人々の生活を変え、社会や組織の仕組みを変え、私たちの運動にも深い影響を与えている。そんな渦中埼玉・群馬の「おムスビネットフォーラム」では、田中明憲(あきのり)講師を招聘(しょうへい)して『ムスビの概念の普遍性を学ぶ』と題して、同名の書籍をテキストに〝ムスビの働き〟とユング心理学についてお話しいただいた。

 田中講師は、同心理学における「アニマとアニムス」について解説してくれたが、この学びを深めていくことは、私たちが抱える諸問題を解決するための一助になることだろう。聞き慣れない言葉だがアニマとは、男性の無意識の中にある〝女性的な面〟のこと。一方のアニムスは、女性の無意識の中にある〝男性的な面〟のことであり、私たちは例外なく、それらを内に蔵しているのだ。

 観世音菩薩は〝両性具有〟といわれている。生長の家でも〝人間は神の子〟で「自性円満」と説いているように、私たちの内には未開発の彩り豊かな無尽蔵の神性が内在しているのである。つまり男性的な面も女性的な面も具有していればこそ、ある過去生では女性として慈愛の人生を経験し、ある生涯では男性となって人格を鍛錬し、次第に神の子としての全容をこの宇宙に開花させているのである。

 生長の家と深層心理学との関係は深く、昭和二七年(1952)には、日本教文社から『フロイト選集』が刊行され、昭和三〇年(1955)には『ユング著作集』を刊行。しかも前者はフロイトの弟子である古沢平作が、後者は当時のドイツ文学の第一人者である高橋義孝らが翻訳を担当しており、戦後の混乱の中、生長の家が日本の五〇年、百年後の未来を見据えながら人類光明化運動を展開していたことが、このような事蹟から見えてくるのである。半世紀以上を経て、生長の家が再び深層心理学に、そして古事記等に説かれた〝ムスビの働き〟に光を当てていることについての深い意味を想うのである。

 さて、田中講師は前掲書の中で、「男性は自分のアニマを外的世界の女性に投影し、一方の女性は、自分のアニムスを外的世界の男性に投影する。(中略)それらのイメージを通して相手を見る」(62頁)と紹介している。生長の家でも、私たちを取り巻く人や物や事は、観自在の原理によって現れた「心のカゲ」であると説いているが、心の世界を扱う宗教と心理学とは、コインの裏表のように共通する部分が多いのである。

 アニマやアニムスのことをユング心理学では「原型(archetype)」と呼び、それは世界各地の神話など、意識の深層に共通して現れるという。このほか原型には「自己」「老賢者」「グレートマザー」「影」などが挙げられており、これら精神分析の知見は、紛れもない人類救済の働きであり、仏の四無量心に豊かな表現の地平を開くことだろう。それは世代や民族を超えて、ともに人間の実相を克明に解き明かしていくことであり、そこに〝学ぶ〟ことの深い意味があるのだ。

 (生長の家埼玉教区・群馬教区の機関紙から)

| | コメント (0)

2021年5月 1日 (土)

啐啄(そったく)の機について (2021,5)

 野に陽春を告げるヒバリの囀(さえず)りに呼応して、花が咲き、草木が生い茂り、人も衣替えの時節である。禅宗に「啐(そっ)啄(たく)同時」という言葉がある。啐(そっ)はひな鳥が内側から卵の殻を突(つつ)くこと、啄(たく)は親鳥が外から突くことで、これが同時に行われることをいう。「完成の燈台の神示」に、「時が来た。今すべての病人は起つことが出来るのである」と説かれているが、この「時が来た」とは啐啄の機が到来して、内と外が一つに動くことである。

 外ばかり見ていたのでは眼前の現象に振り回される、内ばかり向いていたのでは永遠に殻(から)の中である。啐啄同時とは、内と外が〝ひとつ〟になっていのちが躍動することである。それは自他一如の世界に入り〝いのちの世界〟に遊ぶことである。これを生長の家では如意自在の生活といい、私たちの心境がこの境地に入る修行が、日々重ねる三正行である。

 たとえば私たちの体内の心臓や、肺や胃や膀胱(ぼうこう)など内蔵の働きも、すべてこれ意識せずとも啐啄同時に全体が働いていることは決して〝当たり前〟なことではないのだ。それはアイコンタクトどころの話ではなく、見えず聞こえず五官で感じなくとも、いのちは全体を大調和裡(り)に生かしているのである。この不思議な神秘な力に委ねることが全托である。

 宇宙大生命は、大きくは星雲の運行から、小さくは素粒子の微少な世界に至るまで〝ひとつ〟のいのちの働きとして天地の渾(すべ)てに渡って営み給い、この天地に充ちる働きは、私たちの人生に観世音菩薩の摂理の手となって現れるのである。

 四苦といわれる生老病死は、避けようもなく私たちの人生に巡り来るように見える。しかし不要な経験などこの世にはなく、全ては大生命の不可思議の摂理によって巡り来るのであり、それぞれの出来事は最も善い時節に現れるのが唯心所現の世界である。その摂理の手を無視して、利己的な都合の良いことばかり得ようとしてもそうは問屋が卸(おろ)さない。受けるべきものは受け、耐えるべきものは耐え、倒れる時節には倒れても、神の子のいのちは、そこから何度でも起ち上がる無限の力を秘めているのである。そして一歩ずつ〝善きこと〟の三正行を、一つまた一つと積み重ねていく。その善行の中から、必ず一切の〝善きこと〟が天地の全てとなってめぐって来るのである。

 過去の業や因縁を浄化する道は、神のいのちの中に幼子のように飛び込むことである。これを大懺悔(ざんげ)といい、その過程で、過去生の業因が自壊してくるように見える場合もあるが、その度に起ち上がり、真理の火を灯すのだ。

 黙々とした祈りの中から、やがて霧が晴れ光明が差し初める。その光源は、どこか他の所にあるのではなく、あなたが内に灯し続けた光がそれであったことに、やがて気付くときがくるのである。私たち一人ひとりが祈りの火を灯す、そのささやかな光こそが神の子の証(あかし)であり、灯を掲げ続けることによってのみ、人生に、世界に、光り輝く夜明けがもたらされるのである。

 (生長の家埼玉教区・群馬教区の機関紙から)

| | コメント (0)

2012年4月10日 (火)

小学校入学式でのPTA会長あいさつ(平成24年4月)

 4月上旬、地元の小学校で入学式が挙行されました。

 会長として挨拶するのは、これで3年目、私も今年で会長を卒業します。
 
 入学式では、ついこの前まで幼稚園や保育園に通っていた子供たち、そして保護者の皆さんを対象にお話しさせていただきます。初めてお子さんを入学させる親御さんも大勢います。

 式では、順番に校長、市の教育委員会の代表、そして最後にPTA会長がスピーチしますので、式典に慣れていない子供たちは、すっかりたいくつして集中力もなくなっています。

 そこで大切なのは、子供たちと保護者の目を見ながら、一人ひとりに語りかけるようにアドリブでお話しすることです。
 それだけの工夫で、新一年生が100人いても、ちゃんと耳を傾けてくれます。

 同じような立場でお話しする方の参考のために、私がスピーチした内容の下書きを公開させていただきます。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 本校PTAを代表して、お祝いの言葉を述べさせていただきます。

 

 本日は、平成24年度「A小学校入学式」が、めでたく挙行されますことを、心からお祝い申し上げます。

 

 さて、新入生の皆さん、「おはようございます!」

 

 みなさんは、いよいよ今日からA小学校の1年生です。

 

 これからみなさんは、優しい先生方のもとで、たくさんのお友達と、このA小で、勉強したり、遊んだり、運動したり、絵を描いたり、歌を唱ったり、今日から楽しい毎日が始まります。

 

 皆さんのことは、先生方が大切に見守ってくれます。
 分からないことや、こまったこと、どんなことでも先生にお話ししてください。また、楽しいこと、うれしいことも、いっぱい話してください。

 

 さて、保護者の皆さま、本日はお子様のご入学おめでとうございます。

 

 東日本大震災から、約一年と一ヵ月が経ちましたが、東北の被災地でも、今日は多くの小学校で入学式が挙行されていることと思います。

 あのような経験を通して、あらためて私たちは、家族の絆の大切さや、地域に住む人たちとの絆、その大切さということが浮き彫りになってきたのではないかと思います。

 

 昨年、A小PTAでは、卒業生たちのご家庭に呼び掛けて、比較的キレイなランドセルを集めて、ランドセルを失った被災地の子供たちにお届けするという、ボランティア活動をさせていただきました。

 今日から皆さんもPTAの一員ですが、A小PTAでは、主として各支部での子供会などの諸活動や、球技大会や講演会などの専門委員会などの活動、そしてクラスでの活動などを、皆で手分けして行っています。
 また、A小では学校の図書ボラや放課後広場など、各種のボランティア活動も活発に行われています。

 

 ぜひ皆さんもこのような活動に参加されて、さまざまな人たちと出会い、ともに運営に当たることを通して、絆を深めていっていただければと思います。

 

 きっと、このA小での6年間が、子供たちのみならず、私たち親にとっても、思い掛けないほど充実した時間となり、沢山の収穫をもたらすことでしょう。

 

 最後になりましたが、皆さま方のご多幸とご健康、そしてますますのご活躍を祈念して、私からのお祝いの言葉とさせていただきます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年3月24日 (土)

小学校卒業式でのPTA会長挨拶(2012年3月22日)

 去る3月22日、地元小学校で卒業式が挙行されました。

 

 今回は、私が小学校のPTA会長を拝命して三回目の卒業式です。

 

 わが家では今年、長女が高校を卒業し、次女が中学を卒業し、長男が小学校を卒業しました。

 

 4月からは、それぞれがまた、上の学校へと入学します。

 

 私が卒業式の当日にスピーチした「会長あいさつ」の様子を、下書きとその場でひらめいたアドリブでの話なども交えながら再現してみました。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


  卒業生の皆さん、本日はご卒業おめでとうございます。

 

 また、保護者の皆様、お子様たちの門出となる今日の佳き日を、心よりお祝い申し上げます。おめでとうございます。

 そして本校の先生方、今日まで子供たちをご指導くださり、本当にありがとうございました。心より感謝しております。

 

 

 さて、今朝の入場から、卒業生の皆さんの様子をずっと拝見していて、つくづく皆さんはそれぞれの家庭にとって、掛け替えのない大切な宝であり、そして地域の宝であり、ひいては国の宝だなあと、そんなことをしみじみ思いながら、皆さんが卒業証書を受け取る姿を拝見していました。

 

 皆さんは、将来「こんな仕事をしてみたいなぁ」とか、「こんな人になりたいなぁ」と、憧れている職業や人物などがあるかと思います。まだ、それが見つからない人も、中にはいるかもしれません。先ほど、校長先生が、「夢を追い続けることの大切さ」についてお話しくださいましたが、今日は卒業生の皆さんに、皆さんの夢を実現するために大切な、「読書」について、少しだけお話したいと思います。

 

 読書というと、退屈に聞こえたり、めんどくさく思う方もいるかもしれませんが、これから皆さんが人生の中で、大きな「夢」を描いて、それを実現していくためには、「読書」は信じられないほど、皆さんにとって大きなチカラとなります。

 

 なぜかと云えば、皆さんの夢を実現するのは、お金でもなければ、学校の成績の良さで叶えるのでもありません。

 

「夢」を叶えるために大切なのは、それは、皆さんの「夢を描くチカラ」ではないかと思います。これをビジョンと言い換えてもいいかもしれません。

 

「夢」を描き、持ち続け、そして人生に具体的に実現してゆく、その“夢のチカラ”を養い、育て、培うのが「読書」です。

 

 たとえば、ドラえもんに「どこでもドア」というのがありますが、あれと「読書」とは、実はうり二つのようによく似ています。

 

 ドアを開くだけで、時間や空間を超えて、自分が行きたい世界に自由に行くことができるというのは、あれは本の役割と、本当によく似ているのです。

 

 本を開くだけで、私たちは三千年前の哲学者にも会うことができますし、世界的な冒険家にも会いに行くことができます。また、今は亡き歴史上のさまざまな人たちとも、彼らの残した言葉を通してコンタクトをとることができます。

 

 これはテレビやゲームで経験する世界とは、ずいぶん異なる体験です。なぜなら、読書というのは、それを書いた人の心と、ダイレクトに繋がることができるからです。

 

 

 ある脳科学者は、「私たちは読んだ本の高さだけ、世界を広く見通すことができる」と語っています。

 

 皆さんが毎日の生活の中で、5分や10分といった細切れの時間を使って、5ページでも10ページでも本を読んでみてください。おトイレの中や、眠れないとき、布団の中でもかまいません。一週間もあれば充分に一冊を読むことができます。

 

 すると一カ月で4、5冊、一年で50冊、10年20年経てば千冊以上の本を読むことになるでしょう。

 

 このような読書の経験を通して、世界の第一級の人たちの智慧や人間性や考え方に触れることができれば、その経験が、皆さんの人生をどれほど彩り豊かにして、発想を柔軟にして、皆さんの夢の実現を、大きく後押ししてくれることでしょう。

 

 たとえば、なにかに行き詰まり深く落ち込んでしまったとき、あるいは何処にも出口がないような迷路に入ってしまうようなことは、長い人生の中で何度か出くわすものです。まして、落ち込むようなことは日常のように度々あることでしょう。

 

 そんなときこそ、「どこでもドア」を開いてみてください。「どこでもドア」は、いつでも皆さんがやって来るのを待っていますから。そして本を開いて、そこに書かれた言葉の中を、泳ぎ回ってみてください。

 

 かならず、心にガツンと響くコトバに、どこかで必ず出合うはずです。そうしたら、その響くところに向かって、ちょうどシャケがふるさとの川を遡るように、一所懸命に、そしてがむしゃらにオールを漕いでみてください。

 

 やがて、思いも掛けなかったところから道が開け、出口が見つかり、夜明けが訪れることでしょう。そして、知らないうちに大きく成長した自分を、そこに見出すことでしょう。

 

 皆さんが本という「どこでもドア」を開いて、過去と、現在と、未来とを自由に旅して学びながら、皆さんの「夢」にむかって大きく羽ばたいていかれることを、ここにいらっしゃる保護者の皆さまや、先生方と一緒に、いつまでも見守り、応援していきたいと思います。

 

 以上をもちまして、本校PTAを代表しての、私からのお祝いの言葉とさせていただきます。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2011年8月12日 (金)

「知らずに犯す罪」と原発事故(1)

 仏教の説話(『那先比丘経』)の中に――

 

「知って犯した罪と、知らずに犯した罪と、いったいどちらの方が重いか」という話がある。

 

 この質問に対して、同経の中では、

 

「知らずに犯した罪の方が重い」
との答えが述べられている。

 

 3月11日の東北大震災は、東北地方に甚大な被害をもたらしたが、ことに福島県で発生した東京電力の福島第一原発における事故は、8月に入っても未だに終息の目処も立たず、放射能と放射性物質を放出し続けているのが実状のようだ。

 

 原子力発電所は、現在日本に54基ほど存在し、その一つひとつの原発が、福島での事故と同じ災禍をもたらす危険性を秘めているということを、私たちは偏見のない目で見つめ直し、あらためて「原発とは何か」ということについて考えてみる必要があるのではないだろうか。

 

 多くの日本人、ことに都市部に在住する日本人にとって、電力の「原発」への依存ということや、その危険性や地域住民の苦悩については、今般の福島における事故を通してその甚大な被害が明らかになるまでは、「知らずにいたこと」なのではないだろうか。

 

 これは私自身への自省を込めて書いているのであるが、原発について「知らない」ということ、知らないがゆえに立場を鮮明にしていなかったということ、実はこれは「知らずに」原発を推進し、「知らずに罪を犯していた」のではないか、そんなことを強く感じている。

 

 繰り返すが「知らずに犯す罪」は、かえって知って犯す罪よりも重いという。

 

 それは、「焼け火箸」と知って握れば、大けがをすることはないが、「焼け火箸」と知らずして握った場合は、“大やけど”を負ってしまうからである。

 

 ましてや「死の灰」と言われている放射性廃棄物や放射性物質の場合には、今生きている世代のみが“大やけど”を負うだけならまだしも、子々孫々に亘って、いったいこれからどのような災禍をもたらす可能性や危険性があるのか――

 

 日本中にある「原子力発電所」から不可抗的に排出される「高レベル放射性廃棄物」が、現在どのような処理をされ(あるいは未処理のまま)、どのようなペースで地球上に蓄積され、それが人類の健康にどのような影響を与え、さらに現在進行中の福島原発事故の現状や、大量の被爆を覚悟の上で事故の処理に当たっている人々のことや、この放射能汚染にどのように対処すればいいのかを知るためにも、私たちは“原発”や放射性物質の与える影響について、より深く、より正確な情報を知る必要があると思われるのである。

 

――私は元来、保守的な人間である。しかし福島での原発事故を機に、イデオロギーによる偏見を超えて、未来世代の子や孫たちのためにも、目をそらすことなくこれらの現状をしっかりと「学ぶ」ことの義務を感じている。

 

 それが、今日の日本において「知らずに」罪を犯さないための確かな生き方であり、今般の大震災と原発事故を真摯に受けとめ、人と自然とが調和した世界を拓くための、大きな転機にしなければならないと考えている。

 

 

【お奨めの書籍】

 

 

 

 

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年9月 6日 (月)

遊馬正・画伯の絵「“8”のピーク」

『イエロー・ラプソディ』から音楽が聴こえてきたことについて、遊馬画伯にお話ししたことがあった。

 

 すると画伯は、

 

 

 そういう見方をしてくださって、本当に嬉しいですね。でも、あの作品は、その後すっかりダメにしてしまいましたよ。
 絵というのは、制作して4ぐらいのピークの段階で、いったん完成します。
 『イエロー・ラプソディ』は、そのピークのときに「生光展」に出品させていただきましたが、あれから手を加えちゃってね。
 しかし絵というものは、5、6の段階を経て、それから7、そして8つぐらいの段階になって、ようやく本当のピークだな。
 それが“本ものの絵”だね!

 

 

 そんなことをお話しくださった。

 

 私は思わず、「先生、あの絵を誰にも売っちゃあダメですよ。私が買いますから!」とお話しすると、
 最初、びっくりしたお顔をされていたが、

 

 

 だめだめ、絵というものは、そんなうまいぐあいに(計算通りに)は描けないね。
 そんなこと考えたら、何も出来なく(描けなく)なってしまうよ!

 

 

 と、手を軽く左右に振って、笑いながら語っておられた。

 

 その後、この作品を、ご自宅のアトリエで拝見させていただいたことがある。現在は、どの段階なのかは知るよしもないのだが、同作品がさらに円熟したラプソディを奏ではじめるのは、きっと「8つの段階」のピークを迎えてからのことなのだろう。

 

 

 

 さて、そこで不思議に思うことは、なぜ作品の最終的なピークが「10」ではなく、「8」の段階なのか、ということである。

 

 これはあくまでも推測の域を出ないが、それは、作品をどこまで描き込んだとしても、現象世界の作品は、完成(10)に至ることはない、ということではないだろうか。

 

 生命が現象の形を超えて、久遠に生き通しているように、生命を表現しようとする芸術が完成形として固定されることは、永遠に不可能である、ということなのかもしれない。 

 

 それは「永遠の未完成」の内に、久遠なる生命が映し出される、ということではないだろうか。

 

 ピークを越える度に、数多の色が塗り重ねられるのとは裏腹に、そこでは、作品に映し出されようとしている真象を覆う一つひとつの色彩が、ゆっくりと剥落していく。

 

 気が付けば、森の木々、湖畔の風景、行く雲、あらゆる素材が、いつのまにか宗教画の根元的なモチーフへと変貌を遂げ、私たちの裡に秘められた世界を透明に映し始める。

 

 遊馬画伯の絵を拝見していると、そんなとりとめもない省察へと駆られるのである。

 

 

 

  久都間 繁

 

 

 

| | コメント (1)

2010年9月 4日 (土)

遊馬正・画伯の絵「イエロー・ラプソディ」

 2年前、銀座で「第30回記念生光展」(生長の家芸術家連盟主宰)が開催された。

 

 当時、私は展の運営に携わっていたので、当日も早朝から会場に張り付いていたが、準備がようやく完了し、昼から開会式、表彰式、そしてパーティーへと進み、午後2時過ぎにそれもお開きとなった。

 

 ようやく落ち着きはじめた会場で、展示された一点一点の作品を、あらためて鑑賞させていただくことにした。

 

 入り口近くに展示されていた遊馬画伯の作品の前に立ち止まり、じっと凝視していると、その絵の中から調和あるメロディーが奏でられているように思われた。

 

 それはバロック末期のヴィヴァルディの合奏曲の一節(調和の霊感 L'estro armonico)を思わせるようなリズミカルな旋律が、画布に彩られた色彩から静かに聞こえてくるのだった。

 

 その場所から次の作品へと立ち去り、展示場を一回りしてまたその作品の前に立つと、静かに、あの同じ旋律が、再び心の琴線に響いてきた。 

 

 遊馬画伯の作品は、以前から注目して鑑賞させていただいていたのであるが、このような経験は初めてだった。

 

 その絵は、『イエロー・ラプソディ』という名の作品だった。

 

 タイトルのように、イエローを基調としたこの作品は、軽やかな、調和に満ちた、うきうきするような澄んだ歓びが伸びやかに表現され、背後にピンクの花が点在し、春を迎えた「いのち」の華やぎが伝わって来るのだった。

 

 当日、生光展の記念パーティーでのスピーチで、遊馬画伯は、

 

 意外なことに聞こえるかもしれませんが、この歳(当時85歳)になるまで、実は私は女性が恐かった。
 ところが最近、女性への恐怖心が消え、女性なるものの本当の素晴らしさがようやく分かってきました。
 その繊細さ、優しさ、柔らかさ、温かさ、それを、ようやく素直に受け入れることができるようになったおかげで、これまで、赤やブラックなどの激しい原色ばかりを作品に使っていましたが、最近はピンクを、それは女性の優しさ、柔らかさを象徴するピンクを、ようやく自由に使うことが出来るようになりました。

 

 というような意味のことを語っていらっしゃった。

 

『イエロー・ラプソディ』は、遊馬画伯のそのころの歓びを、そのまま表現して、花開いているように見えた。

 

 聴こえてきたメロディは、はたして八十翁の画伯の心にときめきはじめた、春の狂詩曲(rhapsody)の音色だったのだろうか。

 

 

  久都間 繁

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年9月 1日 (水)

遊馬正・画伯の絵

 8月最後の木曜日、遊馬正・画伯のアトリエを訪問させていただいた。

 

 7月に同じアトリエで開催された、ご著書『いのちを描く―わが「光の芸術」への道』の出版記念パーティーに出席してから、ちょうど一カ月が経っていた。

 

 青梅から自動車で1時間半ほどかけて、埼玉県にある遊馬邸に到着。

 

 玄関に入ると、画伯がにこやかな笑顔で私たち夫婦を温かく迎えてくださった。

 

 アトリエのテーブルには、つい先ほどまでお読みになっていたであろう『生活の智慧365章』(谷口雅春著)が開かれ、奥様が静かに隣の席にお座りになっていた。

 

 お茶をいただき、ご夫妻と歓談している家内を後目に、アトリエに新たに展示してくださった作品を、一点ずつ、ゆっくり鑑賞させていただいた。

 

 すると、下の方に、以前には見掛けなかった1枚の、湖畔の深々とした晩秋の風景を描いた絵が、薪ストーブの脇に立てかけて展示されているのが見えた。

 

 森が迫り、冬が、すぐそこまで来ているような湖畔の向こうに、淡く紫掛かった暮色の山がひっそりとたたずんでいる。

 

 引き寄せられるままに、しみじみと眺めていると、この作品から、馥郁(ふくいく)たる落ち着きのある曲想が、低く静かに響いているのを感じた。

 

 こんな経験は、2年前の「生光展」に画伯が出品された、『イエロー・ラプソディ』を鑑賞して以来のことだった。

 

 ほんの三号ほどの小品であるが、サイズを超えた不思議な世界が、そこには現れていた。

 

 祈りの折に感ずるような奥深い世界が、画伯の記憶に刻まれたギャリソンの湖を描写する無心の絵筆に乗って、どこどこまでも透明に描かれ、鑑賞者の魂の奥底までも映し出す(reflection) ような光景が広がっていた。

 

 それは、八十代の老画家の境地をもって、ようやく実現できる世界なのかもしれない、晩夏の蝉しぐれを聴きながら、そんなことを考えていた。

 

 

 

 

  久都間 繁

| | コメント (2)

2010年5月10日 (月)

PTA総会での会長あいさつ〈2010年度〉

 小学校のPTA会長をお受けして、一年が経ちました。

 

 今年も、連休明けの5月8日の土曜日の午後、新緑の山々に囲まれたツバメが飛び交う校舎で、保護者、学校の先生方、地元の来賓の皆さんにご出席いただき、PTA総会が行われました。

 

 私は今年度も会長をお受けすることになったので、今回の総会では冒頭の会長挨拶のほか、新役員承認後に新会長の挨拶と、そこそこ長めのスピーチを2回しましたが、今回は新会長挨拶の下書きをアップします。

 

 実際には、思いつくままにアドリブや比喩などを入れてお話ししたのでこの通りではありませんが、論旨は同じです。

 

 今回のスピーチを終えて一つ気が付いたことは、準備段階で表現するコトバを削ぎ落とし削ぎ落としていくと、表現の核心部分だけが見えてきて、そこが発見できさえすれば、あとはアドリブに委せてだいじょうぶなんだ、ということがハッキリと分かりました。

 

 もっとも、「そこ」が見えてくるまでに今回は何日も祈りましたが、そのようなところに至ってこそ、当意即妙に語るコトバの中に、聴く人たちの心に深く響く「言霊」が生まれるように思いました。

 

 昨日は私の初っぱなの会長挨拶に触発されて、来賓の皆さんも「ここは形式的なことを話す場ではないな」と気が付かれて、せっかく準備した原稿をなげうって(^^; 皆さんアドリブでイキイキとお話しされていたので、充実した、中味のある、熱い総会となりました。

 

 夕方には校長をはじめ全先生方、PTA役員、来賓の皆さんを交えて、地元の料理やに繰り出してPTA主催の大宴会となり、その後二次会までお付き合いして、夜の更けるのも、明日の仕事のことも忘れて熱く語り合いました(^^;

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 この一年間のA小のPTA活動を通して、私が一番教えられたこと、それは〝あたりまえ〟のように聞こえるかもしれませんが、ここにお集まりの皆さんによって子供たちの教育は支えられているのだな、ということを、会長というお役を通してハッキリと確認させていただいたことです。

 

 ことに、お役をお持ちの皆さんは、大切なお時間をさいて、しかも手弁当で、各種のPTA活動をはじめ、図書ボラ、放課後広場などでのご奉仕、そして子供会など、地域のために働いてくださっています。

 

 学校での知識の教育は、主として先生方が担ってくださっていますが、その他の部分は、子供たちが、皆さんの何の見返りを求めずに無償で一所懸命に働くお姿や、ご奉仕されるお姿を見て、知識以外の多くのことを学んでいるのではないかと思います。

 

 やがてそれは、子供たちが将来、家庭で、職場で、地域社会で、例えどのような状況の中に置かれたとしても、自らの手で幸せを造りあげていく、大切な糧やチカラとなることでしょう。

 

 今日から新体制が発足しますが、今年度も本部役員、運営委員一同、子供たちの幸せのために力を合わせてPTA活動に邁進していきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

 

久都間 繁

| | コメント (9) | トラックバック (0)