環境のこと

2014年7月 1日 (火)

無垢な眼差しを感じて

 自然と人との調和を目指す『いのちの環』という日本教文社刊の雑誌7月号(NO52)に、「脱原発について」というテーマでエッセイを寄稿しました。

同誌には『日本の田舎は宝の山』の著者 曽根原 久司さんのインタービューなども掲載されているので、興味のある方はお求めください。
私の寄稿文を転載します。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 3年前の冬、豪雪の八甲田山をスキーで滑降したことがある。

 それは山小屋所属のガイドの案内で、ゲレンデ外の自然の森や谷を麓まで滑り抜けるというもので、相部屋で親しくなった方に、目元の涼しい、Tさんという雪焼けした60代の好漢がいた。

 彼は平成11年まで東京・小金井でパン屋を営む傍ら、家族で登山に親しみ、子供が独立したのを機に福島の安達太良山麓に移転。

 地元の食材を使った無添加のパン屋を奥様と開業し、東京にいる孫たちを毎年家に招いて夏は登山、冬はスキーをするのが何よりの楽しみだった。

 2011年3月11日、東日本大震災が発生。続く東京電力の福島第一原発の事故で、終の棲家として選んだ彼のフィールドにも被害が及ぶ。

 以来、心待ちにしていた孫たちとの冒険も、娘の嫁ぎ先の両親から「森が放射能で汚染されているから」という理由で反対され、途絶えていることを残念そうに話してくれた。


汚染された場所に行かなければ安全か?


 環境省の「汚染情報サイト」で「森林の放射性物質の除染」について確認すると、住居、農用地等に隣接する森林の除染は林縁から20メートルの範囲で進められている。

 が、「落ち葉等の堆積有機物の除去を中心に」行う程度である。広大な森林については「調査・研究」を進めるとしているが、実際は放射能の減衰を待つほか打つ手がない状況のようだ。

 京都大学原子炉実験所助教の小出裕章氏は、昨年五月にYouTubeに公開した小沢一郎氏との対談「福島第一原発を抑え込むために」の中で、マスコミに公開されることのない次のような事実を語っている。

 今回の事故で大気中に放出した放射性物質セシウム137の量について、当時の民主党政権がIAEAに提出した報告書には広島原爆の一六八発分と記載され、同原発4号機の使用済み燃料プールには未だ一万発分が眠っており、さらに海洋流出で問題になった汚染水には、すでに大気中に放出された十倍もの放射性物質が含まれていると解説する。

 これに加え、昨年9月の東京オリンピック決定後も、毎日300トンの汚染水(経済産業省の試算)が太平洋に流れ、自然界の動植物が広範囲にわたって被曝している。

 食物連鎖による生命界全体の遺伝子への影響を考えれば、もはや「汚染された場所に行かなければ安全」という段階ではない。

 

あなたは、何をもって応えますか

 

 日本政府は2月25日に発表した国の中長期的な「エネルギー基本計画」に、「原発は重要なベースロード電源」と明記した。

 残念なことだが現政権は、原発再稼働を前提に政策を進めている。

目先の経済的利益によって生じる放射性廃棄物という膨大なツケは、やがて未来世代が途轍もない時間と犠牲とお金を費やして支払うことになるだろう。

 なによりも危惧すべきは、現世代がそのことを「知らない」ように、情報が制御されていることだ。

 釈迦は「知って犯す罪よりも、知らずに犯す罪の方が重い」と説いているが、原発再稼働が後世に与える影響を、そして放射線が遺伝子にもたらす潰滅的な意味を「知らない」こと、そのことが即ち未来世代への「重い罪」を犯す、つまり自分の子や孫の健康すらちゃんと守れないというやっかいな時代に、私たちは生きているのだ。

 それが原発に依存した社会に暮らすことの現実である。

 私たちがそれに気づいたのなら、もう「見て見ぬふり」をしてはならない。

「知らない」ことが重い罪となるならば、気付いただけで何も学ばず、何も為さないことは、絶望的な負の遺産を次世代に押しつけて遁走するようなものだ。

 しかし、因果律という明鏡は、すべての闇を明るみに引き出さずにはおかないだろう。

 最後の審判は遠い未来のことではない。それは、私たちの日々の生き方を掛け値なしに見通す、後世の人々の澄んだ眼差しの中にあるのだ。

 その無垢な光に、あなたは何をもって応えてあげるだろうか。

 

  (2014年4月)

〈普及誌『いのちの環』(日本教文社刊) リレー・エッセイ「脱原発について」掲載〉

| | コメント (0)
|

2014年6月13日 (金)

「都市の時間」と「森の時間」が重なるとき

 八ヶ岳山麓にある“森の中のオフィス”に勤務するようになって、早半年が過ぎた。

  標高1300メートルにあるオフィスへの出勤にはバスを利用しているが、帰りは家路までの数十分間から一時間ほどの逍遥(しょうよう)を楽しんでいる。

 

 当初は、スキーの体力作りのため、という目的で始めたが、今ではその目的はどうでもいいものとなり、自然の中を歩くこと、そのこと自体が大きな悦びとなった。

 

 帰路の途上では、その季節、その天候、その時間帯ならではの森での体験が次々と訪れる。

 

 4月に入り――鹿が風のように駆け抜け、ウグイスや小鳥たちの啼き声が森に響き、可憐な花々が地面や樹上で咲き、緑の米粒のような葉が梢で芽吹きはじめた。

 

 それらの光景と出合う度に、一つひとつの印象が心に刻まれる。

 

 都心に通勤していたときには直線的に飛び去っていた時間が、ここでは〝自然〟がもたらす豊かで新鮮な日々の印象となって心に留まる。

 

 9月にこの地に越してこの方、森が黄金色に染まり、やがて落葉し、雪が降り、新緑が芽吹き――そして時間はゆったりと、それは季節の揺るぎないあゆみと同調したようなペースで流れはじめている。

 

 これまで切り離されているように見えていた、「都市生活の時間」と、樹木が茂り花が咲き鳥が歌う「自然の時間」とが、森での逍遥を重ねているうちに、前者の時間が、次第に後者の雄渾ないとなみの中に包摂されてきたようだ。

 そのことが、無上の安らぎを森に棲(す)み始めた私たちにもたらしていることは、意識していないと気がつかないほど、その移行は自然である。

 

 森での生活は、はじめから私たち人間が、大生命の懐(ふところ)に抱かれていたことを、素直に思い出させてくれるのかもしれない。

                     (2014年4月)

| | コメント (0)
|

2014年5月31日 (土)

森の中で見えてきたこと

 機関誌『生長の家』の編集部から、リレー・エッセイ「八ヶ岳の暮らし」の寄稿を求められました。

 同誌の6月号に掲載されましたが、これを書いたのが、八ヶ岳ではまだ新緑も芽吹かぬ3月の冬枯れの中だったため、読み返してみると、すでに時機を逸した感がありますが、初めて体験した〝雪どけの季節〟ならではの感想として公開します。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 八ヶ岳の森で暮らしてから、人生でやり残していたことに、なぜか背を押されて生活するようになった。

 それは私の余命が判明したからではなくて、森に住んだことで、人生で重要なことと、それ以外のことが見えてきたのである。

 森の日々を振り返ると幾つかの印象的な光景が甦ってくる。

 それは、冬に備えて薪の原木を一人で割っているとき─―

 大雪に埋まった道を、寮の仲間と黙々と除雪しているとき─―

 深雪に鎖された森に飢えてさまよう鹿と、目が合ったとき─―

 仕事を終えて、一人月明かりの森を歩いているとき─―

 氷雪が溶けて、やがて春の大地を潤すように、何か大切なことが体感され、都会生活の薫習(くんじゅう)が、次第に剥落(はくらく)していった気がする。

 さて、背を押されていることの一つは読書。

 テレビを見る習慣を止めたことで、森の静けさが部屋の中に充ちてきて、重要な対象が次々と像を結び始めた。

 祈りに導かれつつ、今日の文明史的な課題と聖典の精読に、深夜と早朝に取り組んでいる。

 次に家族との語らい。

 家の中心に薪ストーブが据えられ、夕暮れを過ぎれば真っ暗闇の森に家の灯がともり、周りに住む鹿や狐など動物たちの息遣いを感じながら、火を囲んで、夫婦、親子、時に友人たちと語らいの日々を過ごしている。

 そしてスキー。

 5年前「吾が人生にまだこんなに楽しいものが残されていたのか!」と、驚きとともに数十年ぶりに再開したが、今は電気自動車で25分も走ればゲレンデだ。

 急斜面に飛び込むとき、眠っていた身体の感覚が全面的に覚醒し、斜面を自在に滑降していると、いつしか自然・心・躰が一つになる三昧境。
 冬季に限定されたこの瞑想にも似たスポーツの悦びは、どこまで深まるのだろう。

 そして山登り。

 “森の中のオフィス”周辺の南アルプス山系では、かつて、北岳、間ノ岳、農鳥、甲斐駒、仙丈と登ったが、なぜか未踏のままだった八ヶ岳。

 限られた誌幅にこんなことばかり挙げていても切りがない。が、森に住んだおかげで、当分の間くたばりそうもない。


  (2014年3月)

| | コメント (1)
|

2014年4月16日 (水)

鶴見済氏の『脱資本主義宣言』を読む

  鶴見済氏の『脱資本主義宣言――グローバル経済が蝕む暮らし』を読んだ。

 
 仏教に「抜苦与楽」という言葉がある。

 これは衆生の苦しみを抜き去り、代わりに楽を与えるというもので、鶴見氏のこの著作は、今日の文明史的な「苦しみ」を解決するための、一つの処方箋として書かれたものと言えよう。

  本書の「はじめに」で、鶴見氏は次のように書いている。

 

  それでは、経済の仕組みに代わるモデルとな
  る別の仕組みとは何か? カネでない価値観を
 どこに求めればいいか?
  本書がその一例として取り上げているのが、
 自然界の仕組みや自然界とのつながりだ。

 

「自然界とのつながり」――鶴見氏は、かつて90年代のはじめに『完全自殺マニュアル」などという、物騒な作品を著しているが、人生についての試行錯誤を重ねながら、この世の「生きづらさ」の問題と格闘し、「どうすれば楽に生きられるのか」について探求し続けた痕跡が、行間からじんじん迫るのを真摯な読者は感じることだろう。

  同氏はある時期から、「楽に生きるためにはこの『経済の仕組み』を何とかしないとダメだろう」ということに気がつき、この“仕組み”について一つひとつ細かいデータに当たって調査してみた。すると、「驚きあきれるような事実」を次々と見出すことになる。

 つまり私たちが住んでいる資本主義社会の背後には、「生きづらさ」の原因となるものがあふれていたのである。読者は読み進むにしたがって“眼からウロコ”が落ちる思いでページをめくることになる。

  本書の内容から、彼が見出したことの一端を挙げてみよう。

 

 カネ儲けを第一の目的にしてしまった社会が
 失ったものは何か? 当然のことながらそれ
 は、「カネ儲けにつながらない価値」だ。この
 社会では人の健康や環境への害も、金額に
 換算しないと文字通り「計算に入らない」よう
 になってきた。ましてや我々の多様 な「幸
 せ」について、この社会が勘定できるわけが
 ない。
  グローバル化する資本主義が、カネのある
 なしにかかわらず、すべてのヒトにもたらす災
 いはこれであ
る。   (同書133~134頁)

 

 これは卑近な例だが、わが家の子供たちがかつて通っていた都心の小学校では、幼い子供を抱えながらもパートで忙しく働いている主婦が何人もいた。これも、ささやかでも家計の足しになればと、家族の幸せを願っての労働である。

 しかし母親が外で働くようになれば、社会的な責任をともなう仕事の都合を、彼女がまじめな方であるほど、家庭の都合より優先することになる。

 ある日〝こんなはずではなかったかも・・・〟とふと気付いてみても、わずかでも月々の収入が、子どもの幸せや夢の実現につながることを思えば、ガマンせざるをえない。
 しかしそのシワヨセは、すべて家族に、ことに幼い子供に寄せられることを、知って(意識して)いるか否かということは、とても重要である。

  もしこれを自覚せずに進めば、子どもたちは最も愛情を必要としている時期に、母親とふれあう時間を、おカネを得るための経済活動に奪われ、愛情の代償として親が買い与えたテレビゲームと向き合うことになる。失われた母親との時間は、永遠に戻ってはこない。

  家族は、日々の、思いやりの言葉の遣り取りを通して結ばれている。が、もし核家族化した親子の間で、これがなし崩し的に“先送り”にされてしまえば、やがて子供は思春期を迎えるとともに、まっすぐに家庭崩壊への道をたどる要因ともなるのである。

 これは、母親の責任でも、誰の責任でもない。私たちは、何の疑いもなく「おカネ」、つまり経済を至上のものとするコマーシャリズム(営利主義)の中に翻弄(ほんろう)されているのだ。

  これが、鶴見氏のいうところの「生きづらさ」ということの一つの側面である。

  家族の幸せを願いつつ、私たちはいつのまにか唯物論的資本主義の巨大なシステムの渦中に巻き込まれ、最も大切なものを見失ってはいないだろうか。日々立ち止まり、子供たちと目線でふれ合い“対話”することを心がけているだろうか――。

  お金に換算できない、私たちの多様な「幸せ」。これを取り戻すための、資本主義を超えた「別の仕組み」を模索したのが、本書の取り組みといえよう。

 果たして同書に書かれた内容が「答え」に至っているか否かは、諸賢に一読を願うところだが、真摯にこの問題に取り組んだ著者に私は賞賛の言葉を惜しまない。
 少なくとも社会主義でも共産主義でもない「資本主義以降」を考えるための〝必読〟の一冊であることは確かである。

 

 久都間 繁



| | コメント (0)
|

2012年10月 2日 (火)

ノーミートを続けるべきでしょうか?

 ノーミート料理に取り組み始めたという40代の主婦の方からの質問を預かりました。

 彼女は家庭での肉食をやめるため、小学生の息子を連れて県の「食肉センター」まで屠畜(とちく)の見学に行ったり、食肉の問題点を調べたりするうちに、
「牛肉や豚肉を食べる必要が人間にあるのだろうか? という強烈な疑問も生じて、もう、牛も豚も調理するまい」
 という深い慈悲の思いが湧いてきたそうです。

 ところが、これまでの肉食の習慣のあるご主人からノーミートを反対され、「やっぱり無理なのか」と悩み、相談を寄せられました。

 ご参考のため、質問と回答を紹介します。
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【質 問】

 

  合掌、ありがとうございます。

 ノーミート料理を毎日試行錯誤の中、作っています。

 肉の大好きな主人とこどもたちですが、主人の体重が増えすぎてきた、という理由で、初め主人は了解してくれました。

 でも、なかなか ノーミートで料理をすることが難しくて、行き詰ってしまい、自分の決心を固めるためにも、また小学生の肉好きの長男に肉の実態を少しでも知ってもらいたくて、夏休みに、県の企画で「食肉センター」というところを見学しました。

 そこは、1日に豚が約2000頭、牛が約25頭も屠畜(とちく)され、食肉になって出荷されていきます。屠畜の見学をしたいとお願いしましたが、それはかないませんでした。

 でも、屠畜のために、豚は頭に電圧をかけられ、牛は眉間に麻酔銃を撃つという話を聞き、また、屠畜後の様子は、牛は写真でしか見られませんでしたが、頭部を切り離され、胴の皮をはがされている様子を見、豚は、実際にガラス越しに頭がぶらぶらとベルトコンベアーみたいなものでつるされて運ばれているのを見ることができました。

 私は、結婚前は調理師をしていたので、だいたい想像できていたし、グロテスクなものでも見て大丈夫と思っていました。

 でも、そこを見学してから、日が経つにつれショックで、うちに長年読まずに眠っていた『
私の牛がハンバーガーになるまで―牛肉と食文化をめぐる、ある真実の物語 』を読み始めたり、インターネットで肉や、牛乳を搾るための牛について調べてたりしました。

 その結果、ますますショックで、それ以来、毎日がぶがぶ飲み、子供にもすすめていた牛乳も全く飲めなくなってしまいました。

 そこまでして、牛肉や豚肉を食べる必要が人間にあるのだろうか? という強烈な疑問も生じて、もう、牛も豚も調理するまいと決めました。肉を触るのもいやでした。

 でも、家族は満足しません。特に主人は、そのことを話しても、「それは仕方のないこと」と言い、聞き耳をもってくれません。(主人もコックです)

 ノーミートにしても体重が減らなかったということもあると思うのですが、先日も「俺はかわいそうだ。大好きなとんかつも食べられないのか、子供たちもかわいそうだ。ハンバーグも食べられないんだ。」と言われてしまいました。

 やっぱり、ノーミートは無理なのか、触りたくない肉でも、家族のためには取り入れるべきなのか悩んでいます。

 過日の生長の家講習会で、谷口雅宣先生は「子供が肉を食べたがるのは、親が食べるのを見ての結果」という意味のことを話されていました。

 この分では、わが家の子供たちもずっと肉好きのままになってしまいそうです。良い回答をお待ちしています。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【回 答】

 合掌、ありがとうございます。

 ご家庭でのノーミート料理の実施は、ご主人やお子様のこれまでの食習慣とも関係してきますので、台所を預かる主婦としてはご苦労も多いことでしょう。

 谷口雅宣先生も、肉食が好きなご家庭なら、例えばこれまで毎日食べていたものを週1回か2回にするなど、肉食の回数を減らすことから心懸けてください、という意味のご指導をされていますので、家族の反対を押し切って完璧なノーミート料理に切り替えてしまうのではなく、徐々に時間を掛けてゆっくり肉食の問題点について語り合いながら、肉食を減らすように心懸けてはいかがでしょうか。

 わが家の事例では、私ども夫婦に加え、大学生1年生から小学4年生まで、4人の“食べ盛り”の子供がいますが、基本的には普段は野菜と魚で、牛肉や豚肉の料理を避ける工夫としては、完全なノーミートとはなりませんが、鶏肉をさまざまな形で調理するなどの工夫をしています。

 何よりも大切なのは、ご家族で仲良く歓談しながら食卓を囲み、家庭に天国を実現することです。

 ですから、ノーミートの献立については、プロのコックであるご主人に、あなたが心を開いて、「肉を触るのもいや」であることを率直に話して、“願い”を素直に打ち明けてご主人からアドバイスを頂きながら、協力し合ってノーミートへの道を歩んでみてはいかがでしょう。


 大切なのは、自分一人で頑張るのではなく、また生長の家の生き方を家族に押しつけるのでものなく、神の子であるご主人と子供たちの素晴らしい「実相」を拝みながら、ご主人の願いや希望をしっかり受けとめながら、楽しく神の御心(智慧・愛・生命)を実現していくことです。

 神意に適った善き願いは、気が付いてみれば必ず実現しているものです。結果を焦ることなく、日々の神想観(祈り)の中で、悩みの一切を大生命なる神に委(ゆだ)ねましょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2012年6月10日 (日)

小学校PTA連合会総会における挨拶

 6月8日、青梅市の小学校PTA連合会(小P連)の総会が行われました。

 市内各校の小学校PTA会長と学校長は、合わせて小P連の理事も兼務しています。

 この総会をもって理事を退任する私に、ご縁あって、「退任理事を代表して挨拶をしてほしい」との依頼が来ましたので、悦んでお受けすることにしました。

 以下は、スピーチのための下書きに、当日のアドリブでのお話しを加えたものです。

 当日の参加者は、市内の小学校各校の新旧の校長に新旧のPTA会長、そして各校の副会長、庶務、会計などの本部役員。来賓として教育委員会の方々が参列していますので、仏教で説く善因善果や、徳積みの話。そして生長の家で説く心の法則などの話を、平易な言葉で、さらりと表現するよう工夫してみましたのでご覧ください。 



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ご紹介いただきましたA小前会長の久都間です。

 3年間、小P連の理事ならびにA小学校の会長をさせていただきました。その関係からか、今年度会長校のY小学校の会長と、前会長から、
「思いの丈(たけ)を語ってください」とのご指名をいただいておりましたので、少しだけ語らせていただきます。

 

 本日の総会をもって、16校中10人の会長さんが退任されますが、先ほどから、前に出て感謝状を受け取られる前PTA会長の皆さんお一人お一人のお顔を拝見しながら、皆さんと会長会の折に、夜が更けるまでえんえんと熱く語り合った日々のことを、しみじみと思い出しておりました。

 あらためて会長会は、最高のオヤジの会だったなあと、そんなことを感じております。

 

 さて、私たちの活動をふり返ってみますと、学校において子供たちが学ぶ「知識」についての教育は、学校の先生方が担ってくださいますが、これから子供たちが人生を渡り、生きていく上でもっとも大切な教育は、ここにいらっしゃるお父さん、お母さんたちが、PTA活動を通じて、一所懸命に学校のため、地域の子供たちのために、何の見返りも求めずに無償で、ときに手弁当で奉仕される姿を子供たちは横目で見ながら、彼らは言葉には出さなくてもたくさんのことを学んでいるのではないかと思います。

 

 子供たちの心に種蒔かれたこれらの記憶は、将来彼らが学校や職場で、やがて親となって家庭や地域社会で、たとえどのような困難な状況に遭遇したとしても、自らのチカラで道を開き、問題を解決し、幸せを築き上げていくための糧やヒントとなって、必ず花開いてくる時期が来るのではないかと思います。

 

 そのような意味でPTA活動は、一見、経済的にも時間的にも与えっぱなしの活動のように見えるかもしれませんが、実は親にとっても子供にとっても“子育て”という二度と繰り返すことのないこの大切な時期に、最良の経験をさせていただいていたのではないのかなと、この3年間をふり返って、そんなことを感じております。

 

 さて、今年度の各校のPTA会長の皆さま、そしてお集まりの本部役員の皆様、それぞれの担当校で、子供たちが楽しく充実した学校生活を送れるよう、今年も各校でのPTA活動に、皆さまの大切なお時間とお力をいっぱい注いでいただければと思います。

 

 また、教育委員会の皆さま、これまでと同様に、私たち小P連の活動を温かく見守り、ご指導とご協力をくださるよう、どうぞ宜しくお願いいたします。

 

 最後に前年度小P連の幹事校をご担当されたU会長はじめI小事務局の皆さま、この一年間、縁の下の力持ちとして、ときには潤滑油として、円滑に小P連の運営に当たってくださり、本当にありがとうございました。心より感謝しております。

 

 以上をもちまして、退任理事を代表しての私からの挨拶とさせていただきます。

| | コメント (3) | トラックバック (0)
|

2011年12月13日 (火)

自然エネルギーを求めて(6)――ペレットストーブと循環型の社会

 9月8日のこと、ペレットストーブがわが家にやってきた。外では、まだ蝉時雨が降り注いでいた。

 

 取付工事には、東京ペレットのOさんと、60歳前後の職人さんと2人で来られ、午前10時ごろから着工、約2時間ほどで設置が完了した。

 

 わが家に来た製品は、オーストリアのカリマックス社製の「ベリーナ」というストーブだった。

 

 
 このストーブは、店頭に何年か実演展示していたものを、製品がモデルチェンジしたのを機に、部品を取り寄せて修理し、譲っていただいたものだ。

 

 

 

 あれから3カ月ほど過ぎ、木枯らしが吹く寒い晩や、気温が10度以下になる朝には、ストーブに火を焚いて暖をとっている。

 

 耐熱ガラスの窓の向こうで燃える炎を、子供たちは懐かしそうに覗き込んでいる。

 

 わが家に来たペレットストーブは、鋳物でできている上に、サーモスタットが付いている。室温が設定した温度に達すると、自動的に運転を停止し、鋳物に蓄熱された「熱」をゆっくり時間をかけて放熱(輻射熱)する。

 

 したがって石油ストーブやファンヒーターなどのように連続して燃焼することがなく、燃料を無駄に使わなくて済むところがありがたい。

 

 ペレットストーブを設置した当日、ストーブの試運転をしながら、Oさんと次のような会話を交わした。

 

O氏 「これは欧州の方から聴いた話ですが、彼らは冬が来たからとて、あわてて石油ストーブやファンヒーターを買うようなことはせず、夏の間に冬支度をすべて済ませるそうです」

 

ashikabi 「――ってことは、わが家は今年から欧州なみだね」

 

O氏 「ドイツやオーストリア製のペレットストーブは価格もそれなりに高価ですが、堅牢な作りをしているため家具のように“一生もの”として使い続けることができます」

 

ashikabi 「へえ~“一生もの”なんて、タンスだけかと思っていたよ!」

 

 振り返ってみれば、結婚して二十数年を経たが、家族が増え、引っ越しをするたびにわが家ではいったい何台の暖房器具を買い換えて来たことだろう! 電気ストーブと電気ゴタツに始まり、石油ストーブ、石油ファンヒーター、エアコン、そしてホットカーペットにオイルヒーター。

 

 これまで、家族の生活を支え続け、お世話になったこれら数々のモノたち。その製品が、大切に修理しながら一生使い続けることができる物ばかりならば、よもや季節ごとに大量の暖房器具が店頭に並ぶこともないだろう。

 

 私たちのライフスタイルが、いつの間にか「大量生産・大量消費」の渦の中で、「一生もの」というコトバを見失い、物に対する大切な感覚を、どこかに置き忘れてきているのかもしれない。

 

 物に対する大切な感覚、それは「人」と「物」との“心の繋がり”と言い換えてもいい。

 

 物との“心の繋がり”を失えば、モノに対しても、資源に対しても、同じような扱い、つまり「使い捨てる」ことが気にならなくなるだろう。

 

 そして、「自然」に対しても、「食物」に対しても、さらに「いきもの」たちや「人」に対しても、私たちはいつの間にか、この“心の繋がり”を見失っているかもしれないのである。

 

 金光教祖は、

 

「大根にも机にも御礼を言う心にならなければならぬ」

 

と説かれたというが、「御礼を言う心」とは、大根や机などの物たちに宿る“こころ”と、さらにそれらのものを生みだしたものと、深く心を通わせることにほかならない。

 

 12月の始めのこと、飛騨高山にあるオークビレッジ(代表 稲本正)を訪問させていただいた。

 

 薪ストーブとペレットストーブという“循環型のエネルギー”で暖をとった山の中のギャラリーには、魅力的な木製の椅子、年輪の浮き出た漆塗りの味わい深いテーブル、玩具、手作りの食器類などが展示され、ビレッジの方からは、「テーブルなどの家具は三代使えます」とのご説明をいただいた。
 
 丹誠込めて物を作り、その想いを受けとめながら大切に扱い、長く使わせていただくこと――

 

 そこには素材となった樹木を育てた人、師匠から受け継いだ技を駆使して作った人、家族の幸せを願い購入した人、子供の健やかな成長を祈り拭(ふ)き続けた人、そんな人々の温かな“こころ”がこめられることだろう。

 

 つまり、「物」とは、人々の深い“こころ”と、人々や大自然を生みだしたものの“こころ”が託された、“いのちのバトン”なのではないだろうか。

 

 

 ――そして、その最たるものが、私たちの躯(からだ)なのかもしれない。

 

 すべての生きとし生けるものたちが、このバトンを親から担い、それを後世へと伝えている。それが“いのちのバトン”を託された生き物たちの、生物多様性の諸相のようにも思える。

 

 私たちは人間だけの都合を優先して、この尊い“いのちのバトン”を断ち切るようなことをしてはならない。

 

 そのためにも、すべてのものに御礼を言い、そこに宿る深い“こころ”を拝むような、環境に負荷を与えない“循環型のライフスタイル”を、エネルギーのみならず家具、道具、建築、食べ物などあらゆる分野にわたって、現代の暮らしにに蘇らせることが必要ではないかと思うのである。

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

2011年11月 8日 (火)

自然エネルギーを求めて(5)――木質ペレットのこと

 東電の原発事故が発生して以来、私は自然エネルギーについての理解を深める中で、バイオマス燃料に注目するようになった。

 

 バイオマスの一つである薪を燃料とする「薪ストーブ」については、前回のブログで紹介させていただいたが、薪のほかにも、木質ペレットという燃料を使う「ペレットストーブ」というものがある。

 

 木質ペレットとは、地域の製材所などから出るおが屑や、丸太から柱を切りだした端材、間伐材などを木粉にして、それを圧縮して固めたものだ。

 

 木質ペレットは、基本的には次の3種類に分けられているようだ。

 

・「ホワイトペレット」――木の幹の部分でつくられたもの。
・「バークペレット」――木の皮でつくられたもの。
・「全木ペレット」――幹・皮を含む木全体からつくられたもの。

 

 いずれも、森から産出される端材や樹皮などの副産物が原材料だ。

 

 映画『みつばちの羽音と地球の回転』(鎌仲ひとみ監督作品)でも紹介されたように、スエーデンをはじめ欧州各地では、地域社会で共有する暖房や給湯装置の燃料としても木質ペレットが使われ、クリーンな循環型エネルギーとして活用されている。

 

 上記のペレットの中で、主として家庭用に使われるのがホワイトペレットで、これを利用した暖房器具がペレットストーブなのだ。

 

 このストーブは、ドイツ、オーストリア、イタリアなどの欧州諸国の製品に加え、アメリカ、カナダなどでも製造され、化石燃料に依存しない暖房装置として広く使われており、国産でもいくつかのメーカーが製品をエントリーしている。

 

 

 ペレットストーブの特徴としては、

 

①薪とちがって煙りが極めて少ないため、住宅地でも使用できること

 

②場所もとらず、エアコンなみの簡単な工事で安価に設置できること

 

③燃料代が、灯油のように国際市場の相場に左右されることなく安定していること

 

④CO2の増減に影響を与えないカーボンニュートラルな暖房であること

 

⑤薪ストーブと同様に、家の中で“本ものの炎”で暖をとることができること

 

という魅力的な特徴がある。

 

 

 そんなことを調査していた矢先―― なんと市内でペレットを製造し、おまけにストーブまで扱っている会社があることが分かった。

 

 環境問題に関心を深めるようになってから10年ほど経つが、“灯台もと暗し”とはこのことだった。

 

 さっそく電話で連絡をとり、5月末の休日に訪問させていただいた。

 

 それは「東京ペレット」という青梅市にある会社で、私は駐車場に車を止め、事務所の方に歩き始めると、

 

「ashikabiさぁ~ん!」と声が掛かった。

 

 なんと声の主は、これまで地域のPTA行事で何度も顔を合わせ、ともに二次会まで飲みに行ったことのあるOさんだった。

 

 事務所に入り、ぐるりと各種のペレットストーブに囲まれた応接スペースで椅子をすすめられ、私たちはこの日初めて、環境のこと、循環型エネルギーのこと、3.11の震災や原発事故後の日本のエネルギーのことなどを語り合った。

 

 私は、このペレットストーブの背後にあるもの、それは「森」と、「地域の産業」と、そして「家庭生活」とを結ぶ、画期的な循環型の社会がこのシステムの向こう側にあることが、温かく燃えるストーブの炎の中から次第に象を結び始めるのを感じていた。

 

 

 

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2011年10月15日 (土)

自然エネルギーを求めて(4)――あこがれの薪ストーブ

 目の前にあった夢が潰(つい)えたとき、人はそれに代わる新たな夢を追い始める。

 

 

 そして、その夢をいよいよ具体化するとき、私たちは「経済的な価値」を優先するか、それとも「経済以外の価値」を優先するかという問題に逢着する。

 

 

 ここで言う「経済以外の価値」とは、「倫理的」価値ということが大きなウエイトを占めるのであるが、ときには「美的」価値が、さらに地縁・血縁というゲマインシャフト的な「ご縁」が決め手となったりする。

 

 

 以前から、強いあこがれを抱いていた「自然エネルギー」を燃料とした暖房器具のひとつに、リビングで薪を燃やして暖をとる「薪ストーブ」がある。

 

 

「薪を燃やす」というと、森林保全に逆行して環境を悪化させるようなイメージを抱く方もいるかもしれない――

 

 

 しかし薪の燃焼によって排出されるCO2は、樹木の成長過程で吸収する量とほぼ等量であり、一方的にCO2と熱とを排出する石油・石炭などの「化石燃料エネルギー」とは対照的な、「循環型エネルギー」(Circulation Type Energy)なのである。

 

 

 つまり「薪ストーブ」を利用すれば、CO2の増減に影響を与えないカーボンニュートラルな生活が実現できるのだ。

 

 

 かつて私は、実はバーモント・キャスティング社(アメリカ)の薪ストーブで「アンコール エヴァーバーン」という製品の導入を検討した時期があった。

 

 

 しかし、薪ストーブの生活を詳しく研究していくうちに、思い掛けない発見が幾つもあったので、感心を寄せている方のためにその一端を紹介しようと思う。

 

 

「薪ストーブ」といえば、燃料は薪である。

 

 

 調査したところでは、薪ストーブは1束400円~500円ほどの薪を、だいたい1日で3束ほど使うそうだ。

 

 

 すると1カ月90束で約4万円ほどになる。
 ということは、一冬の暖房費だけで約20万円ほどの出費を覚悟する必要があるのだ。

 

 

 もちろん、自由に薪を採取できる山林があれば、費用は発生しない。

 

 

 また、森林組合などを通して原木に近い状態で購入すれば、薪も安価に入手できる。

 

 

 しかし山林から直接採取する場合も、森林組合から購入する場合も、薪作りに使うチェーンソーや斧(オノ)などの道具を調達し、薪を割るための体力と、そのための時間を確保しなければならない。

 

 

 薪を割る元気があれば問題ないが、時間が思うようにつくれないときや体調がすぐれないときは、ちょっと辛そうである。

 

 

 さらに重要なことは、「薪を置くスペース」を確保しなければならないのだ。

 

 

 一冬で450束の薪を燃料として使うとなると、わが家の場合は、畑のスペースか自動車のガレージをあきらめるかしなければ、冬を越せそうにないボリュームである。

 

 

 しかも、「薪は2年以上乾燥させる」のが理想というから、その倍となる900束(!)ほどの薪を置くスペースが必要となるのだ!

 

 

 これでは、わが家は経費(薪代)とスペース(土地)の双方から、畑も自動車も手放さなければ憧れの「薪ストーブ」ライフは実現しないかもしれない。

 

 

 さらに薪ストーブは、シーズンはじめに煙突掃除とストーブのメンテを毎年欠かさずしなければならない。

 

 

 高い屋根に登るリスクと煤(スス)だらけになるのを覚悟の上で、自分でメンテをすれば材料費だけだが、外注すれば3~4万円ほどかかる。

 

 

 つまり、薪ストーブを導入するためには――

 

 

①「お金」にゆとりがあるか「山林」を持っていること。

 

②家の近くに薪を置くための「土地」があること。

 

③薪を割るための「時間」と「体力」があること。

 

④「掃除」や「メンテ」が苦にならないこと。

 

⑤煙突のけむりによってご近所迷惑にならない場所に家があること。

 

 

 ざっとみても、これだけの条件を満たす必要があるのだ。

 

 

 満たしている条件が、「体力」と「掃除」だけではお話にならないことが、次第にハッキリしてきたのである(^^;

 

 

 わが家でこれを導入するためには、「定年後の道楽」としてなら家族も納得することだろう。

 

 

 しかし、学齢期の子供を4人も抱えて、自宅のローンの支払いに追われている現在では、夢のような話だったのかもしれない―― (^^;

 

 

 しかしながら、上記の条件を満たし、さらに薪ストーブに興味を抱いている方がいらっしゃれば、ぜひチャレンジすることをお勧めしたい。

 

 

 薪ストーブと同じく、木質燃料を燃焼させて暖をとり、しかも「森」と「地域の産業」と「家庭」とを結ぶ、循環型で地産地消エネルギーの本命とも思われる「ペレットストーブ」についても、折をみて紹介させていただこうと思う。

 

 

 

 

【お勧めの書籍】

 

 

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2011年10月 8日 (土)

自然エネルギーを求めて(3)――生活の身近にあった「火」のこと

 わが家での冬場と夏場に使用しているエネルギーのことを、読者にはちょっと煩わしいかもしれないが、少しだけ紹介させていただこうと思う。

 

 

 まず冬場の暖房は、以前は電気コタツと石油ストーブを使用していたが、8年前に4人目の子供が生まれてからは、危険を避けるために石油ストーブを廃止し、リビングにホット・カーペット敷いて、その上にコタツのやぐらを載せている。このほか寝室では氷点下に達するような晩のみオイルヒーターを使っている。

 

 

 一方、夏場の冷房は、網戸からの通風によるそよ風と団扇(うちわ)と、ときおりの扇風機――そして17年ほど前に買ったエアコンは、来客のときだけ使用。

 

 

 こんな具合に「電気」の使用を控える、いわゆる“省エネ”の生活を続けてきた。

 

 

 それでも、今年(平成23年)の家族7人分の電気使用量は、真冬の1月で411kWh(9,485円)、真夏の8月で223kWh(5,723円)と、どうしても冬場の寒い時期をしのぐためのエネルギー消費が跳ね上がっていた。

 

 

 しかし、このようなささやかな努力とは裏腹に、“省エネ”に努める生活は、家族にしてみれば決して快適なものではなかったかもしれない。春と秋を除いてガマン大会のような生活を遵守しているさまは、実状を知った人から見れば修道院や禅寺のようにも映ったかもしれない(^^;

 

 

 今年の3.11以降、原発の矛盾や問題点に気づいて以来、あらためて足下を見直しているうちに、ある肝心なことが見えてきたので、そのことについて紹介させていただこうと思う。

 

 

 それは、原発や化石燃料や石油化学製品の消費こそが、「廃熱」と「廃棄(CO2も含む)」という2つの点で、地球環境全体のバランスを崩す「問題の原因」なのであるから、それをできるだけ「買わない」し「使わない」ことはこれまで通りである。

 

 

 さらにもう一歩踏み込んで出来ることは、私たちが利用する資源やエネルギーを、原発や化石資源に由来しない循環型の「自然エネルギー」へと転換し、それを積極的に「買い」そして「使う」ようにすれば、その分だけ異常な「廃熱」と「廃棄」が消え、結果的に問題の原因が消え、さらに循環型社会が実現するという、あたりまえのことに気が付いたのである。

 

 

「自然エネルギー」とは、非枯渇性のエネルギー、つまり太陽と大地と水がある限り枯れることのないエネルギーのことで、太陽光をはじめ、水力、風力、地熱、波力、バイオマスなど、再生可能エネルギーといわれているものの総称である。

 

 

 たとえばバイオマスについてであるが、これは“生物由来の資源”という意味で、平たく言えば薪(まき)などの木質燃料のことである。(バイオエタノールについては別途考察予定)

 

 

 私が小学生だった40数年年前は、田舎に住んでいれは薪で竈(かまど)や風呂を焚き、学校でも冬になると薪ストーブの煙突を先生と生徒たちとで教室に組み立て、だるまストーブに薪を燃やして暖をとったものである。

 

 

 ストーブや風呂釜の中で燃える、あの埋み火の荘厳な炎の輝きは、薪のはぜる音やにおいとともに、今でも時を超えて蘇ってくるのであるが、よく知られているように薪などの木質燃料から出た灰は、カリウム、カルシウム、マグネシウムなどを多く含むため、野菜などの生育にとって大切な肥料となり、決してゴミとはならないのだ。

 

 

 思えば、家庭生活の中から、薪などのバイオマスによる「火」が消えたのは、人類の歴史からみればほんの最近のことにすぎないのではないだろうか。

 

 

 それまで人々は、薪による火で料理をし、火で暖をとり、火で風呂を沸かし、洋の東西を問わず家族で囲炉裏や暖炉、そして火鉢や掘り炬燵やペチカ(^^; などを囲んで親密なる時を過ごしてきたのである。

 

 

 現代文明が失った大切なものの一つは、この、かつて家の中にあった「火」を中心にしたいとなみであろう。

 

 

 思えば、昭和30年代から40年代にかけて、各家庭には急速に家電製品が普及し、バイオマスによる「火」は、電気釜や電気温水器やガスコンロ、ガス湯沸かし器などによって、その本来の居場所を失っていった。

 

 

 この新しい消費文明の潮流に拍車を掛けたのが、「火」に替わって屋内の中心部に登場したテレビという未体験のメディアだった。

 

 

 テレビは、波状的なコマーシャリズムによって、知らないうちに人々の心を徹底的に「モノ」や消費へと向かわせた。生活の中から「火」や森や自然との親密な関係を見失った私たちは、人間至上主義・経済至上主義へとひた走りに突き進んで来てしまったのではないだろうか――

 

 

 それが、今日における環境問題のひとつの重要な要因となったと、私は考えている。その背後に見え隠れしているのは、何万年も人間生活の身近にあった、森(自然)との繋がりを持った「火」の喪失である。

 

 

 これは最近、警察庁が公開しているデータを見て驚いたことであるが、日本における平成21年度の自殺者の総数が、なんと3万2000人に達していたという。それは、東日本大震災による犠牲者の数よりも、さらに1万人以上も上回る人々が、毎年毎年3万人も、尊いいのちを自ら絶っているのである。

 

 

 何千年という列島上の人類のいとなみの中で、果たしてこのような悲劇的な文明が、かつて発生したことがあっただろうか。

 

 

 身近な森から得た「火」の背後に感じ取っていた、「自然」との豊かな繋がり。これを見失った代償は、自殺者や、うつ病などの心の病の増加のみならず、さまざまな方面に影響を与えていることだろう。

 

 

 わが家での自然エネルギー利用の第一歩は、家の中にこの、かつて人間生活の身近にあったパイオマスによる「火」を、もう一度呼び戻すことなのかもしれない――

 

 

 そんな想いが、脳裏に燃える懐かしい炎とともに、心を温かく照らしていた。

 

 

 

 

【お勧めの書籍】

 

 

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

より以前の記事一覧